続きです。
いつも通りのエロくない性描写と、グロくない死体・解体・嘔吐描写があります。

 昇降機を下りると、ジュードは川辺の船着き場へと向かった。湿地帯へ行くのかと訊ねてきた船頭に、ユルゲンスから教えて貰った場所を伝えると彼は怪訝そうに眉根を寄せながらそれでも舟を出してくれた。
 舟に乗っている間、初老の船頭はジュードの告げた土地があまり人の寄り付かない場所だと言った。罪人や病人の亡骸を「処理」する為の、鳥も通わぬ不浄の地であるのだという。誰に聞いたか知らないが観光なら止めておきなさい、と言われたのでジュードは首を横に振って「違います」と告げた。
 「……全く、今日は何て日だろう」ジュードの方は見ず、独り言のような調子で船頭は言った。「あんな辺鄙な場所に行きたいだなんて言う奴は今日だけで二人目だ」
 ジュードは返事をしなかった。舟の揺れに頭痛が益々酷くなって、吐き気がしていたからだ。だから舟の縁にもたれかかり、大人しく薄紅に輝く雲を眺めながらアルヴィンも同じ物を見ただろうか、と考えていた。
 桟橋に着くと船頭はここで待っている、と言ってくれた。だが、いつ戻るとも知れない、とジュードが言うと二時間程したら迎えに来てくれることになった。
 船頭を見送り一人きりになると、ジュードは改めて辺りを見渡した。山の陰になっている所為か辺りは薄暗く、草木は乏しい。寂寞とした荒野に、乾いた風の音ばかりがいやに大きく響いている。だが、この何処かにアルヴィンが独りきりで居るのだろうと思うと、こうして立ち止まっている時間も惜しかった。頭は相変わらず痛んだが、揺れない地面の上で吐き気は少し治まった。
 歩き出して暫くすると、雲の切れ間から陽の光が差し込んだのか暗い視界が明るく晴れた。赤茶けた不毛の大地はアルヴィンを探す夢の中の光景に似ていたが、足取りは重くままならない。だが、だからといって引き返すという選択肢はない。まだ、ジュードはアルヴィンを見つけていなかったからだ。
 斜陽の差す緩やかな傾斜を登りきり、小高い丘の上に立つと陰になるものがなくなり視界が大きく広がった。周囲は相変わらず荒涼としていたが、すっかり葉の落ちてしまった背の低い裸の木が疎らに生えているのが見えた。その中の一つに、寄り添うような人影を見留めて一瞬、ジュードは確かに息を詰める。
 夢の中、陽の光はもっと鮮烈で、全てを暴き立てるような苛烈さで、大地や、木や、そして彼を、赤く染め上げていた気がした。朝陽とも夕陽とも知れない光に輪郭を滲ませて、死者の名を刻んだ岩に囲まれた彼は木の根元に穴を掘っていた。死者を埋める為の穴なのだと、自身の深層に由来する夢を渡るジュードは即座に理解していた。だからこそ、いつか彼が話してくれた埋葬の意図を感じ取り思わず制止の声を上げた。だが、それらは全て眠りの中での話だ。目覚めてしまえば、夢は目まぐるしく流れる現実の片隅で大人しくしているしかない。だのに、今ジュードは言い知れない焦燥と既視感とに苛まれていた。
 差異はある。空はもっと彩色に富んでいたし、荒野と称するには疎らだが緑の見留められるこの寂寥とした丘は、夢の中で彼を見つけた最果ての地ではない。けれど幾つかの符号の一致に、ジュードは良くない胸の高鳴りを感じた。
 木の根元に深く、深い穴を掘る男がそこに居る――焦燥を促す理由はそれだけでいい。それだけで、ジュードは拳を固く握り締め、踏み出せる。
「アルヴィン!」
 名前を呼んだ。風が強く吹いていたので、その音にかき消されてしまわないように声を張り上げた。夢の中では、声は決してアルヴィンに届かなかった。そんな焦りもあったかも知れない。けれど、そんなジュードの不安を余所に穴を掘る男の動きは止まった。屈めていた上体を起こすと、撫でつけられた鳶色の前髪がはらはらと落ちる。よく見ると髪は大分乱れていて、こめかみにはうっすらと汗が浮いていた。トレードマークのコートやスカーフも取り去って腕を捲った出で立ちの男は、赤味の強いブラウンの瞳に驚きの色を滲ませる。
「……ジュード?」
 その酷く幼い呼び掛けに、ジュードは何故かどっと疲れた。だが、同じくらい取り繕うことのない珍しい彼の表情に安堵もした。
 乾いた大地に空いた不自然な窪みまで数歩というところで、ジュードは足を止めた。窪みのほぼ中央に居るアルヴィンは、居る筈のない子供の姿を訝しげに見上げている。眉根を寄せて「何で居んの?」と彼は訊いてきた。
「……何、してるの?」
「いや、訊いてんのはこっちなんですけどね」
「何で、穴なんて」
 何を埋めるの――とは、続けなかった。口を噤んで、視界からアルヴィンを追いやった。彼の少し困ったような気配がして、それから大地を穿つ乾いた音が鼓膜を揺らした。剣先スコップを突き立てて離すと、男は窪みから這い出てジュードの近くにまでやってきた。
「見て分かんない?ほら――」
 促されて一度彼の顔を見上げ、それから穴を見やる。中央にはところどころが薄汚れた白い麻布の包みがあった。その周りを蝿が二匹、飛び回っているのが見える。
「お宝でも埋まってると思った?」
 久しく見ることのなかった不透明な笑みを貼り付けて、アルヴィンが喉を鳴らした。ジュードは返事をしなかった。そんなジュードの様子に彼は肩を竦めて首を横に振ると、また窪みへと戻っていく。今度はジュードも止めなかった。
 突き立てたスコップを引き抜くと、アルヴィンは作業を再開した。麻布の包みの周りの土を、丁寧に掻き出していく。彼がどれだけ穴を掘り続けているのかは判らなかったが、こめかみから顎にかけて汗が流れ落ちる度に何某かの言葉が喉元にまでせり上がってきた。それを、ジュードは飲み下す。乱れた髪を振り乱し、手の甲で滴る汗を拭ったりなどしながら穴を掘り続ける男をただ眺めた。
 やがて麻布の全容が穴の中で露わになると、アルヴィンはジュードの足元へスコップを置いた。ちょっと下がってろ、と言い残して彼は窪みの中央で屈む。それから、麻布の包みを肩の上に担ぎ上げた。彼の意図を汲み、ジュードは手を伸ばす。
「いいよ、下がってろって。汚れるぞ」
「いいから、ほら」
 アルヴィンの返事は待たずに麻布に手をかけると、少し饐えた臭いがした。引き上げるジュードに合わせて、アルヴィンは麻布の包みを下から押し上げる。そのままの勢いで穴から這い出ると、衣服を軽く叩きながら「サンキュ」と言った。
「……ねぇ、アルヴィン」
 麻布の包みから目の離せないまま、ジュードはアルヴィンの名前を呼んだ。何だよ、と彼はコートを羽織りながら軽い調子で返してくる。スカーフは少し迷ってから、首に引っ掛けてジュードの方へ近付いてきた。
「何で、こんなこと……」
 半ば呆然とした心地のまま、包みから目の離せないジュードは言った。対照的に、彼は淡々とした様子でジュードの足元にしゃがみこみ麻布へと左の手を伸ばす。その手を、ジュードは反射的に掴んだ。アルヴィンは一瞬、本当に一瞬の間だけだが、それでも確かに身体を強ばらせた。もしかすると、ジュードの手を振り払おうとしたのかも知れない。けれど彼はただ緩く拳を固めただけだった。それから逡巡するように視線をさまよわせた後、結局その赤褐色の瞳にジュードを捉えた。
「鳥に、食わせようと思って」
 そう言って、掴んでいるのとは異なるもう一方の手をジュードの手に添えて、丁寧にゆっくりと解いた。そしてまた麻布に手を掛ける。そんな彼をジュードはただ黙って見ていた。汚れてほつれた布を解いていく彼の手は慎重だったが、迷いはない。
「ジュード」
 名前を呼ばれて、顔を上げた。
「あー……開ける、けど」
「……どうぞ」
「いや、そうじゃなくてだな」
 乱れて落ち掛かった前髪を掻き上げながら、何処か困った様子で彼は言葉尻を濁した。手袋に土でもついていたのか、こめかみが少し汚れた。今更何を躊躇するのだろう、とジュードが小首を傾げるとアルヴィンは大袈裟に肩を落として見せた。
「……もう、何でおたくこんなとこ居んの。まじで?」
「探してたんだ。アルヴィンを」
 彼のこめかみについた土を手袋に覆われた手で拭いながらジュードは言った。あまり、深く考えずに言葉を発したものだから言ってから自分で少し驚いた。
「何だそれ」
 訝しげな眼差しを向けて、アルヴィンが眉をひそめる。だが、ジュードも彼の発したものと全く同じ問い掛けを自身へと投げたくなった。
「何、だろう……?」
「何かあったのか?会ってからずっと変だぞ、お前」
 そう言って、アルヴィンは苦く笑った。だから「頭が痛いからだよ」という言葉は飲み込んだ。彼がせっかく笑っているのに、この場の空気が変わってしまいそうに思えたからだ。それに、この頭痛も単に夢見が悪かった所為だ。すぐに治まる。そこに至り、ふと気がついた。
 「でも、本当に……ずっと探してた気がする」言葉と共にこぼれたジュードの笑顔も、苦いものになってしまったかも知れない。「やっと見つけた」
 笑みをひそめて、アルヴィンは瞬く。それから居心地が悪そうに顔を背けながら、そりゃ悪かったな、と言って手を動かし始めた。その様子が奇妙に可笑しくて、ジュードは声を出して笑った。アルヴィンは「うっせぇ」とだけ言って、それ以上ジュードが彼を探してた理由を訊くことはなく、麻布を開きに掛かった。
 アルヴィンが麻布を寛げると、仄かに漂っていた腐臭が一瞬だけ密度を増す。次いで、数匹の蝿が中から飛び出してきた。不快な羽音に眉をひそめるジュードを、アルヴィンが笑った。離れてろって、と言われて首を横に振ると彼はやれやれといった様子で肩に引っ掛けたスカーフを抜き取り、ジュードの口と鼻を覆うように巻き付けた。腐臭が和らぎ羽音が遠くなる代わりに、硝煙と整髪剤の入り混じったアルヴィンの匂いが鼻腔を突いた。
 改めて、ジュードは彼の暴いたものを見下ろした。麻布から覗く死んだ女の顔を、ジュードは知っている。
「……レティシャさん」
 手袋を引き抜いて、ジュードは彼女に手を伸ばした。その冷たく固い、土気色の頬に触れる。アルヴィンは止めない。顔だけでなく身体に掛かっていた麻布も取り去り、ジュードは彼女に触れた。
 腐敗網と死斑の浮かんだ暗青色の肩から、乳房を掠めて腐敗性水泡で肥大化した腹部へと手を滑らせる。手のひらに、生きている人間とは異なる類いの熱を感じた。側腹部にも腐敗網が見られ、淡青色に変色している。その間、手持ち無沙汰だったのか隣で屈んでいたアルヴィンは腐肉から這い出た蛆を摘んで除けていた。
「状態は悪くなさそうだね」
 一通り触れて調べてから、ジュードは言った。アルヴィンは蛆を摘み続けながら何か言いたそうに口を開き掛けたが、結局唇を引き結んでしまった。そこで気がつく。
「あ……ごめん。やっぱ嫌だよね、目の前でお母さんの身体をまさぐられたら」
「まさぐるとか言うなって」
「大丈夫!別にやましい気持ちとかはないよ、安心して?」
「何の心配してるんだよ」
 頭を抱えてアルヴィンが呻いた。息子としては裸の母親の身体を、子供とはいえ男に暴かれるのを眺めているというのは落ち着かない気持ちになるものではないか、と考えた結果の配慮の言葉を掛けたつもりだったが上手く伝わらなかったようだ。もういいから退けよ、とアルヴィンに上体を押しやられジュードは立ち上がる。頭を垂れてまた母親の身体を麻布で包み始めた彼を見下ろしながら、もし自分が来なければアルヴィンは自ら腐敗の状態を調べたのだろうな、と思った。
 すっかり母親の身体を包んでしまい、最後に顔を布で覆うだけといったところでアルヴィンが急に手を止めた。それまで彼は流れるように手際よく作業をしていたので気になってジュードが注視していると、彼の母親の色味の薄くほつれた髪と頭皮との間から蛆が覗いているのが見えた。だが、その蛆を気に留めた様子もなくアルヴィンは母親の頬に手を添え、それから乾いてひび割れた唇をそっと親指でなぞった。
 「正直、面影もないくらいもっとぐちゃぐちゃになってると思ってた」俯いたまま、アルヴィンは言った。「二節近くも前なのに、綺麗なもんだな」
 抑揚を欠いた声音は、容易く風に消されてしまいそうな程小さい。ジュードは肩から下がり掛けた彼のスカーフを巻き直した。
「腐敗菌の多くは嫌気性だからね。空気中よりも水中、水中よりも地中の方が遺体は傷み難いんだよ」
 恐らく、彼女を死に追いやった女はその証拠を少しでも早く隠そうと埋葬を急いだのだろう。その事実が彼女の息子の目の前に形になって横たわっていた。それを皮肉と言うべきなのだろうか、とジュードは考える。彼はただ「流石だな、医学生」と言って笑うだけだ。そこに感傷のようなものは見て取れない。
「あー……でもあれか、除籍になったんだっけか」
「それなんだけど、ガイアスの口添えで復学出来そうなんだ。卒業は遅れるかも知れないけど」
 カン・バルクで源霊匣やこれからのエレンピオスとのことを話している途中、それまでの流れからジュードがタリム医学校の学生だったことが話題に上がった。四象刃が潜伏していたことで事態を把握していたガイアスが医学校に直接書状を送ることを約束してくれた。ジュードとしてはすぐにでも源霊匣の研究に着手する気でいたのだが、ローエンも今までやってきたことを無駄にすることはない、と背中を押してくれたのでガイアスの厚意を有り難く受けることにした。
「へぇ、それはまた……粋なもんだね、あの王さまも」
「確かに、色々あって医師の数も不足してるからね。ハウス教授みたいに医者をしながら研究っていうのもありなのかな、って」
 そんな余裕――猶予が許されているとは思えなかったが、だからといって源霊匣に全てを捧げることを精霊の主と成った彼女が望んでいるとも思えない。
 気がつくと、アルヴィンは顔を上げていた。肩越しにジュードを見上げている。何、とジュードは首を傾げた。
「いや?……まぁ、何にせよ良かったな」
 曖昧に答えを濁して、アルヴィンはまた俯いてしまった。それでも更に言及を深めようという気にならなかったのは、直前に彼がとても嬉しそうな笑顔をジュードに向けたからだ。
 生前の面差しがくっきりと残った死体の額にアルヴィンは唇を落とし、今度こそ完全に麻布で覆った。耳鳴りに混ざる蝿の羽音が鼓膜を揺らす中、ジュードは今彼を独りにしなくて済んだ偶然に何となく感謝した。

 空へ向けて真っ直ぐに伸ばされた指先から、羽音を立てて一羽の鳥が飛び去っていく。ジュードは鳥を放った男の背を見るともなしに眺めていた。
 頭痛が少し治まった代わりに、息をする度に胃が重く沈むような感覚を覚える。耳鳴りも酷い上に、無神経な蝿たちが相変わらず耳元を煩わしく飛び交っていた。正確には、座り込むジュードの傍らから漂う死臭に集っている。
 母親の死体を綺麗に麻布の中へと戻してしまうと、アルヴィンは鳥葬の為に山を登る、と言った。近くに在るそう高くない山で、地元の人間なら半日程で登りきってしまえるらしい。シャン・ドゥの住人の多くがその山の山頂で鳥葬を行う。素人だし倍はかかるかな、とアルヴィンは言った。そこで、ジュードが舟の船頭が迎えに来てくれることを伝えると、彼は怪訝そうな眼差しを向けてきたが結局吐息を一つ零しただけだった。それから、彼の鳥――シルフモドキに船頭の霊視野を覚えさせてある、と言ってアルヴィンは紙片に筆を滑らせた。
 耳元を飛び交う蝿を追い払うジュードの方へ、鳥を飛ばした男が緩慢な足取りで近付いてきた。辺りは黄昏を孕み始めた空を背にするその表情は、少し判りにくい。
「おたく、マジでついてきちゃうわけ?」
「今更それを訊く?シルフモドキ、飛ばしちゃったのにさ」
「だけどジュード、お前……」
 アルヴィンの紡ぐ言葉を最後まで耳に入れる前に立ち上がる。或いは、アルヴィンが言い淀んだのかも知れない。何にせよ先に続く言葉は容易に予想出来たので、最後まで聞くつもりがなかったのは確かだ。立ち上がった拍子にまた頭の痛みが増した気がして眉根を寄せる。そんなジュードの様子に彼がどんな感情を読み取ったのかは解らない。ただ、ジュードの思惑通り一度は途切れた先の言葉を、アルヴィンが続けることはなかった。
「……誰も居ない川辺で一人で居るなんて僕は嫌だからね、アルヴィン?」
 それ以上に、アルヴィンを独りでなど行かせたくはなかった。ただ、本当のことを言うと彼は良い顔をしないだろうな、とジュードは思った。だから言わなかった。
「それで、山に登ってどうするの?」
 一度、深く息を吸ってからジュードは言った。アルヴィンは何かまだ言いたそうに頭を掻いたが、結局ジュードの足元に屈んだだけだった。
「山頂で死体をバラして、鳥を待つ」
 死臭のする麻布の包みを右肩に軽々と担ぎ上げながら、アルヴィンはジュードの問いに答えた。思わず、彼のコートの裾を引く。
「アルヴィンがやるの?」
「おたくにやらせるわけないでしょーよ」
「そうじゃないでしょ、アルヴィン」
 語気を強めてジュードが言うと、彼は少し怯んだように顎を引いた。だからジュードも思わず引いてしまった彼のコートの裾を離した。
「鳥葬師が捕まらなかったんだ。こればっかりはな……急な話、ってのもあるけど断界殻が消えて霊勢の偏りがなくなった所為か、鳥が読めなくなっちまったとかでことごとく全滅だったんだわ」
「もうそんなに、リーゼ・マクシアに影響が出てるなんて……」
「そ。だからこんな混乱した状態じゃ、アポもない俺の依頼は受けられないってことなんだろ」
 意図的に、であるのかは判らないが彼の声音は随分と明るいものだった。行くんだろ、とジュードの背中を叩いて歩き出す。その後を、少し遅れて小走りに追い掛けながらジュードは問いを重ねた。
「ねぇ、大丈夫なのアルヴィン」
 足がもつれて重い。ほんの少し走っただけなのに、呼気が乱れる。そんなジュードをアルヴィンは足を止めて待っていた。大丈夫じゃねぇのはお前だろ、と言って溜め息を吐かれた。けれど、待っていろとも帰れとも言われなかったので、呼吸を整えながら彼の隣りに並んだ。
「……まぁ、大丈夫なんじゃねぇの。前に人手が必要とかで手伝ったこともあるから、手順や要領も分かってるしな」
 ジュードの息が整ったのを待って、アルヴィンはまた歩き出した。だが、その足取りは先程より幾らも緩慢だ。走るとコケるぞ、と肩越しに言われたので大人しく歩いて彼の背を追う。
「それもアルヴィンが今までやってきたっていう『汚い仕事』のひとつ?」
 そういう意味で訊いたんじゃない、と喉元まで込み上げた言葉をジュードは飲み込む代わりに軽口を叩いた。軽快な笑い声と共に、アルヴィンは肩を揺らす。それから、死体の処理なんて「汚い仕事」の内にも入らないさ、と彼は言った。
 その後も何度か彼の殊更緩やかな足取りに、それでも遅れながらジュードは歩いてついていった。アルヴィンはその都度立ち止まってジュードとの足並みを揃えて水分の補給を促した。差し出された水筒を素直に受け取って喉を潤しながら辺りを見渡すと、薄紅色の空が徐々に彩度を落とし始めていた。木々は益々疎らになり、身体に吹き付ける横殴りの風ばかり随分と強くなったように感じられる。前を歩く男が、そんな風からジュードを庇うように歩いていることにも気がついた。そういえば、旅を始めて間もない頃はよくこんな彼の背中を見ていた気がする。旅慣れないジュードやミラをその背で庇って、彼はいつも数歩先を歩いていた。やがて隣りに並び前線を駆るようになると、寧ろ先陣をきるように戦場を走るジュードの支援が多くなったアルヴィンの背を目にすることは殆どなくなった。
 途中、アルヴィンは何度か肩を揺らして麻布の包みの位置を直した。そう辛そうな様子ではなかったが、長時間一点に重みが架かるのは彼でも負担になるのだろうな、とジュードは思った。
 深い呼吸を心掛けながら歩を進めていると、また一つ男が身じろぎをした。その拍子に麻布の包みが僅かながら解けて、隙間から腕が落ちた。アルヴィンが舌打ちをしながら足を止める。拾おうと振り返る彼を制して、ジュードはその足元に屈んだ。奇妙に柔らかく張りを失った肉が、指の間に入り込んでくる。あまり強く握ると崩れてしまいそうな危うさがあった。慎重に拾い上げると、腐肉と骨の覗く断面からはらはらと小指の爪程の大きさの蛆が零れて落ちた。
「悪いな」
 アルヴィンが手を伸ばしてきた。ジュードは首を横に振る。
「いいよ。また落としちゃうかも知れないし、僕が持つよ」
「……あんま気分のいいもんじゃねぇだろ」
「何言ってるの。僕、医学生なんだよ?」
 ポケットからハンカチを出して、丁寧に彼の母親の腕を包む。少しはみ出たが、これくらいならば問題はないだろうとジュードが満足して頷くと諦めたのか彼は風にかき消されてしまいそうな程小さな声で「好きにすればいいさ」と言って背を向けた。その背中に「好きにするよ。ずっと好きにさせてくれてるくせに」とジュードは声を投げた。
 「……もう少し行くと山小屋があるから、そこで包み直す」心底忌々しそうに彼は告げた。「そうしたら、今日はもう歩かない」
 確かに、辺りはもう随分と暗くなり始めていた。シャン・ドゥの一帯は霊勢の偏りの為に一年を通して夕暮れに包まれていたが、断界殻が解かれたことによってごく僅かな時間だが朝や夜が訪れるようになったらしい。やがてその時間も長くなりリーゼ・マクシア全体の霊勢も安定するだろう、と言っていたのは確かローエンだった。それだけに今までの霊勢の移り変わりは当てにならない。だから、アルヴィンの提案は尤もだ。けれどジュードは何となくそれが気に入らないな、と思った。或いは、後ろめたさのようなものがそこにあったからなのかも知れない。
「……まだ歩けるよ」
 気がついたら口に出していた。当然のことながら、アルヴィンは怪訝そうな視線をジュードに向けた。
「俺が疲れたんだよ」
 焦燥を押し殺したような低い声で彼は言った。冷たい手で、心臓を直接掴まれた気がしてジュードは思わず胸元を強く押さえる。既視感に、吐き気がした。
 「嘘」震える声で、ジュードは呟いた。「嘘吐き。アルヴィンっていつも嘘ばっか。嘘だよ」
 首を横に振る。頭が痛かった。蝿が煩い。風の音かも知れないがどちらでも構わなかった。耳鳴りがして、吐き気がした。
「……お前、取り敢えず落ち着け。水飲めよ」
「嫌だ。さっき飲んだ」
 彼の母親の腕を抱え込んで、ジュードはその場にうずくまった。俯いてしまったのでアルヴィンの表情は見えなかったが、困っているのは気配で判った。
 違う。困らせたいわけじゃないんだ。助けになりたいんだ。頼って欲しいんだ。そんな感情がぐるぐると渦巻くけれど、息が苦しくて言葉にならなかった。置いて行かれるかも知れない、と急に奇妙な不安に襲われて泣きたくなった。彼が盛大な溜め息を吐いた所為かも知れない。
「ジュード」
 名前を呼ばれた。顔を上げるよりも、返事をするよりも早く、アルヴィンに腕を掴まれた。そのまま力任せに引かれて、自然と腰が浮いた。彼の母親の腕を落としてはいけない、とジュードが慌てている間に水筒を押し付けられる。少し迷ってから、ジュードは水筒を受け取った。その時、彼のあからさまな安堵の表情を見てしまって何も言えなくなる。空いた手で彼はコートのポケットを探り、飴玉を二つ取り出すとジュードの手に握らせた。
「飲み終わったら行くぞ。歩きながら舐めてな」
 離れ際に、頭を柔らかく一撫でされる。ジュードが水筒の中身を飲み干したのを見届けるとアルヴィンはまたゆっくりとした足取りで歩き出した。言われた通り飴玉を一つ口に放り込んでジュードも後を追った。風が随分と冷たくなってきたように感じられて、彼の巻いてくれたスカーフを巻き直した。まだアルヴィンの匂いがする。腕の中には相変わらず彼の母親の一部があって、それが何故だかとても不思議だった。
 アルヴィンの言った通り、十分程歩いた所に無人の山小屋が建っていた。宿泊を目的にしたような施設ではなく本当に中継地の単なる休憩所といった風体の質素な石造りの小屋だったが、中には毛布やストーブが備え付けられていて外で野宿することを思えば上等だった。かなり暗くなっていたので周囲の様子はよく解らなかったが、吹き付ける風の相変わらずの強さから遮るものが辺りにないことが知れた。アルヴィンはジュードから母親の腕を受け取ると、先に小屋に入って火をおこすように言った。外で包み直すつもりらしい。気を遣われているな、と感じてまた先程の言い知れない不愉快さがこみ上げてきたが、もう彼を嘘吐きと罵る気も起きなかったので大人しく山小屋の中に戻った。
 小さい窓が一つあるだけの小屋の中は外よりも一段と暗く、ジュードは手探りでストーブまでたどり着くと火をおこしに掛かった。幸い空気が乾燥していたこともあって、火はすぐに点いた。部屋の中が暖まり始めたところで、改めて備え付けられている備品を調べる。毛布だけでなく寝袋や缶詰め、茶葉に加えてポータブルストーブなども揃っていた。アルヴィンとは違い山に登ることになるとは思ってもいなかったジュードは、勿論何の準備もしていない。これ以上彼の負担になるわけにはいかなかった。そこまで考えてふと、缶詰めを物色していた手をジュードは止めた。
 負担になっているのは、間違いない。アルヴィンは、ずっとジュードに気を遣っていたように思う。風から身を呈してジュードを庇い、努めて緩やかに歩を進めた。一人だったら、アルヴィンはもう山頂に辿り着いていたかも知れない。だが、決定的な一言を彼は口にしない。或いは、医学生であるジュードが何も言わない為に、ハ・ミルでの出来事を境に彼が患い続けている病がそうさせているのかも知れない。だとしたらそれはそれで業腹なことだ、とジュードは思った。だが、何にせよここに来て彼の考えが全く読めなくなってしまった。
 豆を煮たスープの缶詰めを二つ手に取ると、ジュードはストーブの近くへと戻る。缶切りで蓋を開けて火に掛けているそこに、アルヴィンが戻ってきた。外気が吹き込んでその温度差に肩を震わせると、彼は慌てて扉を閉めた。
「悪い」
「ううん、平気。外、大分寒い?」
「だな。やっぱ今日はこれ以上はキツいって」
 両手を擦り合わせながらストーブの前へとやってきたアルヴィンの為に脇に避ける。彼は火に向かい暫く手のひらをかざした後、手袋を外した。そこでふと気になってジュードは背後を窺った。次いで、周囲を見渡す。隣から「どうした?」という声が湧き上がったので、そこでやっとジュードはアルヴィンの方を見た。目が合う。
「あれ?……お母さんは?」
「外に置いてきた。あっちのが寒いし」
 言ってから、彼はゆっくりと炎に向き直った。それから火にかけられた缶詰めを見て、これだけじゃ足りねぇかもなぁ、と言った。
 結局彼は自分の分とジュードが半分程残した缶詰めを平らげて、その後も物足りないと言って携帯食をかじっていた。その際の食欲のないジュードへの言及は特になかった。だからジュードも彼の沈黙に甘えた。ただ、彼は相変わらず水分の摂取を要求し続け、食後にバター茶を淹れてジュードに渡した。一杯目は良かったが、カップが空になる度に注いできて最終的に体調不良の所為で気持ちが悪いのかバター茶の所為で気持ちが悪いのか判らなくなってしまった。それでも必要最低限、ジュードはローエンがカン・バルクに残ったことや、レイアとエリーゼとはシャン・ドゥで別れたことをアルヴィンに伝えた。何でおたくは一人でシャン・ドゥに残ったの、と訊かれたのでニア・ケリアへ行こうと思っていると告げたら何故か彼は露骨に嫌そうな顔をした。
 正確な時間は鐘の音が聞こえない場所だったので解らなかったが、五杯目のバター茶を半分程飲んだジュードが頻繁に目を擦り始めるとアルヴィンに眠るよう促された。アルヴィンに毛布を手渡される。少しカビ臭い。
「アルヴィンはまだ寝ないの?」
「いや、俺ももう寝みぃわ流石に。でもその前に荷造りだけ済ませちまうから、おたくは先に横になれば?」
 酷く身体が怠いのは確かだったので、言われた通り横になると胃の中がかき回されて喉元までさっき食べたスープがせり上がってくる気がした。息を詰めてやり過ごすと、手足を縮こまらせて毛布にくるまる。すると何だか急に不安になった。思わず、口を開く。
「置いて行かないでね、アルヴィン」
 言ってから、後悔した。後悔してから、今更だと思った。彼の沈黙に甘え、自らも口を閉ざし続けることを選んだ今、馬鹿な話だと自身にほとほと呆れた。けれど、ゆっくりと振り向いたアルヴィンの顔を見たらそうした諸々はすぐに消え失せた。浮かんだ表情こそ乏しかったが、彼は酷く驚いているように見えたからだ。だからジュードは、矢張り彼は足手まといの自分を残して黙って行ってしまうつもりだったのだろうな、と思って少し悲しくなった。
 置いていかないで、とジュードは繰り返した。独りにならないで、と祈るような心地で呟いた。それらの言葉に彼が返した答えをジュードは知らない。答えを待つより先に、意識が深く沈んでしまったからだ。

 眠りは浅く、ジュードは目を覚ました。その都度アルヴィンの姿を探そうとして視線を巡らせようとするのだが、姿を捉えるより先に手のひらで視界を覆われてしまう。夜明け前なんだからまだ寝てろ、と囁いて彼はカップに注いだ水をジュードに飲ませた。何度目かの覚醒で空が明るんできたことが知れ、上体を起こそうとしたらむせた。咳き込んでいると、横になってるのが辛かったらもたれてろ、とアルヴィンは言ってジュードを背中から毛布ごと抱え込んだ。
「ちゃんと、寝てる?」
 重たくなる目蓋を押し止めながら、ジュードは訊ねた。寝てるさ、と耳元で声がする。背後からジュードを抱きすくめる彼が、額を肩に押し当ててきた。
「ちゃんと寝てるから、お前も寝ろ」
 嘘吐き、と呟いてジュードは笑う。それからアルヴィンに体重を預けて目蓋を閉じた。彼の体温を追う。その後は意識が浮上することも夢を視ることもなかった。

 寒さで覚醒した。だが、目蓋は重くなかなか開かない。それでも、頬に感じる外気が冷たくて身震いする。そこで、ジュードは一息に目を開けた。
 アルヴィンが居ない。
 壁にもたれたまま小屋の中を見渡す。昨晩使用した機材は既にしまわれていた。寝る前に荷物をまとめる、と言っていたのでその時に一緒に片付けたのかも知れない。
 一瞬、矢張り置き去りにされたのだろうか、と脳裏に浮かんだ。だが、すぐに否定する。根拠のようなものはなかったが、ジュードは彼を疑うようなことをしたくなかった。彼を信じたかった。それに、まだアルヴィンのスカーフはジュードの襟元に巻かれたままだった。
 立ち上がるが、足元は安定しない。昨日より更に状態が悪くなっている。動いたことで頭が痛みを訴えた。咳き込むと、錆の味が口の中に広がる。だが、ジュードは何度か深い呼吸を繰り返すと毛布を肩に引っ掛けて小屋の外に出た。
 朝陽が目に突き刺さる。切り立った崖の向こうに菫色に染まった空の色と、昇る朝陽の光を淡く映し込んだ雲海が広がっていた。昨夜訪れた時には辺りも暗くなっていたので判らなかったが、かなりの高さまで登ったようだった。
 傍らを見ると丁寧にまとめられた麻布の包みが目に留まる。だから、まだ彼が近くに居るのだという確信が得られて安心した。
 風が強く、毛布が浚われないようにと抑えながらジュードは山小屋の周りを歩いた。何か意味があるのか、ところどころに奇妙な紋様の描かれた石を積み上げた塚が立ち並んでいる。丁度小屋の陰になるところに井戸があって、まだ新しい水を汲んだ後が残っていた。改めて辺りを見渡すと、空に向けて片腕を高く突き出したアルヴィンを見つけた。鳥の羽ばたく音がする。シルフモドキだ。黄金色に輝き菫色の滲む雲海へと消えるその姿を見届けると彼が振り返った。すぐに目が合う。アルヴィンは少し驚いた様子で目を見開いたが、それもほんの一瞬のことで低く唸るような声でジュードの名前を呼んだ。
「お前……起きたのか」
「寒くて目が覚めたんだよ」
 彼は黙って手指をジュードの額に寄せた。長く外に居たのか、手袋を外したその指先はかさついて冷え切っていた。指は額からこめかみへと滑り、そのまま頬に手のひらを添えた彼は、熱いな、とだけ言った。或いは、続く言葉があったのかも知れない。ただ、先にジュードが口を開いた。
「シルフモドキってこんな高度まで来られるんだね」
 彼はすぐに答えなかった。逡巡は、ジュードの投げた問い掛けに対するものではないと知れた。けれど、結局アルヴィンは小さく顎を引いて「そうだな」と言った。
「風の精霊術で気圧を制御してるみたいだから、こんくらいはな」
「そうなんだ。……えっと、それで?今の、船頭のお爺さんから?」
「ああ。また鳥を飛ばして連絡寄越せってさ」
 言いながらアルヴィンはジュードの頭をかき混ぜて、それから背中をそっと押した。
「戻ろうぜ。ずっと外に居たから寒ぃ」
「出発は?」
「……飯食ってから」
 促されるままに山小屋に戻ると、彼はバター茶を淹れながら何を食べるかジュードに訊いた。食欲がなかったジュードは何と答えるべきか、と言葉に詰まったがアルヴィンが「食べたくなけりゃ食わなくていい」と言ったので頷いた。ジュードがアルヴィンの淹れたバター茶を飲んでいると、彼も面倒だったのか携帯していた皮袋から粉を掬い取るとバター茶と混ぜて練り合わせそれを食べるだけに済ませた。見慣れない食べ物をジュードが不思議そうに見ているとア・ジュール原産の麦を轢いたツァンパという粉で、シャン・ドゥでは一般的な携帯食なのだと教えてくれた。
 出発前、少し腹が下った。眩暈は酷く、風の音よりも耳鳴りの方が大きい。だが、それらの不調をアルヴィンに伝えることはせずに、山小屋を発った。

 山頂へと続く道の足場は悪かった。ニア・ケリア山道とは異なり、閑散と広がる赤茶けて乾いた大地に小石ばかりが転がっている。土は堅く、靴底を通して足の裏に冷気を感じた。俯いて登るジュードの足元には、緑も陰もない。砂を孕む風に、何度か倒れそうになった。吐き気と眩暈は治まらない。目が霞んで、酷く寒かった。耳鳴りに全ての音を奪われて、そのくせ自分の息遣いばかりがいやに大きく鼓膜に届く。吐息が熱い。自分が確かに歩けているのか、彼について行くことが出来ているのか、不安になってジュードは顔を上げた。岩肌と、見たこともないような青い空とのコントラストが美しい。だが、アルヴィンの姿を見留めることは出来ない。そう思い至った瞬間、足を石に掬われる。倒れる、と身構えるより先に二の腕を強く掴まれた。アルヴィンだった。ジュードの背中側に腕を回して脇の下から押し抱えるように通すと、そのまま歩き出す。
「一人で歩けるよ」
 身じろぐが、体格に見合ったアルヴィンの力は強く、解けない。仕方なく、ジュードは「水が飲みたい」と言った。彼の手が緩むと、その隙に突き飛ばす勢いでアルヴィンの胸元を強く押した。腕は解けたが、振り払った筈の男は麻布の包みを抱えた状態であるにも関わらず僅かにバランスを崩しただけで踏みとどまった。だが、彼を気にかける余裕はジュードにはなかった。アルヴィンから少しでも離れようともつれる足で、二度、三度と踏み出すが結局膝をついてしまう。それでも立ち上がろうとしたそこへ、ジュードの名前を鋭く呼ぶ声がした。何かが落ちる音と、足音を聞きながら、咳き込むジュードは込み上げる胃液に耐えきれず吐いた。視界が涙で滲む。鼻の奥が痛んだ。うずくまるジュードの背中を、駆け寄ったアルヴィンがさすった。
「触らないで!」
 胃液で灼ける喉で、それでもジュードは声を振り絞り叫んだ。一瞬、怯むように背に触れていた体温が離れる。けれどその手はまたすぐにジュードの背中を案ずるようにさすり始めた。その間にも何度かむせて、咳き込んでいるのか吐いているのか判らない。さする彼の手を払いのけようとして暴れると、手首と腕を掴まれた。
「落ち着けって!」
 本当に、その通りだと思った。昨日から――アルヴィンと再会してから、ずっと何かが可笑しいと思ってはいた。けれど、その理由は分からない。彼の真意も分からない。だから怖かった。ままならない身体と、不透明な彼の意図に、不安ばかりが増していった。
 恐らくはジュードの為に取り出し掛けたのだろう水筒が滲む不鮮明な視界に入り、手を伸ばす。自分の置かれている状態などとっくに知れていた。どうすればいいのかも解っている。アルヴィンの手を煩わせるまでもない。だのに彼は口煩く水を飲むことばかりを要求してくる。そこまで解っているなら、もっと別な最良の対処方法に思い至らない筈がないのにそれを彼は決して言わない。何を考えているのか解らない。どうして欲しいのか解らない。いつも彼はそうだった。大事なことは何一つ打ち明けてくれない。一人で抱え込んで、一人で結論に急いで、一人で追い詰められて、そこから動けなくなる。
 奪い取った水筒は、けれど口元に運ぶことすらかなわなかった。蓋の開いた口から零れた水が、袖口を濡らすが気に留めている余裕はない。血と胃液とが混ざり合った咳を繰り返す。苦しくて、アルヴィンがジュードから水筒を奪い戻したことにも気がつかなかった。手袋に覆われた彼の手が、頬に添えられる。もう一方の手は後頭部に回されて、顔が上向きになると少しだけ呼吸が楽になった。蒼穹を背にしたアルヴィンの顔で視界が埋め尽くされる。そうして息を吸おうとしたそこへ、彼の唇が触れた。一瞬、息苦しさも頭痛も消えたように思う。けれどすぐに口内へと注ぎ込まれた水を飲み下すことに必死になった。一息吐く頃、もう一度同じように唇を塞がれる。胃液で灼ける喉を流れていく水の感触が心地良かった。三度目の唇が降る前に顔を背け、息も絶え絶えにジュードは「もういい。要らない」と言った。頬に添えた手をそのまま背中に回してジュードを抱き込むと、アルヴィンは耳の裏に鼻先を埋めた。
 「ごめんな、ジュード」耳に掛かるアルヴィンの吐息がくすぐったくて、ジュードは思わず肩を竦めた。「ごめん」
 謝罪の言葉を繰り返す男の背に同じように腕を回そうとしたが、ままならない。腕は鉛のように重く、まるで自分のものではないようだった。だから仕方がなく、ジュードはアルヴィンに体重を預けて彼の肩口に頬を寄せた。
「……本当だよ。ファーストキスだったのに。酷いよアルヴィン」
 回された腕に、更に強く力が込められた。縋るような強さだった。彼は「犬にでも噛まれたと思ってくれ」と言った後、もう一度ジュードに謝った。だが、どうしてそんな風に謝罪の言葉を繰り返すのか、ジュードにはその理由が分からない。
 滲む視界は、それでも美しく空の青さを映し込んでいた。瑠璃色の空に、麻布がはためいている。彼の肩越しに見たその光景と、背中に回された腕の温もりとに何だか無性に泣きたくなった。

 羽音に、眉をひそめる。耳元で、鼻先で、掠めるように虫が飛び交う。卵を産みつける新たな腐肉を求めている。唇に止まり、鼻の穴の辺りに少しの間留まると、虫は頬の側へと這っていった。重たい腕を持ち上げて顔を擦ると、不快な羽音をたてて虫は飛び去った。
 鼻腔には、甘い匂いが刺さる。まるで何かを包み隠すかのように漂う、濃い香りだ。
 重たい目蓋をゆっくりと押し上げる。霞む視界に、濃い瑠璃色が移り込んだ。忙しなく飛び交う蝿は煩わしかったが、空は美しかった。仰向けに寝転んで、背中に硬く冷たい石を感じながらジュードは蒼穹を見上げていた。
 鼓膜を、風と虫の羽音でない音が揺らす。耳鳴りではない。聞こえた音は布を引き裂く音に似ている気がした。
 初めに視線だけ、次に頭をゆっくりと傾ける。案の定痛むこめかみを抑えて、ジュードは眉をひそめた。傾けた先の視界に乾いた大地が映る。だが、それでもそこかしこには小さく可憐な花々が風に踊っていた。甘い匂いの正体だ。途端、強い風と漂う甘い匂いの中に在って尚、鼻腔を突き刺す異臭が奇妙に意識された。思わず、喘ぐように口で大きく息をする。胸が詰まって反射的に胸元を握り締めたら、手触りの良い彼のスカーフに触れた。小さく咽せると、視界に捉えた異臭の中心に在る男が作業の手を止めて顔を上げた。暗い色をした外套のようなものを羽織った背中越しに目が合う。彼のコートはジュードの身体に掛けられていた。
「大丈夫か?」
 声は風の音にかき消されて届かなかったが、確かにそう動いた彼の唇にジュードは頷いて肯定の意を示した。アルヴィンは薄く微笑むと、また作業に戻った。
 呼吸もままならない程に状態の悪化したジュードに、アルヴィンが水を飲ませてくれたことは覚えている。彼の肩越しに打ち捨てられた麻布の包みを確かに見た。だが、その後の記憶が酷く曖昧だった。まるで夢のような心地の中で、彼に半ば抱えられるようにして歩を進めたような気もする。結局また彼の手を煩わせてしまったのだ、と思いながらジュードはぼんやりと屍肉を切り分ける男を見つめた。
 蒼穹を背に、外套を羽織った男が錆びた刃を振り下ろす。うつ伏せにした肉から頭が花の中に落ちた。血は出なかった。衝撃で、閉じられていた目蓋がめくれてアルヴィンによく似た赤褐色の、けれど薄ら白く濁った目が覗いた。だが、男は気にした素振りを見せずに鉈に似た刃を土に突き立てると、今度はナイフを取り出して切断面から背中に向けて切れ込みを入れていった。淡々と、男は手を動かす。そこには何の感情も見て取れない。よく似た光景を故郷でも見たことがあるな、とジュードは思った。
 昔、まだジュードがル・ロンドに居た頃、珍しい家畜がレイアの実家が経営する宿に持ち込まれた。それはア・ジュールでは一般的によく食べられるというブウサギで、レイアの父親がその肉を切り分けて見せてくれた。その時彼女の父親が身に付けていたのは外套ではなく前掛けだった気もするが、肉に刃を振り下ろす様が丁度今のアルヴィンに重なる。確か、うつ伏せにするのは内臓が飛び出すのを避ける為だと彼女の父親は言っていた。
 背中の次は足だった。一息に切れ込みを入れて、足の裏を削ぎ取る。血は、矢張り出ない。それでも辺りには花の匂いに混じって、獣じみた脂の臭いが漂っていた。少し距離を置いて眺めているジュードですら、額から脳にかけて突き刺さるような刺激臭を感じる。だが、ナイフを逆手に持った男は淡々と足の指の間にも切り込みを入れて、今度は腕を手に取った。
 以前にも経験があると本人が言っていた通り、彼は実に手際良く肉を解体していく。そこには一切の情どころか、人間性すら感じさせない。
「何か、手伝おうか?」
 死斑の浮いた腕を切り裂き、手指の間に切り込みを入れるアルヴィンにジュードは身体を横たえたまま思わず声を掛けた。片膝を突いて俯いていたアルヴィンが顔を上げる。目尻が少し赤くなっていて、ジュードは声を掛けたことを後悔した。けれど彼はそんなジュードを寧ろ気遣うように「いいから寝てろ」と今度は風の音にかき消されないよう声を張り上げたかと思うと、噎せながらしゃがみ込んだ。すぐに背を向けてしまったので見えなかったが、あれは吐いたな、とジュードは思った。
 青空の下、風にそよぐ花々の中に横たわる腐肉というのは何だか酷く現実味を欠いていて、本来付随すべき嫌悪感や道徳観はまるで遠くに感じる。蝿は相変わらず煩わしかったが、髪を撫でる風は心地良かった。
「……鳥、どう?来そう?」
 緩く、目を閉じてジュードは呟くように問うた。彼に声が届かなくても構わなかった。だが、すぐに明瞭な声音で「わっかんねぇ。全然読めねぇ」と忌々しげな声が返されて、ジュードは笑った。目を開けると、視界に広がるのは雲一つない青い空ばかりで唸るような彼の声にも納得した。
「大丈夫。ミラが連れてきてくれるよ」
 囁くように、ジュードは言う。肉を引き裂く音が一瞬だけ絶えて、それから喉を鳴らす彼の笑い声と共に再開した。
「……どんだけミラ様頼みなのよ」
 楽しそうに、彼は肉の肋を砕きながら言った。溜まっていたガスで、悪臭が深みを増した。鷲掴みにされ引きずり出された内臓は、腐敗が進んでいる所為かところどころが緑や黄色に変色しているのが遠目からでもよく判った。
「いいんじゃない?……それくらいの責任、取っても」
 アルヴィンへの答えとしてではなく、もうここには居ない彼女にジュードは言った。ジュードの気がつかなかった彼の弱さに手を差し伸べた彼女に言った。
「アルヴィンは、ミラが好きだった?」
 空を見上げたまま今度こそ、彼に問う。それから、少し意地の悪い言い方をしてしまったことに気が付いてそれが可笑しくて笑った。現にアルヴィンは閉口したまま、身じろぎ一つしない。空から地上へと視線を落とせば蝿の集る腐肉の溜まり場で、内臓を掻き出す仕草のまま固まっている彼と目が合った。けれどジュードの視線に気が付くと、彼はくしゃりと顔を歪めて笑った。
 「わかんねぇ」言いながら、アルヴィンはまた手を動かし始めた。「分からない。だけど、多分……」
 繰り返された言葉は先と同じ質の答えでしかなかったが、その後に少しだけ続きがあった。その続きもまた途中で絶えてしまったが、ジュードは概ね満足した。そこに彼の嘘がなかったからだ。だから先の言葉を促すこともせず、ただ笑った。けれど彼は不満そうに「ミラを好きなのはおたくの方でしょーよ」とぼやいている。
「……そうだね。僕も、愛してる」
 確かに、彼の言う通り自分は彼女のことが好きなのだろうな、とジュードは思う。だから、そのまま言葉に出した。
 こうして離れた今ですら、彼女を感じ、愛している。その想いを口にしたことも、口にしようと思ったこともなかったが、変わらず彼女を愛している。豊かな小麦色と若草色とが織り成す不思議な色彩の髪や、強い意志を宿した鮮やかなピジョン・ブラッドの眼差しや、淀みない真摯な姿勢、その全てが愛しい。けれど同時に、それらジュードの愛する彼女の像は彼の抱くものとは違うものであるように思えた。或いは、変質してしまった、と言い換えても良い。
「とても、愛してる」
 もう一度強く、ジュードは言った。そうか、と彼は穏やかに返して笑った。
 重たくなる目蓋と息苦しさに耐えながら鳥の影を探してジュードが空を仰いでいると、鼓膜を揺らしていた骨の音が絶えた。砂利を踏み締める足音が近付いてくる。ジュードが視線を巡らせるより先に、蒼穹との間を遮るようにしてアルヴィンが顔を覗き込んできた。
「寝てないよな?」
「……起きてる。大丈夫」
 汚れた外套と手袋を取り払って、アルヴィンはジュードの額に手のひらをあてがった。ずっと身体を動かしていた筈なのに、彼の手はとても冷たかった。
 ジュードの髪を撫でながら、アルヴィンは空を仰いだ。蒼穹が、少しずつ薔薇色に滲み始めている。遮る影はない。寝るなよ、と言って頬を一撫でしアルヴィンの手が遠ざかった。その感触を名残惜しい、と思う前に右腕を引かれる。もう一方の手を浮いた背中に滑らせて、アルヴィンはジュードの上体を引き起こした。頭が痛み、息が詰まった。ひゅう、と喉が鳴って咳き込む。前のめりに丸くなる背中をさすりながら、彼はまたあの冷たい手をジュードの頬に添えた。それから、彼は微かに開いたジュードの唇を割るように親指を差し入れる。歯に、潜り込んだ彼の唇が触れたかと思うと、口内が水で満たされた。ああまたこの男は、と頭の片隅で冷めた声がする。口にしないのは口の中の水を飲み下すのに必死な為だ。お陰で、喉を動かす度に逃げ遅れた彼の上唇が歯に触れる。反射的に甘噛みすると、アルヴィンが慌てたようにジュードの身体を引き剥がしに掛かった。恐らく、彼は何らかの抗議の声を上げようとしたのだろう、と思う。だが、濡れた唇から言葉が紡がれるより先に、ジュードは彼の襟元を強く引いた。今度こそ明確な意図を以ってその唇に噛み付く。彼は何度か逃げるように顎を引き、ジュードの上体を圧しやろうとした。だが、その度にジュードは逃げる唇を追った。やがて諦めたのか大人しくなったアルヴィンの唇を満足がいくまで舐めたり吸ったりした後、漸くジュードは身体を離した。上手く息継ぎが出来なかったので、気が付いたら肩で息をする有り様だった。そんなジュードを、アルヴィンは気遣わしげに眉をひそめて見つめている。
「おいおい、大丈夫かおたく……自分で飲むか?」
 気に入らない、と歯噛みして呼吸も整わない内にジュードはまた男に手を伸ばした。手渡そうとした水筒をすり抜けて手首を掴む。
 「そんな気休め、要らないよ」掴んだ手首を引き寄せてジュードは言った。「こんなどうしようもなく戻れないところに連れてきたのは、アルヴィンなんだから」
 口付けると、彼は困惑も露わに視線をさまよわせる。
「おたく、これは絶対後悔するぜ?だって完璧にこりゃ、」
 先に続く言葉を遮る為に、唇を塞ぐ。情動というより、理性がそうさせた。
「ここに来て暗黙のルールを一方的に破るなんて、アルヴィンって意外と無粋なんだ」
 吐息の掛かる距離で息も絶え絶えに吐き捨てる。アルヴィンは苦虫を潰したような何とも言えない顔をしてジュードを思いきり抱き締めてきた。鼻先が触れ合う距離で吐息を交わすと、まいった、と言ってアルヴィンは目を伏せた。
 耳鳴りを縫うように、口付けを繰り返す。頬にも、閉じた目蓋の上にも、唇を落とした。辺りには凶暴な風が吹いている。頭が痛い。視界は不鮮明で、彼の表情すらろくに判らない。ただ、手のひらに感じる彼の温度や、唇に触れる肌は酷く冷たく乾いていた。
 恐らく、アルヴィンは何か言っていたのだと思う。説得めいた言葉を、彼にしては真摯にジュードに伝えてくれようとしていたように思う。ただ、気の触れた風が煩くて、その一切は耳に届かなかった。そうして物理的な抵抗をしなかったのはきっとジュードの身体を思いやってのことで、混濁する意識の中でいやに鋭くなった本能が彼の後ろめたさを嗅ぎ分けて付け込んだ。
 死臭の中で何事かを喚き立てる冷たい身体を抱きながら、ジュードは考える。彼と自分の在り方の、有り様の差違を思う。行動の理由を他者に求め、責任の矛先を逸らし続けたという点においては、業腹ではあるが彼と自分とが似通った性質の鬱屈を抱いているとジュードは自覚していた。腹立たしいついでに認めたくない話だが、彼が言うところの「お人好し」や「お節介」を以ってしか、ジュードが自分自身の輪郭を保てなかったのも事実だ。そうすることでしか、他者と関われなかった。だから他者に理由を求めないミラやガイアスの姿勢に惹かれ、そう在りたいと願うようになった。それならば、と思う。ならば、今ジュードが組み敷くこの冷え切った身体もまた、同じものに焦がれたに違いない。
「かわいそうだね、アルヴィン」
 首筋から耳の裏に掛けて鼻先を埋めながらジュードは言った。輪郭を保つだけの自己に由来する理由が、彼にはまだないと思ったからだ。その事実がとても可哀想だった。屍肉が膚から溶け出すように、彼も己を保てなくなるのではないだろうか、と思うと悲しくなった。けれどそんなジュードの憐れみを余所に、アルヴィンは薄い唇を深く濃い笑みの形に吊り上げて見せる。見くびるなよジュード君、と言って彼が口の端に噛みついてきた。
 肉を割り、性器で臓物を抉る感触というのは奇妙な感覚がする。張り詰めた性器を引き絞られる経験はジュードにとって全く未知の感覚で、蠢く熱が先程彼が引きずり出していた臓腑と同質のものであると思うと不思議な気持ちになった。だが、言ってみればそれだけの行為でしかなく、ジュードとアルヴィンに異性或いは同性間に芽生える倒錯的な情愛が果たしてあったのか、それは判らない。ならば衝動だったのかと問われれば、恐らくジュードは肯定する。性交と言うよりは自慰に近く、ある種の酩酊状態にあったジュードがたまたま手を伸ばしたそこに居たのが彼だった。
 制止する手をアルヴィンが途中で下ろした理由にまで、ジュードの気は回らない。後になって思えばいくら体術に秀でたジュードであっても、体格差も力の差もある彼を文字通り力ずくでどうにかするのは不可能だった筈だ。だが、その時は情動に任せて、目の前の肉をどうにかすることにただただ夢中だったジュードは、アルヴィンの中にあっただろう葛藤や諦念といった機微には気が付かずにいた。
 ただ、ふと、身体を揺り動かし己の快楽を辿る中で、理性のような、情動以外の何かが意識を掠めることがあった。何だろう、と風と自身の乱れた呼吸音を煩わしく思いながら顔を上げると、そこには組み敷いた男がある一点を見つめたまま浅く息をしていた。律動を止め、ジュードも視線を同じ方へ向ける。
 そして、目が合った。
 虚ろに濁った死者の落ち窪んだ眼球が、傾いた日差しの中で奇妙に浮き上がっている。蝿が頬に止まったかと思うと、眼孔に潜り込んで行くのが見えた。
「……アルヴィン、って……見られると、興奮するの?」
 純粋に疑問に思って問うと、彼は弾かれたようにジュードを見上げた。その表情は酷く驚いているようで、少し幼く見えた。
「お前、そういうの何処で覚えてくんの?」
 質問したのはジュードの方だというのに的外れな答えどころか、逆に問われる。それが気に入らなくて抗議の声を上げようとしたが、アルヴィンに抱き寄せられて唇を啄まれてしまった。触れるだけのささやかな口付けの後、身体を離すことなく抱き込められる。中途半端な状態で性器が圧迫された上に動きを再開することも出来ずとても辛かった。けれど、耳元で「ジュードはあったかいな」とアルヴィンが囁くものだから、文句の一つも言えなくなる。すると彼はジュードの沈黙をどう受け取ったのか、肩を揺らして笑った。
「いいからさっさとイっちまえよ。いい加減、背中痛ぇわ」
 身体を離すと彼はもういつもの調子に戻っていた。こんな時くらい泣けばいいのに、と思いながらジュードは律動を再開した。


 夢の中で、ジュードは鍋の蓋を開けた。窓からはシャン・ドゥの柔らかい陽射しが差し込んでいる。手元の片手鍋には桃のコンポートが綺麗な飴色をして収まっていた。すぐに、それがパイのフィリングであることに思い当たる。
 こんな夢の中で、自分がピーチパイを作ろうとしているのだと気付いて可笑しな気持ちになった。どうせ、彼はまた嘘を吐いて吐き戻す。それが分かっているから夢の中でしか彼に気を回すことが出来ない、そんな臆病風に吹かれる自分が惨めに思えたからだ。
 深層においてはこんなにも明確に答えが提示されている。自分は、彼を許したかった。彼に優しくしたかった。それだけだった。
 アルヴィンがジュードの知らないところで誰かを傷付け続けたことや、多くの裏切り、レイアに向けて引き金を絞った事実は、罪は確かに消えない。例え彼の罪を誰も知らない場所へ逃げたとしても、他でもない彼自身が犯した罪を決して忘れない。だからこそ彼は、とうとう旅の終わりまで罪悪感に苛まれ続けた。これからも、彼は罪と共に生きていくしかない。
 自己主張の少ない彼の嗜好はジュードには殆ど知れなかった。そんな中、数少ない本当のアルヴィン――アルフレド・ヴィント・スヴェントに由来する情報にピーチパイが好物である、というものがある。我ながら分かり易く単純だ、とジュードは自分の夢に呆れた。
 羽音がして、手元の鍋から灯り取りの窓へと視線を移す。そこには一羽のシルフモドキが止まっていた。瞬時に彼の母親の手紙だ、とジュードは思った。それならアルヴィンを呼ばなくてはならない。彼はきっと急いで返事を書くだろうと、そう踵を返しかけてジュードは動きを止めた。
 鳥は、相変わらず窓辺に止まっている。ジュードが見つめていると、小さく首を傾げた。鍋の火は点いたままだ。止めなくてはならない。せっかくのコンポートが焦げてしまう。けれど同時に頭の中の冷静な部分がどうせこれは夢なのだから、とジュードに囁いた。そこに、別な声が被る。その声をなぞるように、ジュードは呟いた。
「誰が何処で待っているの」
 肩越しに振り返る。改めて、黄昏に沈むこの夢は何処なのだろう、と考える。いつもの宿屋の一室とは少し違う気がした。だが、知っている。台所の向こうにはリビングがあって、そこではピーチパイが焼き上がるのを待っている人が居る。これは、そんな幸せな夢だった。

 鳥の羽音に覚醒を促された。肌寒さに身震いを一つして、うつ伏せの身体を起こす。肩からアルヴィンのコートがずり落ちた。
 目蓋が腫れている気がする。もしかすると、顔全体が浮腫んでいるのかも知れない。頭の痛みは相変わらずで、胃も酷く重たかった。
 朝靄に霞む一帯をジュードは見渡した。雲海は黄金色に輝いていて、空は美しい薔薇色をしている。
 また、羽音がした。白い息を吐きながら振り返る。舞い降りた鳥が、肉を啄んでいた。翼を広げれば二メートルにもなりそうな大きな黒い鳥で、首から頭に掛けての毛が異様に少ない奇妙な風体をしていた。その鳥が、無数に、腐肉を奪い合って群がっていた。黒い羽が舞い散る傍ら、母親の頭を無造作に掴み立ち尽くすアルヴィンをジュードは見留める。声を掛けようか――逡巡するよりも先に、彼は頭を地面の上に置いて頭皮を剥ぎ取り始めた。長く伸ばし、適当な大きさに切り分けると鳥の群がる中心へと放り入れる。それから、残った頭蓋を石で砕き始めた。
 朝の冷たい空気を鈍く硬質な音が震わせる。不思議とその音に嫌悪感のようなものはなく、ジュードは頬杖を突いてツァンパと砕いた骨を丸める男をぼんやりと眺めていた。コートもスカーフも取り払った彼はいつもより薄着である筈なのに、身体を動かしている所為なのか特に寒そうには見えない。眠りに落ちる前に煽りあった熱の名残も感じさせず、アルヴィンは淡々と母親の最後の一欠けさえも丸めきり鳥に託した。
 欠伸を噛み殺し、目を擦る。アルヴィンが花と砂利を踏みつけながら近付いてきた。おはよう、と掛けた声は掠れていて彼はまた露骨に眉根を強く寄せた。だが、溜め息一つの間にその表情は何処か困ったような笑みにすり替わる。
「おはよう、ジュード君」
「うん。……鳥、来たんだ」
 訪ねると、彼は水筒の水で手を濯ぎながら気のない相槌を返した。
「何とかな。これで帰れるぜ」
 頭の後ろで腕を組むと、空を仰ぎながらアルヴィンは言った。疲労は勿論だが、実際ずっと死体を弄くり回していたアルヴィンは酷い臭いがする。だからジュードは、先ず身体を流すべきだよね、と言って笑った。
「お前なぁ……」
「だって臭いんだもん、アルヴィン」
「……そんなこと言って、俺に負ぶわれて帰んなきゃいけない、って解ってて言ってんのジュード君?」
「うん。八つ当たり」
 腰を下ろしながらアルヴィンは、この野郎、と言ってジュードの頭を小突いた。だが、振られた頭の痛みよりも近くなった腐臭と体温に、ジュードは鳥を眺める姿勢はそのままに身体を強ばらせる。肩が、彼の二の腕辺りに触れていた。寒くないか、と訊かれて頷く。アルヴィンの方を見ることは出来なかった。
「何つーか……圧巻だねぇ」
 固まった子供の真意を汲み損ねた男は、同じように鳥を見やると呟いた。
「……そうだね。凄いね」
 身体を強ばらせたまま、ジュードは言った。彼の、二十年を食い散らす鳥を眺めながら言った。
 指先に、触れるものに気付く。冷たく乾いた彼の手だ。認識するより先に控え目に指先を絡め取られた。だが、力を込めるのはジュードの方が早かったように思う。
 ゆっくりと熱の境界がなくなっていくのを感じながら、鳥を眺める男の横顔に目をやった。彼は地平線に滲む陽の光に、眩しそうに目を細めていた。すぐにまた視線を真正面に戻して鳥を眺めながら、掛ける言葉の代わりに繋いだ手を強く握り直した。喉を鳴らしてアルヴィンが笑う。その肩に頭を預けて、ジュードは隣に座る男にもたれた。
「何か、ピーチパイが食いたいなぁ」
 え、とジュードは顔を上げる。密着していた身体が離れて、その隙間に流れ込む空気が冷たい。だが、指先はまだ絡み合ったままだ。鳥達は肉を奪い合いながら、煩く鳴き立てていた。
「……じゃあ、今度食べに行こうか」
 赤銅色の視線が降りてくる。二度、ゆっくりと瞬いて彼は心底不思議だとでも言うように首を傾げた。
「お前作れよ。腰痛ぇし」
 忌々しげに吐き捨てて、彼は顔を背ける。抜けた主語を頭の中で補完しながら、今度はジュードが首を傾けた。答えは出ない。彼が腰の痛みを主張するように、ジュードの身体もあちこち不調を訴えていたので何だか自分だけが責められているような気がするのは不当だなぁ、と思ったくらいだ。だから、目覚める前の鳥と黄昏の夢から連想された記憶も相俟って、ただ彼の希望を叶えてやるのは癪だった。何か皮肉の一つも返してやろう、そんなことを考えながらジュードは熱を預けたまま鳥を眺める。まだ少し、人型を備えた肉が蠢く黒い鳥達の合間から覗き見えた。指先だ。肉がまだ少し残っている。爪が剥がれて、砂利に埋もれる。手の中の絡めた冷たく乾いていた筈の指先が、気が付くと少し汗ばんでいた。痛い程に強く握り締められている。同じ光景を彼も見ている。その事実が、何故だか酷く尊いことであるように感じられてたまらなくなった。
 目を伏せて、俯く。握り締めてくる手の力が緩んで、すり抜けた。すかさず絡め取って握り締めると、隣で身じろぐ気配があった。きっとこの男はまた面倒くさい勘違いをしているに違いない、と思った。けれど、顔を上げることはしない。彼の視線を感じる。だから、ジュードは俯いたまま緩く首を横に振った。
 ごめんな、と声が降る。また、ジュードは首を振った。もう聞いた。もう要らない。言いながら、首を振る。
 「俺が悪かったんだ」鳥の鳴く声と羽音の合間を縫って、男は言った。「全部、俺が悪い」
 もう黙ってしまえばいいのに、とジュードは思った。そうでなければ鳥達が、もっと大きな音を立てて彼の母親を咀嚼すれば良い。断罪を望む声など掻き消されてしまえば良い。
「……そうだよ。こんなとこまで連れてきて」
 顔を上げて呟く。それから、肩に手を掛けて彼の頬に唇を寄せた。
「ついて来いなんて言ってねぇからな、俺は」
 忌々しそうな男の声が降ってきて、ジュードは鼻の頭をかじられる。肩に置いた手を反射的に外して鼻先を抑えた。顔が熱い。
「ついて来るな、とは言われなかったよ。戻れとも、待ってろともアルヴィンは言わなかった」
 手指の間から零すように、ジュードは言った。もう一方の手は、引き留める強さで彼の手を握り込んだままでいる。
 「……ああ。言わなかった」ジュードの手を握り返しながら、アルヴィンが言った。「一緒に来てくれて、ありがとな」
 眉根を寄せて、歯を食いしばった。微笑む彼を直視出来ずに顔を逸らす。馬鹿な男だ、と呆れるばかりで返すべき言葉が見つからなかったからだ。けれど言われたままでいるのがどうにも癪で、結局アルヴィンの唇に噛み付いた。


 鳥が飛び去るのを見届けて、ジュードとアルヴィンは山頂を後にした。幾らかの骨の欠片が風にそよぐ花の合間に残っていたが、ものの見事に人一人分の痕跡は消え去っていた。
 彼の背に負ぶさり下山している間のことはよく覚えていない。頭痛は相変わらずだったが、吐き気は大分収まっていた。ただ、呼吸回数が減ることを避けて浅い眠りが続いた為に、酷く眠たかった。対して、アルヴィンの足取りは驚く程軽かったように思う。けれど常日頃から大剣を片手で振り回し、死体を担いで山を登るようなこの男にとってはジュード一人くらい大した重さに感じないのかも知れない。途中までは何かしらぽつりぽつり会話をしていた記憶がある。これからどうするの、とジュードが訊けば取り敢えず従兄を訪ねると返され、その後のことはまだ考えてないと彼は付け加えた。頬に、柔らかい鳶色の髪を感じながら、ジュードは目を閉じた。
 「いいんじゃない?焦らなくても」鋭利になった感覚で彼の匂いと体温を捉えながら囁く。「迷ってもいいよ……最後には逃げないでくれるって信じてるから」
 少しの間を置いて、彼は溜め息を吐いた。それから、身じろいでジュードを背負い直す。
「そういうお前はどうすんだよ。源霊匣の研究するにしたって、何から取っ掛かるつもりだ?」
 体勢が変わって、アルヴィンの顔がより近くなった。
「そうだね。源霊匣の研究もだけど、ピーチパイの研究もしなきゃ」
 そう呟いた頃の記憶は、殆ど朧気にしか残っていない。源霊匣と同列とは恐れ入るね、と笑みを含んだ声が返される。夢現に揺れる背中の体温が奇妙に懐かしく感じられた。
 そうして次に意識が浮上したときには、ジュードは寝台の上に横たわっていた。異国でありながらも懐かしい薬品の匂いが鼻腔に届く。視線を巡らせれば、ぶら下がる点滴がすぐに目に留まった。その向こう側には開け放された窓があり、祈念布が風に揺れていた。アルヴィンは部屋の中の何処にも居なかった。

「高地肺水腫です」
 開口一番、部屋に入って来た白衣の男は言った。彼はシャン・ドゥの治療院の医師で、ジュードは日付が変わって少しした頃に運び込まれたのだという。真夜中に起こされた所為か医師はぶっきらぼうな口調でジュードの症状を責めた。仕舞には隣りに控えていた看護士の女性が、同情するような微笑みをジュードに向けてきた程だ。
 低酸素症の自覚はあったがここまで状態が悪化していると思っていなかったジュードは、三日間の入院を経て治療院を後にした。見舞いに来てくれたユルゲンスとの会話を思い出しながら、石造りの街並みを歩く。
 突然現れた知人に動揺を隠せずにいるジュードに、ユルゲンスはあの人の良い笑顔で以ってアルヴィンからシルフモドキで連絡を受けたことを教えてくれた。下山の際、船頭に迎えの鳥を飛ばすと同時にアルヴィンは彼にも治療院の手配を頼んでいたらしい。その後シャン・ドゥに着く頃にはすっかり意識のなくなっていたジュードを二人掛かりで治療院へ運び、その際アルヴィンはそれはもう酷く医師からお叱りの言葉を浴びせられたのだという。
「だから会いたくても会いにこれない彼の代わりに、こうして私が出向いたんだよ」
 曇りなく綺麗に微笑みながら、ユルゲンスは言った。だが、アルヴィンが自分の見舞いに来ない理由はそんな可愛らしいものでないとを知っていたジュードは、曖昧に感謝と謝罪の言葉を告げることしか出来ない。アルヴィンとの間にある鬱屈としたもの、確執や溝をユルゲンスに上手く説明出来そうになかった為だ。ただ、これでまた逃げられてしまった、とジュードはそれを少し残念に思う。ユルゲンスから、遺品の整理はジュードが治療院に運び込まれた次の日には終わったことを知らされたからだ。
 少し時間を取られたが当初の予定通りニア・ケリアへと向かう為、船着場へと向かう。途中、今一度アルヴィンが母親の為に用意した部屋の窓を見上げた。風に揺れる祈念布の間から、窓の縁に鳥が止まっているように見えたが逆光でよく判らなかった。
 暗がりから川岸へと延びる階段を下り、船着場へと向かう途中その背中を見つける。思わず、ジュードは足を止めた。積み上げられた木箱の一つに腰を下ろして、彼は川を眺めている。厚手のコートを羽織り、ブランド物だというスカーフを締めた男の姿はとてもよく目に馴染んだ。
「アルヴィン」
 名前を呼ぶと、肩越しに彼が振り返り目を細める。服装だけでなく前髪もきちんと撫で上げられていて、すっかりジュードのよく知るアルヴィンだった。ただ、その挙動だけが腑に落ちない。
「……もう行っちゃったかと思ってた」
 歩みを再開しながら、ジュードは言った。腰掛けたままのアルヴィンを見下ろす。
「ありゃ。おたくの中で俺ってばそんなに薄情なわけ?」
「そうは言わないよ。寧ろ情は深いんじゃないかな。逃げ癖があるけどね」
 思わず零れた笑い声と共に言うと、アルヴィンは無言で肩を竦めた。その脇をすり抜けて、船着場へと向かう。その途中、僅かにだが歩調を緩めた。少しだけ迷う。だが、結局振り返ってしまった。アルヴィンはまだその場に座っていて、ジュードの方を見ていた。必然的に目が合って、思わず視線を足元に落とす。怪訝そうな彼の気配を感じて、ジュードはますます言葉を詰まらせた。
 顔を上げると、腰を浮かせて立ち上がりかけたアルヴィンと矢張り目が合う。まだ本調子じゃねぇんじゃねぇの、と彼は呆れた様子で苦笑混じりに言った。
「でも今度は、逃げないでいてくれたんだよね」
 ジュードの身を案じるように延ばしかけたアルヴィンの手が動きを止める。その行き場をなくした手を、すかさず捉えた。「何、それ」と彼は投げ遣りに笑って言った。
「うん。逃げそびれたついでに、今度は僕に付き合ってくれないかな、って話」
「……俺も一緒にニア・ケリアに行けってか?可愛い女の子二人もふっといて、悪い男だなジュード君」
 呆れた、とでも言うようにアルヴィンは喉を鳴らす。茶化さないでよ、とジュードは頬を膨らませた。
「いいんだよ、アルヴィンは。だって、ニア・ケリアに初めて行ったとき一緒だったでしょ」
 右も左も分からない異国での旅の空の下、確かに後悔はあったが強い不安はすぐに消えてなくなった。それはきっと、力強いミラの言葉と眼差しがあったからだ。そして、その隣にはジュードを危機から救ってくれた彼が居た。二人が一緒だったから、ジュードの旅は辛いだけではなかった。三人が一緒だったから、辿り着いたニア・ケリアの空がとても美しく見えた。
「分からない?……同じ思いを共有出来るのが、アルヴィンくらいしか居ないんだよ」
 だから一緒に行こう、とジュードは言った。アルヴィンは笑みをひそめて、視線を流れる川へと向ける。ジュードは、握り返されることのない手を見つめていた。山頂で絡め取った、彼の手の冷たさを思う。手袋越しの体温は遠い。
 不意に、繋いだ手を強く引かれた。虚を突かれたジュードは前のめりに一歩を踏み出して、そこですかさずアルヴィンに引き寄せられる。肩の上に重みと温もりを感じ、彼の吐息が落ち掛かるジュードの前髪に触れた。肩を組まれると、いつもそうだった。
「で、報酬は?」
 悪戯っぽく、彼は笑った。思わずジュードも吹き出して、額をアルヴィンの胸元に押し当てて笑う。
 「急に言われても、お金なんてそんなにないよ」身体を離しながら、ジュードは言った。「でも、そうだね。ピーチパイの材料くらいは買えるんじゃないかな」
 手は、まだ繋いだままでいた。促すように引くと「それで手を打つとしますか」とアルヴィンは言って肩を竦め、空を仰いだ。ジュードが手を引くままに歩き出す。上ばかり見てると危ないな、とジュードは思った。
「あ」
 注意しようとしたところに気の抜けた彼の声がして、思わず立ち止まる。振り返るとアルヴィンは相変わらず空を見上げていた。
「鳥だ」
 彼の視線を追い、ジュードも空を見上げる。矢張りさっきの鳥は見間違いではなかったのだな、と強く握り返された手に口元を綻ばせながら思った。


 

 

鳥をまつひと The Avian Departure
 




誰がこんなベタベタあまあまに仕上がると思う!?リア充め、とっとと結婚しろ!
――……って書きながら呪詛のように思ってた。
(20111202)

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最終更新:2011年12月03日 01:33