拍手log09、log10、log11の続きです。

 


 

 

テイレシアースの怪 おまけ 男たちの反省会

 

「こんな面白いことになっているなら、僕も呼んでくれたら良かったのに」
 一連の騒動が一段落し、ユーリが元に戻った少し後に帰ってきたフレンは言った。
「ンなこと言って、お前呼んだって来ないだろ」
「うん。忙しかったからね。言ってみただけだ」
 部屋に入ってきたフレンを、寝台に腹這いになって寝転んだままユーリは一瞥した。サイドテーブルに置かれた飲みかけのブランデー越しに、金色の髪が揺れている。綺麗だった。
 結局、ユーリの状態が状態だったのでオルニオンにもう一泊することにした。騎士団の簡易詰所に昨夜から籠もりきりだったフレンは、ユーリたちが夕食を終え、湯浴みを済ませた頃漸く帰ってきた。
 因みに、風呂に入るときユーリはまだ乳房をぶら下げた状態だったので、予想通り目隠しをされた上で女性陣に取り囲まれもみくちゃにされながら洗われた。リタとジュディスは「ユーリのことだから、もう手遅れなんじゃないかしら?」だとか、「今朝の出来事、全部おっさんのせいにしてたけどホントのとこはアンタが主犯格なんでしょ」と言いながらやや遠巻きに見ているだけだったので、率先してユーリを洗い倒していたのは主にエステルだった。曰く、「これ以上罪を重ねてはいけません!と、いうかわたしの気持ちの問題です!」らしい。だが、それよりも便乗したパティに泡塗れにされながら、実に色々なところを触られたのが一番ユーリには堪えた。寧ろ何のプレイだよ、と叫びたくなったが(目隠しもしていたし)エステルやリタの前だったので自重した。それにしても、何だかとても大事なものを失った気がする。
「ずっと詰所に缶詰めだったクセに、どっから仕入れたんだよ」
 ブランデーはレイヴンの飲み残しだ。カウフマンの遣いだというギルドの人間がやってきて、晩酌を始めたレイヴンを連行していってしまったので中途半端な量が残ってしまっている。カロルもギルド幹部のご指名に興味があったのか、そのままくっついて行ってしまった。
 そんなわけで、フレンを迎えたとき部屋にはユーリ一人きりだった。
 そう時間は取らせない、とのことだったので戻ってきたらレイヴンはグラスの残りを呷るつもりだったのかも知れない。けれど折角の上物を酸化させるのは勿体ない、とユーリはグラスを手にした。それに、戻ってきたレイヴンが空のグラスを見て落胆する姿を思い描くのはとても楽しい。
「正午過ぎだったかな?エステリーゼ様とリタが、差し入れと一緒に。君も一緒に来れば面白かったのに」
「おいおい。未来の展望明々とした騎士団長代理閣下にスキャンダルでもたったら大変だろーが」
「そんなへまはしないさ」
「しそうだから言ってんだろ。そうでなくても、オレはお前の部下に刺されんのはごめんだ」
 言ってから、おやこれは失敗したかな、とユーリは思った。
「……何故、部下限定なんだい?」
 案の定、幼馴染みは緩慢な動作で手甲の留め具を外しながら訊いてきた。だが、そこにあるのは素朴な疑問だけで他意はないようにユーリには思えた。
「…………さあ?何となく、か?」
 口の端が引きつるのをグラスで隠す。濃い琥珀色の液体が、アルコール臭を以って鼻腔を擽った。
「確かに、ソディア辺りなら遣りかねないかも?」
「お前、そりゃ笑えねぇよ」
 本当に笑えない。なのに、フレンの方は清々しく朗らかに声を上げて笑った。ユーリはそっと胸の内で、彼の副官に対して謝罪の言葉を唱えた。
 ぬるくなったブランデーを呷り、飲み下すと鼻の奥で一層アルコール臭が強まった。
「っつーか、ンなこと言ってていーのか?上官のくせに」
「上官だから言って良いんだろ。だから、ユーリは言っちゃ駄目だ」
 どういう理屈だ、と舌を動かす。酒臭い。
 空になったグラスをサイドテーブルに置くと、着ていても見ている分にも重苦しい甲冑を取り去ったフレンが軽くストレッチなどをしながらユーリの寝転ぶ寝台へと近付いてきた。そうして、極自然な所作で琥珀色の液体が揺れるボトルを掴み、今し方空になったグラスへと傾けた――が、素早く身を起こしたユーリは傾いたボトルを押しやり遠ざけると、グラスにも手蓋をして首を横に振った。
「お前は、駄目」
「少しだけだよ」
「駄目だ。オレと二人だけ、っつーならまだしも……おっさんやカロルもすぐ帰ってくるし、ここはオルニオンだぞ?お前の部下が失望するぞ?ギルドの人間だって居るんだぞ?オレの言いたいこと分かるよな?分かってるよな?分かったら、いい子だから、その物騒なモンを、今すぐ、置け」
「……いや、でも意外と平気に」
 フレンが言い終わる前に、手の中のボトルを無言で奪い取り、きっちり蓋をしてしまう。だらしなく開かれたままのレイヴンの荷物袋に「物騒なモン」を突き入れると、ユーリは固く紐で結んで閉じた。背中に、未練がましい騎士団長代理の視線をひしひしと感じた。
「ニートのユーリには解らないかも知れないけど、仕事をして疲れて帰ってきてるのだし、少しくらい羽目を外しても怒られないと思うのだけどな……」
「もうニートじゃねぇよ!少しくらいなら確かに、っつーか、大いに羽目外してくれて結構だけどな?お前の場合、少しで済んだ試しがないんだよ、酒乱!」
 叫ぶような強さで断じると、フレンは口元に手を当てて伏し目がちに思案するようにして黙り込んだ。
「……おかしいね」
「…………おう、全くな」
 ややあって口を開いたフレンに、ユーリは気持ち肩を落として応えた。疲れた。そうでなくても今日一日、これでもかという程振り回されたというのに最後の最後でまたこれだ。結局、乳房が生えたところで感触を確かめる以上のことは出来なかった。
 可哀想なオレ、と胸の内で呟いてフレンからそっと視線を外した先で目に入った扉が蝶番を軋ませて開いた。鳥の巣頭の共犯者と、栗毛色のリーゼントヘアの通報者が仲良くお帰りだ。
「お。フレンちゃん帰ってたのね~。お邪魔だったかしら」
 羽織を翻し片手を軽く上げながらレイヴンが部屋に入ってくる。フレンは、背後にしゃがみ込むユーリだから判る程度に、ほんの少し背筋を正して「レイヴンさんも、遅くまでお疲れ様です」と告げた。
「二人共騒ぎ過ぎだよ。廊下まで声が聞こえたんだから!時間考えてよね」
 言いながら、カロルは後ろ手に鍵を掛ける。指摘された大の大人二人といえば、肩越しに振り返り視線だけで問うてくる騎士団長代理に、見上げる幼馴染みは軽く肩を竦めるだけに留まった。自覚がないのだから仕方がない。
「……視線だけで会話しないでよ」
「そりゃ無理ってもんよ、少年。長年連れ添った夫婦特有の、阿吽の呼吸っつーのがあるんでしょ」
 レイヴンは子供相手に酷くおぞましい答えを返した。度数は高くても酔いが回るには少な過ぎるアルコールは、目眩の理由に出来もしない。
 立ち上がって寝台に腰掛けると、歳の離れた友人同士がおぞましい話題で戯れあっているのを苦笑混じりに眺めているフレンと目が合う。
「夫婦だって、ユーリ。どっちがどっちだろうね」
「……今度、じゃんけんで決めるか」
 視線を交わしたまま黙っていると妙にまた絡まれそうなので、身のない会話で間を埋めてみた。
「二人がどんないかがわしい関係だったとしても今更何とも思わないけど……結局、何をあんなに騒いでたの?」
「……こんなことならおっさんよか先に、おっぱいでも何でも握らせてカロル先生を押さえとくべきだったかな、と」
「え?ボ、ボク?」
 買収する相手を見誤ったことを、ユーリは素直に反省した。それから、空になったグラスを覗き込んで首を傾げるレイヴンを、役立たずめ、と一瞥した。
「……そんな話をしていたんだったかい?僕らは」
「オレ的にはそういった趣旨で話してたんだよ」
 そうと気付いたのは話が一通り終わった後ではあったけど、と胸の内で付け足す。
 フレンはユーリの突き放した言い様にも、冬空の色をした瞳を数回瞬かせただけで深く言及することもなく相槌を打った。恐らく、途中からどうでも良くなったのだろう。ユーリもあまり深く食い下がられると説明するのが面倒なので良かった。基本的に、ユーリも幼馴染みもどうでもいいと感じた話には果てしなく不精だった。そのことについてユーリの下宿先の女将などは「そうやって不精ばかりして、自分たちだけで世界を完結ばかりさせていると今に痛い目を見るわよ」とよく言っていた。当時は彼女の言い分はよく解らなかったし、あまり頻繁に指摘をするものだから煩わしく感じたりもしたものだ。
 女将に言われるまでもなく、ユーリは幼馴染みとの殊意思の疎通に関しての異常なまでの透明度を自覚していたし、それを幼馴染み以外に求めるつもりも毛頭なかった。だから、的外れも良いところな彼女の小言は、ユーリの中では諸々の面倒臭いことの一つとしてしか認識されていなかった。
 だが、それもザウデ不落宮から意図せずダイブ――漏れなく刃傷沙汰、という一件から、ユーリは考えを改めた。
「……会話って大事だよな」
 思い出したら脇腹が痛くなってきた。
「?そうだね。ところでユーリ」
「ん?」
「どんな感じなんだい?その、女性になる、という気分は」
 寝台に腰掛けたユーリは、真っ直ぐに問うて来た幼馴染みの目を同じように真っ直ぐと見つめ返し、それからちらり、と一瞬だけレイヴンを見やってから口を開く。つられてフレンの視線もレイヴンの方へと揺れるが、その頃にはユーリはまた正面に幼馴染みの横顔を捉えていた。
「変身願望か、フレン?こりゃ、魅惑の女騎士団長も期待出来るかね」
 ユーリの向けた視線の意味を正しく理解したレイヴンは盛大に吹き出し、カロルはこめかみを押さえて俯いた。
「ま、一回限りみたいなんだけどな。明日の朝、いきなりお前の胸におっぱいがぶら下がってるよーなことはねぇから、鎧の心配とかはしなくていいぜ」
「それは良かった」
「オレとしては残念極まりねぇんだけどな」
 言いながら笑うと、久しぶりに露骨に嫌そうな顔を向けられた。正しく意図するところが伝わって何より、とユーリは後ろ手に手を突いて顎を突き出して笑った。
「しっかし、ほ~んと綺麗さっぱり跡形も余韻もなく戻っちゃうもんなのね」
 ユーリの、開いた胸元に注がれるレイヴンの視線は酷く残念そうだ。気持ちは解るので、敢えて触れずにおく。
「だな。こんなことならとっととイッパツやっとくんだった」
「お。やあっぱ乗り気だったんじゃな~い、青年。今度女の子になったら、そんときはちゃんと最後まで付き合ったげるからね!」
「や、いーわ。おっさんとは今回の一件で充分楽しめたし、深入りすっと胸焼けしそうだし」
 後腐れなくていいとは思うけど、とは言わない。言えば付け上がる気がしたからだ。
 抗議の声を上げるレイヴンを軽く手を振る所作で以ってあしらい顔を背けると、大きな明るい榛の目とばっちり視線が絡んだ。これは面白い、と唇の端を吊り上げるついでに口を開くと、声を出すより先に少年が大きく首を横に振った。
「だ、だめだめだめだめだめ!ボクはだめ!」
「……まだ何にも言ってないだろ。カロル先生のエッチ」
 指摘すると、少年は耳まで真っ赤になった。可愛い。
「ボ、ボクはそんな、中途半端な気持ちでユーリのこと好きなんじゃないから、だめ!」
 微笑ましく見つめていたら、告白?された。
「カロル……聞いてるコッチが恥ずかしくなるから、ちょっと落ち着こうぜ、な?」
 顔に出ない性質で、こういうときに良かった、と思う。
「しっかし青年~。おっさんもだめ、カロルもお断り、っつったらフレンちゃんしか残んないじゃないの。そんな無難なとこに落ち着いたって、面白くも何ともなぁい。おっさん、つまぁんなぁい」
「それは……難しいですね。私は、ユーリにはちょっと勃たないと思うので」
 答えるフレンの笑顔が眩しい。そして、何だか悔しい。
「オレに欲情する騎士団長代理閣下なんぞ、こっちだってドン退きだっつーの」
 すると、フレンは少し驚いた様子で、ユーリを見下ろしてきた。酷く透明な青い瞳からは、けれど霞掛かったかのように不透明な感情しか見て取れない。珍しいこともあるものだ、と存じます半ば感心してユーリは口を開く。今、自分が同様の不透明さで以って彼の前に在る、という確信があったからだ。
「まあ、お前が女になったその時は、オレが抱いてやるから安心していいぜ?」
 仮定の話だ。だから、安易に口に出すことが出来る。だから、その安易さが嫌いで、仮定の話はしたくない。
 ユーリの提示した仮定に、彼は瞳を瞬かせて吐息を溢した。表情は欠いていたけれど、何処となく安堵したような響きに聞こえた。
「……いや、謹んで辞退させて貰うよ。ユーリって何か変な病気とか持っていそうだし」
「失礼だよな、お前」
 喉で笑いながらユーリが言うと、彼は少し困ったように眉根を寄せて笑った。けれどフレンは、ユーリの言葉を否定も肯定もしなかった。

 

 

 


 

 終わりです。
 いやあ。。。コメントに困りますね、実に!

 

 

 

 

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最終更新:2010年04月09日 14:15