このサイトにおいてユーリが気持ち悪いのはデフォルトなので仕方が無いとかそういう話。


 

(その骸を、冷たい土の下に隠しておしまいなさい)





 かじかむ指先を擦り合わせながら、子供は霜の降りた石畳を踏みしめる。吐き出した息は、すぐさま乳白色に雲掛かった空に融けて消えた。
 足を止めたのは偶然だった。人を待たせている。だから子供は差し迫ってはいなかったものの、それなりに急いではいた。けれど、子供はそこで足を止めた。家屋と家屋の間、陽の高い内ですら陰のままになりそうな冷たい場所にぱたりと落ちた小さな盛り上がりがそれなりに急いでいた筈の子供の足を止めさせた。
 視線を、視界の隅に捉えた盛り上がりに落とす。冷えきった石畳に横たわる、小さく黒い塊は鳥だった。子供の両手の平を合わせたより少し小さな鳥は、よく見るとただ黒いのではなく深い藍色をしているのだということが分かる。暖かい頃によく見掛ける鳥で、木の葉が色付く頃には姿を消してしまう。恐らく、渡り鳥だ。
 しゃがみ込み、覗き込めば、翼の先が風ではない力で揺れていた。鳥は、生きていた。子供は、ともすれば骸のような冷たい鳥をそっと掬い上げ、潰さないように襟元へ包み入れた。他に、その鳥を暖める術を持たなかったからだ。
 子供は鳥を抱いたまま広場の水汲み場へと急いだ。子供と同じ年ごろの少年が立っていた。少年は子供の抱く鳥の存在にすぐに気付き、次いで形の良い眉根をあからさまに寄せた。彼が露骨に顔を歪めることは最近そう多くなかったので、子供はそのことに驚く。子供の気配に、彼は少しばつが悪そうに顔を逸らしながら、「だって、渡り鳥じゃないか」と言った。「夏鳥だ。冬は越せない」
 彼の、言うことは尤もだった。けれど、鳥はまだ生きていた。そう彼に伝えると、少年は否定も同意もせず馬鹿な鳥だ、とだけ呟いた。それからお前もな、と付け足してそこで漸く笑顔を見せた。




渡る鳥の骸 Nemo ante mortem beatus.
20090306




 鳥が、死んでいた。
 それは、綺麗な骸だった。虫の付いた様子もなく、猫や猛禽に弄ばれた形跡もない、まるで剥製のように冷たく固くなっただけの、死んだ肉だった。
 子供は、その鳥を知っていた。春先に訪れ、巣を作り、そして寒くなる頃にまた暖かい土地へ渡っていく、一つ所には先ず留まることのない夏鳥だ。一つ所に留まれば、たちどころに凍え死んでしまう、鳥だ。
 綺麗な、死んだ肉でしかない鳥の形をしたものに、子供は手袋を外して触れた。冷たい、氷のような骸だった。
 しゃがみ込んで、子供は骸を凝視する。濃紺色の翼の先が、ほんの少しだけ風に揺れる。
 子供がしゃがみ込み動かずにいると、背中に子供の名を呼ぶ声が降ってきた。触れさせていた指先で、咄嗟に骸を掬い上げながら子供は立ち上がり振り返った。
 子供を呼んだのは、男だった。黒く、長い髪をしている。服装も、黒を基調とした少し鋭い印象を受ける男だ。子供と目が合うと、男はほんの少しだけ口の端を吊り上げて、それから両手の平に掬い上げられた鳥を視留めた。
「死んでるのか」
 緩く、目を細めて男は呟いた。子供の手の中を覗き込むように身を屈めると、背の中程にまで毛先の届く男の長い黒髪が肩口を滑り落ちていった。
 男の、殆ど断定と言って良い問い掛けに子供は小さく頷いた。視線は男と同じように鳥に注いだままだった。
「埋めるか」男は屈めた上体を起こし、子供の頭を柔らかく撫でて言った。「見つけちまったからには、このままほっとくのも後味悪いしな」
 男の言葉に、子供は再度頷くことで同意した。
 街の外れの、大きな糸杉の根元に穴を掘る。土を掘るような道具は用意していなかったので、結局冷たく硬い土に素手で触れた。猫が荒らすかも知れないから、と掘り進めた穴が満足に足る深さになる頃には、子供の爪先にも男の爪先にも土が入り込んでいた。
 子供が小さく深い穴に亡骸を横たえて、その上にそっと土を掛け始める横で男は立ち上がり手を払う。傾いた陽の下で、黒と区別がつかない濃い藍色の羽が完全に土の下に隠れると、子供も立ち上がり男に倣った。
「――……昔、」
 子供の隣で、前触れなく男が口を開いた。手を止め、先に続くだろう言葉を子供は待つことにしたが、男はそこで黙り込んでしまった。
「昔、なに?」
 一拍、置いて子供は先を促した。子供の催促に、男ははっとしたように顔を上げ、それからそこで初めてその存在に気付いたかのような目で、まじまじと子供を見下ろした。滅紫色をした男の深い眼が降ってくる。そして男は目元を和らげて、逸らした。
「昔さ、やっぱりこうして穴を掘ったんだよ」
 逸らした視線は、そのまま柔らかく盛り上がった土の上に注がれた。子供は男が視線を注ぐ方へは目を遣らず、ただ男の横顔を見上げていた。男は子供の視線を気にした風もなく、身勝手に、ともすれば独り言のような頼りなさで言葉を続けた。
「多分、同じ種類の鳥だ。弱ってたけど、生きてた。だから、見捨てられなかったんだろうな」
 その言い方が何処か突き放した様子だったので、鳥を拾ったのは男ではないのだろうな、と子供は思った。そしてすぐに、彼の幼馴染みである明るい金色の髪をした男の姿が子供の脳裏に過ぎる。
 男は、無駄だと言ったのだという。どうせ死んでしまう、渡れなかった鳥は、一つ所に留まることを選んでしまった馬鹿な鳥は、死ぬしかないのだと子供だった男は言った。けれど、彼の幼馴染みはそれを好しとせず二人が雨風を避けるのに利用していた納屋にその鳥を連れ帰り、甲斐甲斐しく世話を焼いた。そして幼馴染みの彼が納屋を空けていたそのときに、鳥は死んだ。
「焦ったよ。帰ったら、死んでるんだもんな」男は笑みを滲ませて息を吐いた。「帰って来る前に、何とかしないといけないと思った」
 男の呟きは独白とも、告白ともとれた。そしてそのどちらにせよ、男がどうしようもなく愚かだと子供には思えてならなかった。子供がそれを口にすることはなかったが、男はとても愚かで、そして哀れだった。
「だから埋めたの?」代わりに、問いかける言葉が口を突く。「ひとりで?」
 子供が問うと、男は小さく喉で笑った。そして、子供の問いには答えなかった。答えずに、馬鹿な鳥だよな、と繰り返した。そしてそのあんまりな言い草に、思わず子供も言わずにいようと思っていたことを言ってしまう。
「ばかなのはユーリだよ」
「うん?」
「ばかなのは、ユーリ。だって、フレンにはユーリだけなのに」
 男は子供の言葉に心底嫌そうに顔を歪めた後、「あいつの名前出してそれ言うと洒落になんねぇからやめてくれ」と低く唸るような声で言った。けれど、自分の放った言葉に間違いはないという確信が子供にはあった。
 そんな鳥に、何てつまらない嫉妬をするのだろう、と子供は思う。思うが、そこまでは口にしない。
 鳥は、男だ。その幼馴染みにとって、渡ることをしなかった鳥は、この男そのものだった。だから、弱り果て、死んでいくのを放っておくことが出来なかったのだ、と子供は思う。この男の幼馴染みが、どうしようもなく彼を傍らに置きたい衝動をぎりぎりのところで押し殺していられるのは、彼が、この男が、鳥、だからだ。
「何で、分からないかな」
 つまらない、何てつまらない、嫉妬なんて――そう、子供は胸の内で繰り返した。どうしようもなく、きっと、今の自分にもこの男しか居ない。この男だけなのだという思いが、或いは思い込みが、男の幼馴染みへの共感へと繋がる。
 黙り込んでしまった子供を不審そうに男が見遣る。その気遣うような視線に子供は僅かばかりの不機嫌さを滲ませて、それでも顔を上げた。
「ユーリのばか」
 少し不貞腐れたような子供の主張に、男は小首を傾けて答えた。そして吹き出すというには控え目に、それでも柔らかな笑みを浮かべて、言った。
「何で、分かんねぇかなあ」
 今度は、子供が小首を傾ける番だった。




(彼の者の鉛の心臓が、その哀しみに裂けてしまう前に)

 



ことの始まりは「ロックオン(だぶるおー)って『幸福の王子』だよなー」、でした。
TOVでやたらこんな有り様です(笑)。
(20090306)






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最終更新:2009年03月06日 03:40