dunpoo @Wiki ●人道に対する罪と裁き

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131218 張氏の処刑は「違法」 国連の特別報告者が非難 [朝日]

 【ジュネーブ=前川浩之】北朝鮮の張成沢(チャンソンテク)・前国防委員会副委員長の処刑について、北朝鮮の人権状況を調べている国連のマルズキ・ダルスマン特別報告者らが18日、「大勢の違法な処刑の一部だ」と非難する共同声明を発表した。

 声明は、処刑が拘束から5日間以内に行われたことは「国際人権標準や適正な手続きを無視したものだ」と指摘。今年8月以降、大勢の人たちが家族も含めて「結社の罪」に問われ、政治的理由から処刑されたり収容所に送られたりしている報告があるとした。張氏の処刑もその一部だとして、北朝鮮政府に処刑の即時停止を求めた。

 また、超法規的な処刑問題を調べる国連のクリストフ・ヘインズ特別報告者も「死刑が許されるのは、国際法上、極めて厳格な条件の下のみだ」とし、北朝鮮の処刑は「政治的な理由によるもので、非難する」と訴えた。

0531 ジンバブエ政府が集落破壊 人権団体が衛星写真公表 [共同]

 【ロンドン31日共同】国際人権団体アムネスティ・インターナショナル(本部ロンドン)は31日、アフリカのジンバブエ政府が実施した「治安回復作戦」で1つの集落が消滅するほどまで破壊された様子を示す衛星写真2枚を公表した。
 この集落は首都ハラレ西方にあるポータファーム。昨年6月末に武装警官隊が訪れ、住民に退去を命令した後、ブルドーザーで家屋などを次々破壊した。住民数千人はトラックで強制移住させられた。
 衛星写真は2002年6月と今年4月に同集落を撮影。2枚を並べると、徹底的な破壊ぶりがくっきり。破壊前の同集落には学校や児童館、モスク(イスラム教礼拝所)もあったという。
URL:http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=RANDOM&PG=STORY&NGID=intl&NWID=2006053101000691

0417 ひと グアテマラで虐殺資料館をつくったフェルナンド・モスコソさん [朝

日]
(要約)
グアテマラでは、96年まで36年間続いた内戦で、軍事政権によって20万人以上が犠牲になり、その8割がマヤ民族だったとされる。
考古学者として働き始めた90年、マヤ文化が残る同国北部の町で、多くの遺体が無惨に投げ込まれた穴を偶然見つけた。調べてみると、同様の穴が全土に無数にあった。虐殺の事実を隠すためにつくられた「秘密墓地」だった。
遺体を鑑定し、遺族に返す活動を重ねた。マヤの人々の多くは読み書きができず、恐怖で口も閉ざしがちだ。彼らの代わりに写真や証言を記録する資料館づくりを思い立ち、同国東部パンソス村に昨年開設した。
虐殺に関わったとされる人物の多くはいまだに国会議員や政府の要職にとどまり影響力を残す。2年前に国立考古学民族学博物館長の職を突然解かれた。暗殺の脅迫も受けるという。44歳。


0405 ミロシェビッチ被告は「自然死」 オランダ検察が結論 [朝日]

2006年04月05日20時59分
 旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷に起訴され、3月11日に拘置施設で死亡しているのが見つかった元ユーゴ大統領ミロシェビッチ被告の死因について、オランダ検察当局は5日、「犯罪の兆候はなく、自然死だった」との調査結果を発表した。

 解剖の結果、死因は心筋梗塞(こうそく)とされた。被告が薬物を投与されたか、ロシアでの心臓病治療のため自ら薬物を服用した可能性について、検察は「毒物検査の結果、処方されていない薬物の成分は見つからなかった。死の数日前から不適切な薬物を服用していたとは思えない」と結論づけた。

 死亡推定時刻については「3月11日午前7時から9時の間で、おそらく7時45分ごろ」とした。
URL:http://www.asahi.com/international/update/0405/009.html

0329 枯れ葉剤:ベトナム元米兵らが被害報告 ハノイで国際会議 [毎日]

 ベトナム戦争中、米軍が散布した枯れ葉剤で健康被害を受けたとする米国や韓国などの退役軍人らが被害の現状を報告する初の枯れ葉剤被害者国際会議が28日、2日間の日程でハノイで開幕した。

 会議はベトナム枯れ葉剤被害者協会が主催。ベトナム戦争に兵士や看護師として派遣され、枯れ葉剤による後遺症に苦しむ米国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、カナダの退役軍人ら20人のほか、枯れ葉剤被害を研究するロシアの科学者、欧州のソーシャルワーカーら計150人が参加した。(ハノイ共同)

毎日新聞 2006年3月29日 0時52分
URL:http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/news/20060329k0000m030150000c.html

0320 国際戦犯法廷とは [朝日]

(要約)
旧ユーゴ国際戦犯法定は、93年の国連安保理で設置が決議された。設置期間は10年で二審制、裁判官は国連総会で選ばれた25人、管轄は91年以降に起きた旧ユーゴ領域の事件で、対象は、ジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪など。これまでセルビア人やクロアチア人ら161人を起訴。
ミロシェビッチ被告の死によって元国家元首の責任を問う初の試みは道半ばで終わった。同被告は、NATOによるユーゴ空爆がなぜ裁かれないのかと主張し続けた。法廷はこれに関しては独自捜査に踏み切らず、「勝者の裁判」との批判がくすぶっていた。
人道に対する罪を裁く恒久的な体制が必要として、03年に国際刑事裁判所(ICC)が設立されたが、米国は、「海外の米国兵士が政治的理由で訴追されるおそれがある」と署名を撤回。日本も「国内法との整合性の検討」を理由に署名しなかった。

0320 すき家の広告 米国産牛肉不使用宣言 [談風]

朝日に全ページ聞広告。上3分の2は、新製品「牛肉イタリアーノ」の写真で、目を引くが、下4段は、米国産牛不使用宣言だったので驚いた。
米国調査の結果、「現段階では日本の国民の皆様に『安心して食べて下さい』と言える状況ではないという認識を持った」といい、米国に全頭検査を求めている。
勇気ある広告だ。えらい、ゼンショー!

0317 千人超す支持者、ミロシェビッチ元大統領を弔問 [朝日]

2006年03月17日23時35分
 旧ユーゴスラビアのミロシェビッチ元大統領の遺体を納めたひつぎが16日、セルビア・モンテネグロの首都ベオグラードの革命博物館に安置され、公開が始まった。元大統領が率いたセルビア社会党の支持者ら千人以上が弔問に訪れた。

 元建築家のリュビンカ・チロビッチさん(72)は「元大統領は殺された。セルビアのために最後まで戦った英雄だ」とたたえ、涙をぬぐった。同党地方組織の幹部ジロパジャ・ドゥサンさん(69)は「20世紀の偉大な指導者として、セルビア人の心の中に生き続けるだろう」と述べた。

 公開は当初、市中心部の国会前にテントを設置して実施する計画だったが、市の許可が下りず、チトー元大統領の墓に隣接する革命博物館が会場となった。

 一方、政府の指示で施設を提供することになった革命博物館の館長は「文化的施設が政治的に使われた」との抗議声明を出した。同党支持者以外の市民の間では、紛争で混乱を引き起こした元大統領に対する嫌悪感や冷めた見方が一般的だ。
URL:http://www.asahi.com/international/update/0317/019.html

0313 旧ユーゴ戦犯法廷巡り賛否 元大統領「獄中死」巡り波紋 [朝日]

2006年03月13日00時44分
 戦争犯罪などの罪に問われ、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(オランダ・ハーグ)で公判中だったスロボダン・ミロシェビッチ被告の「獄中の死」をめぐる波紋が12日、国際社会に広がった。被告が大統領をつとめたセルビア共和国内では、戦犯法廷への激しい反発の声が出た。旧ユーゴ紛争にかかわった米欧やロシアの元交渉担当者の間でも戦犯法廷についての賛否の声が交錯した。

 「殺された」「ハーグがミロシェビッチを殺した」。AP通信などによると、国家連合セルビア・モンテネグロの首都ベオグラードの12日付の各紙は大見出しで元大統領の死亡を伝えた。

 元大統領の所属するセルビア社会党のダチッチ党首は「彼は組織的に殺された。セルビアにとって、大きな損失だ」と強調した。極右のセルビア急進党は地元ラジオで「ハーグの法廷では、(キューバにある米軍基地)グアンタナモと同じように、セルビア人に人権はない」と非難した。

 00年にミロシェビッチ大統領を退陣させたコシュトニツァ首相は「いまは政治的立場の違いは、ひとまず置いておく」と述べて哀悼の意を示し、政府として、戦犯法廷に詳細な報告を求める考えを表明した。

 ただ、市民の間で反発一辺倒というわけでもない。

 ボスニア・ヘルツェゴビナで95年7月に7000人以上のモスレム人が殺害されたスレブレニツァの虐殺で夫と息子を殺された女性は「判決が出なくて残念だが、神が彼を罰してくれたようだ」とAFP通信に語った。

 一方、旧ユーゴ紛争を担当したホルブルック元米特使は米CNNに、「法廷で彼の犯罪は暴かれ、とりあえず裁きにかけられて独房で死んだのだ。それ(法廷)は大きな効果があった」と語り、非人道的な犯罪を裁くための戦犯法廷の意義を強調、「彼のためには涙は流すことはない」と言い放った。

 欧州連合(EU)を代表して和平交渉を行ったデビッド・オーウェン元英外相も英BBCに、「彼の裁判は非常に公正で、極めて長い時間もかけられた。特に旧ユーゴの人々は判決を聞けなくて、裏切られた思いだろう」と語り、戦犯法廷を擁護した。

 これに対して99年に北大西洋条約機構(NATO)がユーゴを空爆した際、調停外交を展開したプリマコフ元ロシア首相は11日、「ロシアの医師だけが、彼がいつ死んでも不思議でない状態にあることを警告していた」と戦犯法廷の対応を批判。「彼の死はまずユーゴの法に反して国際法廷に送った者たちの良心を、さらに国際法廷そのものの良心をとがめるだろう」と述べた。
URL:http://www.asahi.com/international/update/0313/003.html

0311 旧ユーゴ:ミロシェビッチ元大統領、拘置施設で死去 [毎日]

【ブリュッセル福原直樹】オランダ・ハーグの旧ユーゴ国際戦犯法廷は11日、元ユーゴスラビア連邦大統領のミロシェビッチ被告(64)がハーグの拘置施設で死去したと発表した。

 元大統領は90年の選挙で旧ユーゴ連邦セルビア共和国の大統領に就任。97年にはユーゴ連邦大統領に就任した。90年代のクロアチア紛争、ボスニア紛争や、99年のNATO(北大西洋条約機構)空爆へと発展したコソボ紛争に関し、「人道に対する罪」「大量虐殺」などで99年5月に同法廷に起訴された。00年9月の大統領選で敗北、01年4月にはセルビア当局によって逮捕され、6月にはハーグの法廷へ移送された。

 第二次世界大戦後、欧州では最悪の悲劇となったバルカン半島での「民族浄化」を指揮した責任で、国家元首として初めて戦争犯罪を問われた。審理は継続中だが、心臓と高血圧の疾患を抱え、最近は健康状態を理由にたびたび中断していた。

 同法廷の広報官によると11日早朝、看守が独房を開いた際に死亡していた。死因に不審な点はなかったという。

 ◇最も憎まれ、最も愛された大統領

 【パリ福井聡】11日に死去したミロシェビッチ元ユーゴスラビア大統領は、冷戦崩壊後、民族紛争の弾薬庫となったバルカン半島に10年余り君臨した。その間、政治危機に直面するたびに民族感情に火を付けて人心を掌握し、欧米諸国からは「民族浄化を指揮した」と非難を受けたが、国内的には野党各派を分断・弾圧する一方、保守派からは圧倒的支持を得た。「最も憎まれ、最も愛された大統領」だった。

 同氏は90年代にバルカンで相次いで起きたクロアチア、ボスニア、コソボの紛争の際、常に「受難のセルビア」を演出する形で国民の心情に訴えかけ、自らの地位を保った。欧米諸国はボスニア和平交渉では同氏を利用したが、99年のセルビアによるコソボ抑圧では北大西洋条約機構(NATO)が対ユーゴ空爆を実施。しかし、空爆後も、同氏は国民の反NATO感情を引きつけて地位にとどまった。

 ミロシェビッチ氏の最大の罪は、側近登用と反対者弾圧で人々を恐怖に陥れ野党を分断した政治手法と、旧ユーゴ連邦を孤立化させ経済制裁を招き、国民の暮らしをどん底に突き落とした点だった。コシュトゥニツァ前大統領はこの点を突き、00年の大統領選で勝利。しかし、選挙後はミロシェビッチ氏を訴追せず、同氏は社会党党首のまま政治活動を続けた。

 同氏は国内で論議があった末、01年6月末に超法規的に国際戦犯に引き渡された経緯がある。欧米諸国に強く要求された新政権が、援助と引き換えに「前大統領を売った」とも言われる。

 戦犯法廷でもなお「セルビア人の大義」を主張し続け、セルビア人にとって認めたくはないが否定できない、愛憎半ばする存在だった。

毎日新聞 2006年3月11日 21時43分 (最終更新時間 3月12日 1時06分)
URL:http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/news/20060312k0000m030097000c.html

チベット「虐殺」審理へ 人道の罪、スペインで [共同]

 【パリ10日共同】スペインからの報道によると、マドリードにある全国高裁は10日、中国によるチベット支配で多数が殺害されたとして、中国の江沢民前国家主席や李鵬元首相ら7人を人道に対する罪などで告発した非政府組織(NGO)の訴えについて審理入りを決めた。
 告発したのはマドリードにあるNGO「チベット支援委員会」など。中国がチベットを統治下に組み入れた1951年以降、100万人以上のチベット人が殺害されたり、行方不明になったりしたと指摘。7人はチベットでの大量虐殺や拷問を認めたと主張している。
 全国高裁の予審判事は昨年9月、いったん訴えを退けたが、同委員会などが上訴。同高裁は10日「訴えは大量虐殺があった可能性を示しており、取り調べの必要がある」と判断した。
URL:http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=RANDOM&PG=STORY&NGID=intl&NWID=2006011101000321

ボスニアの虐殺で公判 セルビア・モンテネグロ [共同]

 【ウィーン20日共同】ボスニア紛争中の1995年にボスニア・ヘルツェゴビナ東部スレブレニツァでイスラム教徒約8000人がセルビア人勢力に虐殺された事件に関連して、セルビア・モンテネグロの特別法廷は20日、イスラム教徒6人を殺害したとして当時のセルビア人民兵組織指導者ら5被告に対する公判を開始した。
 5被告を含む計6人が95年7月、サラエボの南約60キロで、スレブレニツァのイスラム教徒6人を殺害する模様を写したビデオテープが今年、人権団体によって公開されていた。
 欧州連合(EU)加盟を目指すセルビア・モンテネグロは紛争時の戦犯への適正な対応をEU側から求められている。
URL:http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=RANDOM&PG=STORY&NGID=intl&NWID=2005122101000044