レイユリのつもり。
ユーリお兄さんとおっさんがダラダラくっちゃべってるだけです。




  自分にとっては馴染みの場所に、珍しい人物が居た。
 雑多な、酒気を帯びた生温い空気、仄かな灯かりに照らされて輝く色とりどりのボトル、喧騒、雑音、全てが心地よい渾沌となってこの場を支配している。その見慣れた光景に、見慣れた背中を見つけたこと、その違和感に一瞬我が目を疑ったあと数度瞬く。ああ、間違いない、そう確信を得るとレイヴンはカウンターに座る男に近付いた。
「よぉ、青年」
「おっさん」
 ポケットに手を入れたまま、片手だけをひらりと振って背中に声を掛ける。呼びかけに、男は肩越しに申し訳程度の視線をレイヴンに返した。仄昏い店内で、背の中ほどまで伸びた長い髪がぬらりと揺れる。その脇をすり抜けてレイヴンは男の隣、左手側は酔い潰れたらしい先客が占領していたので、空いていた右手側の席に腰掛けた。
「いつもの」
 カウンター越しにレイヴンは喧騒の中、聞こえるか聞こえないかの声でマスターに注文を投げる。唇を読んだ、というよりは暗黙の了解だった。馴染みのラベルが貼られたボトルから琥珀色の液体がグラスに注がれていく様子を眺める。ふと、手の中で温くなっただろう液体の入ったグラスを持て余しているらしい男を横目でちらりと見遣ると、レイヴンと同じようにきらきらと光を透かして、カウンターに淡い影を落としながら注がれるウィスキーを見つめていた。
「どうせならついでに新しいの頼んだら?」声を掛けると、男は滅紫の視線だけ先にレイヴンを捉え、それからゆっくりと顔の向きを変えた。「大分温くなってるっしょ、それ」
 男の手の中、ゆらりゆらりと揺れる温いアルコールと溶けた氷とが混ざり合った液体を指して言うと、そこで漸く男は得心がいった、という様子で視線を逸らしながら相槌を打つ。それを肯定と受け取って、自分のグラスを受け取りながら追加で男の分を頼んだ。
「本当に言うんだな」
 持て余していたグラスを脇に置きながら男が言った。彼にしては珍しい、主語を欠いた不親切な言葉に、どう言葉を返したものかと考えあぐねていると、レイヴンの戸惑いを察してか薄い唇から吐息のような苦笑が零れた。
「常連の、常套文句ってぇの?」
 テーブルについた手で口許を覆って肩を揺らすと、ブルネットが一筋、二筋と流れて落ちる。
 彼の少し物珍しそうな言い草に、本当にこういった場所に馴染みがないのだな、とレイヴンは思った。
「まあねぇ……実際、便利っちゃぁ便利なのよね。おっさんくらいの常連とかなるとあちらさんも顔を覚えてくれちゃってるから、いちいちながぁ~いお酒の銘柄復唱する必要もないし」
 取って付けた様な説明に、違いない、と苦笑交じりの相槌を打って肩を竦めると、男もマスターからグラスを受け取る。受け取って、机の上に置いた。視線はそのまま、机の上に落ちたグラスの陰に注がれる。その横顔を無遠慮に眺めていると、男はランプの光が映りこんだ淡い陰の中に、机の木目が浮かび上がって見えるそれを目で追っているのだということが知れる。
「青年、下戸?」
「うん?」
 思ったことを口に出した、というより脊髄反射に近かった。問うた方も、問われた方も、その唐突さに少し間が空く。突拍子もない出来事への順応力に定評のある男は、レイヴンより幾分早く明け透けな質問の意図を理解したらしく、「あー……」と、肯定とも否定とも取れない曖昧な言葉を溢した。
「いや、えーっとさ、珍しくない?青年ってあんまこういうとこ出入りしないっしょ」
「ああ、うん。分かってる分かってる」
「俺様が誘っても適当に流しちゃうしぃ、だからって今まで一人で飲んでる様子もなかったしぃ」
「んだよ、根に持ってんのかおっさん。わぁーるかったって」
 レイヴンも彼が質問の意図を理解していることくらい気付いていたが、取り繕うように言葉を続けた。その言葉から身体を退いて逃げるように、男は机の上のグラスを手にすると口許へ宛がった。少しだけ、グラスを傾けると僅かに眉根を寄せる。
「んん……やっぱあんまウマいもんじゃねぇな」
「そんな無理して飲むことないわよ。ってか、酔い潰れた青年、宿まで連れてく自信おっさんにはないわ」
「自信っつーより体力だろ。俺もそんな老体酷使するような真似、させるつもりはねぇよ」
 男はグラスを口に付けたまま、ちびちびと舐めるように少量ずつアルコールを口に含む。相変わらず、眉間には深く皺が寄ったままだ。その様子に、こりゃ温くもなる筈だわ、と一人納得すると彼の二の轍を踏む前に自身の手の内に納めたままのグラスをあおった。一瞬の、口内と喉とを灼く感触を一通り楽しむと、すっかり空になったグラスを机の上に置く。
「ほーら青年。無理しなくてもおっさんが飲んであげるから、青年はミルクでも頼んでなさい」
「下戸、って……酒に弱いヤツのことだっけか?」
 いつの間にか、同じく空になったグラスの縁を長く形の良い指でなぞり、視線で追いながら頬杖をついた男が問うた。
「……よ、弱いのと、嫌いなのとある、わね……ってか、青年…………?」
 酔ってるの、とは怖くて最後まで続けられらなかった。ふぅん、と短く言葉が返る。表情は、ついた頬杖に隠れて見えない。これでいきなりぶっ倒れたらどうしようとか、ぶっ倒れるくらいならまだしもいきなり剣を引き抜いて暴れ出したらどうしようとか、そんな良くない想像が頭の中を駆け巡るレイヴンを置いてけぼりにして、男は唐突にこちらを向いて口を開いた。
「昔――……」
「は、はィイ!?」
「……どした、おっさん?」
「ななななななななななぁんも!何もよ!何でもないのよ青年!ささ、続けて続けて!」
 滅紫をした深い双眸を細めて、不審そうな目で見つめられる。身構えるレイヴンを余所に、男は到っていつも通りの平静さを保っているように見えた。見える一方で、翌日になると全く何も覚えていないといった類の、性質の悪い酔い方をする輩が存在しているのも確かで、安心するにはまだ早い。
 そんなレイヴンの葛藤は何処吹く風と、完全にレイヴンの方へ向き直りカウンター側の左手で頬杖をつき直すと、男は言葉を続けた。
「昔、騎士団に入ったりとかしたらその内付き合いとかで飲みに誘われることもあるかもしれないから、今の内に自分たちの酒に対する限界を把握しておこう、ってフレンとなったことがあったんだよな。酔い潰れて迷惑かける羽目にならないように、とかいう理由で……クソ真面目っつーか何つーか」
 フレン――男は親友の名前を口にすると、少し呆れたような、それでも柔らかい表情をして笑った。
「で、盛大に酔い狂って、以来青年は飲まないことにした、とか」
「そりゃ一体何処のフレンだ」
「じゃあ、親友のあまりの酒乱っぷりがトラウマになって、酒場恐怖症になった、とか」
「いや、確かにアレは凄かったけど、って……そうじゃなくて」
 少し遠い目をして、それから男はレイヴンの言葉をやんわりと否定する。
「泣きながら暴れまくって、手当たり次第周りのもんを投げるわ殴るわしながら服を脱ぎ出したアイツを簀巻きにして転がしたあと、一応実験だし一人でだらだら飲んではいたんだけどよ……」
「気付いたら夜が明けていた、とか」
 彼の親友の暴挙に関しては敢えて深く言及せず、それでも彼と視線を合わせているのが居たたまれず顔を逸らしながら投げ遣りに言葉を返す。だが、何故か先に続くだろうと予測していた応酬は一向に返らなかった。
「青年?」
 相変わらず、少し遠い目をしたままの頬杖をついた横顔に問い掛ける。
「酔って、みたいとは思うんだけどな……酒の味ってぇの?アレ自体があんま好きじゃないからな。だったら、わざわざ金払って飲むのも馬鹿らしいだろ」
 さらりと肯定された気がした。
 目眩がするこめかみを指で揉み解しながら、酔いが回ったかな、と別の方向へ思考を傾けようとしたが、グラス一杯で酔えるものか、と変なところで冷静なままの思考が逃避を許してはくれなかった。諦めたように溜息を溢すと、はは、と男が笑う。
「人が悪いわねー青年ったら。だったらおっさんと飲んでくれてもいいっしょー。おっさん、いっつもいっつも一人酒で、寂しいったらありゃしない!」
「だから、味が好きじゃねぇっての」
「だったら、何で今日に限ってこんなとこに来ちゃってるわけ」
 レイヴンの問いに、男は「んー……」と逡巡するように視線を泳がせると、そのまま肩越しに後方――左手側の席を見遣った。その視線を追うように、レイヴンも軽く腰を浮かせて男越しにカウンター席を覗き込む。
「……ハリー?」
 突っ伏しているため顔は見えなかったが、くすんだ金色の髪には見覚えがあった。
「何でまた……」
「宿に向う途中、路地裏から気配がすると思って行ってみたらコイツがゲロの上で伸びてたんだよ」
 その光景がありありと目に浮かんで、レイヴンは思わず顔を歪めた。男も思い出したのか、苦虫を潰したような顔をしている。
「知らない顔じゃないし、そのままほっとくにほっとけないだろ」
 なるほどね、言いながらレイヴンは浮かせた腰を落ち着けると、マスターに自分と男の空いたグラスを手渡しながら水を二つ注文した。
「うん?もう打ち止めか」
「青年の話聞いてたら、色んな意味で飲む気失せたわ」
「それでおっさんの飲み癖にストッパーが掛かるなら、今度から俺も付き合ってもいいかもな」
「ひぃ~勘弁してよー、青年~」
 はは、と男は軽快に笑う。
「それでまあ、どうしたもんかなーって考えあぐねてたら、裏口からマスターが様子見に来たとこに鉢合わせた、ってワケだ」
 酔い醒ましに外の空気吸いに行ったら、そのまま酔い潰れて吐瀉物に突っ伏していたといったところか、とレイヴンは当たりをつける。彼は人の失敗を笑ったり、吹聴したりする趣味は持ち合わせていないので、ハリーに関してもこれ以上のことを言う気はないだろう。
「大した介抱とかしたワケでもないのに、一杯どうぞって言われてな」男は、そこで一度言葉を切った。「まあ……いいかな、って……」
 続いた言葉が、少し虚ろに響いて思わずレイヴンは男の顔を凝視した。レイヴンの視線に気付いた男は、笑いながら左手を軽く振る。
「酔えば、感触も忘れられるかも知れないだろ?」
 まるで何でもないように言葉を紡ぎ、笑顔を作る男に、レイヴンは言葉を失った。


農夫と大鴉 Drown one's grief in drink
20080929 sato

 


多分、ダングレストでのドンのけじめとか、カロル先生一喝とから辺?
一時でいいから酔って忘れたくても、酔えなくて苦悩するユーリとかも萌え。
(20080929)






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最終更新:2008年09月29日 04:25