BADエンド仕様のラムアスが書きたくなったとかそういう?


惑星炎上 Awake
20110622

 


 心音を数える。決して早くはなく、大きくもない。けれど他の音も拾えない程、辺りは静まり返っていた。目蓋の裏で、眼球が痙攣を起こしたように動く。そこで、自身が目を閉じているのだと気付いた。
 薄く、目を開ける。持ち上げた目蓋は重い。
 目を開いた先には、一面の漆黒に小さく細かな光の粒子が浮かぶ、不思議な空間が拡がっていた。光は、星だ。
 僅かに吹く風すら無い中で、耳鳴りのしそうな程の無音にさらされながら、眼前に拡がる虚空を見留めたそこで漸く、アスベル・ラントは自分が野晒しに仰向けのまま倒れているのだと理解した。
 息が、苦しかった。強く、意図で以って肺を膨らませても、呼吸は少しも楽にはならなかった。それでも、浅くはない筈の呼吸をゆっくりと繰り返し、澄んだ星空をぼんやりと眺めていると、不意に違和感を覚えた。何だろう、何かが確かに引っ掛かったのに、ともどかしく思いながら上体を起こす。そこで、違和感の正体に気が付いた。
 頭上の星空を両断するように、羅針帯が見える。永く、暴星を封じる為に敷かれた蒼い檻を取り去ってその存在を剥き出しに、冷たい空にくっきりと浮かんでいる。隔てる海を失えば、頭上に拡がるのは寒々しく冥い宙の闇だけだ。
 何かが、起きたのだということだけは知れた。だが、その「何か」も、内包すべき理由である「何故」にも、アスベルの思考は触れなかった。
 愕然と虚空へと焦点を合わせたまま、ただただ無音の中で心音と息遣いだけを辿る、その背後で、前触れもなく轟音がした。軋み、砕ける音に次いでアスベルが膝を突く大地が揺れる。心音が乱れ、反射的に振り返った。
 遮るもののない冥い宙に、赤褐色の球形が浮いていた。そして、その球形をアスベルは知っている。天駆ける精機はかつて、エフィネアの大気を切り裂き海を貫き、羅針帯を越えて確かにあの球形――あの「星」へと到った。フォドラだ。その、フォドラを背に色を失いくすんだ大輝石[バルキネスクリアス]が瓦解する様を、アスベルは声もなくただ息を飲んだまま見留める。やがて、原型も留めない程に星の循環器は崩れ去り、枯れた大地に横たわった。
 覚束ない足取りで、それでも崩れた大輝石にまで歩み寄り、手を伸ばす。指先が触れたそこからアンマルチアの叡智は更に細かく砕け、粒子となって足下に零れた。そこでアスベルは、元素[エレス]が枯渇しエフィネアの事物が存在を保てなくなっているのだということを理解した。
 頭が、痛んだ。こめかみに強く手をあてがい、不鮮明な記憶の底を探る。赤黒い斑が渦巻くその中に、ゆるゆると手を延ばすような奇妙な錯覚に囚われ一瞬、アスベルはわけも解らず躊躇した。だが、お陰で判ったこともあった。
「――ラムダ」
 名前を呼んだ。声は擦れて、大気の中に不明瞭に沈んだ。それでも、この声が届かない筈がないのだという確信がアスベルにはあった。少なくとも、声に出し、呼び掛けるまでは確かにあった。
 応えは返らない。色のない風が、鼓膜を微かに揺らすばかりだ。それ以前に、身の内に棲まう暴星がいらえるのなら、声音もまた身の内から響いてくる筈だ。だが、身の内にも、外にも、静寂ばかりが横たわる。
 予感はあった。或いは、とこめかみを押さえるのとは逆の手を脇腹へと滑らせる。乾いた土色の血が、指先に触れて落ちた。
 意識が途切れる前に、赤く、黒く染まり、擦れていく視界は夢だったと済ませるにはあまりにも鮮烈だった。
 最後の記憶は、寒気だ。その前は衝撃で、痛みはなかったように思う。下腹部を刺され、臓腑を抉り骨を削る感覚ばかりがいやに鮮明だった。背中側へと肉を掻き分け膚を破るその瞬間だけは、僅かに、痛みを感じたのかも知れない。怜悧な刃物が肉と骨との上を間を滑り、膝が折れたかと思うと呆気なく身体は崩れ落ちた。
 アスベルは刺された。明確な殺意と共に、息の根を止める為の刃に貫かれた。沈みゆく意識を、絶望と憎悪が塗り潰し、四肢から抜けていく力の代わりに、暴力への衝動が全身を廻った。
 殺意は、いつもすぐ傍に在った。アスベルはエフィネアの様々な国に、仲間たちと共に影響を与えた。それを良く思う者も居れば、よしとしない者も居る。そこに住む人々の思惑――利害が多岐に渡れば渡る程、アスベルの行動は多種多様に独り歩きを始めた。だがそれは仕方のないことだ、とアスベルは思っていた。何もかもが上手く行く筈はないが、それでも、対峙したそのときに真摯に向き合っていけば良いのだと、そう思っていた。それが、この結果だ。アスベルを貫いた刃は現ウィンドル国王の叔父である故セルディク大公一派の残党から向けられたものだった。アスベルはウィンドル国の王ではなく、友人を守る為に自ら身を呈して刃との間に割って入り――その後のことは、覚えていない。だが、想像はつく。以前、その身に暴星を宿した友人が命に関わる傷を負ったその時、アスベルはその憎悪の片鱗を確かに目にした。
 全ては推測の域を出ない。答えを知る者も、知らない者も、誰一人してこの場には居ないからだ。どうしようもなく、アスベルは独りだったからだ。別ち難く魂に根付き寄り添う暴星の気配すら、感じ取ることが出来なかった。
「……何をした、ラムダ?」
 それでも、アスベルは問うた。念じるように胸の内で呟き、唱えるように声に出した。だが、応えはやはり返らない。問い掛けはただ無為に虚空に吸い込まれて消え、失われたものは何一つとして戻りはしない。



アスベルさんが起きる前にTwitterで呟いたラムベルさんVSヒューバートとかがあったんだと思う←
(20110703)




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最終更新:2011年07月03日 23:14