(メカギャル文庫)マイ・トイ・レディ 冒頭立ち読み版
その女の子はいつも大きな弁当箱を持ってきていた。普通にスーパーで売っているような弁当箱とは訳が違う。黒い漆塗りの三段重ねの弁当箱だ。昼休憩になり、腹を減らしたクラスメイトの男子はその弁当箱を羨望の眼差しで見つめていたし、クラスの他の女子たちはその女の子の周りではしゃいでいた。今日は何のおかずが入っているの、と訊かれるといつも親切に丁寧に、かつ判りやすく女の子は説明していた。
女の子の名前は高階美樹という。高階家はこの辺りでも有名な資産家で、美樹はそこの一人娘なのだそうだ。ちなみにこの学校に通う生徒は美樹が良家の子女であることを誰でも知っている。
今日もまた昼休憩を報せるチャイムが鳴る。大石守は号令に従って教卓に立つ教師に礼をしてから美樹に目をやった。きっと今日も美樹はあの重箱を鞄から取り出すに違いない。そう思いながら斜め前の席に座る美樹に注目していた守は違和感に気が付いた。いつもなら美樹の机には学校の指定鞄と一緒に、あの重箱の入った布鞄がかけられているのだ。なのに今日はそれがない。
「あれ? 高階さん、お弁当は?」
いつものごとく、今日のメニューを訊きに来たのだろう。美樹の席の周囲に集まったクラスメイトの女子たちが不思議そうな顔をする。
ダイエットでもしているのだろうか。だが美樹にはダイエットの必要なんてない気がする。何しろ美樹はその辺の下手なモデルよりずっと整った体型をしているのだ。美人で秀才、おまけに人当たりもいいことで美樹は男女問わず人気がある。
まさかな、と心の中でだけ呟いて守は興味津々で美樹がどう返事するのかを見守った。集まってきた女子をぐるりと見回してから、美樹が困ったように笑ってみせる。
「今日は忘れてきたの」
あっさりとした美樹の返事に周囲の女子から気の毒そうな同情の声が上がる。微笑みを浮かべて軽く会釈をした美樹が席を立つのを守はぼんやりと目で追った。
食堂に行くから、と断った美樹が教室を出て行くところまでを見送ってから、守は自分の机の上に視線を落とした。そこには変わり映えしない見慣れた弁当包みがある。守は深々とため息を吐きながら弁当の包みを開いた。なんで今日は母親が寝坊しなかったのだろう。もしも寝坊して弁当がなかったら、食堂で美樹の姿を眺めながら楽しい食事が出来たのだ。弁当を持って食堂に行くなんてわざとらし過ぎる。
守が難しい顔をして弁当を睨んでいる合間に、教室のあちこちで男子生徒が弁当を片手に席を立つ。椅子を引く音に気が付いて守は慌てて教室の中を見回した。同じことを考えて別の結論に達したのか、男子生徒たちが弁当を手に次々に教室を出て行く。
あからさまだよね、という女子の冷やかしの声をものともせずに出て行くクラスメイトたちを横目に、守は慌てて弁当箱を閉じて包みを戻した。そうだ。少しでも近付くには冷やかしの声など気にしていてはいけないのだ。
よし、行くぞ。心の中で自分にはっぱを掛けてから守は椅子を鳴らして立ち上がった。今から行けば、美樹の傍の特等席は無理としても、せめて姿が見えるところに陣取れるはずだ。やっぱり昼の憩いのひとときを変な自尊心で潰すのはもったいない。女子の冷やかしの声なんて無視すればいいだけのことだ。
そう思いながら教室を出ようとした守の背後でクラスメイトの女子達がはしゃいだ声を上げる。
「うわ、大石まで!」
「ありえないー! それでもクラス委員ですかー!?」
「今日も姫の人気は健在と。ほら、早く行かないといい席取られちゃうよ?」
守はひくりと頬を引きつらせつつ、複数の冷やかしの声を無視して教室を出た。
クラス委員なのにと言うが、そもそも自分がクラス委員になったのは、四月に担任が向いてそうだからなどという理由で指名したからだ。何で入学したて、しかも自己紹介すらしないうちから、クラス委員に向いているかどうか判るのだ。いいかげんな担任教師のことを思い出して顔をしかめつつも、守は食堂に急いで向かった。
食堂はたくさんの生徒でごった返していた。どこから聞きつけたのか、弁当を抱えた別クラスの男子生徒も多くいる。そんな中を守は美樹の姿を探しながら歩いた。食堂に置かれたテーブルの間では、守と同じような動きをする男子生徒も多い。テーブルについて食事をしている生徒たちはそんな男子生徒を見ては、少しうっとうしそうな顔をしている。
笹園高校の食堂の広さは普通教室の三つ分くらいある。全校生徒が詰めかけると狭いだろうが、弁当を持ってきていない生徒が一気に押し寄せても賄える程度の広さだ。そんな中を普段は教室で大人しく弁当を食っている男子生徒がうろうろしているのだから確かにうっとうしいだろう。守はそんなことを考えつつも美樹を探して食堂の中をうろついた。
探すこと十分。てっきりどこかのテーブルに着いているだろうと思った美樹は食堂のどこにもいなかった。探している間に動いたのかと思い、同じところを二度探したのだがやっぱりいない。どうやら同じことを考えたのか、美樹を探していたらしい男子生徒たちの多くは諦め顔でテーブルについて弁当を食べている。守も仕方なく近くのテーブルに着き、持っていた弁当を食べ始めた。
もしかしてもう食べ終わって食堂を出たのかな。まさかね。
心の中でそんなことを呟きつつ、守は母の作ってくれた見慣れた弁当を食べ始めた。今日のおかずのラインナップは昨日の晩ご飯の残りに加え、鍋で温めるだけのレトルトのおかずだ。そろそろ夏も近いし、晩ご飯の残り物を入れるのは避けてもらうべきかも知れない。黙々と食事をしながら守はぼんやりと考えを巡らせた。
美樹がもの凄い速さで食事をとることはないだろう。美樹はいつもゆったりとしたペースで弁当を食べているのだ。その速さで重箱入り弁当を完食することは出来ないからか、いつも美樹はクラスメイトの女子達に弁当を分けている。中にはそれを目当てにしている女子もいるくらいだ。
もしかしたら今日は体調が悪いのかも知れない。美樹は昨日まで夏風邪をひいているということで一週間ほど学校を欠席していた。まだ体調が戻っておらず、食欲がないのだろうか。
昼の休憩時間は四十五分だ。守は美樹のことを考えつつもいつもより急いで弁当を片付けた。備え付けのティサーバーで入れた茶で口と喉を流し、守は空になった弁当箱を抱えて教室に戻った。
教室の中はクラスメイトたちの話す声でざわめいている。美樹はまだ席に戻っていない。守は残念な気分で自分の席についた。近くの席のクラスメイトが話しかけてくることに適当な返事をして次の授業の準備をする。
考えてみれば美樹と話が出来たのは何回くらいだろう。中学の時に知り合っていれば状況はもっとずっと違っていたのだろうか。
美樹は入学式の時に総代を務め、その時から守は美樹のことが気になっていた。笹園高校の中でも美樹は目立つ存在だ。近隣の学校に通う生徒の中にも美樹のことを知っている者は多い。そして当然ながら美樹は男子にもてる。一度など教室に上級生の男子生徒が乗り込んできて、クラスメイトの目も何のその、大声で美樹に好きだと告白したことがある。その時の美樹は相手に返事を急かされて困っていたらしかった。何しろその上級生は多くのクラスメイトの前で告白してしまったのだ。下手なことを言えばみんなの前で傷つけることになる。美樹はきっとそう考えたのだろう。
みんなにせっつかれ、守は仕方なく二人の間に入ることになった。だが守がしたことと言えば、上級生の男子生徒に場所を変えて話をしてくれるように頼んだことくらいだ。問題の上級生は物わかりが良かったために守の言い分にすぐに従ってくれたが、正直、守は内心冷や汗ものだった。上級生が怖かったからではない。美樹がどう反応するか、それが気になったのだ。邪魔をするなという顔をされたらどうしよう。
結局、美樹は話を終えた後、守に礼を言った。実は困っていたのだという話もその時に聞いた。守は美樹に個人的に話しかけられてどきどきしていた。
その時にはもう、多分美樹のことを好きになっていた。美樹のことを好きになった経緯を思い出しながら守は深々とため息を吐いた。
「大石はいないのか? ……なんだ。いるじゃないか」
不意に呼び声が耳に入り、守は慌てて顔を上げた。いつの間にチャイムが鳴ったのだろうか。もう教室の前には数学の教師の姿があった。
「はっ、はい」
「だから、ちょっと探して来い。保健室からは連絡は入ってないし」
渋い顔をした男性教諭がそんなことを言う。意味が判らず、守は首を捻った。てっきり古風に出席でも取って返事がないことを指摘されたのだと思っていたのだ。
「あの? 探すって? 僕が何をですか?」
「おまえ、本当に聞いてなかったんだな。高階だよ」
そう言いながら教師が空いたままの美樹の席を目で示す。守はつられてそっちを見てから驚きに目を丸くした。
「とにかく探して来い」
そんな風に教師に急かされ、守は返事もそこそこに慌てて教室を駆け出した。まさか美樹に限って授業をさぼるなんてことはないだろう。何しろ優等生で通っているのだ。しかも成績だっていいし、教師の受けだってもちろんいい。本当はクラス委員に一番適しているのは美樹なのではないかと守は今でも思っているのだ。
まずは保健室だ。教師はああ言っていたが、もしかして急に具合を悪くして倒れたりしたのかも知れない。そう考えた守は早速、階段を駆け下りて校舎の一階にある保健室に向かった。
だがやっぱり保健室にはいなかった。不思議そうな顔をする養護教諭に礼を言ってから、守は校舎の一階部分を探して回った。普通教室のある校舎の一階には校長室や教頭室、それに事務室などの部屋が配置されている。それらの部屋をいちいち覗く必要はないだろう、と守は可能性のありそうなトイレだけ調べることにした。
でもトイレって男子トイレはいいけど、女子トイレは……。
とりあえず男子トイレを先に確認してから、守は女子トイレの前で迷った。美樹がもしいるとすれば当然、男子トイレではなく女子トイレだ。が、例え中にいたとしても、そこに自分が乗り込んでいいものだろうか。それにもし、鉢合わせてしまったら。
いや、今は探すのが先だ。守は気後れする自分にそう言い聞かせ、勇気を出して女子トイレのドアをそっと押した。
「お、おじゃましまーす……」
授業中だから誰もいないに違いない。そう自分に信じ込ませて守は恐る恐る女子トイレの中に入った。個室のドアは全て開いていて、トイレの中には誰もいない。そのことを確認してから守は急いで女子トイレを出た。
廊下を足早に歩いて守は脱靴室に辿り着いた。靴を確かめてみると、美樹の革靴はきちんと靴箱に収まっていた。ということは、少なくとも外には出ていない。美樹は学校のどこかにいるのだ。
渡り廊下を過ぎて守は今度はもう片方の校舎、特別教室が並んでいる方の校舎に入った。美術室や生物室、物理室などを次々に確かめて回る。だが準備室に担当教諭が居た以外、人の姿はない。校舎の端まで行ってから、守は二階に上がった。
特別教室、普通教室、生徒会室、空き教室、それら全ての教室を回ってから守は校舎の屋上に出た。だがそこにも美樹の姿はない。
体育館や講堂にいるのだろうか。そう考えてから守はふと、校舎の中で一箇所だけ探していないことに気が付いた。校舎の二階、渡り廊下の手前にある女子更衣室だ。さすがに入るのがためらわれ、守はその場所だけは調べずに通り過ぎたのだ。
いや、あそこはちょっと。屋上からグラウンドを見下ろして守は口許を引きつらせた。グラウンドには体操服を着て体育の授業を受けている生徒の姿がある。ということは、女子更衣室にはどこかのクラスの女子生徒が服などを置いている。幾ら美樹を探すためとはいっても、そこに侵入したらまずいような気がする。それに体育の授業を受けるクラスの生徒たちが休憩時間には居たはずだ。そこに別クラスの美樹がいたら変に感じるだろう。
どこか他に見落としている場所はないだろうか。守は真剣に考えながら一階に戻った。階段を下りたところでふと気付く。
そういえば階段の裏に確か。そう呟きながら守は階段の裏側に回った。そこは空きスペースになっていて、壁には小さな扉が設えてある。金属製の扉にはポンプ室と書かれている。守は扉の取っ手を回して引っ張ってみた。すると意外にもあっさりと扉が開く。
そこには地下に続く狭い階段があった。薄暗い階段の向こうに細く頼りない光が見える。どうやら階段の下にポンプ室があるらしい。光が見えるということはきっと誰かがいるのだ。
守は踏み外さないように用心しつつ、ゆっくりと階段を下りた。狭い階段に守の靴音が響く。階段を下りきると細い廊下があり、進んでいくと再び金属製のドアが目の前に立ち塞がった。どうやらドアが少し開いていて、ここから光が漏れていたようだ。守はなるほど、と呟いて慎重にドアを開いた。
狭い部屋の中には大きなタンクが並んでいる。階上に水を送るためか、部屋の中は機械音でいっぱいだ。タンクから水をくみ上げているのか、時折、音が急に大きくなったりする。モーターが唸る音に眉をひそめながら、守は美樹を探して歩いた。
タンクの並んだ隙間に人の足が見える。そのことに気が付いた守は思わず目を見張り、慌てて駆け寄ろうとした。そこで違和感に気が付く。床に投げ出された白い足が、もどかしそうに動いているのだ。
なんだ? 守は内心で呟き、様子を伺おうとタンクの間を移動した。足だけ見えていたのが、やがてスカートが見え、そして上半身が伺えるようになる。守はそこで全身を強ばらせ、驚愕に目を見張った。
ポンプ室の隅に座り込んでいたのは美樹だった。壁に寄りかかり、綺麗な顔に苦しげな表情を浮かべた美樹はスカートの中に手を突っ込んでいた。もう片方の手は制服越しに胸の膨らみを揉んでいる。それが自慰だということに守はすぐに気が付けなかった。美樹と自慰という行為が頭の中ですぐに結びつかなかったのだ。
騒がしいモーターの音がなければきっと悩ましい美樹の声が聞こえるに違いない。周囲に響き渡る機械音に苛つきつつ、守はタンクの影から美樹の姿を食い入るように見つめた。どうやら美樹は守がこっそり覗き見ていることに気付いていないらしい。スカートの中でもぞもぞと手を動かしては身震いしたり、足を閉じたり開いたりと自慰に熱中しているようだ。
何しろ好きな女の子のオナニーシーンだ。これを見逃す手はないと、守は瞬きするのも忘れて美樹を見つめ続けた。
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