(メカギャル文庫)ロボ巫女 冒頭立ち読み版
雨が続く時期が終わると、急に陽射しは強くなる。
「これが夏というものなんですねえ」
しみじみと呟きながらミヨは空を仰いだ。ぎらつく太陽の陽射しは眩しく、いつもより多く光が目に入ってくる。
夕方も近いというのに紫外線指数は極めて高く、洗濯指数も高い。どうやら晴天、その上、今日の気温は妙に高いらしい。次々に意識に浮かぶ夏特有の指数に納得して頷き、ミヨは顔の向きを戻した。
店先には色鮮やかなトマトやレタスが並んでいる。品数は少ないが、ここに並んでいるのは取れたての新鮮な野菜だ。ミヨは真剣な顔で並んだ野菜を吟味した。店番をしているのは、すっかり顔なじみになった八百屋のおかみだ。
「今日も暑いねえ」
野菜の並んだ台の横の椅子に腰掛け、おかみがうちわをあおぎながら笑ってみせる。そうですねえ、と頷いてミヨは頬に手をあてがった。
「現在の気温は三十五℃ですね」
「ああ、そりゃ暑いはずだよ。やれやれ、今年は神さんの機嫌が悪いのかね」
そんなことを言っておかみが困ったような顔をする。ミヨはそうなんですか、と言いながらさりげなく肩越しに背後の山を振り返った。
ミヨが暮らしているのは山と山の間にある、小さな村だ。村に暮らしている人は百人程度で、出入りする者も殆どない。そんな村の守り神と言われているのが、あの山の麓の社に祀られている、とある神仏だという。だがその神仏の詳しい話をミヨは知らなかった。ミヨを作った男が知る必要はないと判断したのか、情報をインプットしてくれていないのだ。
だがインプットされていなくても、学習することは出来る。ミヨは興味を覚えておかみの愚痴に耳を傾けた。
「神さんは気紛れでねえ……。今年はやけに過ごしやすいと思ったら、次の年はドカ雪が降ってみたりねえ」
「それって気象状況を変える力があるってことですか?」
「そうなんだよ、本当に。だからまあ、この辺の他の村よりはずっと暮らしやすいんだけど」
ため息混じりに言ったおかみが、あっ、と慌てたように口を手で覆う。ミヨは不思議に思って訊ねた。
「もしかして聞かなかった方が良かったですか?」
「あ、ううん。いいんだよ。そうだよね。ミヨちゃんは立派な村人の一人だから」
困ったような顔をしていたおかみが思い直したように首を振り、そう言ってくれる。ええと、私は村『人』じゃないんですけど。と思いつつも、ミヨはおかみの言うことにありがとうございますと微笑んでみせた。
それから数分ほどおかみと会話をしてから、ミヨはトマトとレタスを買い込んだ。おまけだから、とおかみがつけてくれた茄子も買い物籠には入っている。また明日、と元気よく挨拶をして、ミヨは八百屋を出た。
今日はサラダパスタにしよう。トマトとレタスをたくさん入れて、パスタは少し柔らかめに茹でた方がいいかな。今晩のメニューを考えながらミヨは家に向かった。道中ですれ違った子供達が元気よく手を振ってくれる。どうやら今日は祭があるらしい。子供達は可愛い柄の浴衣を身に着け、明るい声ではしゃぎながら社のある方へと走っていく。それを見送ったミヨは思わず微笑んだ。
この村はとても居心地がいい。最初は奇異な目で見られたりもしたものだが、今ではこうして自然にミヨのことを受け入れてくれている。ミヨは嬉しさについつい緩んでしまった頬を押さえてそっとため息を吐いた。
最初は酷かった。機械人間とからかわれ、石を投げられたこともある。違う。機械人間なのではなく、自分は機械なのだと何度説明しただろう。
でもその甲斐がありました!
数ヶ月前のことを思い出してミヨは思わずこぶしを握りしめて力強く頷いた。
ミヨは高橋仁志という男性に造られた家事ロボットだ。仁志は様々な研究開発に常に忙しく、身の回りの世話を焼いてくれるような人がいなかった。それならいっそのこと自分で造ってしまえ、ということで仁志はミヨを造ったのだ。
電源を入れられ、目覚めてすぐにミヨは本来の仕事である家事をこなしはじめた。だがやっぱり家事だけではなく、ご近所づきあいもしなければならないのではないだろうか。そう考えたミヨはある日、遠く離れたお隣さんのところに手作りのいなり寿司を持っていった。
ミヨがボディからいなり寿司を取り出した途端、お隣さんは村中に響き渡る悲鳴を上げた。どうやら人間というものは腹部からいなり寿司を取り出すと驚くものらしい。そのことをミヨはその時に初めて学習した。
そんなことがあってからというもの、ミヨは村中の人々に機械人間とからかわれるようになった。元々、仁志の方も村人からはちょっと変わった人だと敬遠されていたらしい。そのことも加わって、ミヨは庭掃除をするたびに石ころを投げられたりするようになった。
だが根はいい人たちなのだ。ミヨは根気良く毎日毎日、お隣さんを訪ねては追い返されを繰り返した。
そんなある日、ミヨはお隣さんの家に上げて貰えることになった。ミヨが玄関先でつまづいて転んでしまい、運悪く膝を壊してしまったことにお隣さんが同情してくれたのだ。
その日を境にして、村人達はミヨに辛く当たらないようになった。膝が壊れてしまい、自分では歩けなくなったミヨを抱えて運んでくれようとしたのはお隣さんの人々だった。だが、当時のミヨのボディは数人で抱えられるほど軽くはなかった。何しろ当時のミヨのボディには冷蔵庫や扇風機、レーザー光線発射機などが仕込まれていたのだ。
あまりに重いミヨを抱えられず、お隣さんが慌てて更にお隣さんを呼んできた。そうして更にお隣さんはもっとお隣さんに声を掛けた。狭い村だ。次々に人は集まってきた。
結局、ミヨはみんなで抱えてもらって家に帰ることになった。彼らはこれまですまなかったとミヨに口々に謝った。
これ以上、村に妙なものが増えてもと思って。
その時に誰かが言ったことを思い出し、ミヨはふと足を止めた。そういえばあれはどういう意味だったのだろう。
ううん。そんなことより、今はお夕飯のことを考えなきゃ。
ぷるぷると頭を振ってそう思い直し、ミヨは帰り道を急いだ。
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