新生人工言語論

比較言語学的分類

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lideldmiir

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英語は印欧語族ゲルマン語派に属する。同じ語派にはドイツ語、オランダ語のほか、ゴート語などが含まれる。これらは互いに同系或いは姉妹語と呼ばれる。姉妹語であるかどうかの判断は比較言語学の分析に基づき、主たる資料は文献に残された文字である。利用可能な文献の量と質によって比較言語学の分析の性能が左右される。印欧語は文献量が豊富であるために系統が比較的明瞭であるが、日本語や韓国語(朝鮮語)のように系統が不明なものは数多い。日本語は奈良時代以前の文献が古く、その前は中国の文献で間接的に知るより他はない。

人工言語学で比較言語学の分析を行う場合、流用の程度を尺度として使って推し量る。ある人工言語Lの持つ統語論・音韻論・文字・形態論・語彙を主な分析対象とする。自然言語NとLを比較した結果、類似していればしているほど、流用の程度は高い。流用の程度が高い場合、NはLの参照言語であるといえる。

比較言語学は文献を見て恐らく姉妹語であろうという通時的な推量を行う。それに対し、人工言語学では言語の内的な構造がどれだけ類似しているかという観点で恐らく参照言語であろうという共時的な推量を行う。

流用度が高くとも、NはLの姉妹語ではない。人工言語は自然言語の分派ではない。たとえ後験語であっても無から作られたことに変わりはない。したがって血縁関係は認められず、姉妹語とはいわない。代わりに参照言語という。では人工言語学における姉妹語とは何か。

エスペラントのように世紀をまたいで使用される言語では母語話者が存在する。エスペラントを唯一の母語として使っているわけではないので、実際はマルチリンガルである。その子供のエスペラントは母語の干渉を大いに受けるため、他の国のエスペランチストと異なった位相を作り上げている。このような子供が各国に増えていけばやがてエスペラント内で方言位相ができる可能性がある。そしてその位相が方言の域を超えれば、それらは互いに同じエスペラントを祖語とする姉妹語になる。これが人工言語における姉妹語である。

人工言語の場合、作者によって参照言語が指名されることがある。たとえば英語を基に作成したと作者が公言する場合である。しかしこの場合であっても鵜呑みにしてはならず、客観的に語彙や文法などを比較して参照言語といえるかどうかを定める。

エスペラントは西洋語の模倣でしかないという批判がある。模倣でしかないという批判を恐れた作者が西洋語から流用したにもかかわらず批判を避けるために虚偽の公言をする可能性がある。ゆえに作者の公言を額面どおりに受け取る方法は取らず、公言は参考程度にし、あくまで分析を行った上で判断する。

参照言語は必ずしもひとつではない。英語やドイツ語など、複数持つこともある。その場合、程度に応じて参照言語を更に分類できる。英語をメインに参照していれば、英語がLの主参照言語で、それ以外は副参照言語であるといえる。

分析対象のうち最も重要なのは語彙である。統語はあまり重要ではない。 LがSVOの語順を持った場合、前置詞や後置修飾を持つのは統語論・類型論から見て自然である。したがって統計的にいっても確率が高い。 SVOという基本語順が決まることにより芋蔓式にある程度他の統語要素も決定する。もし統語だけで姉妹語を認定したらLの参照言語は無節操に増えてしまう。形態論も同様にあまり意味を成さない。

それらに比べると音韻論と文字は意味を成す。 Lが漢字を使っていれば中国語が参照言語である見込みが強くなる。注意したいのはアルファベットである。これは言語学者によって未開言語の表記に使われてきた。アルファベットを使っているからといって必ずしも西洋語が参照言語であるとは限らない。

音韻は更に有効な分析対象である。参照言語からは語彙の流入が行われる可能性が高い。つまりLは参照言語Nから単語を流用しやすい。もしNの音韻体系とLの音韻体系があまりに異なっていたら、LはNから単語を流用しづらくなる。したがってLは合理性を考慮してNの音韻体系に合わせやすい。普及型はこの傾向が強い。

エスペラントは西洋語Nの語彙を流用した。Nは非声調言語であり、子音連続も多い。また音節は開閉両用である。そのためエスペラントの音韻体系も非声調言語で子音連続を持ち、開閉両方の音節を持つ。

但し音韻は参照言語であることを決定できるほど強い条件ではない。 Nから流用した単語の子音を切り取り、声調を付けて、全て開音節にするといったヴァリアントなエスペラント(中国語風エスペラント)も作りうるからである。しかしNとかけ離れた言語は後験性が減少するため、習得が困難になる。したがってこのようなヴァリアントは普及型には生まれにくい。

語彙は最も参照言語であると定義するのに重要な分析対象である。最初の段階ではLの語彙はφである。後験語の場合、Nから語彙を流入せねばならない。 Lが全ての単語をギリシャ語から流入させた場合、Lはギリシャ語の参照言語であると容易に定義できる。

流入したあとの処理は言語によって異なる。Nを変形させ、より音声に忠実な綴字法を作ることもある。また、Nから取り入れた語の語形を短縮することもある。だが流入元がNである以上、語を変えてもNはLの参照言語である。

では、Nが原型であるということが分からないほどに変形させてしまった場合はどうなるか。 NからLに至るまでの変形の過程が資料として確認できれば参照言語と定義できる。すなわちこのような場合は通時的な分析に頼ることになる。資料が紛失等で得られない場合は系統不明ではなく参照元不明と定義する。系統不明はあくまで自然言語における比較言語学でいえることである。人工言語の場合は参照元不明としか呼べない。

日本語は和語のほか、韓国語や中国語を流入してきた。自然言語の場合、語彙の流入は姉妹語の認定にかかわらないどころか、むしろ姉妹語でないものを姉妹語であるかのように見せるまやかしとして働く。一見して韓国語と日本語が同系であるかのように見られるのは文法の類似だけでなく単語の類似も関与している。しかしこのような語彙の交流は比較言語学にとってまやかしでしかない。しかし人工言語学の場合は語彙の流入が参照言語の強い根拠になるので違いに注意が要る。

NはN'から語彙の流入を行うが、N'が何語であるかは地理的条件によって決まる。現代では交通技術の躍進とインターネットの普及により従来は考えられなかった地理的条件のN'から語彙を流入することがある。かつて日本語は近隣諸国の韓国語や中国語から語彙を流入させていたが黒船以降は西洋語を流入させ、現代では主に英語から語彙を流入させている。

一方、人工言語はより柔軟に語彙を流入することができる。フランス語から語彙を流入させながらタイ語の語彙を流入させることもできる。それでいてスペイン語から一切流入させないこともできる。地理的条件を考慮せずに語彙を流入できるという特徴がある。また、ひとつのNからのみ流入させる場合もあれば、100近くのNから流入させることもできる。人工言語はこのように地理的条件を無視し、任意の数のNを参照することができる。

しかし一貫性のない流入をすれば学習は困難になるため、普及型は一貫性を持った流入をする傾向にある。たとえばエスペラントは西洋語を基盤としている。現代はグローバル社会である。インターネットを通じて、書籍が発行されていない言語についても情報を得ることができる。いままで光を当てられなかったアジアの言語が言語学上で広く分析されている。したがってヨーロッパだけでなくアジアも加えたより広範な語彙の流入を行う言語が作成できるようになった。

広範なNを参照にした場合、これらは全てLの参照言語になる。 Lが日英語を参照言語にしたとする。このとき注意したいのは、Lに対して日英が参照言語であって、日英同士が姉妹語ではないということである。自然言語の場合、N1がN2・N3の姉妹語であれば、それはN2とN3が姉妹語であることも含意する。しかし人工言語の場合はそうではない。

先ほどエスペラントが分派すれば姉妹語ができると述べた。その場合、エスペラントは分派に対する親言語になる。ではエスペラントを改良したイドは何と呼ぶべきか。エスペラントを参照して作ったため、エスペラントはイドから見て参照言語ではあるが姉妹語ではない。分派したわけではないからである。このようにL1がL2の参照言語になることもある。すなわち参照言語は自然言語とは限らない。
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