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BFT妄想記

the ∩rchway」前編





■1615年5月

1台の馬車が森を抜けて走りこんできた。オルデンブルグ種のチョコレート色の馬2頭が引く軽バギーは軽やかに初夏の木漏れ日が光る森を進んでいく。

馬車の窓から外の森を眺めているのはアーサー・W・ラウルバック。彼は戦乱を避けハンガリーから30キロほど離れた街まで船でやってきた。船に乗った時の彼は打ちひしがれていた。ハンガリーには彼の作った美しい彫刻や建築物がたくさんあった。それが戦争によって灰塵に帰していく様を想像しただけで胸が痛んだ。5年ほど前に病気で妻を失ったアーサーにはハンガリーに残らねばならない理由はなかった。以前から依頼を受けていた仕事を受ける決意をしその場所に向かうことにしたが、残念ながらずっと彼の身の回りの世話と御者をしてくれていたヨセフには同行を断られた。しかたなく彼は革の大きなカバンと大切にしている2頭の馬、そして今乗っているこの馬車と共にこの国に来たのだ。

街で旅装を解き、2日ばかりの休養をした後、街の有力者から信用のできる男を御者としてひとり借りて出発した。御者の馬を扱いなれたその様子に満足して、今はこうしてバギーの中でくつろいでいるのだ。途中で馬たちの休息を兼ねて軽い昼食を取っただけで約6時間の長旅。もっともアーサーがそれ以上の速度を出すのを許したらもっと速かったかもしれない。軽バギーはもともと石畳の上を走るように設計されているので、森の中の道を走らせるのは少し心配だったのだ。しっかりと作られた馬車は軋みもしなかった。そのバギーは臙脂色に塗られていた。側面は淡いクリーム色に塗られ、彼自身の手でアイリスの紋章と妻の名前であったマルグリット号の文字が美しい飾り文字で描かれていた。

後ろに古い城の跡がある山が見える。その旅の終わりはもう目の前に見えてきた。石のゲートを通った後は石畳の上をゆっくりと進む。花と噴水と、時折見える美しい彫像の間をバギーは進んでいく。いつの時代のものであろうか。どっしりとしたチューダー様式の屋敷の入口が見えてきた。数人のモールのついたお仕着せをきた召使が近づいてくる。アーサーは馬車を張り出した玄関前に停めさせ、鞄の中から鏡を取り出し街に到着した時に切り整えたばかりの濃い茶色の髪に櫛を入れた。頃合いを見計らって召使がドアに近寄ってくる。彼は馬車から降り長旅でついた服の埃を丁寧に払った。その際、足元を見たが馬車の中でブランケットをかけていたおかげでそれほど靴は汚れていなかった。

このマナーハウスの主はヘンリー・C・リトルフィールド伯。建築や美術品に造形の深いヘンリー伯は以前、イギリスの本邸にアーサーの彫刻を置いた小庭を作らせている。そちらの方は城の様式を壊さぬようあまり前衛的にならぬように心掛けなければならなかったことを少し残念に思っていた伯は、このマナーハウスの周りにアーサーと一緒に大きな庭園を作りたいという手紙をハンガリーにいる彼に送り続けた。その熱心さと大きなスペースを制限なく作れるという条件は大層魅力的だった。アーサーには妻にだけ語ったことのある大きな夢があったのだ。これからその夢をヘンリー伯に話し、それを実現できるかもしれない。通ってくる道から見た風景はほぼ理想的だった。彼の胸は期待に膨らんだ。

召使いに案内されるまでもなく、ヘンリー伯は広いエントランスホールまで出てきていた。伯の金髪は年相応に白髪が交じり、きれいに整えられた顔の下半分を覆うひげにも白髪が交じっていたが、鋭い灰青色の眼には今も力があった。その眼は笑うとまるでいたずらっ子のようになる。格式ばった挨拶をしご無沙汰をしていたお詫びを述べるアーサーに大きくうなずいた後に伯は笑み崩れ、力強いハグをして長旅をねぎらった。夕食の前に少し休んではどうかという提案を受け入れ、荷物を運ぶ召使の後についてアーサーはあてがわれた2階の南側の部屋に入った。これからしばらくの間、どれくらいになるかはわからないが、ここがアーサーの部屋になる。彼は荷物を開け少しくだけた感じの服に着替え、礼服を吊るし必要なものをあれこれと考えながら置く場所を決めて置いた。足りないものがあれば召使に頼めばいい。

夕食は大変おいしかった。料理に舌鼓を打ちワインを重ねながらヘンリー伯に聞かれるがままにハンガリーの情勢、そこでアーサーが手がけた仕事の話などをした。ヘンリー伯はイギリスの情勢や自分の家族のこと、領地で起こったおもしろおかしい話などを聞かせてくれた。家族の話になった時にアーサーの顔は一瞬曇った。妻のことを告げるのは手短かに済ませた。伯の元には手紙で伝えてあったのでそのことに関する話題はすっと終わった。

その後パーラーへと部屋を移し、これから二人がやろうとしている庭園の打ち合わせを始めることになった。ヘンリー伯はパイプをくゆらしながらアーサーにどんな庭を考えているのかと聞いてきた。アーサーはまず口頭で説明しはじめた。自分が考えていたこととここに来るまでに通ってきた風景に重ね合わせるように話をした。伯がお仕着せの召使の一人に声をかけると、すぐに紙と羽ペンとインクつぼを持って戻ってきた。アーサーは上着を脱ぎ、汚さないようにシャツの腕をまくってペンをインクつぼにつける。彼は話をしながら山の上から見たこの土地のだいたいの形、途中にあった古いギリシア様式の建物、この屋敷を記入した。そして庭園として使おうと思っている部分を別の紙に書いた。さらにもう一枚の紙を使ってすっと風船のような曲線のラインのみを記した。ラインのみを描き込んだ紙をテーブルの上に置いてある庭園予定を書き込んだの紙の上に数センチ浮かせるように重ねて持ち、ヘンリー伯の方を見て静かに言った。

「こんな風に空中庭園を作りたいのです。」

ヘンリー伯は一瞬考えた。そしてアーサーの意図を察すると喜びのあまり叫んだ。なんとおもしろいことを考える男なのであろう。それならば現在ある屋敷の中庭の庭園の景観を乱すことなく、その先の遺跡まで続けることができる。庭園を立体的に見るなど考えたこともなかった伯はまだ見ぬその景色に熱中した。その庭園から海は見えるだろうか、あちらの林はどういう風に見えるのか。その夜ふたりは眠くなることもなく遅くまで熱心に新しい庭園の話をした。人間が空中を歩く。それだけでヘンリー伯の頭の中はいっぱいになった。アーサーの手によって次々と幾枚もの紙に描かれるスケッチは今後十数年における大工事、ふたりの夢の始まりだった。

翌日からアーサーは図面を引きはじめた。まずは基礎になる土台、そして強度を充分に保ちつつ武骨になりすぎないように意匠を凝らした柱や欄干。どんな細部に至るまで決して妥協はしなかった。ヘンリー伯は資金のことは考えなくてもよいと言ってくれた。その図面はアーサーの部屋にはおさまりきらず、隣の部屋を仕事部屋として与えらることになった。隣の部屋と言ってもこの建物は一つの部屋にひとつづつ専用の階段がついている。寝室から仕事部屋へ、仕事部屋から寝室へ階段を図面を持って上り下りするアーサーの姿は朝晩見かけられた。ヘンリー伯は土地の測量を命じ、さらに必要最小限の木を森から切り出すための人を集めた。たくさんの石材が運び込まれた。これは海に面していて比較的平らなこの場所では比較的容易なことであった。石材はイタリアから海を渡って届けられた。

この話はあっという間に街に広がり、腕に覚えのある職人たちが噂を聞いて集まってきたため、工事はアーサーが思っていたより早いペースで進められた。もちろん途中で計画変更を余儀なくされることもあった。それに対してアーサーは即座に新しい図面を引きなおして対応した。一番の難関は空中庭園を設置するにはかなりの深さの基礎を打たなければならないことだった。大勢の人が歩いても安全であることを第一に考えて、ひとつひとつの問題を解決していった。

ヘンリー伯が友人を招いて狩猟会やパーティを開くときにはアーサーも同席した。たいていの人はみな一様にこの庭園の話を聞きたがった。そして彼らが持っているさまざまなコネクションや情報を提供すること、ちょっとした資金を提供とすることをを喜びとしているようだった。中には保守的な人物もいて、そんなものに大金をかけるなどバカらしいと思う向きもあったようだ。特にヘンリー伯爵夫人の叔父であるアーチボルト侯爵はその話題になると屋敷に近づかないようになってしまった。これはヘンリー伯とアーサーを大変悲しませたできごとだった。

天気のいい気持ちのいい日にはふたりは仕事を離れてアーサーの2頭立ての軽バギーで、または馬に乗って、時折は歩きながら庭園予定地を散策した。ヘンリー伯はそういう時にはいつも上機嫌だった。散策の途中でその場所から見えるであろう景色をアーサーに質問し、それを想像するのはとても楽しかったのだ。答えるアーサーの頭の中にはすでに完成した庭園が見えていたので、まるでもう出来上がっているように正確にその情景を伯に伝えた。ヘンリー伯の興味は尽きることがなかった。よっぽどの用事がない限り、伯はこのマナーハウスに留まっていた。

庭園の工事は少しづつ進んできたが、アーサーはどんなに懇願されようとヘンリー伯を工事中の空中庭園には登ることを拒んだ。伯もそれには納得はしてくれていたようだがもちろん伯がアーサーの眼の届かないところでこっそりと登っているのには気がついていた。過去にたくさんの戦をくぐり抜けてきたヘンリー伯には危険なことと自分の身を守るすべは身につけていると信頼していたからだ。伯も決して危ないことはしなかった。この庭園ができあがるまでは自分の命を守らなくてはならない。

■1632年7月

ついにヘンリー伯とアーサーの「空中庭園」は完成した。ヘンリー伯の紋章であるライオンを支柱に配したその歩道からは、美しく輝く海が見えた。時には遠くを帆走する船も見ることができた。その日、ふたりは召使に運ばせたワインと簡単な食事を空中庭園の上で食した。ふたりともが生きてこの風景を見ることができたことを祝福して乾杯をした。その風景はアーサーが思い描いていたより数倍も美しかった。彼は自分の成し遂げた仕事に心の底から満足をした。

もちろんその後、この庭園を見るために遠くから大勢のお客がやってきたことは言うまでもない。皆一様に感心し、その功績を讃えた。この空中庭園はその時代を代表する庭園となった。アーサーの名声は以前以上に高まった。世界中のあちこちから仕事のオファーが舞い込んだ。だが彼はこの庭園を最後に新しい建築物を設計することはなかった。それは彼の夢であるだけではなく、妻のマルグリッドの夢でもあったからだ。アーサーはこの空中庭園に今までの自分の技術のすべてを注ぎ込んだ。ヘンリー伯なくては実現しなかった夢。伯の強い要望もあり、彼は最期までこのマナーハウスに留まった。

それからのことは言うまでもあるまい。この空中庭園は17世紀の最高傑作としてこの場所で生き続けた。






text shinob








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