オルニオンでぼんやりしてるユーリのお話。



 


 薄く青い空から、花弁のように雪が降ってきた。オルニオンはこうした雪の降り方をすることが多く、積もることは少ない。
 今、オルニオンにフレンは居ない。正式に騎士団長に就任することが決まり、帝都に戻っている。
 俺は「星喰み」を倒して、各地の重鎮が都合良く集まっているこのオルニオンで作戦成功の報告をし、その後雑用などを請け負いながらそのままズルズルと居座っている。旅に出るつもりだったが、フレンに頼まれたというのが最大の理由だ。いつものように断っても良かったし、きっとフレンも断られることを前提に口を開いたのだと思う。けれど俺はその申し出をほぼ即答に近い形の二つ返事で承諾し、今もこうしてオルニオンに居る。たまには意表をついてやろうという悪戯心よりは、単純にいつも厄介事ばかりを散々フレンに押し付け続けていることがいい加減申し訳なく思える程度の余裕が、心身ともに出来ただけだ。誰かを慮るという貴い感情、或いは行為というのは結局、俺のような凡人には、気持ちに余裕があるときでないとそこまで気が回らないのだと、それだけの話だ。
 申し訳程度に舗装された砂利道を子供たちが駆けていく。かじかんだ指先は無意識の内に暖を求めて襟元に潜り込み、首筋の上を這っていた。引き抜くと、さっきまで土いじりを手伝っていた指先の爪は黒ずんでいた。その指先を、手のひらを、口元に当てがう。当てがって、口元を覆い隠す。
 腰を下ろした固い土は、乾いていたが冷たかった。けれど、構わずに俺は腰を下ろしたまま、もう随分遠くなった子供たちの背中を眺めていた。手で、口元を覆ったまま、ただ眺めていた。聲は遠く、言葉は意味を成さず、雑音のように耳に届くだけだ。遠い昔に、死んでしまったものばかりだ。
 眺めているのが酷く億劫になって、視線を落とす。つられて頭が下がり、結局立てた片膝に額を押し当てて俯いた。目蓋も下ろす。目が、痛い。
 俯いた拍子に、肩口から幾筋かの髪が流れていった。冷たい冬の空気を孕んだ髪は、冷たく首筋を撫でた。
 目を開ける。乾いた冷たい土の上に、濃く影が落ちていた。俺の影だ。重苦しく長いばかりの髪が、土を擦っていた。額は膝に押し当てたまま、そこから視線を外して砂利道を見遣ったが、そこにもう子供たちは居なかった。ただ遠くから響く、子供の調子外れな歌声だけが耳に届いた。知らない歌だったが、懐かしい気もした。それから、そういえばフレンは昔、よく歌を口ずさんでいたことを思い出した。
 料理以外のことはそつなくこなす彼だったので、口ずさむだけの歌もとても上手かった。俺はその歌声に耳を傾けることはしたが、フレンに誘われても決して一緒に歌うことはしなかった。ただ、彼が去り、一人になってもその歌声は耳を離れず、そこで漸く俺はその旋律を追うようにして歌を口ずさむのだった。
 けれど、もう何年も俺はフレンの歌を聴いていない。そして、何となく、彼もまたもう何年も歌うことをしていないのではないかと、そんな気がした。
 淡い、青い、粉雪の舞う空を傾いた視界に捉えながら、気鬱に思う。
 そろそろ、髪を切らなくてはいけない。
 思って、記憶を頼りに彼が昔歌っていた歌を口ずさんだ。歌詞は覚えていなかったので、メロディだけをゆっくりと、探りながら追った。乾いて澄んだ、冷たい空気に、歌声は高く溶けていった。








 が ま が し く 子 ら に ら む い き も の 。
The creature regarded them Balefully.
20090109







 


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2009年01月09日 02:10