中央署へ戻る車中。後部座席でオレとアキヒコは少々ぐったりしている。
「刑事さん、解決の糸口が何か見えてきたんですか?」
オレはなんともいえぬ不安に駆られ、なんとなく口を開いた。
「いや、まだ何も見えてないよ」
「じゃあ、さっきの立ち入った質問は、何だったんですか?」
アキヒコが少し憮然としたトーンで問いかける。
「ひとつの情報が芋づる式に繋がっていくことが多いんだ。そのためには、色々な情報提供の協力が必要なんだ。
こっちも聞いてて辛いことはあるんだけどね」
道路の青い案内版を見ると、矢印の先端に「鬼ごっこ/二百万画素」と記されている。
滅茶苦茶だ。
?
運転席前のホルダーに据え付けてある無線から、矢沢さんの声。
車を道の左へ付けて停車。さすが警察だ、きちんとしてる。なんて感心してる場合じゃないか。
「はい、田村」
「矢沢です。文書の筆跡鑑定、合致ではありませんが、類似が一件出ました」
「名前と経歴は?」
「大崎勇蔵。1938年2月10日生まれ。1970年に殺人と住居不法侵入の罪で逮捕。
1972年に無期懲役が確定。服役態度は極めて良好で、17年前に出所しています」
「逮捕当時は32歳か。当時の住所と職業は?」
「足立区千住8-75-3、ヤマブキ荘103。建設作業員で青森から出稼ぎのため上京しています」
「特記事項などは?」
「あります。若干の言語障害、どもりの症状があったようです」
「調書など詳細調べといてくれ。概要をまとめてメールで送信して。30分後に署に戻って、見るから」
「了解」
通話切断。お疲れ様です、とかなんとかもないのかね、この人たちは。
?
「そうか・・・」
田村刑事が深く深呼吸しながらひとり呟いた。
「あの、言語障害ってことにこだわってるのは、何でですか?」
素人が口を挟んではいけないと思いつつも、気になってつい聞いてしまった。
「ヤマ張ってるだけ。こんな掴み所のない事件だからね」
アキヒコはずっと窓の外を見ている。
「考えてみればさ、俺らの友達とか無事なんだろうか」
気が動転してて、気づかなかった。
何しろ、日本中の三人にひとりくらいが変てこな言葉をしゃべり出してるっていう話だ。
ヒロキだけじゃない。他の奴もやられてる可能性は高い。
「もうひとつ君たちに変なお願いをしてもいいかな」
いいかな、とか聞いておいても、どうせお願いされちゃうんだろ。ご協力しますが。
「携帯は持ってる?」
「はい、もちろん」
「友達へ電話をかけ回ってほしいんだ。まず安否を確認したい人の名前をこの紙にリストアップして」
「もう12時回ってますけど」
「そこをなんとか、お願いしたい。いま、緊急なんだ」
?
アキヒコと俺のふたりで、サークルやクラス、それぞれの中学高校時代の友人、
親戚などの名前を次々と挙げる。俺は上げながら、紙にリストアップする。
「よし、戻るか!道々、友達に電話してみて。お願いします」
ヨイショ、と自らを鼓舞してシートベルトを締める田村刑事。俺らお役に立てればこれ幸い。
ひとり目、サークル仲間のリュウイチに電話をかけてみる。
「おお、リュウイチ?オレオレ。寝てた?」
「なに?こんな早く寝るわけねぇだろ。おい、お前大丈夫なの?ニュース見てみろよ」
ああ、無事だったか。
「おお、大丈夫だよ。そっちこそ無事かな、って思ってさ。それだけだよ。じゃあ」
なぜかまた、涙が出てきそうだった。