幼少フレユリでフレンの両親模造気味なので注意(しかも相変わらずの嫌なネタ)。

 



 かじかんだ指先に感覚はない。息を吹き掛けると少しだけ感覚が戻るが、それは温かさよりも痛みを強く残してすぐに消えた。感覚の薄い指先より、今は鼻の頭が冷たい方が気に掛かる。冬は最悪だ。
 俺の幼馴染みの母親が亡くなったのも冬だった。積もらなかったが、雪は降った。寒い夜だった。
 流行り病で、伝染るといけないから、と彼は俺の使っている納屋で一緒に寝泊まりをしていた。母親のことで不安であるはずなのに、貴族のやるお泊まり会とやらのようで楽しい、そう笑って言っていたのを覚えている。
 雪が降っていること以外、いつもと何も変わらない夜だった。母親を世話していた女が駆け込んできて、容態が急変したことを告げた。幼馴染みは息を飲み、寒さのせいばかりではない真っ白な顔をして、それでも取り乱すことなく母親の容態を聞いていた。俺は驚いたが、それだけだった。話を聞く彼の、今にも泣きだしそうな横顔をぼんやりと眺めていた。
 女は、母親が心配だろうが、それでも伝染ると危険だから、と言い含めて去った。彼は小さな声で、はい、と返事をしていた。立て付けの悪い扉が閉じて、遠ざかっていく足音が完全に聞こえなくなってから、そこで初めて俺は口を開いた。行け、と弱り切った彼に拒むことを許さない強さで告げた。うなだれていた彼は、はっとした様子で顔を上げたが、そのときどんな顔をしいたのか、それは知らない。悲壮に呉れる幼馴染みよりも、窓に小さく走った亀裂が硝子に入った罅なのか、ただの氷なのかが気になってそれを眺めていたからだ。
 視界の端で、彼が何事かを言わんと口を開きかけてやめた。耳に引き攣りながら息を吸い込む音が届いたので、もしかしたら激情に駆られて何某かを叫ぼうとしたのかも知れない。
 結局、彼はそのまま納屋を飛び出して母親の許へ走っていった。扉が閉まる音でそれを知った。自分の言葉で彼が駆け出したことに、感慨を抱くこともなかった。彼が母親の許へ行こうが、行くまいが、どちらでも構わなかった。
 俺は後を追うことはしなかったし、彼の父親は戦争に駆り出されていた。だからきっと、彼は一人で母親を見取ったのだのだと思う。
 母親が死んで、暫らくして会った彼は以前と変わらない柔らかな笑顔をしていた。窓に入った亀裂は硝子が罅割れていたからだった、と告げると彼は不思議そうな顔をしたので、そのときになって漸く俺は色々なことをしくじったのだということに気が付いた。あの雪の日の夜、俺はそんなことに気も回らないほどに舞い上がり浮かれ上がっていた。そして、それを彼に気付かせないようにすることばかりに気を取られていた。
 春になって人魔戦争が終わった。彼の父親は帰らなかった。遺体も還らなかった。彼は終始黙っていたが、母親のときのような痛々しさは感じられなかった。戦争相手が魔物だなどという時点で、応召は死刑宣告と大差ない。俺は案の定だな、と思っただけだった。だから今度は正しく彼を気遣うことが出来たし、それなりに気の利いた慰めの言葉を発することも出来た。けれど俺の掛ける言葉に彼から微笑を返されると、また別の意味でしくじった、と強く思った。その上、このときのことだけでなく、以後云十年に渡る彼との遣り取りの中で何度も同じ思いをすることになる。
 間抜けな話だがその事実に気が付いた――正確には自覚したのは本当に最近のことで、自業自得とはいえ申し訳なさと後ろめたさで心底自分が情けなくなったりもしたものだ。正直、彼の部下に刺されたときなどにもこれを思い出してしまって、ああ天罰とも思ったりもした。
 そうはいっても全ては過去の出来事で、今となっては若気の至りと、酒の肴としてくらいにしか役にたたないような気もする。







 て ど な く こ だ ち を さ ま よ う 。
He wandered among the trees Aimlessly.
20090108







タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2009年01月10日 04:36