dunpoo @Wiki ◎平和をつくるための本棚06Ⅱ

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憤青●沙柚 [読売]

出版社:新潮社
発行:2005年10月
ISBN:4105053019
価格:¥1470 (本体¥1400+税)
 国家間の今後を見通すには、両国の若者たちの声に耳を傾けてみればいい。中国では、怒れる若者を「憤青」という。彼らは、日常会話やインターネットなどで現状に批判を加える。国家から表現活動を統制される内憂、台湾や日本との間の領土問題という外患。天安門事件を機に来日した女性作家が、今日の北京でつかみとった若者や市井の人々の貴重な肉声の数々。
(2006年1月12日 読売新聞)
URL:http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20060112bk07.htm

比較の亡霊 ナショナリズム・東南アジア・世界●ベネディクト・アンダーソン

[掲載]2005年12月25日
[評者]酒井啓子―書評委員のお薦め「今年の3点」
 (1)カビリアの女たち(ファドマ・アムルシュ著、中島和子訳)

 (2)見ることの塩 パレスチナ・セルビア紀行(四方田犬彦著)

 (3)比較の亡霊 ナショナリズム・東南アジア・世界(ベネディクト・アンダーソン著、糟谷啓介・高地薫ほか訳)

 歴史は、一握りの英雄や政治家によってではなく、親兄弟や子供、親しい友人たちに囲まれ、小さな諍(いさか)いを繰り返しつつも愛情を注ぎあう普通の家族たちによって作られるが、しかし彼らはいつしか何かの「集団」の中に放り込まれる。民族として、宗派としてまとめて名づけられ、まとめて衝突の主人公にされる。

 (1)は、一世紀以上前のアルジェリア出身女性の自伝。カミュと同時代のアフリカ系詩人の母は、動乱の時代の中でどんな文筆家よりも豊かな言葉を紡ぎだす。これは、かなわない。

 (2)が映し出すのは、他者の痛みを見ないことで自分の生活の安全性にしがみつく、虚(うつ)ろな人々の姿。

 (3)は、ベネディクト・アンダーソン新作の翻訳。集団認識に関する筆者の斬新な概念づけには常に感服するが、今作ではセンサスに現れる「身体の整数性」という指摘が秀逸。

カビリアの女たち
著者: ファドマ アムルシュ
出版社: 水声社
ISBN: 4891765607
価格: ¥ 3,675

見ることの塩?パレスチナ・セルビア紀行
著者: 四方田 犬彦
出版社: 作品社
ISBN: 4861820499
価格: ¥ 2,520

比較の亡霊?ナショナリズム・東南アジア・世界
著者: ベネディクト アンダーソン
出版社: 作品社
ISBN: 4861820375
価格: ¥ 6,090
URL:http://book.asahi.com/review/TKY200512270306.html

日本の「ミドルパワー」外交 ●[著]添谷芳秀 [朝日]

[掲載]2005年07月10日
[評者]中西寛

 外から見ても、内から見ても、日本という国の生き方を説明するのは難しい。日本なしの世界が考えられないほど重要な存在では恐らくないが、完全に無視できるほど無意味な存在でもない。また、多くの日本人は原理原則に基づいて世界を動かそうというほどの意欲はないが、全くの無原則で受動的な存在でいることには満足できそうにない。

 戦後日本の生き方は間違っていなかった。しかしその生き方を明瞭(めいりょう)に表現する言葉をもたないことで、日本外交は自信を欠いたものとなり、また疑念をもって見られているのではないか。東アジアの国際政治を専門とする著者の問題意識はこの点にある。

 著者の解答は日本を「ミドルパワー」と位置づけることである。「ミドルパワー」とは、国際政治の基本的な秩序を構成する大国ではないが、国際秩序に対して一定の修正を促すことができる程度の力をもつ国家のことである。それはカナダやオーストラリアが自らの外交を表現する際に用いた言葉だが、著者は占領期から現在に至る日本外交の軌跡を追いながら、「ミドルパワー」という言葉でそこに首尾一貫したイメージを提示しようとしているのである。

 もっとも、「ミドルパワー」という言葉がどれほど落ち着きがよいかには、疑問もある。軍事に関与せず、経済と文化で世界に貢献すると言えば、大概の人は賛成だろうが、インスタントラーメンやエコカー、アニメで日本はやっていくと言うと、正直物足りない気もするのではないか。

 しかし、そうしたことは著者も百も承知のはずで、著者の意図はより実践的な所にありそうである。第一に、国際秩序の基本を構成する力としては今日でも軍事力が不可欠であることを認めた上で、日本はそのゲームに参加しないことを宣言すること、第二に、アジアの中で台頭する中国と同じレベルで競い合うのではなく、他のアジア太平洋諸国と連携するという視点から長期の戦略を構想すべきだということである。声高ではないが、折り目正しい外交論である。
出版社: 筑摩書房
ISBN: 4480062351
価格: ¥ 756


プロファイリング・ビジネス [著]ロバート・オハロー [朝日]

[掲載]2005年11月13日
[評者]佐柄木俊郎

 最近の米国への旅行者で、入出国時に不愉快さを感じない人はまれだろう。安全検査で靴を脱がされるくらいはともかく、いちいち指紋をとられ、顔写真を撮影される。「安全のためだ」と自らを納得させつつも、これが「自由の国」の関門なのか、とうんざりさせられる。

 9・11同時テロ後の米国は、政府に盗聴や捜索の権限をほとんど無制限に与える愛国者法の制定を契機として、急速に「監視社会」化が進んできた。その社会的空気を背景に個人情報の収集と分析、販売を業とするビジネスが巨大化し、人々のプライバシーや人権が侵されている実態を生々しく描くのが本書である。

 アクシオム。チョイスポイント。セイシントとそれを買収したレクシスネクシス等。W・ポスト紙の記者である著者が取材対象としたのは、大企業へと急成長を遂げた、日本ではあまりなじみがない各社だ。これら企業は、たとえばフリーダイヤルをかけてきた消費者について即座に、どんな家に住むか、車は、などのプロフィルを提供できるほど膨大な個人データを蓄積し、信用調査や市場開拓の分野で莫大(ばくだい)な利益をあげている。

 9・11後、テロ対策や犯罪捜査などにあたる政府部門が、個人情報の収集でこれら企業への依存度を高めたことが急成長に拍車をかけた。各社は政府高官を雇い入れて営業活動を展開するなど、その癒着ぶりは「米国はいまや安全保障と情報産業の複合体に向かっている」と法学者の警告を招くほどなのだという。

 レイプ事件が起きると、警察から犯人に該当しそうな人物のリスト作成を依頼される会社があれば、「テロリズム指数」のリストを作成し、最脅威の1200人の名前を政府に提供する企業もある。著者が一章をあてて顔の自動認識システム開発を紹介したビジョニクス社の監視カメラは、各国から引き合いがあり、今夏のロンドンの同時多発テロで四人の犯人を突き止めたことで有名になった。

 「もはやわたしたちには、隠れる場所すらない」が、著者の結び。街頭カメラの急速な普及をみるだに、私たちにとっても絵空事ではないと気付かされる。
出版社: 日経BP社
ISBN: 4822244652
価格: ¥ 2,310
URL:http://book.asahi.com/review/TKY200511150268.html

テーマ書評 イラクの自衛隊 [朝日]

[掲載]2005年12月11日
イラクに駐留する自衛隊の派遣期間が、1年間再延長された。低調だった議論を深める手がかりを見つけたい。

 そもそも、なぜイラクか。派遣を決めた際の防衛庁長官・石破茂は『国防』で、その理由を(1)石油の安定供給という日本の国益(2)国連の要請(3)イラク人の希望に応える(4)日米安保体制の実効性を高めるため、と説明する。

 活動の実態について、自衛隊に同行したカメラマン宮嶋茂樹は、船上訓練やサマワ巡回の様子などを『任務 自衛隊イラク派遣記録』(祥伝社)で報告。産経新聞イラク取材班著『武士道の国から来た自衛隊』(扶桑社発売)は、多くの自衛官の声を紹介している。

 イラクの状況を、ジャーナリスト綿井健陽は「自衛隊が駐留することで、本来平和な街に『治安の悪化』を逆におびき寄せている」とし(『リトルバーズ』=晶文社)、新聞記者の川上泰徳は『イラク零年』(朝日新聞社)で、現地には「自衛隊を守る代わりに日本は州の発展を助ける」というギブ・アンド・テイクの考え方があると指摘する。

 「わが国民の熾烈(しれつ)なる平和愛好精神に照らし、海外出動はこれを行わない」という「自衛隊の海外出動をなさざることに関する決議」が参院で採択されたのは1954年。91年にペルシャ湾へ掃海艇が派遣され、92年にカンボジアPKOへ参加……と続く。朝日新聞「自衛隊50年」取材班著『自衛隊 知られざる変容』は、この半世紀を多角的に分析し、半田滋は『闘えない軍隊』で、自衛隊の“戦地派遣”は「イラク特措法やODAといった厳格であるべき法律や制度を液状化させる」という。

 これらの本で共通にふれられた点に主題を絞ったのが、纐纈厚著『文民統制』だ。日本国憲法は軍事力保有を想定していないが、現に存在する自衛隊を「民主主義社会にどう位置づけ、どう統制・管理していくのか」との重い問いを投げかけている。

国防
著者: 石破 茂
出版社: 新潮社
ISBN: 4104737011
価格: ¥ 1,365

任務?自衛隊イラク派遣記録
著者: 宮嶋 茂樹
出版社: 都築事務所
ISBN: 4396693214
価格: ¥ 4,725

武士道の国から来た自衛隊?イラク人道復興支援の真実
著者: 産経新聞イラク取材班
出版社: 産経新聞ニュースサービス
ISBN: 4594048242
価格: ¥ 1,575

リトルバーズ?戦火のバグダッドから
著者: 綿井 健陽
出版社: 晶文社
ISBN: 4794966660
価格: ¥ 1,680

イラク零年 朝日新聞特派員の報告
著者: 川上 泰徳
出版社: 朝日新聞社
ISBN: 4022500646
価格: ¥ 1,575

自衛隊 知られざる変容
著者: 朝日新聞「自衛隊50年」取材班
出版社: 朝日新聞社
ISBN: 402250028X
価格: ¥ 1,890

闘えない軍隊 肥大化する自衛隊の苦悶
著者: 半田 滋
出版社: 講談社
ISBN: 406272331X
価格: ¥ 840

文民統制 自衛隊はどこへ行くのか
著者: 纐纈 厚
出版社: 岩波書店
ISBN: 4000246291
価格: ¥ 1,575


マルチチュード―〈帝国〉時代の戦争と民主主義 上・下 ●[著]アントニオ・ネグリ、マイケル・ハート [朝日]

[掲載]2005年12月11日
[評者]柄谷行人

 本書は『〈帝国〉』(二〇〇〇年原書刊)の続編として書かれている。『〈帝国〉』では、ネグリとハートは、アメリカ合衆国が湾岸戦争において国連の合意の下に行動したことから見て、帝国主義とは異なる、いわば古代ローマ帝国に似た「帝国」が形成された、と考えた。しかし、〇一年九月一一日以後におこった事態は、それとはほど遠かった。世界は「帝国」どころか、公然と帝国主義の時代になった。おまけに、それをもたらす引き金を引いたのが、「マルチチュード(多衆)」的反乱の一つであるともいえるイスラム原理主義者であった。本書で、著者はそのような点を修正しつつ、現状を分析し、新たに積極的な展望を見いだそうとしている。

 しかし、著者がいう「帝国」は、もともと経験的な概念ではなかった。それは国家というよりも、世界的な資本のネットワークそのものなのである。それに対抗するものとしての「マルチチュード」も経験的概念ではない。それは、人民や労働者階級という現象において消されてしまうような何かなのである。マルチチュードは多種多様なネットワークとしてあり、また絶対的に民主主義的である。それは近代の国家と資本制経済の下でもたえず存在するのだが、国家や資本によってつねに疎外される。ゆえに、マルチチュードを自由奔放に発現させれば状況を変えられる、と著者は考える。

 ところで、この考え方を著者はスピノザに依拠して述べているが、私のみるところ、それは無政府主義者プルードンの考えだといったほうがよい。プルードンは、ルソーのいう社会契約や人民主権は、絶対主義王権の変形にすぎず、真の民主主義ではない、とみなした。また、彼の考えでは、真の民主主義は、将来に実現されるようなものではない。それは現に、資本と国家が支配する経験的世界の深層に存在する。それは連合的で相互的で創造的である。したがって、そのような深層の「リアルな社会」を発現させればよい。

 実は、マルクスをふくむドイツの青年ヘーゲル派は、このような考えの影響を深く受けていた。ネグリとハートは、マルクスのいうプロレタリアートは労働者階級のように限定されたものではなく、マルチチュードにほかならないという。初期マルクスの考えは確かにそのようなものだ。その意味では、本書は『共産党宣言』(一八四八年)を現代の文脈に取り戻そうとする試みといえる。すなわち、帝国(資本)対マルチチュード(プロレタリアート)の世界的決戦。

 しかし、このような二元性は、諸国家の自立性を捨象する時にのみ想定される。こうした観点は神話的な喚起力をもち、実際、それは六〇年代には人々を動かしたのである。とはいえ、私は、このような疎外論的=神話的な思考をとるかぎり、一時的に情念をかき立てたとしても、不毛な結果しかもたらさないと考える。グローバル資本主義(帝国)がどれほど深化しても、国家やネーションは消滅しない。それらは、資本とは別の原理によって存在するのだから。

出版社: NHK出版
ISBN: 4140910410
価格: ¥ 1,323

ソニー 会社を変える 採用と人事 ●中田研一郎

[掲載]2005年12月11日
[文]加来由子 [写真]東川哲也
 いわゆる企業本だが、予想外の魅力にぐいぐい引き込まれる。ソニーで人事部門の責任者だった著者が、採用や人事制度の変革プロセスを記した本。とりわけ興味深いのが、中国でのエンジニア採用からみえてくる最新の中国の大学や学生事情だ。仕事で中国と出合った著者は、7月に退職した後も、中国を注視しつつ人事に関する執筆や講演を続けている。本書は、会社をやめる直前に書いた。

 日本のソニーが中国からエンジニアを採用し始めたのは4年前。ビジネスの拡大ペースに日本だけでは人材が間に合わないことや、社員の多国籍化を進めたいという背景があった。現在約150人いるという。だが当時は、日本で働く社員を中国で採用する企業はまれ。まずは主要な大学を訪問してみることに。そこで「えっ、これが中国なの?」という場面にたびたび遭遇するのだ。

 世界から企業の採用担当者が訪れる中国の大学。中田さんは大学幹部から、日本の企業は交渉のテンポが遅くてつきあいづらい、米国の企業だと話がすぐ進むのに、と言われてはっとしたり、ぼさぼさ頭に白シャツの青年が名刺を出してきたので学生かなと思ったらコンピューター関連の学部長で35歳だったことに驚いたりする。企業との共同研究も盛んで大学に活気があり、教授も学生もビジネスセンスに富む。それまで知っていた、動きが鈍いという中国のイメージは一変した。

 「会う幹部はみな見識が広く、おごることも卑屈になることもなく外国のビジネスマンに対応する。強い息吹を感じました」

 さらに印象的なのは、学生たちが素朴で礼儀正しく、自分の将来に夢や自信を持っていること。クールなビジネスマンの中田さんをじーんとさせてしまうほどの中国の活力がどこからくるのか、それをもっと知りたくなる。
URL:http://book.asahi.com/author/TKY200512140293.html

武器としての〈言葉政治〉―不利益分配時代の政治手法 ●[著]高瀬淳一

[掲載]2005年12月04日
[評者]中西寛

 郵政解散から自民党大勝に至る流れが打撃を与えたのは、郵政法案反対派や民主党だけでない。日本政治を観察してきた政治学者の大半も、解散時には小泉自民党の大勝を予想できず、衝撃を受けることになった。選挙民の意識や政治的利害の構造に基づく従来の政治分析手法では十分に説明できない現象が、今回起きたのである。それではどう考えればよいのか。「劇場型政治」という流行語も分析概念としては弱い。

 本書は、政治コミュニケーションを専攻する著者が、政治における言葉の力に着目する「言葉政治」の観点から小泉政治を読み解こうとする著作である。政治、ことに民主政治において雄弁術が不可欠の要素であることは古代ギリシャの例からも明らかだが、戦後日本では政治は利益分配を中心に営まれ、せいぜいパフォーマンスの効果が時に語られる程度で、政治的武器としての言葉の力は軽視されてきた。「抵抗勢力」という言葉によって野党の攻勢も党内の反対も封じ込めた小泉首相は、「言葉政治」の実行者として日本政治に新機軸を示したという分析は説得的である。

 著者は、小泉流の「言葉政治」は小泉以降も引き継がれるだろうと見る。なぜなら、経済成長の果実を分配することで政治権力を生み出した田中角栄流の「利益分配型政治」はこれからの日本では有効性を低下させ、言葉という資源を操ることで、増大する負担の受け入れをいかに国民に納得させるかという「不利益分配」こそが日本政治の主要な課題となることが見込まれるからである。

 率直に言って戦後の首相の演説などを中心に「言葉政治」への関心、巧拙といった観点から評価している前半部はさほど目新しい議論を提示していない。また「言葉政治」という概念は興味深いが、その巧拙を決めるのは何かといった点について更なる掘り下げも望まれる。しかし、福祉国家における利益政治を前提とした政治分析に対して、言葉やシンボル、メディアに注目する本書は、新たな政治分析の手法に道を開く有力な手がかりを提供していると言えよう。

出版社: 講談社
ISBN: 4062583437
価格: ¥ 1,575
URL:http://book.asahi.com/review/TKY200512060257.html

ドキュメンタリーは嘘をつく ●[著]森達也

[掲載]2005年05月22日
[評者]佐柄木俊郎

 メディア批判がかまびすしいのに、メディアの側の痛覚は鈍い。内部に異議申し立てがあっても、大きく膨らむことはなく、やがてルーティン・ワークに流されて萎(しぼ)んでいく。最近まで内側にいた評者としては天に唾(つば)する思いだが、昨今の日本メディアは、テレビも新聞もなべてそんな病に侵されているようだ。

 「客観や公正など幻想。すべての映像は撮る側の主観や作為を逃れられぬ」とするドキュメンタリー哲学に立ったメディア批判の書である。矛先は主に、その覚悟がないまま安全主義に逃げ込み、わかりやすい善悪二分論に与(くみ)してしまうメディア従事者や作り手に向けられる。

 TVドキュメンタリー出身の映像作家である著者は、オウム真理教や取り巻く社会を被写体として描いた長編のドキュメンタリー映画「A」や、続編「A2」などで国際的に評価されてきた。最近は活字メディアでの時評的な発言が目立つが、本書の圧巻はやはり自身の生々しいテレビ局との軋轢(あつれき)や挫折体験であろう。

 「殺人集団」の視線が足りぬとオウムの撮影がお蔵入りになった経緯。精神障害者の犯罪を扱ったニュース特集で、モザイクの多用を強いられた体験。そしてテレビ全体からのドキュメンタリーの後退……。そこには煩雑な取り組みを避け、安全な規格品を量産するメディア状況がそのまま浮き彫りにされている。

 そんな時代だからこそ、見る側にメッセージへの渇望が強まっているのではないか、とも思うのだが、「華氏(かし)911」のマイケル・ムーアには、「ドキュメンタリーを愛していない」と冷たい。

 「メディアの営みは商業行為」と割り切り、視聴率や発行部数を追求するのは必然だと言う著者は、その商業化が近年臆面(おくめん)もなくなっているとし、記者やディレクターたちの葛藤(かっとう)や煩悶(はんもん)がなくなっていることが問題だ、と言う。

 内外の作品を紹介しつつ披瀝(ひれき)されるドキュメンタリー論は「撮ることに自覚的な作品でなければならぬ」の確信に尽きている。状況を動かし得るのは「個の志」しかない。著者がいうのは、結局そのことであるように思われる。

ドキュメンタリーは嘘をつく
著者: 森 達也
出版社: 草思社
ISBN: 4794213891
価格: ¥ 1,785