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怪力おじさんからの手紙:第14話

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匿名ユーザー

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これは心の声なのだろうか。

イタコの口から発せられる言葉は、どもりもなく、明瞭だった。

「おらぁ、言葉が上手く話せねがら仕方ねんだけんじょも・・・」

 

生き口と死に口。

生き口は生きている人の魂を、死に口は死者の魂を代弁する口寄せだ。

大崎勇蔵の魂は、死に口によって呼び出されている。

この事実そのままを受け止めるなら、大崎勇蔵は死んでいるということになる。

 

「もっと上手く話せればはぁ、良かったかもしれねんだけんじょも…。おらはぁ、やってねんだ。

でもはぁ、いくら言っても上手いことしゃべれねがら、誰も信じてくんね。怪しい、お前がやった、って

そればぁし言われて疲れっちまって。でもやっぱし、おらはぁ、やってねんだ」

イタコは泣き崩れ、やがて首を垂れたまま声を発さなくなった。

「ありがとうございました」

田村刑事は礼を言ってお金を置くと、ゆっくりと座を立った。俺とアキヒコも続く。

しばらく無言で歩いた。

「さ、色々観たし、そろそろ戻ろうか」

 

無言のまま車は南へ向かって走る。

「コンプレックスっていうのは、色々あるよねぇ」

田村刑事が唐突に話し始める。

「俺も田舎は秋田でさ。こっちに出てきたときは、必死に訛りを直そうとしたもんだ」

「そうなんですか?」

「なんていうかねぇ、南のほうで標準語とか関西弁とか話してる人間に、なんとなく引け目を感じるんだよ」

「別に、東北の訛りだって、味があっていいと思いますけど・・・」

アキヒコは戸惑った表情で、当たり障りのないフォロー。

「当のしゃべってる側は、そうは思わないんだ。勝手に恥ずかしがる奴が多くてね。恥ずかしがりが多いのかもな。対人恐怖症や赤面症は、北の方が多い」

 

矢沢さんから無線が入る。

「大崎勇蔵の現住所が分かりました。東京都練馬区春日町32-21、ひかり荘203号室です」

「捜査の手配は?」

「まだ特に動いてません。大家に連絡を取って確認しました。最近は本人を見かけないそうです」

「了解。今からひとりで行って大家に鍵を借りておいて」

「鍵を借りるって、いきなりですか・・・」

「行方不明者の捜索として、協力をお願いすればいい」

「了解しました」

「頼んだ。俺もあと2時間程で行く」

相変わらずあっという間に通信切断。

 

「俺の同僚で、辞めさせられた奴がいるんだ。冤罪を着せた咎めで」

俺が無言で考えていたことを、田村刑事が問わず語りに話し始めた。「無実の罪」について。

「真面目な奴だった。事件を解決したい一心で、無茶な取調べして自白を強要しちゃったんだ。

事件ばかり見て、目の前に座っている容疑者の人となりが見えなくなってたんだろな」

大崎勇蔵は、無実の罪を自白させられたのだろうか。

自白は、本人の言葉によって語られる。その言葉によって、疑いや可能性が事実に変わる。

そのことの不確かさや、恐ろしさを思った。

思えばこの道中、アキヒコと冗談を言い合ったこととか、笑ったことなど一度もなかった。

    

とりとめもなく考え事をしているうちに、ウトウトと眠っていたらしい。

矢沢さんからの無線で目が覚めた。

「矢沢です。大崎の住むアパート前にいます。指示をお願いします」

「渋滞であと1時間程かかる。先に部屋の中を調べておいて」

「了解」

よく晴れた日の夕方。高速道路から見える山際には真っ赤な西陽が頭を半分出していた。

「こっちは暑いね。もう少しクーラー強めようか」

田村刑事がクーラーの調節ツマミに手をかけた時、すぐに無線が入った。

「こちら矢沢です。田村さん、聴こえますか?田村さん?」

うろたえた声だった。

「聴こえてる。どうした?」

「部屋の中で遺体を発見。死後かなり経っているものと思われます」

「身の回りの遺品は?」

「大量の紙が散乱しています。内容は日記かと・・・。あと、扉を開けると得体の知れない音がします。

発生源を突き止めようとしていますが、いっこうに分かりません」

「了解。とにかく身元確認を急いで」

「了解」

俺とアキヒコは、息を飲んでそのやりとりを聞いていた。

通信が終わった後も、息を殺したままだった。

「やっぱりあのイタコさん、ホンモノだよ」

田村刑事は、ため息を吐きながら声を発した。高速道路を走るタイヤの音に少しかき消された。

 

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