dunpoo @Wiki ●戦争と罪責07Ⅱ

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0913 原爆投下「しょうがない」発言、撤回せず 久間元防衛相 [朝日]

2007年09月13日21時01分

 日本への原爆投下を「しょうがない」と発言して防衛相を辞任した自民党の久間章生衆院議員(長崎2区)は13日、長崎市の長崎県庁で記者会見し、「原爆投下を容認する気持ちはなかった」などとして発言は撤回しなかった。被爆者団体から面会を求められていることについては「(団体代表は)政治的な言動をする方々なので、お会いする気持ちはない」と言明。被爆者らは改めて反発を強めている。

 久間氏は、党の整備新幹線等鉄道調査会長に就任したことで、自粛していた政治活動を再開するけじめとして会見を開いたと説明した。

 原爆をめぐる発言については「被爆者、遺族、広島・長崎の市民、全国の被爆に関するみなさんに大変に不愉快な思いをさせた」と改めて陳謝した。一方で、「言い方に軽率さがあった。原爆投下を容認する気持ちはなかったし、許せないという気持ちは強くある」と釈明。発言の真意を問われると、「あまり言うと自分を正当化するようにとらえられる」「一回しゃべったことは訂正できない」と述べた。

 参院選での自民大敗については「少なくとも私の発言などもマイナスだったと認識している」と語った。

 長崎県平和運動センター単産被爆者協議会連絡会議の川野浩一議長(67)は「衆院議員を辞めて出直すならわからなくもないが、政治活動の再開は理解できない。なぜ被爆者と会わないのか」と憤った。
URL:http://www.asahi.com/national/update/0913/SEB200709130003.html

0824 米大統領、戦前日本とアルカイダ同列視 歴史観に批判 [朝日]

2007年08月24日06時49分

 ブッシュ米大統領が22日に中西部ミズーリ州カンザスシティーで行った演説は、自らのイラク政策を正当化するため、日本の戦後民主主義の成功体験を絶賛、フル活用する内容だったが、半面で戦前の日本を国際テロ組織アルカイダになぞらえ、粗雑な歴史観を露呈した。米軍撤退論が勢いを増す中でブッシュ氏の苦境を示すものでもある。

 冒頭は9・11テロかと思わせて、実は日本の真珠湾攻撃の話をする、という仕掛けだ。戦前の日本をアルカイダと同列に置き、米国の勝利があって初めて日本が民主化した、という構成をとっている。大正デモクラシーを経て普通選挙が実施されていた史実は完全に無視され、戦前の日本は民主主義ではなかった、という前提。「日本人自身も民主化するとは思っていなかった」とまで語った。

 退役軍人の会合とあって、朝鮮戦争やベトナム戦争の意義にも言及。すべて一緒くたにして「アジアでの勝利」は中東でも出来る、と訴えた。だが、米メディアは「日本や韓国は国民が同質的であり、イラクとは違う」「歴史から間違った教訓を引き出している」などと批判を伝えている。

 民主党のヒラリー・クリントン上院議員は同日、イラクのマリキ首相の罷免を要求。9月にはイラク駐留米軍のペトレイアス司令官の議会への報告があるが、抜本的な進展は見込まれておらず、かえって一層の批判が予想されている。

 だが、ブッシュ氏が政策転換に踏み切る兆しはない。最近は、第2次大戦末期に登場しながら不人気に終わったトルーマン大統領に「魅力を感じている」(関係者)という。共産主義と戦う姿勢が後世、一定の評価を得たためとみられる。

 テロとの戦いにかけるブッシュ氏だが、今回の演説は日本を含めた諸外国の歴史や文化への無理解をさらした。都合の悪い事実を捨象し、米国の「理想」と「善意」を内向きにアピールするものとなっている。

■米大統領演説の日本関連部分(要旨)

 ある晴れた朝、何千人もの米国人が奇襲で殺され、世界規模の戦争へと駆り立てられた。その敵は自由を嫌い、米国や西欧諸国への怒りを心に抱き、大量殺人を生み出す自爆攻撃に走った。

 アルカイダや9・11テロではない。パールハーバーを攻撃した1940年代の大日本帝国の軍隊の話だ。最終的に米国は勝者となった。極東の戦争とテロとの戦いには多くの差異があるが、核心にはイデオロギーをめぐる争いがある。

 日本の軍国主義者、朝鮮やベトナムの共産主義者は、人類のあり方への無慈悲な考えに突き動かされていた。イデオロギーを他者に強いるのを防ごうと立ちはだかった米国民を殺害した。

 第2次大戦に着手した時、極東の民主主義国は二つしかなかった。オーストラリアとニュージーランドだ。日本の文化は民主主義とは両立しないと言われた。日本人自身も民主化するとは思っていなかった。

 結局、日本の女性は参政権を得た。日本の防衛大臣は女性だ。先月の参院選では女性の当選が過去最高になった。

 国家宗教の神道が狂信的すぎ、天皇に根ざしていることから、民主化は成功しないという批判があった。だが、日本は宗教、文化的伝統を保ちつつ、世界最高の自由社会の一つとなった。日本は米国の敵から、最も強力な同盟国に変わった。

 我々は中東でも同じことができる。イラクで我々と戦う暴力的なイスラム過激派は、ナチスや大日本帝国や旧ソ連と同じように彼らの大義を確信している。彼らは同じ運命をたどることになる。

 民主主義の兵器庫にある最強の武器は、創造主によって人間の心に書き込まれた自由を求める欲求だ。我々の理想に忠実であり続ける限り、我々はイラクとアフガニスタンの過激主義者を打ち負かすだろう。
URL:http://www.asahi.com/international/update/0824/TKY200708240002.html

0820 従軍慰安婦問題に批判的な社説掲載 ジャカルタポスト紙 [朝日]

2007年08月20日10時27分

 安倍首相が訪問中のインドネシアの英字紙ジャカルタポストは20日付の社説で従軍慰安婦問題に言及し、「日本のリーダーたちが自らの歴史を誠実に受け入れられない限り、国際社会の中枢での役割を担うことは決してできないだろう」と論評した。

 社説は、安倍首相が3月、従軍慰安婦について「強制性を裏付ける証拠がなかった」などと発言したことについて、カリマンタンの元従軍慰安婦(78)が「彼の顔を平手打ちしたい。うそつきだ」と地元メディアに語ったことを紹介。「過去の否定は国の名声を傷つける」と批判した。

 同紙は、首都ジャカルタなど大都市を中心に発行されている有力紙の一つで、知識層の読者が多い。
URL:http://www.asahi.com/international/update/0820/TKY200708200037.html

0816 終戦の日、各地で催し 靖国、憲法、「今」を問う [朝日]

2007年08月16日01時00分

 「終戦の日」の15日、各地で平和を考える催しがあった。敗戦から62年。戦争体験だけでなく靖国参拝や憲法など「今」を問うテーマで人々は思いを語った。

 靖国神社の参道での第21回戦没者追悼中央国民集会(英霊にこたえる会、日本会議主催)で、閣僚が参拝しないことに三好達・日本会議会長が「甚だ遺憾に思う」と話すと、1000人以上の参列者から拍手がおこった。

 こたえる会の堀江正夫会長も、安倍首相について「(参拝を)期待していただけに、失望の念をぬぐいきれない」。そのうえで「戦後体制からの脱却と美しい日本の再生は当然のことで、首相は信条を曲げてはいけない。胸をはって靖国にお参りしてほしい」。

 中曽根首相の靖国神社公式参拝に抗議して86年に結成された平和遺族会全国連絡会は、東京・一ツ橋で集会を開いた。

 召集された夫がフィリピンで行方不明になり、戦後に空の遺骨箱を受け取った黒田康子(しずこ)さん(92)は「核保有国が核兵器の禁止を叫んでも、小国がひそかに核保有する時代。日本が平和憲法を持ち非戦を誓ったのは夢だったのか」と述べた。

 東京の千鳥ケ淵戦没者墓苑では、労組などによる「平和フォーラム」が追悼集会を開いた。江橋崇代表は「イラク、アフガンでの戦争は泥沼化し、北朝鮮ではミサイル実験や核実験が強行されている。日本では自衛隊の海外派遣が継続され、核の研究や使用を容認する動きがあった」と危機感を示した。

 東京・代々木で16日まで開かれる「平和のための戦争展」では、15日、元兵士の小山一郎さん(86)が、中国・山東省で捕虜を銃剣で刺す訓練や集落の焼き払いに参加した体験を語った。

 「短期間のうちに、平気で人を殺せる鬼の心に入れ替えるような訓練をさせられた。『アジア解放』という志とは全然違う行為をしていた。侵略戦争は二度と繰り返してはならない」

 東京都千代田区の日本教育会館では「8.15と日本国憲法」と題した集会があり、パネリストの作家、落合恵子さんが「平和の基本は、人権や命です」。

 母親を7年間にわたって在宅介護した経験を持つ。福祉サービスを原則1割負担にした障害者自立支援法にも触れ、「国に怒りを感じていた。介護の経験で机のうえの護憲派から、生活者としての護憲派に変わった。自分に引き寄せて平和を考えるしかない」と語った。
URL:http://www.asahi.com/national/update/0815/TKY200708150304.html

0816 靖国自粛の夏 閣僚、参拝1人 首相「あいまい戦術」 [朝日]

2007年08月16日03時03分

 靖国神社の政治風景がすっかり変わった。終戦記念日には90年代初めまで毎年10人を超す閣僚が参拝し、昨年は当時の小泉首相が自ら参拝した。ところが、参拝支持派だった安倍首相が「行くか行かないか申し上げない」と繰り返し、参拝を見送り。参院選大敗で閣内の自粛ムードにも拍車がかかり、閣僚の参拝も1人だけだった。A級戦犯の分祀(ぶんし)論など問題解決に向けた論議も下火となり、靖国をめぐる「政治熱」は急速に冷めつつある。


 午前8時20分ごろ、強い日差しが照りつけるなか、黒塗りの車が靖国神社の到着殿に乗り付けた。降りたのは、モーニング姿の小泉前首相。玄関では、日本遺族会の役員が出迎えていた。

 だが、安倍首相は姿をみせなかった。参拝しなかった理由を記者団に問われると、首相は「あいまい戦術」を展開した。「参拝した、しなかった、する、しない、外交問題になっている以上、このことを申し上げる考えはございません」

 安倍首相はかつては、靖国参拝を続けた小泉前首相の姿勢を支持していた。だが、自民党総裁選を勝ち抜くためには日中関係改善が不可欠とみて、官房長官時代に参拝の有無を明かさない「あいまい戦術」に転換。首相就任直後の昨年10月に訪中して関係改善を果たし、「安倍外交の成果」(周辺)と自負する実績を残した。

 閣内にも、そんな首相の戦略を壊すわけにはいかないとの空気が支配的だ。15日にただ一人参拝した高市少子化担当相も「不要な混乱を起こす可能性があれば、ここはこらえようと総理は思っておられる」と代弁した。

 さらに、参院選惨敗で政権の求心力は低下しており、これ以上、政権の足を引っ張るようなことは避けたい思いもある。山本金融担当相は「アジアの政治的安定には悲観論が多い。(参拝で)大臣としての行動に支障を来しては残念な結果になる」と語った。

 ただ、首相は支持基盤の保守層を無視するわけにもいかない。「靖国神社にとって大事なのは春と秋の例大祭」(周辺)と整理し、首相が4月の例大祭で参列の代わりに供え物を奉納する手を打ったのはそのためだ。

 それでも理念重視の安倍路線への懸念は根強い。河野洋平衆院議長は全国戦没者追悼式の追悼の辞で「海外での武力行使を自ら禁じた『日本国憲法』に象徴される新しいレジームを選択して今日まで歩んできた」と語り、首相が掲げる「戦後レジームからの脱却」を牽制(けんせい)した。


■「分祀」論議も停滞気味

 安倍政権では、小泉前政権下で活発だった「靖国論」も停滞している。

 「戦没者の英霊をまつるわが国唯一の追悼施設は靖国神社だ。だからこそ、すべての国民が心静かにお参りできる施設であってほしい」。15日朝、靖国神社の社頭で参拝を済ませた日本遺族会会長の古賀誠・元自民党幹事長は、記者団にこう語った。

 古賀氏は昨年5月、靖国神社に合祀(ごうし)されたA級戦犯の分祀論を提唱した。昨年は麻生外相が靖国神社を非宗教法人化して国立追悼施設とする私案を発表するなど、自民党総裁選を意識した靖国論争が熱を帯びていた。

 ただ、遺族会では職業軍人の遺族を中心に分祀論に抵抗もあり、古賀氏の提案を受けた議論はなかなか進まない。安倍政権で日中関係が改善に向かっていることも靖国問題先送りの機運を広げている。国立追悼施設建設が持論の公明党から「もう少し論議を深める作業をやり直していかないといけない」(太田代表)との声が出るほどだ。

 「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の会長を務める島村宜伸・元文相は15日、集団参拝を終えた記者会見で、閣僚が相次いで靖国参拝を見送る現状を「頼りない。堂々と参拝なさるべきだ」と批判した。ただ、閣僚参拝が1人にとどまった背景には、首相や閣僚の靖国参拝を強く望む遺族会の影響力低下もうかがえる。国のために戦った人たちの慰霊に国がどう向き合うかという根源的な議論は、宙に浮きかねない状況だ。

 安倍首相は同日、国立追悼施設の建設について記者団に問われ、「ご遺族の方々のご意見もあると思う。十分慎重に検討しなければならない」と語るだけだった。
URL:http://www.asahi.com/politics/update/0816/TKY200708150327.html

0815 米慰安婦決議:「日本の取り組みに正しい理解ない」…政府 [毎日]

 政府は15日閣議決定した答弁書で、米下院で採択された従軍慰安婦問題に関する対日謝罪要求決議について「日本政府の取り組みに対して正しい理解がなされていないと考える」との認識を明らかにした。また、「慰安婦問題に関する政府の基本的立場は、93年の(河野洋平)官房長官談話を継承している」とした。辻元清美衆院議員(社民)の質問主意書に答えた。


0815 昨年より8万5千人減 靖国神社参拝客数 [朝日]

2007年08月15日23時16分

 終戦の日の15日、東京の靖国神社を訪れた参拝客は、16万5000人(同神社発表)だった。当時の小泉首相が参拝した昨年は25万人で、8万5000人の減となった。
URL:http://www.asahi.com/national/update/0815/TKY200708150305.html

0814 A級戦犯無罪主張のパル判事遺族と面会へ 安倍首相 [朝日]

2007年08月14日02時24分

 安倍首相は今月下旬にインドを訪れる際、極東国際軍事裁判(東京裁判)のパル判事の遺族と23日に面会する方向で調整していることがわかった。パル氏は連合国側判事として唯一、東条英機元首相らA級戦犯全員の無罪を主張したことで知られている。

 政府関係者によると、パル氏の遺族との面会は首相の強い希望だという。首相は東京裁判について国会答弁などで「国と国との関係において、この裁判について異議を述べる立場にはない」と述べるにとどめている。ただ、かつてはそのあり方に疑問を唱える立場をとっており、波紋を呼ぶ可能性がある。
URL:http://www.asahi.com/politics/update/0814/TKY200708130325.html

0810 全閣僚、終戦記念日に靖国参拝せず [朝日]

2007年08月10日14時31分

 安倍内閣の全閣僚が、8月15日の終戦記念日には靖国神社を参拝しない考えであることがわかった。10日の閣議後会見などで、各閣僚がそれぞれ明らかにした。安倍首相は7日、8月15日の参拝について、首相官邸で記者団に「参拝する、しないについては、申し上げない」と述べたが、周辺は「首相は大事なのは春と秋の例大祭と言っている。8月15日はさほど意味がない」などとしており、参拝しない方向だ。

 塩崎官房長官は10日午前の記者会見で「行く予定はございません。私の信条でいつも決めている」と述べた。冬柴国土交通相は閣議後会見で、参拝する考えはないことを示したうえで「総理、官房長官、外務大臣に参って欲しくない、と中国が表明している。それはおもんぱかった方が良い」と語った。

 一方、尾身財務相は閣議後会見で「予定はない」としながらも「私は日本国民の一人として随時靖国神社に参拝しており、参拝を否定するものではない」と述べた。長勢法相は閣議後会見で「今のところ予定していない。大臣就任前からお参りをしたいと思った時に突然しており、事前に予定するということはない」と話した。
URL:http://www.asahi.com/politics/update/0810/TKY200708100240.html

0809 「本当に申し訳ない」 首相、久間発言で改めて陳謝 [朝日]

2007年08月09日12時40分

 安倍首相は9日、長崎市の平和公園で記者団に対し、米国の原爆投下を「しょうがない」と述べて辞任した地元選出の久間章生前防衛相の発言について「多くの被爆者の心を傷つけたことに対し、本当に申し訳ない思いでいっぱいだ。核廃絶に向け、こうした核の惨禍が二度と起こらないよう全力を尽くしていく」と改めて陳謝した。
URL:http://www.asahi.com/politics/update/0809/TKY200708090167.html

0809 安倍首相が長崎でも、被爆者団体代表らと面会 [朝日]

2007年08月09日13時30分

 安倍首相は9日、長崎市の平和祈念式典に参列後、午後0時10分から約15分間、同市内のホテルで被爆者5団体の代表らと面会した。原爆症認定訴訟をめぐる対応などについて被爆者側から要望を受けたが、踏み込んだ回答はほとんどなかったという。

 被爆者側によると、国側の敗訴が続く原爆症認定訴訟の控訴取り下げや、在外被爆者援護策の拡充などを求めたのに対し、安倍首相は「関係省庁で検討して対処したい。ここでは明言できない」などと述べるにとどまった。
URL:http://www.asahi.com/politics/update/0809/SEB200708090016.html

0809 長崎平和宣言、核兵器容認論に危機感 被爆から62年 [朝日]

2007年08月09日12時07分

 長崎は9日、被爆から62年を迎えた。長崎市松山町の平和公園では午前10時40分から、長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が開かれ、被爆者や遺族ら5500人が参列。原爆が投下された午前11時2分、犠牲者を悼んで黙祷(もくとう)をささげた。4月に初当選し、初めて平和宣言を読み上げた田上富久市長は、久間前防衛相が原爆投下を「しょうがない」と発言したのを受け、「原爆投下をめぐる誤った認識」が広がっていることへの危機感を表明。非核三原則の法制化などを訴えた。


被爆者や遺族、関係者らが参列して原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が行われ、長崎市・田上市長が平和宣言を読み上げた=9日午前11時11分、長崎市の平和公園で
 式典では、長崎で原爆に遭い、この1年間に死亡が確認された3069人の名簿が平和祈念像前の奉安箱に納められた。死没者の累計は14万3124人になった。

 被爆者や遺族の代表、安倍首相らが献花した後、原爆投下時刻に高校生の男女が「長崎の鐘」を打ち鳴らした。高く澄んだ音色が響く中、参列者たちは原爆の熱線、爆風、放射線にさらされて亡くなった人たちの冥福を祈った。

 平和宣言は冒頭、4月の市長選のさなかに暴力団幹部に射殺された伊藤一長・前市長の遺志を受け継ぎ、核兵器廃絶に取り組む決意を表明した。

 核をめぐる国際情勢には不安が募る。北朝鮮による核実験やイランの核開発疑惑などに触れ、「核不拡散体制が崩壊の危機に直面している」と指摘。米国をはじめとするすべての核保有国が、自らの核兵器の廃絶に取り組むべきだと訴えた。

 日本政府への注文も多い。「憲法の平和と不戦の理念にもとづき、核兵器廃絶に向けて強いリーダーシップを」「北東アジア非核化構想の実現を目指し、北朝鮮の核廃棄に向けて6カ国協議の場で粘り強い努力を」「被爆者の実情に目を向け、援護施策の充実を」

 久間発言に直接言及することは避けたが、「被爆国のわが国においてさえも、原爆投下への誤った認識や核兵器保有の可能性が語られる」現状を憂えた。昨秋、中川昭一・自民党政調会長らが日本の核武装について「議論があっていい」と発言したことへの批判も込めた。

 式典には核保有国のロシア、パキスタンを含め15カ国の駐日大使らが参列。初参加は10カ国だった。衆院長崎2区選出の久間氏は「混乱を招くのを避けたい」として欠席した。
URL:http://www.asahi.com/politics/update/0809/SEB200708090014.html

0807 原爆症認定基準、見直しを明言 柳沢厚労相 [朝日]

2007年08月07日12時36分

 柳沢厚生労働相は7日、閣議後の会見で、安倍首相から指示を受けた原爆症の認定基準見直しについて「検討した結果、見直しがされないということはあり得ない。私としては認めない」と述べ、基準の変更を明言した。検討期間については、「1、2年とは言わず、出来るだけ早く」とし、6日に表明した「1年以内」からさらに前倒しする可能性を示唆した。

 各地で国側敗訴の判決が相次いでいる訴訟への対応は「認定基準の見直しとは別に関係省庁と協議していきたい」と述べるにとどまった。
URL:http://www.asahi.com/politics/update/0807/TKY200708070209.html

0807 原爆ドキュメンタリーを全米放映 被爆者の証言中心に [朝日]

2007年08月07日10時30分

 全米各地で6日夜、広島、長崎の被爆者の証言を中心に原爆投下を再現した長編ドキュメンタリー映画「ホワイトライト/ブラックレイン」(邦題「ヒロシマナガサキ」)がケーブルテレビで放映された。

 映画は、米国の大手ケーブルテレビ「HBO」が制作費を出し、日系3世の米国人、スティーブン・オカザキ監督が500人以上の被爆者を取材してつくった。広島、長崎の被爆者14人と、原爆を投下した米軍機の乗員ら4人の証言に、記録映像を織り交ぜながら、被爆当時の姿を描いた。

 9月末まで繰り返し再放送される予定で、8月7日にはDVDも発売される。原爆投下の正当性を根強く信じる多くの米国人にどう受け止められるか、注目されている。

 全米各地では5日から6日にかけ、反戦や核不拡散を訴える行事が相次いだ。
URL:http://www.asahi.com/international/update/0807/TKY200708070057.html

0806 原爆特別視を懸念、被爆者治療せず 50年代の米公文書 [朝日]

2007年08月06日08時01分
 原爆投下後に広島、長崎に設置された米国の原爆傷害調査委員会(ABCC)をめぐり、米政府が「原爆は特別な兵器ではない」との主張が揺らぐのを避ける意図で、被爆者の治療をさせなかったことが50年代の米公文書で明らかになった。原爆投下への謝罪と受け止められることも懸念し、被爆者と他の戦災者を区別しない方針を固めていた。米国は当時の冷戦下で、非人道的と非難されて原爆が使いにくくなるのを防ごうとしていたとされ、研究者は「被爆者への対応も核戦略の中に位置づけられていた」とみている。

 朝日新聞が米国立公文書館に対し、ABCCに関する複数の公文書の閲覧を請求した。いずれも50年代に作成された当時は機密扱いで、機密期間が過ぎた80年代以降に開示対象になった。

 ABCCは被爆者を検査してデータを収集したが治療はせず、被爆者の間に批判があった。50年代になって日本の報道機関も取り上げるようになっていた。

 今回閲覧したうち、パーソンズ駐日公使が国務省北東アジア部にあてた文書(54年2月)には、治療しない理由について「ABCCには日本での医療資格がない」ことなどを列挙。さらに重要なこととして「(治療すれば)被爆者に特別な意味があり、他の兵器の被害者とは異なるという見方を支持することになる」と説明した。「原爆投下への謝罪と解釈されかねない」とも指摘した。

 また、ロバートソン極東担当国務次官補にあてた文書(同年1月)の中で、北東アジア部の担当者は米政府の公式見解として「被爆者支援の責任は負わないし、その他の爆撃による被害者と区別することはできない」と述べている。

 こうした考え方の背景について、核問題を研究する米ジョージタウン大歴史学部博士課程の樋口敏広さん(28)は「旧ソ連とにらみ合った冷戦下で、米国は原爆を使用可能な兵器と位置付ける必要があった。ABCCが被爆者を治療しなかった理由は核戦略と結びついていた」とみている。
URL:http://www.asahi.com/international/update/0805/SEB200708050043.html

0806 平和宣言、核軍縮後退に危機感 広島「原爆の日」 [朝日]

2007年08月06日10時46分
 広島は6日、被爆から62年となる「原爆の日」を迎えた。広島市中区の平和記念公園で「原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式」(平和記念式)が開かれ、約4万人が参列した。秋葉忠利市長は平和宣言で「人類は今なお滅亡の危機に瀕(ひん)している」と述べ、核保有大国の核軍縮が滞り、核拡散もやまない状況を批判。久間章生・前防衛相が原爆投下を「しょうがない」と発言したことなどを受け、政府に被爆の実相を直視するよう迫り、さらに憲法をあるがままに順守するよう強く求めた。国内外にいる25万1000人余りの被爆者の平均年齢は74歳を超えた。

 式典は午前8時に始まった。平和宣言に先立って、広島で被爆してこの1年間に死亡した5221人の名簿が原爆死没者慰霊碑に納められ、死没者は25万3008人になった。原爆投下の午前8時15分には「平和の鐘」が鳴り響き、参列者は慰霊碑に向かって1分間の黙祷(もくとう)をささげた。海外からは過去最多の42カ国の政府代表が参列した。

 就任後、初めての出席となった安倍首相はあいさつのなかで「今後とも、憲法の規定を順守し、国際平和を誠実に希求し、非核三原則を堅持していく」と誓った。

 しかし、国際社会では核拡散防止体制の軸となる核不拡散条約(NPT)体制への信頼が大きく揺らいでいる。米国は01年の同時多発テロをきっかけに安全保障政策を転換。NPT加盟のロシア、英国、フランス、中国も具体的な削減への動きを見せず、05年のNPT再検討会議では最終合意文書の採択が見送られた。昨年には、条約を脱退した北朝鮮が核実験を強行するなど、核軍縮をめぐる動きは後退を続けている。

 国内でも、核兵器保有論や改憲論が公然と語られ始め、6月には久間前防衛相が講演で原爆投下について「しょうがない」と述べて辞任した。

 平和宣言は、こうした状況に危機感を示し、被爆の実相や体験を語り続けてきた被爆者の哲学を日本政府は学ぶ責務があると指摘。日本が核兵器廃絶のため誠実に努力する義務を負うことを再確認したうえで、「平和憲法をあるがままに順守し、米国の時代遅れで誤った政策にははっきり『ノー』と言うべきです」と政府に迫った。国の原爆症認定行政や在外被爆者への援護策を念頭に、高齢化する被爆者に対しては「実態に即した温かい援護策の充実」も求めた。

 広島市は今秋から、08年11月の米大統領選を視野に、首都ワシントンと全50州の計101都市を網羅する初めての「全米原爆展」を展開する。

 宣言はこうした取り組みも踏まえ「21世紀は市民の力で問題を解決できる時代」「都市が立ち上がり、市民の声で国際政治を動かそうとしている」とうたった。
URL:http://www.asahi.com/national/update/0806/OSK200708060007.html

0805 首相、原爆症認定基準の見直し検討を表明 被爆者団体に [朝日]

2007年08月05日23時08分
 安倍首相は5日、広島市内のホテルで被爆者7団体の代表らと会い、原爆症認定のあり方について「専門家の判断をもとに改めて見直すことを検討させたい」と述べた。原爆症認定では、申請を却下された被爆者がその取り消しを求めた裁判で国の敗訴が続いているため、認定基準の見直しも含めて何らかの対応が必要との考えを示したものだ。また首相は原爆投下を「しょうがない」と述べて辞任した久間章生前防衛相の発言について、被爆者に陳謝した。

 首相が今回、認定基準の見直しに踏み込んだのは、国の敗訴が続くなかで「全く何もしないで放置しておくわけにはいかない」(官邸関係者)との事情のほか、参院選で大敗した政権への支持を回復させたい意図もあるとみられる。ただ首相周辺や厚生労働省によると、見直しの具体的な中身や専門家を入れた今後の議論のスケジュールは決まっていない。

 広島で被爆者団体代表との会合に首相が出席するのは、01年8月の小泉前首相以来。安倍首相はあいさつで「(被爆者に対する)保健、医療、福祉、総合的な面でしっかりした対策を充実させていかなければいけない」と表明した。

 首相はその後の懇談の中で、原爆症の認定について、専門家の意見を聴きながら見直しを検討させる考えを説明した。

 また、各地で国の敗訴が続いている裁判への対応については「法律的な観点から各省庁で検討している」と述べるにとどまったが、同時に「裁判は別として、国として何ができるのかを検討させる」とも述べた。

 国が原爆症の認定申請を却下した処分の取り消しなどを求める集団訴訟では、7月30日の熊本地裁での判決など、国側の却下処分を取り消す判決が6回続いている。いずれも国の認定基準が批判されており、政府の対応が問われていた。

 首相発言について厚労省幹部は、見直しを「これから検討する」と語るにとどめた。同省はこれまでに相次いだ敗訴を受け、すでに認定基準の見直しが可能か内部で検討してきた。だが、科学的知見に基づいて作った現在の基準を変更するのは容易でないうえ、敗訴した6地裁の判決で認定された疾病の種類や爆心地との距離などは様々で、統一的な基準づくりは手詰まりなのが実情だ。

 また首相は、在外被爆者への支援策について、6日に柳沢厚労相から説明させると言及。北朝鮮在住の被爆者の実態調査については「日朝関係全般の中で考えていきたい」と語った。

 一方、米国による原爆投下を「しょうがない」と述べ、批判を浴びて辞任した久間前防衛相の発言について、首相は「被爆者の心を大変傷つける結果になり、大変申し訳ない」と陳謝した。そのうえで非核三原則を堅持する考えを強調した。
URL:http://www.asahi.com/politics/update/0805/TKY200708050248.html

0801 慰安婦決議 誤った歴史の独り歩きが心配だ(8月1日付・読売社説) [読売]

 明らかな事実誤認に基づく決議である。決議に法的拘束力はないが、そのまま見過ごすことは出来ない。

 米下院本会議は、いわゆる従軍慰安婦問題について、日本政府に対して公式な謝罪を求める決議を採択した。

 決議は、旧日本軍が、アジア各地の若い女性たちを慰安婦として「強制的に性的奴隷化」したと非難している。

 当然のことながら、日米同盟は、日本の国益上、きわめて重要な意味を持つ。日米両国は、軍事的、経済的に緊密な関係にあるだけでなく、民主主義、人権といった価値観も共有している。

 しかし、事実誤認には、はっきりと反論しなければならない。誤った「歴史」が独り歩きを始めれば、日米関係の将来に禍根を残しかねない。

 慰安婦問題では、1990年代初め、戦時勤労動員だった「女子挺身(ていしん)隊」が日本政府による“慰安婦狩り”制度だったとして、一部の新聞が全く事実に反する情報を振りまいた経緯がある。

 さらに93年に発表された河野官房長官談話には、官憲によって慰安婦が「強制連行」されたかのような記述があり、国内外に誤解を広めた。

 だが、慰安婦の強制連行を裏付ける資料は、存在しなかった。日本政府も、そのことは繰り返し明言している。

 他方で日本国内にも、全体として「強制性」があったとする主張もある。しかも、「強制性」の具体的内容の説明をしないまま、米議会の決議を当然視するような論調を展開している。

 決議は、「慰安婦制度は20世紀最大の人身売買の一つ」としている。

 そうした“慰安”施設は、旧日本軍に特有のものではなかった。戦後、米占領軍は、日本の“慰安”施設を利用した。朝鮮戦争当時、韓国軍もその種の施設を持っていたことが、今日では明らかにされている。

 第2次大戦中、ドイツ軍にも“慰安”施設があり、占領された地域の女性が組織的・強制的に徴集された。

 なぜ、日本だけが非難決議の対象とされるのだろうか。

 決議の背景には、提案者のマイケル・ホンダ民主党議員を全面的に支援する中国系の反日団体の活発な動きがあった。ドイツについては同様の運動団体がないせいだろう。もちろん、米軍の“道義的”責任を追及する団体はない。

 民主党優位の米議会では、今回のような決議が今後再び採択されかねない。日本の外交当局は、米側の誤解を解く努力が、まだまだ足りない。

(2007年8月1日1時23分 読売新聞)
URL:http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20070731ig90.htm

0801 社説:慰安婦決議 歴史認識の溝を埋める努力を [毎日]

 米下院本会議はいわゆる従軍慰安婦問題について「日本政府は歴史的な責任を公式に認め、謝罪すべきだ」という謝罪要求決議を採択した。日米関係に悪影響を及ぼさないよう両国政府の外交努力を促したい。

 決議案はこれまでに4回提案され、本会議採択は初めてだ。日本政府は採択しないよう米議会に働きかけたが成功しなかった。決議の重要性が高まったのは、安倍晋三首相が3月、国会で「狭義の強制性」を否定した答弁により、日米双方の関心が一挙に強まったためだ。決議に拘束力はなく、日本を一方的に批判するような内容には疑問もあるが、米議会の人権問題に対する懸念の深さと日米の歴史認識のずれを示す形になった。

 ブッシュ大統領が4月の日米首脳会談で「安倍首相の謝罪を受け入れる」と述べたのにもかかわらず、下院が同盟国日本へあえて要求をつきつけたのはなぜだろう。

 最大の理由は、理念の国米国にとって価値観や人権は譲れない原則であり、慰安婦問題を過去の話とみていないという点だ。

 決議を提案したホンダ下院議員は3月の演説で「慰安婦の経験は棚上げされてすむ歴史のエピソードではない。世界ではいまも女性の人権は守られていない。日本政府は戦時下の女性への暴力を排除する目標に踏み出すべきだ」と呼びかけた。スーダン・ダルフールの女性被害を引用しながら、現在の人権問題として解決を迫る論理だ。いまの日米は価値観を共有するはずなのに、という問題設定でもある。民主主義や自由を世界に広める使命を重視する米国で決議案阻止の動きは少なかった。

 さらに、日本の反応が公式と非公式の姿勢、あるいは建前と本音の間で食い違っているように受け止められた。安倍首相は強制性発言と4月訪米時の「おわびの気持ち」発言の間で大きな揺れをみせた。本心がどちらなのか釈然としない米国人は多いだろう。

 旧日本軍の関与を認め謝罪した93年の河野洋平官房長官談話をよりどころに「謝罪してきた」と説明するのが日本の立場だ。だが、軍の強制の証拠はないとして河野談話の見直しを主張する一部の政治家の発言は米国にも伝わっている。歴史修正主義と米国がみなす動きに対する警戒も出ている。

 ラントス下院外交委員長が本会議で「ドイツは歴史の罪について正しい選択をした。一方、日本は歴史の記憶喪失を促進してきた。日本の一部にある歴史をゆがめ否定し、被害者を非難する動きには吐き気を催す」ときわめて強く批判したのもその表れだろう。

 米国が主張する原爆投下正当化論への批判は日本に根強い。対テロ戦争やイラク戦争での人権侵害には国際法違反の指摘もある。「正しい歴史」を振りかざすだけでなく、みずからの過ちを振り返る謙虚さを米国には求めたい。

 歴史認識のずれを埋める対話は米国ともアジア各国とも続ける必要がある。河野談話で示した謝罪と反省を、繰り返し丁寧に説明する努力を怠ってはならない。


0731 米下院が従軍慰安婦決議を採択 [朝日]

2007年07月31日08時17分

 米下院は30日の本会議で、従軍慰安婦問題について日本の首相が公式に謝罪するよう求める決議を採択した。同様の決議案は01年から4回提出され、いずれも廃案になっていたが、今回は安倍首相の発言に対する反発から、初めて採択された。決議に法的拘束力はないが、採択の阻止を働きかけてきた安倍政権の失敗は明らかで、参院選の敗北に追い打ちをかける形となった。

 下院指導部は参院選への影響を避けるため、本会議採決を参院選後に先送りし、日程の公表も投開票後にするなど配慮を見せていた。3分の2以上の賛成が見込まれたことから、採決は出席議員による発声投票で行われ、異議はなかった。

 決議は、旧日本軍が若い女性に性的な奴隷状態を強制した歴史的な責任を日本政府が明確な形で公式に認め、日本の首相が謝罪声明を出すよう求める内容。1月末に日系のマイク・ホンダ議員(民主)が提出した。

 日本政府は「これまで謝罪してきたので決議案は事実と異なる」と訴えていたが、安倍首相は3月1日、軍当局の関与と「強制性」を認めた93年の「河野官房長官談話」に関連して「強制性を裏付ける証拠がなかったのは事実ではないか。定義が変わったことを前提に考えなければならない」と発言。自民党内に河野談話を見直す動きも出ていたことから、従来の日本政府の謝罪に留保をつけ、修正しようとする発言と受け取られた。

 決議案の共同提案者は下院(定数435)の167人に達した。そのうち142人は安倍首相の3月1日の発言後に共同提案者となっている。安倍首相は4月下旬の訪米時にペロシ下院議長やブッシュ大統領らを前に相次いで謝罪を表明したが、下院外交委員会は6月26日に39対2の大差で決議案を可決した。
URL:http://www.asahi.com/international/update/0731/TKY200707310019.html

0721 日本兵遺骨70体放置 インドネシアの島で慰霊団確認 [朝日]

 太平洋戦争で激戦地となり、1万人以上の旧日本兵が玉砕したニューギニア島北西部のビアク島(インドネシア)で、民間の慰霊団が今月上旬、多数の遺骨を発見した。鉄カブトをかぶったままの全身骨格もあり、多くは野ざらしだった。発見した遺族らは「63年間もなぜ放置されているのか」と国に訴えている。

 現地を訪れたのは、NPO法人・太平洋戦史館(岩手県奥州市)代表の岩渕宣輝氏(65)が主催した民間慰霊団の8人。うち4人は、ビアク島で戦死した旧日本兵の遺族だ。一行は7月5日、現地に入った。

 地元の人の案内で林に入ると、鉄カブト3個や大腿(だいたい)骨や肋骨(ろっこつ)、せっけん箱やはんごうが散乱していた。カブトを持ち上げると、中には頭骨がそのままあり、骨の内部はアリの巣になっていた。土や草を手で払いのけると、足の先までの全身の骨格が現れた。兵士は63年間、うつぶせに倒れた戦死直後の姿勢を保っていたらしく、黒い靴底が空を向いていた。

 鉄カブトの横には「綿白」「綿青」という表記のあるガスマスクの一部と、旧日本陸軍が食あたりなどの予防薬として配った「クレオソート丸」の小瓶が二つあった。

 現場は最近農地として開拓され、多数の骨が見つかるようになったという。

 遺族らは現地で慰霊祭を催した。父親が同島で44年6月末に戦死した高木由子さん(62)=埼玉県草加市=は「お父さん、やっと来たよ。あちこちにまだたくさんの兵隊さんがいるね」と呼びかけた。

 岩渕代表は5月の調査で56体を見つけ、今回新たに14体を確認。遺留品から、東京で編成され、44年6月に同島に入った応援部隊「歩兵第219連隊西原大隊(大隊長・西原登一大尉)」とみられる。 (07/21 11:51)
URL:http://clubaa.asahi.com/news/national/update/0721/TKY200707210053.html