拍手log09の続きです。

 


 

 

テイレシアースの怪 Ⅱ そして永遠の謎である女体の神秘に迫ってみることにした

 

 それから、レイヴンが復活するのを待ってユーリはこれまでの経緯と、自分の目的を話した。要約するまでもなく、朝起きたら乳房がぶら下がっていたこと、そして事の次第が他の仲間に知れ渡る前にある程度の現状把握を済ませてしまうこと――この二点だ。
「……青年、そこんとこはもーちょい慎重に頭捻っとかないといけないとこじゃないの?」
 洗面所の床に座り込んで、項垂れながらレイヴンは呻いた。その様子を、ユーリは浴槽の縁に腰掛けて見下ろす。
「ない頭捻ったとこで答えなんか出るかよ」
 言い放つと、何故かレイヴンは更に深く項垂れた。
「それにしたって青年!もっとこう、取り乱したり慌てふためいたり、ってのがあってもいいと思うわけよ、おっさんは」
「充分過ぎるほど焦ってるっつーの。単に顔に出にくいだけだろ。……で?あんたの建前はそれで終わりか」
 問うと、沈黙が返された。ユーリは奥歯を噛み締めて笑いを堪えながら、なるべく平坦になるよう努めて声を抑えながら言った。
「別に何でもいいけどな。時間もねぇし、乗る気がないならとっとと出てけ」
「そんなこと言って青年はぁ!おっさんが退く気ないって解っててそーいうこと言うッ」
「うっせぇ」
 足を上げたら丁度良い高さに解けた鳥の巣頭があったので、そのまま踵を打ち下ろしておく。
「この上カロルまで起きてきたら何も出来やしねぇ」
「そ、そうね……ここはちゃっちゃと済ませちまいましょ」
 言いながらレイヴンは立ち上がり、鍵をかけた。同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。
「ってか、何で青年鍵かけとかなかったの?」
 男同士の同室に恥も外聞もあったものではないので、こうして宿に泊まる大概は洗面所の鍵はかけずに開け放してある。それが例え不浄の最中であっても「失礼」、の一言で済む間柄なので問題ない。フレンでさえ、あのお堅い顔を崩さず堂々と自分のしたいことを済ませてしまう。だから、レイヴンの言う鍵をかける、という行動はそうした常を指しているのではない。
「普段やんねぇことやったら、不審だろーが」
「そんでこーしてバレてちゃ、世話ないでしょーよ」
 確かに、とレイヴンの指摘に浅く頷きながら後ろ手に帯を解く。こうなってしまうと、起きてきたのがカロルではなくて良かった。
「それにしても……」
「まだ何かあんのかよ?」
 いい加減黙れよ、と床に座り込んだままの男を睨み付ければ、彼は意に介した様子もなくただ肩を竦める。
「中身がユーリだ、って解ってるだけで魅力的なおっぱいを目の前にしていながら、とっても切ない気持ちになるものなのね……」
 本当に切なそうな視線で見つめられる。だが、ユーリの胸部にのみ、その視線は注がれていた。
「ぅっわ。おっさんに乳を選り好みするだけの分別があるとは思ってなかったわ」
「失礼な!おっさんの至高の審美眼をなめちゃいかんよ」
「ふーん。ま、何でもいいけどな、オレは」
 本当だった。大きかろうと、小さかろうと、形が良かろうと悪かろうと、そこまで拘るようなことではない、とユーリは思っていた。本質的に重要なところはもっと別にある。
 勿論、大きいなら大きいに越したことはないが、小さいなら小さいでまた別な趣きがあるのも良い。楽しみ方だって創意工夫次第で無限に広がる。
「博愛主義なのは何もあんただけの信条じゃない、ってこった」
「青年の場合、おっぱい限定じゃない……」
 いつもより割増しの胸を張ってユーリは主張すると、力ない声でレイヴンが返した。そうして、いよいよますます項垂れながら、ただでさえ猫背な背中を小さく小さく前屈みに丸めていった。
「……だけど、そろそろアンダージョークで言い逃れするにゃ、苦しい程度に育ってるよなぁ」
 言わないでいてあげるのが優しさだとか、見て見ぬふりをしてあげるのが情けだとか、そういった諸々を巡らせながら自分を戒めていたユーリだったが、そろそろ本気で目の前の男に苛立ちを感じ始めたので、ついこぼしてしまう。
「あ、わり」
 それでも一応、謝罪はしておく。建前だ。
 朝だし仕方がないよな、男の生理現象だもんな――で、済ませるには時が経ち過ぎているので下手なフォローを入れるよりも幾分かはマシだろう、と判断した。
 だが、項垂れていると見せ掛けて、実はどんどん前屈みになっていく鳥の巣頭は床を擦り始めている。
「誰のせいだと思ってんの!」
 レイヴンが勢い良く顔を上げ、やや鼻に掛かった声で抗議をしてきた。悲しいことに話の中身の殆んどはユーリの中を素通りしていったが、随分色っぽい声だなあ、と思う程度にはきちんと相手の声は耳に届いていた。
「いや~、だからわりぃって……」
「そんなこと言って!青年、責任取れないじゃないッッ」
 レイヴンの手が伸びてきて、ユーリの両肩に掛けられた。
「だから、うるせぇって。声でかい」
 カロルが起きてくるだろう、と暗に臭わせれば、レイヴンは肩に手を掛けたまま脱力するようにうなだれた。
「おっさーん。お触り料とっていいか?」
「いや、いい……」
 レイヴンの呟きは不穏だ。
「マジでかおっさん。ヘテロじゃなかったのかよ」
「この際青年でもいいわ!選り好みしてらんないッッ」
「しっつれーだなあんた!こんなボンキュ捕まえてハズレくじみたいな言い方しやがって!」
「何よ、お前さんだってノリノリじゃない!俺様だって色々思うとこはあるけど、もうこの際穴なら何でもいいわ!」
「はっ、博愛主義が聞いて呆れるぜ!オナホール欲しけりゃ、そこの排水溝にでも突っ込んどけよ、おっさん」
 あり得ない。普段なら口にした傍から股間を抑えて蹲りたくなるような所業も、少し性別が変わるだけで(と、いうかモノが無くなるだけで)いとも容易く言ってのけることが出来てしまう。
「な、何つーおっそろしいこと言うかねこの青年は!おっさんのエクスカリバーに何かあったら事よ?人類の過半数にとっての大いなる損失よ?」
「寧ろその人類の過、半数?とやらの心の平穏的に、ここいらでポッキリ逝って磨り潰されちまうくらいがいーんじゃねぇの?」
「お約束の返答ありがとう。っつーより、さらりとンなこと言えちゃう時点でお前さん、男じゃねぇわ」
 そりゃ今オレの股間には何もぶら下がってねぇ(多分)しな、という言葉は敢えて言わずにレイヴンの口にした「過半数」という単語を何となしに頭の中で反復させる。過半数――も、居るとは思えなかったからだ。
 想像の中の痛みに耐えているのか、単に窮屈で居心地が悪いだけなのか、相変わらず前屈みに股間を抑えたままのレイヴンを余所に、ユーリは寛げた服の合わせを覗き込む。
 最後に性的な意味で女に触れたのはどれくらい前だっただろう、と朝の冷たい空気に曝されて、つんと上を向いた乳首を眺めながら切なく思う。
 星喰みを片付けたら、ダングレストに個人的に遊びに行こう、とユーリは心に決めた。
「いや~……ほーんとイイおっぱいねぇ、青年」
「だろ?あー……挿れてぇ……」
「挿れたいってユーリ、今何もないじゃない」
「そうなんだよなぁ……もう、ほんっと……星喰み何とかしたら真っ先に遊ぶわ、オレ」
 わりと淡白な方だと自分では思っていたのだが、まだまだ若いな、とユーリは思った。
「青年、青年」
「あん?」
「おっさんとだったら、今すぐ遊べるわよ」
「いや、だからその話はもういいって」
 いつになく真摯な眼差しで(それをリタは『胡散臭い』、と形容する)ユーリの胸に手をあてがいながらレイヴンが提案した。喩え乳房がぶら下がっていようと中身がユーリだと解っている所為か、大胆――と、いうより単に遠慮がない。もうがっつりだ。
「しかもまだ乳しか視てねぇ」
「大丈夫!おっさんが視たげる。隅々まで隈無く!」
「や、隅々まで隈無くっつーと……視るだけじゃ済まねぇだろ、確実に」
 取り敢えず自分だったら不可抗力を盾に、もう少し色々と推し進める。だからこの場合、レイヴンという一個人が信用ならないというより、自身を含めた男全般という生き物の、殊性対象を前にしたときの自制心というものをユーリは基本的に信用していなかった。
「大丈夫よぉ。おっさん、伊達に歳とってないわよ!」
 言いながらレイヴンはユーリの右足の引屈をえいや、と持ち上げると肩に掛けた。
 信用はしていなかったがこの手の危険回避能力が稀薄なユーリは、レイヴンが引き抜いたブーツが冷たい床に転がされる様子を見ても「まあいいか」、としか思わなかった。
「何、脱がすのかよ?全部?寒いってぇの」
「全部脱がなきゃ分かんないっしょ?」
「ん?ヤんじゃねぇのか?」
「いやぁね……建前はさ、精密検査っしょ?」
 この場合、建前に突っ込むべきなのか、精密という単語の揚げ足を取るべきなのか、と逡巡する内にレイヴンはブーツに続いて下着ごとズボンを抜き去ってしまった。
「おお!」
 伊達に歳が云々と語っていたわりに、若々しい反応が返された。だが、ユーリもそれどころではなかった。
 ズボンも下着も取り払われ、最早何も隠すものの無くなった秘所をまじまじと見つめるレイヴンに、ユーリはとうとう声を張り上げる。
「ずりぃぞおっさん、見えねぇ!」
 当たり前だ。
 苦笑でも溢しているのか、ユーリの股の間でレイヴンの頭が揺れた。それから、間を置かず秘所に濡れた感触があり、レイヴンが舌を這わせたのだと知れる。
「ぅっわ、ぉ……おー……いっきなりだな、おっさん」
「いや、俺も流石にいつもはこんながっつかんよ。ただ、」
 レイヴンは一舐めしただけですぐに顔を上げた。色の稀薄な目を向けられる。
「ただ、どう?やっぱフェラと違うもんなの?感じた?」
「感じた、っておっさん……ちょろっと舐められた程度じゃ分かんねぇよ」
「おお、じっくりねっとり舐め回せだなんて大胆ね、青年!」
「言ってねぇし」
 ユーリは呟くが、足の間に納まった男は返事をすることはなく、代わりに上体を伸ばしてきた。黒く長いユーリの髪を鼻先で掻き分けて、首筋に擦り付けてくる。
 左の手は、ユーリの腿の内側に掛けられたまま動かない。右手は性感を暴こうという明確な意志を持ってユーリの身体を這い、蠢いていた。
 成る程、愛撫は大事だな、とユーリは思った。性器さえ弄っておけば取り敢えず気持ちの良い男とは違い、女性の性感はどちはかといえば身体に重きが置かれているらしい。
「お?結構イイ感じでないの?」
「……否定は、まあ、しないけどな。正直、素直に感じてるのか、首と足のふっとい血管抑えられてることに対する危機感なのかは微妙なとこだ」
 水を差すようでレイヴンには悪いと思ったが、それでも急所を二つ抑えられている状態というのは、矢張り落ち着かない。案の定ユーリの情緒を欠いた感想に、レイヴンは目の据わった微妙な表情を寄越した。
「つまらない!実につまんないわよ青年!もっとこう、あはんうふんと乱れてちょーだい!」
「いやー、わりぃわりぃ。ま、精一杯の照れ隠しだと思って、大目に見てくれ」
 皺の寄ったレイヴンの眉間に軽く唇を押し当ててからユーリは言った。
「しっかしおっさん、わりと理系なのな。意外だったわ」
「そーいう青年は『セックスはスポーツだ!』、とか言っちゃうクチ?」
 レイヴンに問われ(と、いうより単なる意趣返しだったのかも知れない)、小さく首を傾げる。問いに対してではなく、そこまで乱暴な括られ方をされる自身への印象に対してだ。
「そーいうのはどっちかっつーとフレン担当、っつーことで?」
 あの一見すると光り輝く王子さま風の幼馴染みは、その実ユーリとは違ったベクトルでオンとオフの差が激しい。その最たる例が料理の腕だ。レイヴンの言うようにスポーツ何某という主張ならばまだしも、性交を娯楽や嗜好を抜きにした単なる生殖行為だと言い出し兼ねない危うさ?があの幼馴染みにはある。
 今度はレイヴンが首を傾げる番だったが、ユーリは気にしない。言ってることは、間違ってはいない。
 そこで、不意に思い出す。
「それよかおっさん、状況が状況だけに込み入った話は敢えて端折っちゃあいるが……オレのイチモツが戻ったら、覚悟しとけよ?」
 どちらかと言えば自身の性癖をヘテロ且つノーマルだと自負しているユーリとしては、こうして同性相手に足を開いているという状況は大変不本意だった。けれど朝立ちを言い訳には出来ない程、立派に清々しく健やかにそそり立った男の性には確かに同情めいたものを抱いてもいた。だから、ユーリは「優しいな、オレ」、とか胸中そっと呟きながらレイヴンに一つ貸しを作ることに決めたのだった。
 だが、そんなユーリの博愛精神など及びもつかないレイヴンは薄らと青ざめると、脂汗すら滲ませて小刻みに首を横へ振った。
「待て待て待て待て待て待って。ねぇ待って。待って、青年」
「おう」
 制止するレイヴンの声に小気味良く笑顔で応じると、ユーリは素足でその股間を緩く撫で上げるようにしてから踏み付けた。
「――~~……ッッ青、年!」
「おう」
 悶えるレイヴンに呼び掛けられて、再度同じ調子で返す。楽しい。
「ぉ、おっさんに突っ込んでも愉しくない!おっさん喘がせても嬉しくない!」
「ケツの穴、浣腸で濯いで待っとけ~」
 確かに自分より一回り以上歳の離れた、くたびれた同性に突っ込んだり、はたまた喘がせても少しも愉しくなければ嬉しくもないし、寧ろ頼まれたってごめん以前に勃たない自信すらあったけれど、この男がこめかみに青筋を立てて本気で嫌がる様というのは、本当に楽しいものだった。
 だから――と、いうのは言い訳でしかないのかも知れない。或いは、口で忌避するようなことを仄めかしながら半ばこうなることを予想、または誘導していたのかも知れない。
 何にせよ、時間を掛け過ぎた。
 鍵は、レイヴンが掛けた。間違いない。そうして、この洗面所兼浴室は即席の密室になった。だが、あくまで即席の密室に過ぎない。侵入しようという意志さえあれば、それこそユーリだったら扉をぶち抜くことすらせずに、蝶番を外すだけで事足りる。増して手先の器用なカロルのピッキングを目にしたのは、一度や二度ではない。
 解れたレイヴンの鳥の巣頭の向こうに、リーゼントではなく乱れた亜麻色の髪を見留めてユーリは一瞬だけ息を詰めた。榛色をした瞳は零れそうな程に大きく見開かれていたが、視線が絡むことはなかった。少年の無垢な瞳は更に下方、例えば男の浅黒い手の掛かった剥き出しの脚だとか、恐らくは顕になっているだろう乳房だとかいったものものに、文字通り釘付けになっているようだった。
 ユーリは子供から視線を外すと目を伏せて、それからレイヴンの肩口に強く額を押し当てた。顔を上げていられない。そんなユーリの変化をどのように受け取ったのか、剥き出しの肩に熱を帯びた手が触れてきた。
 そんな風に丁寧に触れるのはやめてくれ、とユーリは念じるが、声にはならない。口を開けば言葉以外の余計なものまで溢れ出そうだったからだ。ただ、扉に背を向けたまま本格的にユーリの肢体をまさぐり始めたレイヴンは、小さな侵入者の存在には気付かない。
 ユーリは懸命に衝動にあらがった。例えばそれは自分のものであることが信じられない程に白く透き通った甘く軟らかな肌を滑る、男の指先が暴こうとしている性衝動といった類いに誘発されているのなら、いい。同じ性を持つ身としては、視覚的な刺激が如何に大切であるかも、分かる。
 だからこそ、顔も上げていられない程の狂暴な衝動が、笑いに起因するなんてこれ程性質の悪いことはない、とユーリは思う。けれど、頭では理解していても、一度笑いのツボに入ってしまえばそこからなかなか抜け出せないのが人間だ。
 おかしい。何もかもがおかしい。起きたら自分の胸板に乳房がぶら下がっていたことも、それにおっ勃てているレイヴンも、朝っぱらからまぐわう男女を目の当たりにして頭を真っ白にし立ち尽くすカロルも、全てがユーリの衝動を突き動かした。
 細かに震わせる程度に留めていたが、辛抱もとうとう堪らなくなってユーリは吐息を零した。レイヴンはというとユーリの不審を性感の刺激に因るものだと思ったのか、すっかり寂しくなったユーリの股に指を這わせ、差し入れ始める。その奇妙な感覚も手伝って、ついにユーリは噴き出した。
 当然のことながらレイヴンは怪訝そうな視線をユーリへと向けたが、言葉を紡ぐには至らなかった。勿論、身を捩り腹を抱えて笑うユーリは問われたところで答えなど返せる筈もなかったのだが、それ以上の声量の、絹を裂くような悲鳴が朝の清涼な空気に轟き渡ったからだ。
 カロル先生はオレを殺す気だな、と腹を抱え肩を震わせたままユーリは思った。そして間を置かず、少年は叫ぶ。
「レイヴンが部屋に女の人連れ込んでるッッ」
 すると体感コンマ一秒も経たない間に、寝癖頭を振り乱してリタが現れた。そして、寝起きのせいか微妙な呂律で紡がれた魔術で、洗面所は爆風に呑まれた。

 

 

 


 

 → 続いてます。

 

 

 

 

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最終更新:2010年04月09日 14:17