A Socrates Gone Madの後のお話です。
エルシフルさんの対始祖の隷長[エンテレケイア]初陣?後っぽい、です。
短め。





ほんとにたくさんの矛盾のうなっているところを
私は何よりも好んでさすらう。

誰も他人に――ほんとにおかしいことだが――迷う権利を許さない。

J.W.V.ゲーテ 「温順なクセーニエン」



パラドックス The Omnipotence PARADOX
20100223



 風が強い。吐き出した白い息は、すぐに曙の滲む冷たい空気に溶けて消えた。
 頭上には、朱と黄金とが混じり合った空が拡がり、煌めく雲の間から、彼は誰星が瞬いている。横殴りの夜明けの風に、思わず突いた石壁の冷たさにどきりとしながら、霜が下りているのだと、かじかむ手を擦り合わせてデューク・バンタレイは砦の階段を昇っていった。
 吐き出した傍から凍てつく薄ら白い視界の中、黄金色と隔たれた夜の名残の青い境界を、二羽の鳥の影が輪を描くように横切っていく。凍り付いた吐息の囁きが、千切れそうなほど冷たい耳に遅れて響いた。
 見張り台にまで昇りきり、遠く列なる山脈を眺める。朝靄の中霞んだ輪郭を、陽の光が頼りなく縁取っていた。
 砦の見張り台から見渡す平野は静かで、始祖の隷長[エンテレケイア]の到来はおろか、魔物の襲撃の気配もない。星の囁きと、吹き付ける風の音と、頭上で輪を描く鳥が時折甲高い鳴き声を発するのと以外は、何も聞こえなかった。
 曖昧に青い時間を抜けて、事物が輪郭を取り戻し始めた頃、デュークは寝台を抜け出した。今日は非番で、昨夜は眠りに着いたのも日付が変わってからだった。それでも、自然と意識は覚醒して、目は冴え渡っていた。寝台に潜り込んだその時には、このままもう二度と目覚めないのではないか、というほどの深い眠りに落ちていく錯覚すらあったというのに、気が付いてみれば目蓋を閉じてから三時間も経っていなかった。
 奇妙にゆっくりと時を刻んでいく秒針を眺めながら、興奮醒めやらぬ、とはこのことかとデュークは思った。どうせこう目も冴えていては二度寝も出来ない、と陽が登る少し前の冷たい時間に、デュークは寝台から這い出たのだった。
 昨夜は、急進派の始祖の隷長の襲撃があった。エルシフルを筆頭にした人間を擁護する側の始祖の隷長と、帝国、ギルド間で正式な協定が成されてから一ヶ月、デュークがデイドン砦に配属されてから一週間と二日経った日の出来事だった。
 始祖の隷長の襲撃とはいえ、肝心の中庸の徒は一柱だけで(そもそも彼らはあまり群れることをしない)、他はイキリア大陸一帯に棲息する魔物の類いでしかなかった。その為、先のテムザ山程の戦禍に見舞われることもなく、またエルシフルの根回しによってか、負傷した者こそ居るものの奇跡的に死者を出すことはなかった。
 砦を落とすことの適わなかった、相対する救世の使者は、宵闇に飲まれゆく空に消えた。その後、鈍色の空を赤く染める光を目にした。世にもおぞましき腐敗の蟲が追撃に至ったのだろう、とデュークは思った。
 それでも、デイドン砦に配属された騎士はデュークを除き、始祖の隷長との交戦経験もなく、また騎士団長は混乱を避けるためだと、協力者に関する情報の一切を伏せていたため、魔物の大群を伴った襲撃に騎士たちは恐慌状態に陥った。事情に通じるデュークが、秘匿義務に極力触れずに事態を収拾する頃には日付が変わっていたのだった。
 風ばかりが強い、砦の見張り台を何を見るともなしに歩く。昨夜の襲撃で疲れの色が顔に濃く落ちている見張りの騎士が、白い息を吐きながら欠伸をしているのが見えた。視線に気付いたのか軽く手を上げて挨拶されたので、デュークも会釈をした。
 騎士の前を通り過ぎてしまえば、後はただ人の気配のない石畳が朝靄の中に続くだけだった。石壁と同様に、冷たく霜の降りた欄干に指先を滑らせると、ひんやりとした感触が返される。
 眼下に拡がる緑の海原は、その地平に曙の色を滲ませていた。鮮明な朝の光に目を細めて、冷たい欄の向こう側、砦の壁に施された装飾の上を見下ろしながら呟く。
「エルシフル」
 装飾の上の、砦の壁との僅かな隙間に小さく納まっていた鳶色の塊が、デュークの呼び掛け(一応、呼び掛けのつもりだった)に鈍い動きを見せる。だが、すぐに動きを止めて、塊は少しばかり歪さを増した形でまた固まった。
 強風に煽られて、肩に引っ掛けた毛布が攫われそうになるのを手で抑えながら、もう一度呼び掛ける。
「エルシフル」
 先程よりも幾分強く、呼び掛けるという明確な意図をはっきりと示して声にした。
 すると日陰に小さく丸まった鳶色のずた袋のような塊から、奇妙に薄ら白い腕がでろりと伸ばされる。そして、土に汚れた麻布に包まれた手が、気だるそうに振って寄越された。
「起きろ。こんなところで寝ているな」
 向けられていた筈の腕が、糸を切ったようにして不意に落とされる。そしてまた、動かなくなった。
「俺に、そちらへ下りて行ってお前を押し上げろと?」
 眼下の塊がこの外壁から滑り落ちて、緑の絨毯で腐ったトマトのように潰れたとしても命に問題はないだろうが、デュークが足を滑らせれば間違いなく息の根の止まる。その程度には、砦は大きく堅牢で、そして高い。
 だから、言うだけだ。本当に欄を乗り越える気などなく、またエルシフルにもそれは分かっている筈だった。
 ややあって、鳶色の塊は身動いで見せた。億劫であることを全身から滲ませ隠そうともしない男は、俯いたままデュークの傍らの欄干に反対側から手を掛ける。
暗い色をした前髪は、簾のように顔に落ち掛かっていてその表情は知れない。だが、覚束ない手元にデュークは口を開いた。
「ちゃんと目を開けろ」
「開けてるよ。開けてる。うるさいな」
 小蝿でも払うような所作で男が手を振るので、デュークは今正に欄をよじ登ろうとしていた男の肩を強く押した。本当は蹴り倒してやろうと思ったのだが、欄干が高いのでそこまで足が上がらないだろう、と諦めたのだった。
 思いがけない横槍にバランスを崩した男は、あわや腐って潰れたトマトになりかけるが、それをぎりぎりのところで回避すると勢いよく顔を上げた。血管の色の透けた、濃いグレーの眼が覗く。
「危ない!」
「だろうな」
 言うと、男は麻布に包まれた拳を固めてデュークの頭目がけて振り下ろしてきた。痛くはない。
 今度こそ男は足を掛けて欄干をよじ登ってしまうと、音もなく冷たい石畳の上に降り立った。足音をたてない類いの人間など幾らも居るというのに、こうした何気ない所作の一つをとってみても猿真似を気取るこの男が矢張り人ではないものなのだ、と認識を改めてさせられる。それらは不意討ちというにはあまりにも自然で、けれど慣れきるにはいつも唐突だった。少なくとも、デュークの知る始祖の隷長は――エルシフルという人ではないものは、そういった男だった。
「首尾は?」
「あ。ひどい。そこは猿的に、『無事か』とか、『怪我はないか』とか声掛けるとこじゃないんだ?」
 がっかり、とエルシフルは声を弾ませて付け加えた。残念そうな響きもなければ、表情も何処か投げ遣りだったので、これはどう応えたものかな、とデュークは肩からずり落ちた毛布を引き上げながら少し考えた。
「……同族殺しの感想でも訊くべきか?」
「べっつにヴァージンってわけでもないし、それはいいよ」
 肩を竦めて言う人外の友人に、デュークは続く軽口を押し留めた。珍しいこともあるものだ、とそちらに気を取られたからだ。
 始祖の隷長とは謂わばテルカ・リュミレースの端末――星の触覚だ。中庸の徒として、一貫して世界の調停を本能に組み込まれている。結果、結託することはあっても連携を取るという概念がないのは勿論、互いを害するということも先ずない。彼らの本能に組み込まれたエアルの調停とは謂わば最優先事項であり、ただでさえその出生の性質上個体の絶対数が限られる始祖の隷長が殺し合うというのは、目的の遂行の妨げ以外の何ものでもないからだ。
 そうしてデュークが思案に耽り沈黙していると、エルシフルは鼻周りへと僅かに皺を寄せる。
「ああ。すまない」
 辞令的にデュークが呟けば、緩く首を横に振る。瀝青炭のようなブルネットがつられて揺れているのを眺めながら、そう言えば今日、彼はいつも被っている帽子が見当たらないことに気付いた。
「……始祖の隷長同士であっても、命のやり取りをするものなのだな」
「珍しい?」
「ああ」
 エルシフルの問いを肯定すると、ふぅん、と気のない頷きが返された。
「でもおれ、フェローなんか会う度に、今日こそは焼き鳥丼にして食ってやろう、とか思うけどなぁ」
 抑揚のない声でエルシフルは言う。そうなると、本気で言っているのか冗談なのかも分からなくなる。だからデュークは曖昧に頷くだけに留めた。
「だが、始祖の隷長同士で殺し合うのは合理的ではないだろう?それこそ、多少の性格の不一致や、元来の種としての特性を曲げてしまえる程度には」
「合理的、ね。まあ確かに?それにしたってフェローは堅物が過ぎるけど」
 朝の清涼な空気を震わせて、エルシフルは笑う。静寂を割いて、彼の哄笑は下品に響いた。
 そうして波が引くような唐突さと自然さとで以って笑う声は止み、デュークとエルシフルの間には再び沈黙が横たわった。
「……けど、」潮騒に、化生は小さく言葉を乗せる。「それならお前、存外に始祖の隷長に向いているのかも知れない」
 呟くエルシフルは、デュークの方を見ていなかった。陽の揺らめく緑の海が、風に踊る様をただ眺めていた。だからデュークは彼の言葉を独り言なのだと判断したし、独り言であるのなら言葉を返す必要もないのだろうな、とも思った。なのに、デュークは口を開いた。
「そうだな。その方が、向いていたのかも知れんな、俺は」
 言葉にこそ出したことはなかったがずっと、そう思っていた。
 デュークの一番古い記憶は、女に抱えられて帝都の門をくぐり出た、というものだ。温もりや、匂いは覚えていない。女の顔も、覚えていない。ただ、時折あやすように、細く、軽やかな声が掛けられたことは覚えている。だから、もし記憶の中の女が母親なのだとしたら、自分は人並みには愛されていたのだろう、と思う。ただ、どういった経緯かその記憶は抜け落ちているのだが、気が付けばデュークは衣服を血で染めて、花の町に程近い街道を一人で歩いていた。そして、この始祖の隷長と遭遇したのだった。――二〇年近くも前のことである上に、幼さも相俟ってこの出来事もあまりよく覚えてはいないのだが、エルシフル曰く(根に持っているのか、彼は何かにつけては恨みがましくこの話を話題に上げてくる)このときデュークは彼を半殺しにしているらしい。
 そうして、紆余曲折を経て彼らに保護されたデュークは、始祖の隷長という特殊なコミュニティと接することになったのだった。幼年期の極僅かな間とはいえ、その特異な環境はデュークの人格形成に大きな影響を与えた。少なくとも、デューク自身はそう確信している。始祖の隷長から離れ、人間社会に今一度組み込まれてからも、そうした確信――或いは異端、或いは常人との価値観の違いはデュークに付き纏い続けた。エルシフルとの十数年ぶりの再会は確信を裏付け、テムザの戦いを経た今も、それだけは揺らぎようがなかった。
 だから、エルシフルの独り言めいた軽口を肯定したのは、単に願望を口にしただけだったのかも知れない。意識だけは限りなく始祖の隷長の側に寄り添っているというのに、人の死を目の前にしてどうしようもなく自分が「人間」であることを自覚せざる得ない、そんな皮肉の込められた、それは確かに願望だった。
 デュークの些細な願いを、エルシフルは鼻を鳴らして嗤った。
「止めておけ、ぼうや。人は、始祖の隷長には向かないよ。アレコレ余計なことを考え過ぎていけない」
「……『向いている』と言ったのはお前だろうに」
「いちいち冗談を真に受けないで欲しいな。お前の前で、おちおち軽口も叩けやしない」
 エルシフルの軽薄な態度も、人を食ったような口振りも、常と変わるところはないのに、その言い様を無性にデュークは腹立たしく思った。自身の生物としての在り方に責任をすり替えてしまいたくなる程度には、デュークはほとほと人に絶望していた。だのにそれを、化生はいつもの軽い調子で否定し、告白は冗談とない交ぜにされてしまった。
 ただ、怒りを顕にするにはデュークは疲れていたので、顔を反らすことで会話を打ち切った。反らした先の空はもう随分と青く、明るくなっている。明け方に降りた霜も、そう間を置かずに溶け去るだろう。視界の端に黒い髪がやれやれ、といった風体で揺れる様が映っても、デュークはただ欄干の先に拡がる、青と緑の境とを見つめていた。
「……お前なぁ」
 エルシフルの声音に何となしに諦めの色が滲む。けれど言葉はそこで途切れて、化生は思案深そうに伏し目がちになり、麻布の手袋に包まれた指を顎に添える。
 デュークは息を飲んだ。だが、始祖の隷長はそんな小さな友人の変化には気が付かず、思考を巡らせ続ける。
 奇妙に、人間染みた所作だと、そうデュークは感じた。言い知れない嫌悪感に全身は泡立ち、吐き気をもよおす。同時に、思い出した。確かに、エルシフルと初めて会ったその時にも同様の感覚を覚えた。そして、これを消し去らなくてはならない衝動に突き動かされた。
 エルシフルが顔を上げる。デュークの異変に気付いた様子はない。珍しい。
 顎に添えていた指を握り込み、羽織の袖口にしまうと口を開いた。
「お前、友達居ないね?」
 普段の軽薄さとは違う、事実確認のような硬い声音だった。だが、彼の日常との差異よりも、そんなある意味不躾とも唐突とも無神経とも言える問い掛けに、デュークは泡立つ膚の不快さとはまた別に、鳩尾の辺りから迫り上げるような気持ち悪さを感じていた。目眩がする。けれど、それらの不快感を取り去って、ただ質問の意味だけを噛み砕いてしまえば投げ掛けられた事実確認にデュークは頷くしかない。
 ただ、彼の言う「友達」というものの意味や、彼の答えとして求める類いの「友達」というものが把握仕切れずに、デュークは黙る。黙り、思案する時点で、エルシフルの不透明な問いを肯定していることには、デュークは気が付かずに居た。
「……駄目だなぁ。大事だよ、友達。作りなよ」
 エルシフルが声を上げて笑う。いつもの、あの何処か作り物染みた、猿真似の哄笑はまた違う笑い声だった。
「気持ち悪い」
「何が?」
「お前が」
 それに、腹立たしい。何様のつもりだこの人外め、とデュークは胸中に罵りの言葉を羅列する。
「図星だからって怒るんじゃあない」
「煩い。そういうお前の方こそ、友など持たぬくせに、偉そうに」
「おれは始祖の隷長だからイんだよ。でもお前ら猿共は群れないと駄目なんだろ?」
 霜の溶け切らない欄干に、指先を滑らせる様子は温度を感じさせず、超常めいた生き物を予感させる。一方で、そのまま肘を突き、霧に輪郭の霞む山々を眺めながら男が口にするのはひどく世俗めいた忠言だった。
 下らない、化生の猿真似の延長なのだと、そう断ずるには腹がたって仕方がなかった。理由は判らない。判らないせいで、余計にデュークは苛立った。
「貴様ら始祖の隷長が異常進化した一代種だとして、元になった種族からどれ程掛け離れたというのだ、馬鹿馬鹿しい。お前のルーツとなった種は、独りで在れる程に強靭だったのか?」
 苛立ちに任せてまくし立てると、エルシフルはほんの僅かにだが目を見開いた。珍しく感情的なデュークの物言いに、これもまた珍しく驚いているのかも知れない。そして、言葉にしてからデュークは言わなければ良かった、と思った。
 今まで、始祖の隷長に成るより以前の彼の過去に触れたことなどなかった。そもそもクロームに教えられるまで始祖の隷長は始祖の隷長として生まれるのだとデュークは思っていたし、テムザでの戦闘を経るまで始祖の隷長としてのエルシフルの姿(実際は幾つかの節足動物を組み合わせた、巨大な虫のようだった)を見たこともなかった。見たいと思ったこともなかった。
 過去に触れないことや、触れられないことを、美徳であると思い込み惰性の言い訳にしていたのは事実だ。それは何もエルシフルに対してのみというわけではなかったし、今までに不便を感じたこともない。ただ、成る程それでは友人など出来る筈もない、とデュークは思った。
「驚いたな」
 エルシフルがぽつ、と呟く。
「……俺もだ」
 同意する。言葉にして、それから、何故、今更こんなことを自分は言いだしたのか、と首を傾げる。だから驚いた。それは間違いない。
 けれどエルシフルが先までの主張や、投げ掛けられた問いに対するデューク自身の感情の揺れ動きを顧みれば、理由はすぐに解った。そして飽きれた。
「……そう、だなぁ」
 地平を見遣ったまま、エルシフルは言った。
 言いたいことの見当はついているのに、言葉が見つからず不自然に途切れたような沈黙が流れる。だが、その沈黙が拒絶でも、惰性でもないことを、デュークは知っている。そんなことは知っている。だから、デュークは先の言葉を待った。途切れた言葉の先をデュークが待っていることを、エルシフルもまた知っている。
 けれど、この男はデュークに友を作れ、と言うのだった。まるで当たり前の顔をして、デュークの気持ちなどそこにないかのように振る舞うのだった。
 そう思うと、待つだけの沈黙は煩わしく、下らない。報告は受けたのだから、何もこんな寒空の下でいつまでも化け物と話し込んでいる必要もないか、とデュークは欄干から手を離して踵を返す。すると、そこで肩に掛けた毛布を引かれた。
 「……肉、だな。うん。そう」暗く落ち窪んだ双眸が向けられる。「肉だった。手もなく、足もなく、言葉もない。光すらもなくて、ただ地べたを這いずるしかない、ただの肉だ」
 そこには、もう言葉に迷う様子はなかった。淀みなく、エルシフルは言った。デュークは眉根を寄せる。
「何の話だ」
「おれの話」
 摘んでいた毛布の端を放したかと思うと、その手で化生は自身を指して見せた。
「おれが始祖の隷長になる前の話」
 デュークに寄越した事実確認と同様に、エルシフルの言葉には断定する強さがあった。だから今度は、今度こそ、デュークが言葉を失う番だった。
「何で話したことなかったんだろうな。ああ、訊かれなかったからか。でも、何で今話してんだろ……?」
 「訊かれたわけでもないのに」とエルシフルは言った。だからデュークは、それでも少しの間を置いて「知りたいと望んだからだろう。俺が」と言った。
 知りたいと望んだ。腹立たしい。無意識の内にでも、言葉の端には確かに滲んだ。惰性に身を置く方が、遥かに容易だった筈なのに苛立ちに任せて、感情に流されることをよしとしてしまった。
 笑う人外に、感じるのは怒りばかりだ。何を今更、とそればかりだ。
 きっとこの人型は想像もしていないのだろう。そうでなければ、デュークに対して「友を作れ」などとは言える筈もない。デュークですら、指摘され、苛立ちに任せて感情を吐露するまで気がつかなかった。それでも、口にすることは憚られた。
「変なの、いまさら」
 噴き出して、化生は笑う。その通りだ、とデュークは思う。けれどデュークは、頷いて、彼の言葉を肯定することはしない。
 「お前という存在を得難く、かけがえのない友だと思っている」――そんな言葉が容易に頭に過ぎる。だのに、どうしても、それを口にしようものならこの飄々とした人外が、驚愕に目を見開いて言葉を失う様子がこれまた容易に目に浮かぶのが悔しくて、とうとうデュークは渋面のまま沈黙を貫いた。どうあっても、この男にとって自分が「友」には成り得ないことを、思い知ったからだ。









全能の逆説。
ろまん。(笑)
(20100223)









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最終更新:2010年02月23日 01:10