(メカギャル文庫)マスター育成計画 冒頭立ち読み版
「和臣。あなたに話さなければならないことがあるの」
微笑みを浮かべた姉、大津明日未を振り返り、和臣は眉を寄せた。明日未はいつもと同じように優しげな微笑みを浮かべている。どうせまた、学校で誰とどうしたとか、訳の判らない実験の話とかに決まってる。でも明日未とは通っている学校が違うのだから話題について行けるはずがない。和臣はそんなことを思いながら再びテーブルに向かった。
砂時計が落ちたのを確かめてカップ麺の蓋を剥がす。
「なに?」
ここで聞き返さなくも、明日未はきっと自分で勝手に話し始めるに違いない。そうは思ったが、和臣は一応そう返事をした。
ぐるっとキッチンを回って和臣の正面に腰掛けた明日未がにっこりと笑う。
「わたし、改造手術を受けてサイボーグになったの」
和臣は啜りかけていたカップ麺を吹いた。
ごく普通のサラリーマンの父親、ごく普通の母親、そしてごく普通のありきたりな高校生である自分。そんな普通を絵に描いたような家庭の中で、明日未だけは幼い頃から変わっていた。
吹き出してしまったカップ麺を片付け、残りを啜りながら和臣はため息を吐いた。
「冗談ならもっと上手く言えば? 焦って吹いたじゃないか」
「和臣。わたしは冗談が嫌いなの。あなたなら、良く知ってるでしょう?」
そう言った明日未がうっすらと笑みを浮かべる。だがその目はまったく笑っていない。和臣は嫌な顔をして明日未から目を逸らした。
冗談にしては馬鹿馬鹿しすぎて笑えないし、確かに明日未は冗談みたいなことを本気でやる性格をしている。そういえば幼い頃には好きな女の子の前でズボンを引きずり下ろされたこともある。男女の身体の違いがどうとか、もっともらしい説明をしてはいたが、あの時以来、和臣は好きな女の子に自分から話しかけることが出来なくなってしまった。顔を見ると恥ずかしさと情けなさに居たたまれなくなるから、中学からは行く学校も変えた。今の和臣は中高一貫教育を行っている、とある男子校に通っているのだ。
なのに明日未は何かといえば、その女の子が今日はどうしたとかいう話を振ってくる。和臣が自分からその女の子に話しかけられないことを知っていてわざとやっているのだ。
和臣は好きな子のことを思い出して遠い目をした。
「そうだね。姉ちゃんは昔から洒落にならないことやるよな」
「以前にした洒落にならないことって、どんなことかしら? わたしは思いつけないのだけど、教えてもらえる?」
にっこりと笑ったまま、明日未が言う。それを聞いて和臣は慌てて首を振った。まずい。この調子で問い詰められていくと、最後は自分の首を絞めることになってしまう。これまでの経験から、そのことを先読みした和臣は何でもありません、と優等生の返事をした。
だがしかし、そうなると明日未がサイボーグになったのは本当だということになる。和臣は眉を寄せて首を捻った。サイボーグといえば、小説や漫画に出てくるあれだろうか。
「それで、サイボーグになったという件は信じてもらえたのかしら? 必要なら証拠を見せてもいいけど」
「ちょっと待って。整理するから。ええと? サイボーグって機械が身体に入ってるってあれだよな?」
明日未は冗談が嫌いだ。だとしたら言っていることは本当ということになる。だが、本当にそんなことが出来るのだろうか。疑いの眼差しで明日未を見つつ、和臣は残っていたカップ麺を啜った。
「基本的には、その理解で正しいわ。ただし、わたしの場合は脳以外の全てを機械化してるけど」
「姉ちゃんの場合、脳を機械にしてそれ以外を残した方が平和だったんじゃない?」
思わず口を滑らせてしまってから、和臣は慌てて口を押さえた。この姉は冗談も言わないが、こっちの冗談も通じないのだ。
「それって、わたしが居なくなったほうが良いって意味かしら? もしかして、和臣、わたしの事嫌ってる?」
急に悲しげな顔になって明日未が俯いてしまう。その表情はとても演技には見えない。だが油断ならないのがこの姉だ。そうは思ったが、和臣はついつい謝ってしまった。
「ご、ごめん。そういう意味じゃなくて、あの、少しは突拍子もないところが落ち着くかなとか、そういうことで」
和臣は焦りながら言い訳を試みた。すると明日未がゆらりと顔を上げて上目遣いに和臣を見る。
「人間の自我は脳に由来しているのよ。和臣が言うようなモノがもし作れたとしても、それはわたしじゃないわ」
「いや、あの、えっと」
冗談とは言えない雰囲気になってきた。和臣は冷や汗を垂らしながらどう切り抜けようかと考えた。この手の話をし始めるときっと際限が無くなってしまうに違いない。だが理解出来ないから聞きたくないと言っても明日未はきっと許してくれないだろう。
和臣は少し悩んでから、残っていたカップ麺を片付けて立ち上がった。そんな和臣を明日未が不思議そうに見る。
「どうせ長くなるんだろ? 話」
「あの! 和臣! わたし、知らないうちにあなたを傷つけてて、居なくなったほうが良いと思うくらい嫌われてたとか、そういうわけじゃないの?」
心配そうな表情をして明日未が言う。和臣は顔をしかめて二人分の茶の準備をし始めた。昼間はパートで母親が稼ぎに出ているからか、こうした細々とした家事なら和臣も自然と出来るようになっているのだ。
「だから、別にそういう訳じゃないってば。ただちょっと、姉ちゃんの性格ってかっ飛んでるかなとは思うけど」
「わたしの性格ってそんなに変?」
自覚ないし。
内心で呟いて和臣は明日未を振り返った。明日未は身を乗り出して心配そうに和臣を見ている。その態度も格好も、ついでに顔立ちや髪の長さも前と変わりない。サイボーグというのはもしかして、元々の身体の形そっくりに出来るものなのだろうか。
そんなことを思いつつ、和臣は顔の向きを正面に戻した。急須に玄米茶の葉を入れながらため息を吐く。
「ちょっと変だと思う。サイボーグとか、普通そんなのしないだろ」
「必要だったからなったのよ。普通がどうとか、そういう問題じゃないの」
淡々とした口調で明日未が答える。必要ねえ、と呟いて、和臣はケトルの中に水を入れて火に掛けた。明日未は猫舌だから少しぬるめにした方がいいだろうか。そう考えた和臣は自分が使う方のマグカップにだけポットから熱湯を注いだ。
「大体さあ。そういう話を何で僕にするんだよ」
そういう大切な話は両親にした方がいいんじゃないのか。そう思いながら和臣は明日未を振り返った。明日未はいつの間にか椅子に横向きに腰掛け、和臣の方を見ている。
「わたしには、和臣しか頼れる相手が居ないから」
お父さんの転勤の件、知ってるわよね? そう続けた明日未から目を逸らし、和臣は顔をしかめた。父親は近く、転勤で家を離れることになっている。だが父親は自分の身の回りの世話が一切出来ない。そのため、母親が父親に同行することになっているのだ。
最初は家族全員で引っ越すという話も出たのだが、明日未と和臣は高校生だ。今から別の学校に編入するのは、受験のことを考えると難しい。それに父親の転勤は二年と時間が区切られていて、その後に戻ってくることは企業側から確約されている。
話し合った結果、二人はこの家に残り、両親だけが離れるということになったのだ。
「そりゃ、判ってるけど」
和臣は小声で言って、笛を鳴らし始めたケトルを火から下ろした。熱湯を注いだ急須と、マグカップを二つテーブルに置く。二つのカップに茶を注いでから、和臣はテーブルに着いた。
「和臣。だったら、わたしのお願い、聞いてもらえるわよね?」
「お願いって? 面倒なことじゃないよな?」
警戒心いっぱいの顔で明日未を伺いつつ、和臣は熱い茶を少しずつ啜った。少し思案するような顔をした明日未が、間を置いて言う。
「多少は手間がかかるかもしれないわね」
「姉ちゃんの多少って微妙だよな。多少とか言いながら、めちゃくちゃ面倒なことさせられたこともあるし」
普段使っているパソコンの調子が悪いとかで様子を見た時のことだ。明日未はパソコンの自作程度なら可能らしいのだが、その時はちょうど、科学部が忙しかったらしい。その代わりに和臣は様子を見てくれと頼まれたのだ。
軽い気持ちで明日未のパソコンを開けた和臣は頭を抱えた。明日未の使用していたパソコンはハードディスクから何とかデータは移すことが出来たのだが、ほぼ丸々作り替えなければならなかったのだ。おまけに明日未は出来るだけ安くしろと注文をつけてくれた。おかげで和臣は安くて質のいい部品などを買うために、あちこちの店を訪ね歩かなければならなかったのだ。
「そうね。和臣から見れば面倒かもしれないわ」
神妙な面持ちをして明日未が言う。和臣はげー、と舌を出して横を向いた。
「じゃあ、パス。姉ちゃん、せっかく恭司兄ちゃんと知り合いなんだから、頼めばいいだろ?」
ちなみに恭司というのは和臣と明日未の幼なじみだ。恭司と明日未、そして恭司の妹は同じ高校に通っている。そして恭司は明日未の所属する科学部の部長をしているらしい。そして和臣の好きな女の子というのは恭司の妹、真紀なのだ。お互い家が近いこともあり、幼い頃にはこの四人でよく遊んでいた。だがズボン事件をきっかけに、和臣は幼なじみの輪から抜けた。
それ以降も明日未はあの二人との付き合いがある。和臣は不機嫌な顔で明日未を睨むように見た。
「和臣がわたしの頼みを聞いてくれるなら、お父さんが転勤した後の家事は全てわたしが引き受ける。という条件でもだめ?」
唇に指を当て、ちょこんと首を傾げた明日未が言う。それを聞いた和臣は目を見張った。
「は!? マジで!? だって姉ちゃん、これまで家事なんかしたことないじゃん!」
母親がいない時はいつも料理をするのは和臣の役だった。皿を洗うのも、洗濯をするのも、掃除をするのも全て和臣だ。こうして茶をいれるのだって和臣は自分からするようになった。これまでは頼んでも明日未はまったく動こうとしなかったからだ。
その明日未が家事を引き受けるという。鬼のかく乱、と和臣は思わず呟いた。
「そんなことないわ。真紀ちゃん達の家のお掃除とかは、ずっとわたしがやってるのよ。おじさまもおばさまも出張が多くていらっしゃらない事が多いし」
拗ねるように唇を尖らせた明日未を和臣は呆れた目で見た。
じゃあ、何でうちでしない。
だが言うだけきっと無駄だろう。そう考えて和臣は喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。明日未の外面がいいのはよく知っている。家で母親に手伝いを頼まれた時だって、明日未は快く返事をしてからさりげなく和臣に仕事を押しつけるのだ。
「姉ちゃんが家事が出来るのは判った。で? 父さんが転勤したら全部してくれるの? 料理とか洗濯とか炊事とか掃除とか全部?」
一応の確認のつもりで和臣はずらずらと言葉を並べてみた。すると明日未がやけにあっさり頷く。
「もちろんよ。それでも足らないなら……そうね。わたしにできることなら、和臣の言うことをなんでも聞いてあげる」
これでも駄目かしら? そう続けて明日未が上目遣いに和臣をうかがう。その表情は何も知らない男が見たら、きっところっと一撃で転んでしまうのではないだろうか。身内のひいき目ではなく、明日未は文句なしの美人なのだ。そんな明日未が目を潤ませて可愛らしくお願いのポーズをすれば、騙される奴は多いに違いない。
和臣はじっと明日未を見つめて深々とため息を吐いた。
「判った判った。何でもってところはてきとうにさっ引いておくから。とりあえず詳しい話を聞かせてよ」
「ある機械装置の、メンテナンス作業を行ってほしいの」
「メンテナンス、ねえ」
もしかしてまたパソコンが壊れたのだろうか。そんなことを思いながら、和臣は茶を啜った。ここまで明日未が言うからには、きっと面倒な壊れ方でもしているのだろう。ひょっとしたら前のように部品を買いに行かなければならないかも知れない。
「そんなに複雑な機械じゃないわ。ただ、結構、故障しやすいから、こまめに見てもらう必要はあるけど」
家事より手間はかからないと思うわ。そんな風に言って明日未が自分のマグカップを両手に包む。ふうん、と返事をしつつ、和臣は考えを巡らせた。
複雑ではない機械というのはなんだろうか。明日未の口調から考えると、どうやらパソコンではないらしい。もしかしたら家電か何かだろうか。故障しやすい家電とは何だろう。
「和臣。受けてもらえる?」
マグカップを両手に包みこみ、上目遣いに和臣を見ながら明日未が小声で言う。一瞬、我を忘れて明日未に見入ってしまいそうになった和臣は、横を向いて咳払いした。
「僕の手に負える範囲のものならね。テレビ? 冷蔵庫? でも、あの手の家電ってそんなにしょっちゅう壊れるものでもないような気がするし」
「あの! 和臣、わからないかしら?」
明日未が少し頬を染めるのを見て、和臣は訝りを覚えた。何で明日未は顔を赤くしているのだろう。
「何が」
訝りをこめてそう答えてから、和臣は記憶を辿った。明日未が言う機械装置のメンテナンスを引き受ければ、家事の一切を明日未が引き受けるという話だった。その前は何で自分にそんな大事な話をするのかという話をしていた。更にその前は。
会話がどこに繋がっているのか理解した和臣は硬直した。嫌な予感ほどよく当たるものだ。だが出来れば当たって欲しくないと思いつつ、和臣は意を決して明日未に訊ねた。
「まさかと思うけど、姉ちゃん……。サイボーグの話と関係してるとか言わないよな?」
「話したわよね? 今のわたしは脳以外の全ての部分が機械だって」
「ちょっ、ちょっと待った! 僕はサイボーグとかそういうのは、全然詳しくないから無理だって!」
明日未が嘘を吐いていないことは判る。だからきっと明日未がサイボーグになったというのは本当だろう。だがこの時点の和臣は、サイボーグがどんなものなのかということをまったく考えていなかった。
「何も知らないのにどうして無理だって判断できるの?」
少し困ったような顔をして明日未がのんびりと茶を啜る。当たり前じゃないか、と言い返そうとした和臣は、その言葉を口にする前に考えてみた。
サイボーグといったら凄く難しい機械ではないのだろうか。脳以外の部分を機械化したとも言っていた。きっと中身は入り組んでいて自分にはとても触れないに違いない。
そこまで考えて和臣は腕組みをして唸った。明日未は複雑な機械じゃないと言わなかっただろうか。
「あれ?」
複雑怪奇な機械が大量に詰められているに違いない。そう考えていた和臣は首を捻った。
「今のわたしは、結局のところ、モーターで動く機械よ。あなたの好きなラジコンと、基本的には変らないわ」
胸に手をあてがった明日未がゆっくりとした口調で言う。ラジコン、と呟いて和臣は目を見張った。
「モーター? まさか、サーボモーターとか言わないよな?」
サーボモーターというのはラジコンの中に入っているモーターのことだ。和臣は趣味で幾つも作ったことのあるラジコンを思い浮かべ、改めて明日未を見やった。まさか、と笑うと明日未が真顔で頷く。
「場所によってはラジコン用のサーボモーターそのものが使用されてたりするわ」
何なら、見てみる? そんなことを言って明日未ががたんと立ち上がる。和臣は慌てて首を振った。
「ちょ、ちょっと待てってば!」
混乱に任せて和臣が声を張り上げた時、玄関からただいまという声が聞こえた。和臣はぎくりと身を竦めてキッチンに入ってきた母親におかえりと言った。母親に笑顔でおかえりなさいと挨拶した明日未が、まるで何事もなかったようにマグカップを片手にキッチンを出て行く。和臣も慌てて自分のマグカップを持って明日未の後を追った。
ルックスが特に良いわけでもない。学校の成績も中くらい。背の高さもそこそこ、体つきも逞しいと言うほどではなく、かと言って太っている訳でもない。中肉中背、どこにでもいそうなタイプの男子高校生だ。ちょっとした趣味はラジコンを作ること。パソコンを自作出来ること。でもどっちも特技というほどでもない。本当に趣味の範囲だ。
難しい顔をして目の前に座る和臣を見つめ、明日未は心の中でため息を吐いた。どうして自分が和臣のことを好きになったのかを考えてはみるのだが、答えなんて出た試しはない。
「和臣。嫌なら、無理にとは言わないわ」
何故か正座している和臣に向かって明日未は優しくそう告げた。すると和臣が首を横に振る。
「そういう訳じゃないって。母さんが帰って来てちょっとびっくりしただけで」
ぼそぼそと聞き取りにくい声で和臣が言う。
「娘が機械になったなんて、お母さんが知ったら腰を抜かすかもしれないものね」
笑い混じりに明日未が言うと、途端に和臣が機嫌の悪い顔になる。いつ見ても考えていることが顔に出やすいタイプだ。
幼い頃からそうだった。和臣はいつも幼なじみの真紀のことを見つめていた。それが妙に気に食わなくて、色々と意地悪をした覚えがある。未だに和臣が根に持っているのは、真紀の前でパンツごとズボンをずり下ろされたことだろう。だがそれっきり、和臣は自分から真紀と会うことはなくなった。
「それで? サーボモーターって本気なのか? 冗談は言わない性格だって判るけど、でも信じられないよ」
めいっぱい顔をしかめてそっぽを向いた和臣が愚痴っぽい口調で言う。明日未は小首を傾げて答えた。
「そうね……。見てもらったほうが早いと思うけど、かまわない?」
「見る? まあいいけど」
眉を寄せた和臣が頷き返す。明日未は立ち上がって部屋の隅に積み重ねられたダンボールに近付いた。いきなり直接に見せてしまったら、きっと和臣は驚くだけでは済まないだろう。ここはまず、予備知識を与えて耐性をつけるべきだ。そう考えて明日未は山積みにされているダンボールの中から、MMUと書かれたものを取り上げた。
「そういえば姉ちゃん、引っ越しでもするのかってくらいダンボール積んでるけど、これなに?」
部屋の中を見回した和臣が不審そうな顔をして言う。明日未は微笑みを浮かべて和臣の前に抱えていたダンボール箱を置いた。
「メンテナンス用の予備パーツとかが入っているの」
明日未は箱を開封し、小さなプラスティックに覆われたモーターの部品を取り出した。手渡すと和臣が色んな角度から部品を眺める。
「これなんかラジコンにも使われてると思うけど」
「ああ、サーボモーターだね。確かに」
部品を眺め回した後、和臣が納得顔で頷く。明日未は微笑みを浮かべて頷き返してみせた。
「このMMUは、改造されたわたしの身体を構成するユニットのひとつよ。部屋に持ち帰っていいから、組み立ててみなさい」
そう言って明日未は和臣の方にダンボール箱を押した。訝しげな表情をしつつも和臣が判った、と頷く。それからふと気付いたように、和臣は言った。
「組み立てるのはいいけどさ。MMUってなんだよ?」
MMUはMechanicalMankoUnit。カタカナで書くとメカニカル・マンコ・ユニットの略称だ。だが今はまだ和臣にそれを教えるのは早い。明日未はにっこりと笑って有無を言わせず和臣にダンボール箱を押しつけた。渋々といった態で箱を抱えた和臣が部屋を出て行く。その背中に手を振ってから、明日未はそっとため息を吐いた。
サイボーグの改造プランは明日未自身が作り上げた。希望の仕様書を作成した明日未は実際の改造は幼なじみの両親に依頼した。仕様書を見た二人はやけに乗り気になり、明日未の改造手術は滞りなく終了した。息子には負けられないと言っていた二人は、明日未を作り上げた実績を手に、海外で軍事関係のスポンサーを得ることに成功したようだ。
テーブルの上に残された二つのマグカップを見つめ、明日未はそっと息を吐いた。今頃、和臣は真面目に部品を組み立てているだろう。組み上がった部品を見たら和臣は驚くだろうか。
「だめ……、我慢できない……」
ぶるりと身を震わせ、明日未は熱のこもった息を吐いて足を開いた。おずおずとショーツに触れると指先に湿りを感じる。
「こんなに、潤滑液が漏れて……」
うっとりとした面持ちで呟き、明日未はショーツの底布を指先で何度も撫でた。軽いタッチで触れるうちに、メカニカル・マンコ・ユニットの膣部分から透明な潤滑液が漏れ、ショーツの染みが広がっていく。明日未はスカートを足の付け根の所までめくり、片手で股間を弄り回した。
明日未のメカニカル・マンコ・ユニットは、外見は人の女性器にとても近く作られている。だがユニットの中身は電動式の完全な機械だ。明日未は濡れたショーツの上からクリトリスの部分を弄りながら、うっとりと表情を緩めた。
きっと今頃、和臣はユニットを組み立てている。そのことを思うとたまらない快感がこみ上げてくる。どこにでもいそうな、平凡な顔立ちで、しかも普通を心から望んでいる性格の和臣が自分に命令するところを想像するだけで快感が強くなる。
だが和臣は受け入れてくれるだろうか。そう考えると不安がこみ上げてくる。明日未は忙しない手つきでクリトリスの部分を愛撫しつつ、快感に顔を緩めた。もしも和臣に相手にされず、壊れてしまったら。切ない不安を感じる一方で、明日未は強い興奮を覚えた。
「ああんっ! 和臣っ!」
切ない声を漏らし、明日未はクリトリスの部分を指できゅっとつまんだ。痺れるような快感が走り、膣部分がきゅうっと縮むのがはっきりと判る。明日未は唇を噛んで背を逸らし、軽い絶頂に吐息をついた。
明日未の機械で出来た身体を維持するためには、性感の入力がどうしても必要になる。それは明日未自身が望んだ仕様でもあったし、サイボーグの身体を維持するための必要条件でもあった。
サイボーグ化される前にも明日未は和臣に苛められるところを想像しながら自慰をする癖があった。最初は妄想しつつ自慰するだけでも気が済んでいたのだが、じきに物足りなくなってしまった。そんな明日未が考えたのは、自分のサイボーグ化だった。
明日未は昂奮に任せてショーツの中に手を入れた。潤滑液にぐっしょりと濡れたメカニカル・マンコ・ユニットは、どの部品に触れても心地よい快感がある。盛り上がった恥丘の部分を焦らすように撫で回してから、明日未はクリトリスの部品を直につまんだ。
「んくっ! 和臣っ!」
堪えきれずに声を漏らし、明日未はこみ上げる快美感に身を震わせた。小さなクリトリスの部品をつまんで指の間でこね回す。生身の時には味わえなかった深い快感にうっとりとし、明日未はしつこくクリトリスの部品を弄くった。
「あっ! んっ! うふぅんっ!」
ショーツの中で忙しく手を揺すり、明日未は声を上げた。もしかしたら向かいの部屋にいる和臣に声が聞こえてしまうかも知れない。そう考えると余計に快感が強くなる。聞かれたら恥ずかしいと思うだけで堪らない気分になり、明日未は手をずらして膣部分に指を入れた。挿入された明日未の指を、機械仕掛けの膣壁が締めつけて擦る。メカニカル・マンコ・ユニットは外見は人に似せて作られているが、こうして内部を触ると作り物だということがはっきりと判る。つるんとした素材で出来た膣壁部分はモーターの動きによってうねり、内部に挿入されたものを愛撫する仕組みだ。その動きを補助するためと、挿入されたものが破損しないように、明日未の得る性感に応じて潤滑液が排出される。
ぬらぬらとぬめる膣内部に指を入れながら、明日未はうっとりとした顔で妄想した。きっとこのユニットを見たら、和臣は玩具のようだと感じるに違いない。
「和臣! わたし、あなたの玩具でいいのっ!」
濡れた目で和臣の部屋がある方を見つめ、明日未は願望を口にした。玩具のように扱われることを想像するだけで達してしまいそうな感覚がこみ上げる。
明日未は以前からこの性癖のことをしっかりと自覚していた。苛められたり、弄られたり、玩具扱いされたりといったことを明日未自身が望んでいるのだ。ただし、その相手は限られる。和臣でなければそんなことをされたいとも思わないし、こんな風に自慰をしようとも思えない。相手が和臣だからこそ、そんな風に扱われたいと思うのだ。
だが和臣にストレートにそのことを伝える気にはなれない。気弱なところのある和臣に、いきなりそんなことを言ったらきっと引いてしまう。それに和臣は幼なじみの恭司と違い、サイボーグや機械に欲情するような性質は持っていない。
だが、ないなら出来るようにすればいいだけだ。明日未は和臣のことを思いながら、夢中で自慰を続けた。
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