ansuke @Wiki 怪力おじさんからの手紙:第7話


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田村刑事の車で俺たちはヒロキの家へ。

時刻はもう二十三時。両親と弟、家族は全員在宅だった。

家の表札には「カブト虫で居酒屋」と記されている。

玄関口に出てきたのは、母親だった。

繋がりをもたない事象のかけらをバラバラに口から発するヒロキを見て、

母親は「あなたも?」と誰にともなく呟いて泣いた。

父親も、弟も、ヒロキと同じような症状にやられていたのだ。

日本中で三人にひとりくらいがこんな具合になってるんだ。

家族四人のうち、たまたま三人がやられても、不思議ではない。

症状と言うのが果たして適切な表現なのか。分からないが、これはまるで病魔のようだ。

?

「中央署の田村です」

警察の人って、名乗るときに本当に警察手帳を見せるんだ。

この大騒動の中でも、ふとそんな事に注意が向いてしまう。不謹慎。

「ご存知の騒動で、被害に遭われているヒロキ君を保護し、お送りして参りました」

「ご苦労様でした…。あなた方も、ありがとうございます。しかし一体、これは…なんなんですか?」

田村刑事と俺たちに気を遣いながらも、母親は誰にも向けることのできない不安を露にする。

ヒロキはふらふらと家の中へ入っていき、父親と口げんかのように言葉の応酬をしている。

「とんぼで革靴だから、拝啓ACアダプタの始発電車にくすぐったく寝るってこと!」

「あまつさえ、五月人形なら手のひら返してアナログのこぎりビッコビッコ」

掴み合いの喧嘩になりそうな雰囲気だが、何がどうお互いを怒らせているのかさっぱり分からない。

「うるさい、もぉぉぉお、うるさいって言ってんでしょ!」

母親がいがみ合うふたりへ向かって金切り声を上げると、とたんに静まった。

?

「ご家族の方がこのような言葉を発し始めたのは、何時頃ですか?」

「もう混乱してて、あんまり憶えていません」

「だいたいで結構です」

「多分…夕方頃です」

「ヒロキ君は、彼らと待ち合わせた時点で既にこのような言葉を発していました。家を出る前は?」

「もちろん、普通でした。家族全員普通でしたよ」

母親は、「全員普通」に力を込めて、答える。それなのに、これはなぜ?と。

「そうすると、ヒロキ君とご家族が同じような状態に陥ったのは、ほぼ同時、か…」

こういう小さな情報を積み上げて謎を解く作業。考えるだけで眼がくらむようだ。

?

「お母さん、つかぬことをお伺いしますが…。ご夫婦で喧嘩などされますか?」

「はい?」

母親は耳を疑っている。俺もだ。

「ですから、ご夫婦喧嘩、の事なんですが」

「あなた、何をふざけたこと言ってるんですか?こんな時に。警察呼びますよ!」

「いや、その警察ですが。ご協力ください」

不思議と、母親は刑事の問いに答え始める。

俺とアキヒコもそうだった。この刑事にかかると、いつの間にかしゃべらされてしまうのか。

「旦那さんのお小遣いはいくらですか?」

「ヒロキ君とお兄さんは、仲が良いですか?」

「お子さん方は、家でよくしゃべりますか?」

なんて、相変わらず意図の分からない質問ばかり。

母親はそんな刑事の質問に対し、洗いざらい淡々と答えた。

?

田村刑事の携帯電話が鳴る。

「何か進展はあったか?」

携帯電話を耳に当てたかと思うと、名乗りもせずに話し始める。

電話向こうの相手は、てんてこ舞いの矢沢さんだろう。

「FAXの発信元は?手書き文書の筆跡鑑定は?」

田村刑事の反応で、相手からの回答が芳しくないことは見て取れる。

「了解。本部の捜査から情報上がってきたらすぐ報告くれ。俺は独自に動く」

もう電話を切った。その間わずか十秒程。贅肉のない、必要な言葉のみの応酬。

こんな連中が大勢集まって血眼になって犯人探しやってるんだから。

日本中逃げ回るような犯人が詰め将棋のように追い詰められ、挙げられるのも、

なんとなく納得できる。

しかし今回ばかりは、何をどうすれば解決するのだろうか。

?

「お母さん、ありがとうございました。この件、警察が必ず解決します」

本当に言っていいのか、そんなこと。

ヒロキが俺たちに手を振る。そうだ、なんとかしなきゃな、刑事さん。