まだ途中だけれど、取り敢えず気休めにキリの良いところまで。。。


 

 ユーリ・ローウェルの視線が気になり始めたのは、三日ほど前からだった。フレンがその事実を認識したのが三日前であるだけで、実際はもう随分と長いことユーリは奇妙な視線をフレンに向けていたのかも知れない。何にしても落ち着かない。迷惑な話だ。
 名と性とをユーリ・ローウェルというこの男は、フレンが物心をつく以前より身近に在った、幼馴染み、という存在だ。腰にまで届きそうなほどの長いブルネットに、ほんの少し色素を欠いた青い筈の瞳は血管の色を透かした滅紫をしていて、それなりに落ち着いた色合いで纏まっているのに言動も相まってなのか、何故か派手な印象を受ける男だった。衣服は濃い無彩色で統一されてはいるものの、あまり効果はない。
 要約すると、特別目を惹くわけでない無個性に整った顔立ちと地味な色合いとに反して、生まれ持った強烈な存在感(レイヴンさんはフェロモンと言っていた気がする)をところ構わず振りまくような男に、昼夜問わず熱視線を注がれる、というのがフレンの現状だった。
 その上、本人にその視線を隠そうという素振りがないのが宜しくない。だから深い海の色をした蒼玉の双眸を煌めかせた、腰を屈めなければならない程度には低い位置から声を掛けられる。
「羨ましいの~。今日もユーリのあっつい眼差しは、フレンが独占中なのじゃ」
「思っていてもそういうことを口に出すのはどうかと思うな、パティ。僕は気色が悪くて仕方がないんだから」
 ギルドの仕事の関係で、今日はマンタイクで宿をとった。各々手荷物を置いて、一息吐いたところへパティ・フルールがトレードマークの帽子を叩きながら近付いてきた。
「贅沢を言いおって。しかし何じゃ、心当たりはないのかえ?」
 おさげの少女は帽子をかぶり直しながら問いを投げ掛け、フレンに割り振られた寝台に、跳ねるようにして腰を下ろす。遠巻きに様子だけを見ていたらしいカロル・カペルが、行儀悪いよパティ、と呟くのが聞こえたが、少女は犬猫でも追い払うような仕草で手を振るだけだった。フレンにしてみてもユーリを筆頭に、下町の子供らと育ち過ごしてきているので、今更特に思うことはなかった――と、いうより、ここは注意をしなくてはいけないところだったのか、とフレンはカロルの指摘に素直に感心した。
「心当たりがないから、余計に気持ち悪いんだよ」
 付き合いが長い所為で大抵のことは口に出すまでもなく疎通するようになってはしまったので、反面こうした状況は少し困る。全く意志の疎通がなっていないのに、向こうが一方的に伝わっていると思い込んでいる、という場合だ。
 好奇心と老婆心という一見対極に位置する二つの感情がない交ぜになった、奇妙に輝く眼差しを向けてくる少女に説明する今も幼馴染みの視線が突き刺さる。
「心当たりがないのなら、本人に直接問い質してみれば良いではないか。不精をしおって」
 指摘されると、ああ成る程、とフレンは思った。
 第三者からもう幾度となく指摘されて来たことだが、どうも自分たちにはそういった最も単純な意志の疎通が足りていない。一方的に或いは誰に対しても、というのならフレン個人がある程度意識すれば事足りるのだろう。
 しかし、このいつから患っているのか全く自覚症状のない病は、どうやら幼馴染みの方にも巣食っているらしい。だが、思い到らずにいた解決案を提示されたからには実行に移さない手はない。
「――……そうだね。訊いてみることにしようかな」
 パティに礼を言うとフレンは寝台の上で胡坐をかく、幼馴染みへと近付く。そのときはたまたま(本当に偶然にも)、彼はギルドの首領であるカロルと依頼の確認をし合っている最中だったので、気配や足音に気付いてはいただろうがフレンを視てはいなかった。
 彼らの会話の邪魔にならない程度の距離で、話が終わるのを待っていると「で、何だよ?」とユーリが言った。どうやら、会話は一区切りついたらしい。それはこっちの台詞だ、と胸中で苦笑を溢しながらフレンは宿のカウンター――外の熱気で、ほんの少し揺らいで見える白亜の石壁を見遣りながら言った。
「少し話さないか?」
 ユーリは特に訝しんだ様子も見せずに、ただ「いいぜ」とだけ応えて腰を浮かせた。その返事を待たずに、フレンは宿の入り口へと歩き出していた。

 遮るもののない強い陽射しに、フレンは目を細めた。石作りの白い街並みや、足元に拡がる色味の薄い砂地が、陽の光を反射して余計に眩しく感じる。
 空は、突き抜けて青い。思いのままに放たれた、ペンキの濃さに似ている。ザーフィアスで見上げていた空とは、まるで違う。
 生い茂る棕櫚の葉越しに空を見上げていたフレンの横に、遅れて出てきたユーリが並び立つ。白と青とのコントラストに、暗い色調の彼は異様に浮き上がって見えた。特に声を掛けることをせず歩き出す。
「外行くなら食材買い足しとけ、ってさ」
 追い付いたユーリが言った。そうしている間に、足並みは揃う。そのすぐ後ろからラピードが、魔導器の揺れる彼の指先に鼻を近付け、それからフレンの傍らに回り込んできた。丁度、ユーリとラピードの間に挟まれるかたちになる。
「やあ。ラピードも来たのかい?」
 言いながら頭を一撫でしようとして、やめる。手甲に毛が挟まって、引っ張ってしまいそうだったからだ。
 ラピードは彷徨うフレンの指先が落ち着くのを待ってから、一声吠えると前を向いて歩き出した。
 言付け通り、フレンは露天で不足している食料の補充と、幾つかのアイテムを買った。ユーリが会計をする脇から、手を伸ばして紙袋を抱えると、他の買い物客の邪魔にならないよう少し離れて彼を待った。ラピードはフレンの後に着いてきた。
 砂を含む、ぬるい風が頬を撫でた。高い温度に、膚が空気との境界が曖昧に溶けていく。そよぐ棕櫚の葉を掠めて飛んでいる鳥は、春から秋に掛けては帝都でもよく見掛ける夏鳥だ。彼らはここで冬を越すのか、とフレンは思った。
 空の青に融けて見えなくなるまで、フレンは鳥の黒い姿を目で追った。傍らには、いつの間にかユーリ立っていて同じように鳥の姿を目で追っていたようだった。フレンに気付くと、視線を引き戻す。
「……昔、お前が拾ってきたのと同じだな」
 浅く笑いながら、ユーリは言った。何事かを、押し殺すような笑みだった。
「そうだね。いつの間にか、居なくなってしまっていたけれど」
 言った傍から、我ながら何て悪趣味なのだろう、とフレンは思う。彼の仄昏い気持ちを察しながら、そう言って笑うことが出来る。残酷な話だ。
 フレンには応えずに、ユーリはしゃがみ込むとラピードの頭を撫でる。そして、笑みを浮かべたまま薄い唇を開いた。
「で?話って何だよ」
「……君、最近僕のことをよく視ているだろう?何故なのか、と思ってね」
「何だ、気付いてたのか」
「みんな気付いているよ」
 ふぅん、とユーリは気のない返事を一つ寄越して立ち上がる。それから、逡巡するように視線を泳がせて、魔導器の煌めく腕を持ち上げる。指先はフレンの前髪に絡んだ。
「毛先、目に入ってんぞ」
 節の目立つ、彼の指はすぐに離れる。それを、フレンは目で追う。
 ユーリはそのまま薬指と小指を親指で握り込み、残された指を自身のこめかみに押し当てて言った。
「切ってやるよ」


デリラ DELILAH

 

 

 


続きはまた別の機会に。。。
(20100211)





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最終更新:2010年02月11日 05:05