log05から微妙に続いてます。
更にユーリが気持ち悪いです。
「――……ユーリが出てきません!」
エステルの悲痛な叫びから全ては始まった。
ことの始まりは一行がザーフィアスの宿屋の二階、ユーリが間借りしている部屋と隣室に男女別れて泊まった翌日、さあ出発しようというときにユーリが現れなかった、というところまで遡る。朝食のとき既に彼は姿を見せなかったが、出発まで各々好きに時間を潰し、町の入り口で待ち合わせというのはいつものことだったので誰も気に留めていなかった。待ち合わせの時間には現われるだろうと誰もが思っていたからだ。それにユーリに常に寄り添う相方の姿もなかったので、いつも通り行動を共にしているのだろうと、彼のお守りを任せてしまった。ところが、待ち合わせの時間になってもユーリは姿を見せず、最後にラピードが一匹だけでふらりとその場に現れた瞬間空気が凍り付くことになる。
え、ちょっと待って。冷静沈着で頭の回転が早く頼れる兄貴のくせに普段それをろくなことに使わないあんたの困った相棒はどうしたの。
各々、差異はあれど似たようなことを思った。心は一つだ。
同室だったカロルとレイヴンも、特に変わった様子はなかったという。昨夜は長旅で破けた衣服を直してでもいるのか、裁縫道具を持ち出して何事かをしていたらしいが別に珍しい光景でもない。唯一心の底からユーリの安否だけを心配したエステルが、ラピードを伴い部屋に様子を見に行ったところ――……
「引き籠もっちゃってたのね」
ラピードの頭を撫で、肉感的な唇の端を緩やかに持ち上げながらジュディスが言った。
「じゃ、置いてきましょうか」
あっさり言い放つと町の外へと歩き出す。恐らく早くバウルに会いたいのだろう。彼女の中ではバウル>ユーリなのは明白だ。そして躊躇なく彼女の後にリタが続く。カロルは困ったように眉根を八の字に寄せ、レイヴンは「どうしたもんかね」、と呟き頭を掻きながらも視線と足は既にエステルを除く女性陣の方へと向いている。実に正直だ。
「そ、そんな……そんなの駄目です!」
「あらどうして?別に誰に迷惑をかけているでもなし、危険な目にあっているわけでもなし。……何か問題があるかしら?」
蠱惑的な紫丁香花の瞳が不鮮明な感情を乗せて、エステルに向けられた。寧ろ彼一人の都合に付き合って足止めを喰らう、その所為で自分たちの方が迷惑を被っているのだと言外に臭わせているのをリタとレイヴンだけが理解した。
「このまま置いていくなんて、あのユーリがわたし達に何も言ってくれず部屋に引篭もったまま出てこないなんて……具合が悪いとか、何か困ってるかも知れないじゃないですか!」
「んー、具合が悪い、って線はないんじゃない?もしそうならここに犬っころが居るとは思えないし」
「私も同意見ね。まあ、たまには一人になりたいこともあるんじゃないかしら?そっとしといてあげましょ」
「――なんて気の利いた風なこと言って……あんた単に面倒臭いだけなんでしょ」
ユーリに好意を抱いているエステルは勿論食い下がるし、何だかんだで信用しているリタとジュディスは干渉し過ぎるもの問題だろう、と何処までも平行線だ。女性陣の温度差をどうしたものかと眺めていたレイヴンに一人の男が近付いてきた。
「何か問題でも?シュヴァーン隊長」
「――……っと、これはこれはフレン騎士団長代理殿。オルニオンに居る筈じゃ?」
「僕だっていつもあそこに居るわけじゃありませんから。今日はヨーデル殿下が評議会・騎士団双方を招いての会議をするとのことで、これから登城するところです。シュヴァーン隊長はここで何を?」
今レイヴンらを足止めしている傍迷惑男の幼馴染みがそこに居た。
「何度言や分かって貰えんのかねぇ。俺様はただのレイヴ――」
「フレン!」
訂正しようと口を開きかけたレイヴンをレイスティングが襲う。たまたまリカバリングを付けていなかったレイヴンは、そのまま強かに背中を打ちつけて沈黙した。
「シュヴァ……!?あ、や、レイヴンどの……!?え?え??……エステリーゼさま……ど、どうかされましたか?」
赤く弧を描いた美しい軌跡から、自分の胸元に縋ってきたエステルに視線を移しながらフレンが困惑気味に問う。取り敢えず仰向けに転がったレイヴンには、カロルが活心キュアスタンプで回復しようと憤激斧グラシャラボラスを振り上げたのを横目で確認した為、自分がファーストエイドをかける必要はないかな、と判断した為だ。傍から見ていると瀕死のレイヴンに、今正にトドメをさそうとしている以外の何ものにも見えないから不思議だ。
「フ~レ~ン~……!ユーリが!ユーリがー……!!」
「……ユーリ?ユーリに何かあったのですか!?」
フレンの、それまでは異常なテンションの場に引き気味ではありながらも人の良い笑顔を浮べていた顔がさぁ、っと音をたてるような勢いで青褪める。ザウデ不落宮でのユーリ行方不明時にも同じように自分の胸元に縋ってきたエステリーゼの姿は記憶に新しい。フレンの血の気が退くのも仕方がない。
「宿屋の二階に引篭もったまま、出てこないんです!」
うっわ、下んねぇ――と、フレンが思ったか思わないかは分からない。ただ、混乱しているのか気が動転しているのか、要領を得ない彼女の説明を右から左へと聞き流しつつ、遠巻きに自分たちの遣り取りを眺めていたリタとジュディスに目を遣ると、リタは方を竦めて背を向け、ジュディスは意味深な笑みを薄く浮かべるだけだった。フレンは二人の反応からエステルが赤くなったり青くなったり忙しくなるほど、級を要する危機ではないのだな、と判断した。そもそもラピードが大人しく座って欠伸をしている時点で本当に何もないのだろう。
「それは――……心配、ですね」
一応同意してみた。見たところ彼女に味方してユーリの心配をしている人間は居なさそうだったので、これはユーリを多少なり心配しているというより、エステルへの同情だった。
「でもまあ、お腹が空いたら案外あっさり顔を出すかも知れませんよ?」
「それが……朝食にも来なくて……」
「そ、それは…………心配ですね」
これ以上何と言えというのだろう。エステルは言葉を詰まらせ、そのまま俯いてしまった。彼女にこんな顔をさせて、あの馬鹿は何をやってるんだ、とフレンは笑顔を貼り付けたまま胸中幼馴染みを罵倒した。
「ですがユーリも成人した男性です。自己管理くらい出来ます。それは私が保証します」
彼女の不安が少しでも軽くなるよう、フレンは柔らかく微笑んで、あの口の悪い幼馴染みが傍に居たら「キモッお前キモッ」、と連呼されそうな甘い声音でそう諭した。するとエステルも少し気が楽になったのか、目尻に溜まった涙を指先で掬いながら顔を上げる。
「すみませんわたし……取り乱してしまって……。でも、きっとフレンが一緒なら、ユーリも出てきて――」
「あ、申し訳ありませんがエステリーゼ様、それは出来ないのです」
「ど、どうしてです?」
「これから会議があるんです」
フレンは馬鹿正直に答えた。
「ひ、酷いですフレン!フレンはユーリと会議、どっちが大事なんです!?」
「状況によりけりですが、今回のケースにおいては会議の方が大切なようです」
またしてもフレンは馬鹿正直に答えた。
「……そうですか。フレンはほんとは、ユーリのこと心配してないんですね」
エステルの肩がみるみる落ちていくのを見て、フレンはやってしまったなぁ、と苦く笑う。
別に心配していないワケではない。いい歳をした男同士の幼馴染みだから親友だかが、相手の一挙一動にいちいち過剰な反応を示していたら気持ち悪いじゃないか、と思っているだけだ。
「僕の世界はユーリ中心に回ってるわけじゃないですしね。こればかりは」
それに、例え本当に彼の有事だとか、それこそ彼が危篤だとかになっても、そのとき、ユーリよりも優先すべき「何か」があったら、自分はそちらを優先するという確信があった。他でもない彼自身が、それを望むという確信もあった。
「だから――ユーリをお願いします」翡翠色の目を覗き込んでフレンは言った。「エステリーゼ様」
「フレンにお願いされてしまったからには、皆さんも私と一緒にユーリの様子を見に来て下さい!」――そう言い出したエステルに引き摺られ、結局一向は宿屋の階段を上る羽目になっていた。が、彼の間借りしている部屋の扉は相変わらず固く閉ざされたまま、暫らく開かれた様子もない。
「あ~!もう面倒臭いわね!吹っ飛ばす!?」
「俺様さんせーい。女の子に振り回されるのは男の甲斐性だとは思うけどー、野郎にいつまでも振り回されるのは嬉しくも楽しくもなぁーい。ってか、もうほんっと勘弁して欲しいわ」
まだ痛むのか、扉に背を向けて背中を擦るレイヴン――その後ろで、「出来た――――ッッッッ」という叫びと共に、蝶番が弾け飛びそうなほど勢い良く扉が開く。レイヴンは今度は地面にめり込む勢いで鼻っ面を打ち付けた。
「……れ?お前ら、何やってるんだ」
足元に突っ伏したレイヴンを華麗に無視して、揃い踏みの仲間にやや困惑した眼差しを向ける。
「『何やってるんだ』、じゃないよユーリ!」
「そうですユーリ!ユーリ、ちっとも部屋から出てこないから、わたし……わたし……!」
エステルとカロルに詰め寄られ、ユーリの顔には困惑と共に狼狽の色も見え隠れし始める。そんな二人越しに冷たい視線を向ける少女と、絶対零度の笑みを浮かべるクリティア族の女の顔を見止めて、そこで漸くユーリは時計を見た。
納得。
「あー……悪かった。もうこんな時間だったのか」
よく見るとユーリの顔は清々しくはあるが、疲労の色と目の下には濃く隈が浮いている。
「……さっき何か叫んでたみたいだけど、そんな寝不足の面曝してまで、一体何やってたのよ?」
リタは普段の自身の習性を棚上げして問うた。
「正確には、寝る間も朝食も待ち合わせ時間も忘れるほど、一心不乱に何をやっていたのかしら、ね」
ジュディスはリタの問いを嫌味に昇華させ、うっとりとするような美しい笑顔を見せた。するとユーリはその疲れきった顔に満面の笑みを浮かべ、再度言った。
「出来た」
その手に握られていたのは自分達がせこせこと集めたラピード専用アタッチメントの暴走シリーズ――に、似せた金髪で、青っぽい、騎士の人形だった。
「よく出来てるだろ?無いのなら、作ってしまえ暴走騎士、ってな!」
貫徹明けの微妙なハイテンションに引き摺られながら、黄色い太陽に目を細めてユーリは笑った。
殴りてぇ――各々、差異はあれど似たようなことを思った。心は一つだ。
このあと「良い仕事だ、ユーリ・ローウェル」、ってソディアに褒めて貰いました。
良かったね、ユーリ☆