(メカギャル文庫)ラブ&ジャスティス 冒頭立ち読み版
毎日が退屈で仕方なかった。朝起きて学校に行って授業をてきとうに受けて部活をする。日が暮れて帰りしなにコンビニでも寄って小腹を満たし、家に帰る。まるで縫い針でちくちくと布をひたすら縫っているような、そんな日常にうんざりしていた。
だがだからと言って、断じてこんな非日常を望んでいた訳じゃない!
地べたに這いつくばりながら小倉草太は歯軋りをした。そんな草太を軽々と飛び越え、光る槍を振り回し、煌びやかな衣装を身に纏った少女が叫ぶ。
「ライトニングスラスト!」
必殺技の名前を叫んだ少女が大きな槍を敵に向かって突き出す。草太はその様を見ながら心の中で悪態を吐いた。
ライトニングって何だよ、光ってるからかよ。スラストって突きかよ。まんまじゃねえか。
そんなことを思いつつも、草太は何とかその場に立ち上がった。さっきまで身体にのし掛かっていたモノは消え去っている。少女が繰り出した光る槍が暴れていた敵に突き刺さると、敵は奇妙な声を上げて蒸発した。
いや、シイタケの形のモンスターってどうよ? シイタケ農家に喧嘩売ってんのか? 幾らここが商店街だからってそりゃねえだろ。
草太はうんざりした顔をしてその場にあぐらをかき、次々に消えていく敵をのんびりと見守った。ピンクの髪をなびかせた少女が、うようよ動いているシイタケモンスターを次々に倒していく。
巨大シイタケに手足が生えた、幼稚園児もびっくりの落書きのようなモンスターが消えると、今度はもうちょっと強い奴が出てくる。これもいつものパターンだ。
ちなみに商店街に来ていた客や店の主人達は、戦う少女とモンスターを遠巻きに見ている。危機感がない連中をちらりと見返ってから、草太は口許に手をあてがって少女を応援した。
「おーい、セリカー。左から来るぞー」
だが草太の呑気な声より速く、ピンクの髪の少女が左に向かって走る。麻生芹香、というのが少女の名前だ。今のように変身している時はセリカ、とカタカナで名乗っているらしいのだが、正直、変身と言っても髪の色しか変わっていない。おまけに耳で聞くだけなら芹香もセリカも全く変わらない。
なのに何故か同じ学校の連中は、セリカの正体に全く気が付いていないらしいのだ。草太はちらりと振り返り、観客と化している商店街の人々を見た。中には草太と同じ学校の制服を着た生徒の姿もある。やっぱり彼らはセリカの正体に気が付いていないらしい。
気付けよ! おまえらもよ!
草太は声を上げてセリカを応援する連中を見ながら心の中で悪態を吐いた。その間にセリカが光る槍を構え、左手から現れたモンスターに突っ込む。シイタケの次には獣と人を足したようなモンスターが現れる。これが戦いのいつものお約束だ。
こいつはシイタケモンスターと比べるとかなり強い。形はちょうど、昨日の晩に草太がむきになってクリアした、某RPGゲームに出てきた獣と人を組み合わせたような獣人モンスターにそっくりだ。
著作権的にどうなんだ!?
飛びかかってきたセリカをひらりと避けたモンスターを睨みつけ、草太は心の中で怒鳴った。デザインといい、動きといい、ゲームに登場したのとそっくりというのはどういうことだ。ちなみにこれは現実で、間違ってもゲームの中の話ではない。
セリカが突き出した槍を避けた獣人モンスターが、傍にあった八百屋の店先の棚を片手でつかみ上げる。獣人モンスターの大きさはセリカの倍はあるだろうか。身の丈は二階に楽に届いているし、横幅もセリカとは段違いに大きい。
モンスターに投げつけられた棚を避けたセリカがいったん飛び退く。草太は目を細めて心の中で三、二、一とカウントした。ゼロ、と心の中で呟いた瞬間、セリカが地面を蹴って叫ぶ。
「スウィフトラッシュ!」
必殺技の名前を叫びながらセリカが獣人に突進する。それを見て草太は生ぬるい笑みを浮かべた。
まんまじゃん。素早く突進かよ。
だがそんな草太の心の突っ込みを余所に、セリカの光る槍が獣人の脇腹を掠める。避け損ねた獣人はぐあああー、とかぐおおおー、とか叫ぶ。
草太は商店街の道のど真ん中にあぐらをかいていた。セリカと獣人から少し離れた場所だ。草太はこの場に唐突に大量発生したシイタケに踏み潰され、地べたに這いずる羽目に陥ったのだ。今さら野次馬に混ざるのも面倒なので、草太はその場所で観戦することに決めた。
セリカが繰り出した槍を乱暴に払った獣人が、太く逞しい腕を無造作に振る。こぶしを見据えて避けたセリカが掛け声を発して地面を蹴り、華麗にジャンプして布団屋の屋根に飛び乗る。ちなみにセリカの運動能力は常人とそれほど違いない。今のようなジャンプをする時は、特殊な力を用いているのだ。
屋根に乗ったセリカが鋭い目で獣人を睨み、光る槍を両手に握りしめて再び飛ぶ。あの光る槍だって、実は短い柄の部分以外は特殊能力でセリカが作っているのだ。特殊能力……いわゆる、世間一般的に超能力と呼ばれている力だ。自覚することは出来ないが、実は草太にもその素質があると言われている。
冗談じゃねえ。俺にそんなもんあるわけねえ。
最初は鼻で笑い飛ばした草太だったが、事に巻き込まれてからはあまり笑えなくなった。事態が笑えないのはもちろんそうなのだが、自分の力をセリカが使っているのを目の当たりにしているからだ。
あの力の素が実は俺の精液だって知ったら、みんなビビるだろうなあ。
セリカが屋根を蹴って獣人の肩先に槍を繰り出す。避け損ねた獣人が叫びを上げてセリカを払い落とそうとする。そんな光景をぼんやりと見ながら草太はため息を吐いた。
芹香との出会いはそれまでの退屈な日常をぶち壊してくれた。毎日毎日、明けても暮れても同じような日々を送ることに心底うんざりしていた草太は、芹香の登場を最初は心の底から喜んだ。ある日の授業中、教師の間延びした声の響く教室の扉を芹香がいきなり開けた時、やったと心の中で叫んだものだ。何か事件だ、とわくわくする草太のところに芹香は真っ直ぐに歩いてきた。
おっ。これはもしかして、退屈が紛れるような事件かも。
そんなことを呑気に考えていた草太は、次の芹香のせりふに硬直することになった。
「あなたの精液が必要なんです!」
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