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死にたい奴この指とまれ:第7話

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匿名ユーザー

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まっさかさまだった。落下しながら、全く身動きが取れない。

無造作に地表に打ち付けられるひとつの物体。

一瞬、頭蓋からほとばしって全身の骨を粉砕するような鈍い衝撃。

次の瞬間、一郎の意識は無に変わった。

 

瞼の向こうに強い光を感じながら、一郎は目覚めた。

「どうでしたか?」

老人の声。細く眼を開けて見ると、スポットライトの化け物のようなものを一郎のほうへ向けている。

「僕はまだ死んでないの?」

「ははは、まだ生きてますよ。結構リアルでしょう」

「ああ、これはすごい。でも飛び降りって、こんなにあっけないんだ…」

地表に打ち付けられた瞬間の凄まじい衝撃の余韻だけが残った。

「ここから先が大切ですよ。劇場型自殺ですからね」

スクリーンの場面が切り替わり、ワイドショーらしきテレビ番組が映し出された。

怪奇な「遺書」をスパムメールに託して、命を絶った少年。

その少年は銀幕のスターのひとり息子。格好の特ダネにワイドショーは沸いた。

木山邸の周りを報道陣が取り囲む。

「私の携帯にも、その少年からと思われる、遺書が届いています」

レポーターが興奮気味に携帯電話をポケットから取り出しながら語っている。

スタジオでは遺書の意義について、コメンテーターが分かり顔で議論を繰り広げている。

 

鳥になる痛いうまく僕がどこへ呼んでた 木山一郎

 

「名役者を両親に持った重圧と、はばたけないもどかしさが…」

「というより深層心理の中で痛みを昇華して…」

一郎はそれを見ながら大笑い。愉快だった。

「あなたが亡くなった後の、周囲の反応です」

「ああ、面白い!傑作!ねぇ、学校はどうなってるか、みてみたいな」

「どうぞどうぞ」

また画面は変わって学校の様子。全校集会だろうか。

体育館で大勢の生徒や保護者たちを前に、校長が沈痛な面持ちで語っている。

職員会議では誰にどう責任をとらせるか、大いにもめている。

一郎のクラスでは「遺書」についての憶測話に花が咲く。

「主犯格」のいじめっ子たちは次々と生徒指導室に呼ばれて蒼い顔をしている。

そんな映像が、スクリーンに次々と流れる。

 

「ははは、ざまぁみろ」

一郎はもう、一刻も早く死んでやりたいと思った。

「おじいさん、もうこの設定でいいかも。早くやっちゃおう」

「まぁ、そう焦らずによ~く吟味してください。これも一応確認して」

また画面は切り替わって、自殺現場。アスファルトに散乱する大量の血が確認できる。

(これが、全部自分から出たのか…)

次の瞬間に飛び込んできた映像は、肉塊となった一郎の姿。嘔吐した。

床へ胃の内容物を全て出し切り、なおも吐き続ける。

「あらまぁ、大丈夫ですか?」

「これ、ひどすぎる…」

前かがみになったまま、かぶりを振って答える。

「飛び降りは、高いところからでないと死に切れない場合があります。

かといって、高いところからだと、亡骸はあんな感じになってしまいます」

「これじゃイヤだよ。もうちょっと、他のやつ見てみる」

「そうですか、ではこれ、お品書きです」

薄い冊子を渡された。自殺シミュレーションの「メニュー」だった。

恐る恐る表紙を捲った。

 

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