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BFT妄想記

the ∩rchway」後編


前編からの続き




ヘンリー伯とラウルバックの空中庭園の完成から2世紀。ドイツは新しい才能を得た。

オーギュスト・レンツは小さい頃からその才能を表していた。絵がうまく手先が器用なだけではなく、計算能力もずばぬけていた。長じて彼は建築家になった。マイスターも驚くほどの吸収力であっという間に頭角を現したオーギュストは22歳の時に、後にレンツ法と言われる漆喰の技術を編み出す。レンツ法は世界中のデコレーターを驚かせた。そして彼らは喜んでその手法を身につけた。オーギュストは建築家として数々の建物を設計する傍ら、古い建物の修復にも努めた。彼にとっては古いものを修復することも新しいものを設計することもどちらも同じように興味深いことだった。ドイツのみならずヨーロッパ全域から仕事の依頼が絶えなかった。

ある日オーギュストは新聞で一つの記事を見つけた。彼の尊敬する17世紀の建築家、アーサー・W・ラウルバックの有名な作品である空中庭園が戦乱に巻き込まれて壊されたとのニュースだった。彼はそれを読み、親しい友人の訃報を受け取ったのと同じ衝撃を受けた。そして今まで忙しさにかまけてそれを見に行かなかったことを悔やんだ。数ヶ月後、彼の元にその街の市長から街の再建の依頼を願う1通の手紙が届いた。オーギュストはすぐさまそれまでに受けていた仕事をすべてキャンセルして、その街に向かうことにした。

■1867年9月

ドイツを出た時にはまだ暑かった。手紙では断りきれなかった依頼を片付けるため、あちこちを奔走している間に季節は秋に変わっていた。オーギュストは最新型の赤の蒸気機関車が牽く客車の一等車両から降り立った。新造されたばかりの駅舎はまだ少し漆喰の匂いが残っていた。ポーターから大きくて頑丈な革の旅行鞄を受け取り、ホームに経って走り去る赤の車両を見送る。蒸気機関車の煙が白くまた虹色に輝く。衣服を軽く整え、煙が少し薄れてきた頃、彼は外に出た。がっしりとした石畳が好ましい。有名な空中庭園の回廊が見えた。あの戦乱さえなければ、遠くまで続くこの奇跡の建築物が続いていたはずなのに・・・。オーギュストの目はかつてのその姿を想像した。そして 200年前の偉大な建築家アーサー・W・ラウルバックに敬意を表し、フラットキャップを脱いで天を仰いだ。

を背に、古城跡に向かってまっすぐに歩く。ところどころに残る戦禍の後。このあたりの空中庭園の回廊はあちこちが破損しているがいくらかはまだ残っている。細部まで手を抜かずに彫られたライオンの意匠が古めかしくまた勇ましい。通り道には瓦礫を片付ける人の姿があった。一様に沈んだ表情だ。オーギュストの胸に鈍い痛みが走る。目的の建物が見えた。ここもやはり破壊されているが、頑丈な石作りのため1-2階部分は充分に使用に耐える状態となっている。旧リトルフィールド伯邸。玄関ポーチは往時のまま残っている。こんなに美しい建物を壊してしまうなんて、戦争とはなんて愚かな行為だ。でもそのおかげで自分がここに呼ばれたことも彼は知っている。少し自虐的な笑みを浮かべながら帽子を脱ぎ、手櫛で髪を整えながら玄関ホールに入った。

この街の新しい市長と街の有力者が出迎えてくれた。ひとりひとりと握手を交わし自己紹介をしたが、市長の名前すら覚えられなかった。昔からオーギュストは人の名前を覚えるのは苦手である。建築物や彫刻であれば1度見れば細部まで覚えているのに、どうしても人の名前が覚えられない。そのせいで少し変人扱いを受けるのにももう慣れた。元々はメインダイニングパーラーとして使われていたのであろう張り出し窓のある部屋に通される。がっしりとしたチーク材のテーブルと椅子が並んでいる。彼らはそれぞれの場所に腰をおろした。オーギュストはここだろうと思われる席に腰掛ける。口髭を生やした市長が話しはじめた。

この街の成り立ち、戦争、そしてこれからの再建計画。そのためにオーギュストの力を借りたい云々。市長の話は延々と続いた。オーギュストは途中から張り出し窓から見える外の風景を眺めていた。かつてあったであろう美しい中庭を空想した。もちろん自分の仕事は心得ている。その後、発言を求められた彼は立ち上がって話をした。この街の美しさを活かしたいと思っていること。街全体のイメージ、できれば空中庭園はそのまま使えるところは残したい。その周りに配する建物はこんな感じにしたい。やはり多少なりとも図面かスケッチを描いてくれば良かったのだ。彼の考えがうまく役人たちに伝わったのかがわからない。

オーギュストは現地を見てからそこに合わせて自分のスタイルを組み込んでいくという仕事の仕方を通してきた。その建物はどのようにでも変化し、どんな枠にも囚われることなく、まるで最初からそこに長い間建っていたように見えるというのが評判だった。あらゆる過去の建築様式は彼の頭の中に入っていた。そしてそれを組み合わせたりまた彼独自の新しい手法でさまざまな建築物を手掛けてきた。今までは間に立ってくれた多くのマイスターがいた。このように自らが役人を相手に仕事をすることには慣れてなかった。彼は自分の意見を話し終え、後はスケッチや図面を見てから検討してくれるように告げた。会議はそれで終わった。

ザックと呼ばれていた男だろうか。とにかく役人のひとりが彼の部屋に案内をしてくれた。南側の2階の部屋だ。あてがわれた部屋に充分満足したオーギュストは礼を言ってなるべく早くスケッチを描いて説明をするからと言い、ドアを閉めた。チーク材のおそろしく重厚なベッドに簡素なリネンでベッドメイクされているのはちょっと不似合いな感じがしたが、眠るだけの場所に文句はない。昔はこの窓からも中庭が見えたに違いない。遠くに伸びる空中庭園がところどころ崩れている。彼は大きな革の旅行鞄をクローゼットの手前まで持って行き、服を出して吊るした。髭剃りが切れなくなっていることを思い出し、街の雑貨屋まで買いに行こうと思い立った。ついでに新しい帽子も欲しい。画材はどこかで入手できるだろうか。

オーギュストは階下に降り、先ほどの部屋でまだ話をしていた市長に隣の部屋を仕事部屋として使わせてもらえるかどうかを聞いた。それと、画材の入手先も。部屋はもちろんOKが出たが、隣と言っても階段は別だと言われた。この様式の建物はそういうものだということはオーギュストはもちろん承知の上。おそらくは仕事部屋に簡易ベッドを入れることになるかもしれないとも思った。仕事場の場所の確保さえできれば、新式のドラフターを取り寄せてもいいな、と考えながら玄関ホールを抜けて街に向かって歩き出した。必要なものを買いこんだらかなりの荷物になってしまい、帰りは雑貨屋の荷馬車で送ってもらうことになってしまった。足りないものはドイツの妹に電報を打って送ってもらえばいい。

その日は街のレストランで市長も交えての夕食会があった。海も山も近いので食材がおいしい。コックの腕前もなかなかのものだった。明日からは自分で食べ物を調達しなくてはならないと思っていたら、あの建物は現在仮の市庁舎として使われていて、通いの家政婦がまかないを作ってくれているとのことで安心した。その夕食会は建物の元の所有者のヘンリー7世の代理人やら街の有力者が大勢集まっていた。オーギュストは大勢の人に囲まれ様々な質問をされた。質問の多くは今まで手がけた建築物やこれから作る建物のことであったが、中にはまだ結婚していないのなら嫁を世話するという人まで現れて断るのに大変往生した。

翌日からオーギュストは仕事を始めた。まずはみんなにわかりやすいようにとスケッチから。正確な図面はドラフターが着いてからでもおそくはあるまい。美しく彩色されたスケッチはまるで絵画のようだった。市長をはじめ、他の人たちもそれを見て目を丸くした。ようやく彼の意図がわかってもらえたようだ。幾枚も幾枚ものスケッチが描かれた。彼のイメージする街、そしてメインストリートと呼ぶことにしたから続く商業区域。破壊された空中庭園はどうしても残したかった。すべてを補修するのは難しい。オーギュストは何度も残された回廊を見に行き、そして考えた。ようやく一つの解決法を見つけ出し、1枚のスケッチを描いて皆に見せた。

「残っている部分を集めて移築し、再現してアーチウェイを作りましょう。」

美しかったあの空中庭園を自慢にしていた人々は戦乱によって失われたものを再び取り戻すことができるかもしれない。空中庭園の残っている回廊部分を補修して駅から凱旋門前までをつなげる。オーギュストの見立てでは残っている柱や構造材を使えばそのくらいの長さの空中庭園は残せるはずだ。街の人は自分たちが子供のころから親しんでいたその美しい回廊の横に整然と並ぶモダンな建物が描かれたスケッチに魅入った。そのメインストリートは戦争の影をみじんも感じさせない。下部にもきれいにタイルを張って、雨の日でも歩けるようにしたいというこの案には皆、諸手を挙げて賛成した。新しい街の名物になるに違いない。そのスケッチは街の再建のシンボルとして公会堂のホールに飾られた。見たい人はいつでも入れ、それを眺めることができた。

今、オーギュストが住んでいるこの建物は頑丈な基礎部分を残して市庁舎として立て直すことになった。南側は少し削って、左右対称にした方が美しいかもしれない。彼はひたすら図面を描き続けた。食事の時も計算尺をいじりまわしていた。アーチウェイのタイルの意匠は公募にすることにした。公募には100人以上の応募があった。その中から上と下、2種類の意匠が採用された。下部の意匠はこの街の辿ってきた歴史を光と影の濃淡2色で表す。上部はこれからのこの街の未来を見据えるような光の色をメインとし、在りし日の空中庭園を思い起こさせる若草色をアクセントにおいた明るい配色となった。工事は街の人の協力を得て、あちこちで急ピッチで進められた。

市庁舎を作るためにこの屋敷を取り壊すことになった。市の仕事は取りあえず大聖堂の一角を借りることができた。こればかりはまとまった場所にないと便が悪いからだ。オーギュストには出来上がったばかりのアーチウェイの横、メインストリートの一角の建物をあてがわれた。こんな一等地じゃなくていいと遠慮した彼の意見は、こういうところにこそオーギュストがいるべきだという街の人の意見に押されてしまった。もちろんオーギュストは喜んでその申し出を受け、自分のアトリエを建てた。1Fはアトリエ、2Fは住居に。彼はまた、階段で自宅と仕事場を行き来することになった。オーギュストはどんどん出来上がってくる街をいつでもアーチウェイの上から見ることができた。自分専用の1頭立てカブリオレと馬も買った。石畳の上をカブリオレに乗って走る彼の姿を見ると、街の人たちは作業を止めて笑顔で手を振った。


■1882年3月

新築された市庁舎の上に設置された時計台の時計が8時を告げる。オーギュストはアーチウェイの上に立って街を見下ろしていた。遠くにが見える。その間にはたくさんの人たちが暮らしている。昔からあった古い建物と新しい建物が共存している街。彼は自分の仕事に大変満足していた。今もまだ彼の元には自分の店を設計して欲しいというこの街の人からの依頼が後を絶たない。いつの間にかオーギュストは街の人たちの名前を覚えていた。この年、彼の祖国は破滅への1歩を踏み出していく。







text shinob

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