(メカギャル文庫)オーバーヒート・ハート 冒頭立ち読み版
かーん!
テレビのスピーカーから金属バットの小気味いい音が響く。今日も菅田事務所は猛烈に暇だ。点きっぱなしのテレビでは野球中継が絶賛放送中。冗談じゃない、今日もまたお仕事がなかったら、充電だって出来やしない。
あたしは股間に向かってぱたぱたと団扇を仰いで風を送りつつ、やつあたり気味なことをぼやいた。くそう、この季節はどうやったって、あっついのよ!
大体、パパもパパよ! 空調くらい入れなさいよ、壊れたらどうすんのよ、股間にシステムみっちり詰めたの、あんたでしょうが!
「あ。ホームラン」
パパの文句をテレビに向かってがなり立ててたあたしは、画面に映し出された光景に思わず感心して頷いた。画面を横切ったボールは見事にフェンスを越え、場内に詰めかけていた観戦者達がわきたつ。
開けっ放しにした窓の向こうから蝉の賑やかな声が聞こえてくる。これが生身だったらビールのひとつでもかっ食らい、枝豆でもつまんでるとこかしら? ところがあたしはそれが出来ない。
何でビールで枝豆つまめないかって? おっと、酒が嫌いとか、豆が嫌いとかそういうのじゃないの。あたしは一応、外見は人っぽく見えるけど、実はこの身体は全部機械で出来てる。考えたり感じたりも出来るようにはしてあるけど、基本的にはプログラムに沿って動くアンドロイドだ。
機械が考えたり感じたりするなんて変? いやいや、それこそ固定観念に囚われた凝り固まった考えってもんよ? 人間だって小さい頃から色んなことを積み重ねて学習した結果、今の考えなり感じ方なりがある訳で、機械だってそれとかわんないっしょ。まあ、プログラムすれば即対応出来るから、融通が利くって面ではアンドロイドの方が適応能力は高いかもだけど。
それはそれとして!
「あっつーい!」
フル回転で団扇をあおぎながらあたしは叫んだ。冗談じゃないわよ、ほんとに。何だって花の乙女十六歳のあたしが股間に向かって風を送らなきゃならないの! あ、十六歳ってのは見た目の話ね。ほんとは造られてそんなに経ってない。でもまあ、こういうのってノリっていうの? 大事でしょ。
とにかく花の十六歳の乙女のあたしがだ! 股間にぱたぱた風を送らなきゃならない状態ってのは、ちょっとどうかと思うわけ! 何で股間に風かって? それはね、股間に特に熱が集中するからで、何で集中するかと言えば、ここに色々機械が詰まってて、それが常時動いてるからであって、エッチなことしてない時も動いているって状態で……って、なに言わすの! いや、今のはあたしが自分で言ったんだけども!
仕方ない。ここは一つ、アレを使うしかない。何しろパパってば、いったん外に出たらいつ帰ってくるか判りゃしない。あたしはやれやれってため息吐いて立ち上がり、部屋の隅に置かれた冷蔵庫に近付いた。
でっかい冷蔵庫の下の扉を開ける。開けた途端に白い冷気が出てきて、少し涼しい感じがする。あたしは冷蔵庫の前に座り、冷凍庫の中身を見た。あっ、パパったら自分用のアイスクリームなんて突っ込んでる! ずるい! あたしは食べられないのにっ。
おっと、今はアイスクリームにケチをつけてる場合じゃないわね。あたしは乱雑に詰められたアイスクリームを避けて、底の方に追いやられていた細い棒状の冷菓を取り出した。
ん? 食べるのかって? 違うわよ。ほら、よく見たら棒状のビニール容器の表面にマジックで由未専用って書いてあるでしょ? 由未ってのはあたしの名前。こうやって書いておかないとパパに食べられちゃうからね。
鮮やかなオレンジ色の冷菓の表面が夏の熱気の中で白くなる。おっと、大変。急がなきゃ。あたしは突っ立って足を軽く開き、棒状の冷菓を股間の穴……まあ、平たく言えば機械膣に突っ込んだ。
つめたっ!
きんと冷えた冷菓が入った瞬間、思わず身震いする。おおー、冷える冷える。温度が下がっていくのを感じながらあたしはうんうんと頷いた。ほんとはね。専用の緊急冷却器もあるの。でもね。それを充電するとね。なんかやたらと電気代がかかるのね。で、代わりに何かいいものはないかって探してた時に、子供がこれを食べてるのを見かけたの。
あら、サイズも丁度良さそうだし、これなら冷凍庫ですぐに冷やせるじゃない。そう思ったあたしって偉いと思う。パパははしたないって嫌がったけど、冷却器の形だっていいかげん恥ずかしいわよ。あれってバイブレーターそっくりなんだもん。それに淑女らしく振る舞えってあんた、あたしの仕様でそれは無理無理、絶対無理。理想通りのブツを造れないあんたが悪い、ってことであたしはパパを説得することに成功した。
……うーん。一本じゃ足りないかしら。機械膣の中であっという間に溶けた冷菓を引っこ抜き、あたしは二本目を探し始めた。今度は綺麗なピンクの奴を取り上げる。さて、二本目いってみますか。そんなこと言いながら機械膣にピンクの冷菓を突っ込んだところで部屋のドアが開く。
「あ、おかえりー」
「由未! なんてはしたない格好をしているんだ!」
ドアを開けたパパが悲しそうな顔をして言う。股間に冷菓を突っ込んだままの格好であたしは言い返した。
「誰がこんな仕様にしたと思ってるのよ! だからこの家売れって言ってるでしょ!?」
後生大事にしてる家なのは判るけど、お祖父さんのそのまたお祖父さんの代から続いた家ってのも説明してもらったけど! クーラーもつけられないくらい貧窮してるんだから、そんなこと言ってる場合じゃないでしょうが! あたしはいつもの文句をパパに叩きつけた。
「駄目だ! この家は売れない! 私の祖父から受け継いだ大事なものだ!」
「だからいつも言ってるじゃない! あたしと家とどっちが大事なのよ!」
「無論、家だ!」
「うっあ、超むかつく!」
なんて愛のない考え方かしら。大体、パパの頭には家の維持費ってもんが入ってないのよ。暮らしにはガス代だって電気代だって水道代だって掛かる。そこもまた計算に入ってない。さらにアンドロイドのあたしの充電にかかる電気代も馬鹿にならないっていうか、自分で言うのも悲しいけど、あたしってかなり大食らいなのね。平たく言えば燃費がすこぶる悪いわけ。つまりパパの頭にはあたしの維持費もまるっきり入っていなくて、だからこんな燃費の悪いボディを造っちゃったんだけどね。
なーんて。こんなやり取りは日常茶飯事。しばらく口喧嘩をしてから、あたしは溶けた冷菓を再び冷凍庫にしまい込んだ。パパは早速、冷蔵庫から冷えたお茶を取り出してる。
かーん!
つけっぱなしのテレビからいい音が聞こえてくる。あたしはテレビの前の椅子に戻ってパパを横目に睨んだ。
「それで? 仕事、とれたの?」
うちの菅田事務所では、細々とした色んなお仕事を請け負う商売を営んでいる。ほんとはね。菅田謙って……ああ、これはパパの名前ね。で、ロボット作ったりとか、あたしみたいなアンドロイド作っちゃったりするくらいだから、菅田謙って言えばけっこう有名な名前らしいのね。
ところがパパったら、自分が研究開発したものを惜しげもなく公開しちゃうもんだから、ちっとも金になんないの。だからそっちで商売はしてないのね。ちなみにパパってどこぞの業界では若造が生意気なって悪口も叩かれてるみたい。
まあ、そんな事情もあって、うちの事務所ではそういった何でも屋みたいなことをやってる。で、パパはたまに出かけては色んなところから仕事を取ってくるってわけ。
「任せろ。今度の仕事は大きいぞ」
嬉しそうに言ってパパが一人で頷く。ほんとかなあ。そんな気持ちをこめてあたしはパパをちらっと見た。大きな書斎机についたパパは仕事が取れたことが嬉しいのか、何だかはしゃいでるみたい。
子供みたい。そんなこと思いつつ、あたしはパパに質問した。
「どんな仕事? この間みたいなのは嫌よ」
ちなみに前回の仕事は迷子の子猫を探すっていうのだった。迷子猫、迷子犬の捜索はうちの事務所に入ってくる仕事の中でも結構多い。ま、迷子カナリアを捜すよりは楽だったんだけどね。こないだのは酷かった。一応は問題の子猫を見つけたんだけどさあ。クライアントの態度がもう……。こっちが苦労して捜した子猫と感動のご対面までは良かったんだけどね。いざ支払いの段になった時に、契約金を出し渋って大変だったのよ。
まあ、それはいいとして。あたしは頭を切り換えてパパの返事を待った。
「今度は護衛だ」
「はー? 護衛?」
また珍しい仕事を取ってきたわねえ。そんな意味を込めて言ったあたしはのんびりとテレビに目を戻して眉を寄せた。あらら。いつの間にか逆転されてる。
「そうだ。津島真という名前で」
そんなこと言いながらパパがでっかい封筒から色んな書類を引っ張り出す。何でこう、効率が悪いことするかな。データでやり取りしなさいよって何度言ったら判るのよ、全く。紙の無駄でしょうが。
ぼやきつつあたしはパパの机に寄った。机に広げられた書類を一枚一枚見てから、最後に写真のついた書類を取り上げる。津島真、十六歳。ふむ、写真で見る限りはどこにでもいそうなタイプの男の子って感じ。まあ、着てるものとかは高そうだけど。
って、なに、この経歴。
「津島……って、もしかして津島重工?」
「そう、津島重工社長のご子息だ」
えへんと胸を張ってパパが威張る。まあ、護衛が必要ってくらいだから、大層な家の人だってのは判るわよ。でも何でパパはそういうところにコネクション持ってるのよ。それが一番不思議よ、ほんと。
「なるほどねえ。色んな大会とかで優勝したりとかしてるのって、英才教育のたまもの?」
経歴の欄にずらっと並んだ輝かしい文章を眺めてあたしはそう言った。コンテストだので優勝したって文字が紙には並んでる。それを読んでからあたしは写真に目を戻した。見た目は普通っぽいのになあ、なんて感想を言ってるとパパが不敵に笑う。
「見た目は関係ない。要は中身だ!」
「そうね、見た目は関係ないのよ。だからこの家も売んなさい」
わざと感情を殺した声で言ってやってから、あたしは書類を机に投げた。するとパパがあからさまにうろたえる。
「そっ、それとこれは関係ないっ」
「空調すらないなんていつの時代の家かってのよ。……あ、そっちの書類もちょうだい」
すらすらと言い返してから、あたしは気になった書類を要求した。するとパパが不服そうな顔をしつつもそれをくれる。それはとある学校の案内が記された書類だった。
「ちょっとお……。学校行くの? 本気で?」
「仕方ないだろう。彼は学校に通っている」
大まじめな顔でパパが言う。まあ確かに護衛中は学校に行くなってのも不自然だし、判るけどね。でも多分、パパは頭の中で計算出来てない。
「充電はどうすんの。あたしがフル稼働したら二時間しか保たないの、知ってるでしょ? 学校って事は授業があるんでしょ? いちいち充電出来るの?」
これまで学校に通ったことのないあたしだって、学校というところが決められた時間に授業をやってるって程度は判る。制服着たりとかして、みんなで一緒に勉強したりとかするところなのよね? うん、理解できる。
「それは問題ない。充電は出来るように、配慮してくれるとのことだ」
「……充電の仕方、判ってて言ってる?」
めいっぱい不安を感じてあたしはそう質問した。もちろんだ、なんてパパが頷く。いや、あたしはいいのよ、あたしは。別にね、股間を丸出しにしてね、充電することは気にしない。でもね、普通はね、学校でね、そんな真似をしたらね……。
「恥ずかしいに決まってるでしょうが!」
あたしは机にばんっと書類を叩きつけて喚いた。
しばらく押し問答をして、あたしは結局、学校に行くことを納得した。恥ずかしい充電の仕方は変えられない……要するに仕様の変更は利かないから、出来るだけ人目につかない場所で充電出来る環境を整えてもらうって線で話にケリがついたわけ。
でもってボディの仕様は変えられないけども、やっぱり護衛に相応しい心構えっていうか、気持ちにならなきゃ駄目ってことで、あたしには新しいプログラムがインストールされることになった。
「大体、いつも契約金の半分は先にせしめて来いって言ってるじゃないっ」
「仕方ないだろう。護衛が完了した時に支払いをするって契約書にサインしてしまったんだ」
「威張るなっ」
護衛する相手の資料を抱えたまま、あたしは部屋の隅でうずくまってる。その隣にはパパがおんなじ格好で膝を抱えて丸くなってる。でもって二人の話し声はごく小さく、互いに聞き取れるくらいの大きさでしかない。
何でこんな真似してるのかって? そうね、あたしもすぐに仕事に取りかかりたいのは山々なの。でもね。今現在、壊れたドアチャイムを鳴らすことを諦めて、ドアをがんがん叩いてる人がいるのね。
「菅田さーん! 居るのは判ってるんですよー! 電気代、早く払わないと本当に止まりますよー!」
そうね、うちの電話も止まってるしね。直に来て請求するのが確実よね。でも、ごめん。ほんっとごめん。こないだの仕事のお金、払い込みがあるのって明日なんだわ。もうちょっと待ってプリーズ。あたしは心の中で玄関前にいるであろう男の人に謝って、隣のパパを睨みつけた。
「ほら見なさい! 電気屋の人もああ言ってるでしょ!? だから早くこの家売りなさいって言ってるのに!」
「それとこれとは話が別だ!」
ああ言えばこう言う。なんでパパってこう、頭が硬いっていうか、この家に執着するのかしら。これがね。例えば長年連れ添った愛しい人との思い出が詰まってどうとかなら話も判るのよ。だけどパパにそんな人なんて居たことないし、お祖父ちゃんとの面識も殆どなかったって言うじゃない? あたしにしてみればパパがこの家に入れ込んでる理由がまるっきり判らないわけよ。
結局、電気屋の人は諦めて去った。まあ、これもいつものことなんだけどね。ああでもないこうでもないってしばらく言い合いしてから、あたしはいつものメンテナンス用の台に上がった。
パパって用意だけはきっちりしてる。あたしは着てた服を脱ぎながらこっそりため息を吐いた。護衛のお仕事に必要なプログラムはもう作ってるんだって。いつもながらそういうところだけは早いのよね。
「もう少し恥じらいは感じられないのか」
端末立ち上げてコードを繋いでインストールの準備に取りかかったパパがそんなことを言う。あたしは思い切り不機嫌な表情をしてパパを睨んだ。
「文句があるなら自分に言ってよ。こういう仕様にしたのはパパなんだから」
あたしだって台に寝転んで大股を開くなんてことはしたくない。だってこれって恥ずかしい行為なんだよね? 少なくともあたしにはそうインプットされているし、これまでに色んなものを見て学習した結果、その情報は間違っていないことも判る。
でもパパの前でいちいち恥ずかしがってたら作業が進まない。それにそもそもあたしを作ったのはパパなんだし、だったらいちいちパパの前で恥ずかしがるのって無駄だと思わない? 思うわよね? 少なくともあたしはそう思う。
だからあたしは台に乗ってがばっと足を開いてみせたわけ。で、いつものごとく、そんなあたしを見たパパが額を押さえてうなだれてる。
「ああ……。淑女という設定のはずなのに」
「だから、仕方ないでしょ!? 股間に色々つけたの、パパじゃないの!」
大体、USB端子やネットワーク端子を股間に設えたの、誰だと思ってるのよ。早口でまくし立てつつ、あたしはパパを睨みつけた。ちなみにあたしの股間にあるのは端子だけじゃない。大陰唇の形をした蓋を開けば、ピンプラグの差し込み口や電話線を挿す口なんかもついてたりする。あ、ちなみに各端子はあたしから見て右の大陰唇の蓋の内側についてる。で、左側の大陰唇の蓋を取ると、そこには電力確保のための端子差し込み口がついてるの。パパったらあたしのこと、家電か何かだと考えてるんじゃないかしら。だって女の子の股間にコンセントなんてつけないわよね?
ぶちぶちと文句を言いつつも、パパが嫌そうな顔をしてあたしの股間を覗き込む。蓋くらいは自分で取ってもいいんだけど、どうせ作業するのはパパなんだし、今日のところはお任せってことで、あたしはごろんと台に横になった。
パパもパパよ。嘆かわしいとか何とか言う前に、仕様の変更を考えろっていうのよ、まったく。
「仮にも女の子が、こんな風に男の前で足を開くなんて」
人の股間を覗き込みながらパパが聞き捨てならないことを言う。あたしは思わずがばっと跳ね起きた。
「だから、人の股間に向かって文句言わないでよ! こっそりマイクのスイッチ入れないでっていつも言ってるでしょ!?」
大陰唇の蓋の内側にはマイクやスピーカーのスイッチもつけられている。パパったらわざとらしくマイクに向かって文句言うんだもん。口の中でごにょごにょ言ってたってあたしにははっきり聞こえるんだからっ。
……どこにマイクがついてるかっていう質問はちょっとスルーしたい気分よ。でも思い切って説明すると、パパったらよりにもよって、クリトリスの部品に仕込んじゃったの。だからマイクのスイッチを入れると、股間を覗き込んで作業してるパパの声があたしにははっきりと聞き取れるってわけ。
こんな仕様にしておいて、恥じらいとか言って欲しくない。
「由未は文句が多いな」
眉間に縦皺寄せて難しそうな顔してパパが言う。どっちがよ!
「パパの娘だからじゃないのお?」
あたしはふふん、と鼻で笑ってそう言ってやった。するとパパが案の定、苦り切った顔をする。
ちなみに当たり前の話だけど、あたしはパパの本当の娘じゃない。まあ、常識的に考えると人間が機械の娘を産むことは出来ないから、当たり前って言えば当たり前なんだけどね。
じゃあ何であたしがパパのことをパパって呼んでるか。そりゃもちろん、パパが作ったからに決まってる。最初は博士とかなんとか呼んでたんだけど、何だかしっくりこなかったのよね。で、一度試しにパパって呼んだら、これが妙にすっきり嵌っちゃったわけ。だもんだから、あたしはそれ以降、パパのことはパパって呼ぶことにしてる。
ご近所の人々にはもちろんちゃんと説明してる。変な噂になっても困るしね。嘘っぱちのでっちあげだけど、あたしはパパの遠い親戚の娘で理由があってパパのところに預けられてるってことになってるの。そうとでも言わなきゃ、若い娘を囲い込んでるとか思われるのも嫌じゃない?
いや、実はね。あたしも最初はパパっていうのは生みの親って意味だけだと思ってたの。実際、そういう情報がインプットされていたしね。でも、あたしがパパのことをパパって呼んでるのを見たご近所の奥様方がね。何だかひそひそ話をしてたの。気になったから耳のマイクの感度を上げて、話の内容をこっそり聞いてみたら。
あんなに若いのにエンコーかしら。
……とかって言ってんの!
それを聞いた時のあたしのショックと言ったら! ほんともう、どうしてくれようかと思ったわよ! 何しろ、エンコーって言葉の意味がインプットされてなかったんだもの!
仕方がないからあたしは家に戻ってからパパに言葉の意味を訊ねた。その場で訊ねても良かったんだけど、奥様連中が潜めた声で、しかもこっちをちらちら見ながら話していたから、ろくな内容じゃないと思ったんだけど……あたしの勘は当たってた。
エンコーって言うから判らなかったのよ! 援助交際って単語はきっちりインプットされてたわよ! てっきりパパが手抜きしたのかと思っちゃったじゃないのっ! 勝手に略すんじゃない!
で。二人で話し合いをした結果、遠縁の娘ということで口裏を合わせることに落ち着いた。近所付き合いも全くしないってわけにはいかないしね。あたしも仕事柄、外に出かけることがあるし。
でも何故かパパはあたしが娘だと思われるのが嫌らしい。まあね。パパの実年齢って二十八だから。その年でこんなでっかい娘がいるって思われるのが嫌だってことなんでしょう。その割に、あたしがパパって呼ぶのは抵抗ないみたいなんだけどね。
まあ、それはともかくとして、だ。
「ぶちぶち言ってないで、さっさとしてよっ。プログラムにミスがあったら困るでしょ?」
パパがせっかく用意してくれたものにケチをつけるってわけじゃないけど、ミスするってことだってある。契約では明日の昼には例のお坊ちゃまに会いに行かなきゃならない。もしもプログラムにミスがあったら、それまでに修正してインストールし直さなきゃならないのだ。
文句を言いつつもパパがあたしの股間にコードを差し込み、台の近くに置かれた端末を操作する。するとあたしの視界の隅にダウンロード中の文字が現れた。点滅する緑色の文字を眺めつつ、あたしはほっと息を吐いた。文句は言ってるけど、パパもちゃんとお仕事する気はあるみたい。
……ん? やけにデータが大きくない? いつもなら数秒で書き換えられるはずなのに、今回は一分過ぎてもダウンロード中の文字が視界から消えない。
「ちょっとパパ。何でこんなに時間がかかるの」
さすがに疑問に思ってあたしはそう訊ねた。端末の画面をにらめっこよろしく見ていたパパがこっちを向く。あれ? 何でパパったらそんなに難しい顔してるんだろう。あたし、何か変なこと訊いたっけ?
「決まってるだろう? 恋心というのはややこしいものだからな」
「ちょっと待って」
なんか妙な単語が聞こえた気がする。恋心? 何でそんなものが護衛のお仕事に関係するのよ。恋って要するに誰かが好きとかそういう気持ちのことよね? そんなの護衛に関係ないじゃない。
「変でしょ!? それ!」
「何がだ?」
真面目な顔して訊き返さないで! あたしがパパに向かってそう怒鳴ったところで、視界に映っていたダウンロード中の文字が消える。うあっ、しまった。話してる間にダウンロード終わっちゃった。
「まっ、待って! ちょっと、待ってってば!」
まだ話は終わってない! あたしは叫ぶように言ってから股間に手をやった。ちなみにあたしのクリトリスの部分はマウスと同じ働きをするようになっている。慌ただしくクリトリスを操作してはみるものの、ダウンロードされたファイルはご親切に自動インストールを始めてしまった。
「恋心とは複雑怪奇なものらしいからな。私には理解不能だが」
真面目な顔して怖いこと言わないでよ、パパ! 理解不能なものをプログラムって、そんなの出来るわけがないでしょ!? いくらパパが天才とかご近所の人に言われてても、無理だってば!
って、ああっ! 駄目駄目、まだ詳しい話も何も出来てないのに、勝手に再起動なんて、しないでってば!
あたしの気持ちを余所に、再起動を知らせるシステムメッセージが流れ、あたしの意識は唐突に途切れた。
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