シナリオイメージ1-3
一足先に店の外に出ていた女の子に、袋から取り出したパンを渡す。
「礼をいっておくぞ。おぬし、なかなかにいい男だのう」
そう言っている割には、なぜかずっとパンを見つめている。いい男の価値はどうやら100円以下らしい。
パンに目がいっているうちに、このまま退散すべきだろう。
そっと帰ろうとする俺のコートの裾を、ハシッと小さな手がつかむ。
「おお、いかんいかん。大事なことを忘れておった」
まだなにかあるのか? うんざりしながら女の子のほうを見ると、その手には一枚の写真が握られていた。
「おぬし、この者に心当たりはないかの?」
一人の青年が映っていた。俺とそう年は離れていないだろう。しかしその顔立ちには強い意志が感じられた。
「あれ……この顔どこかで?」
どこかで見た気がする。しかもつい最近だったような。
「なに、本当か?! 一体どこだ? どこでみたのだ?」
すごい剣幕で屈んだ俺の襟首をつかみ、まくし立てる。
「げほっ……見た気がするだけだ。ただの勘違いかもしれない」
「すまん、つい取り乱してしまった。どんなことでもよいのだ。知ってることがあったら教えてほしい」
俺の襟首をゆっくりと離す。女の子の目つきが急に力のこもったものへと変わる。
年端もいかない子がこんな目をするとは、どんな深い事情があるのだろうか……。
「一体お前は……」
俺の返事に応えるように、女の子は姿勢を正し俺に向き直る。
「申し遅れたな。わらわは闇小路宮磨。そしてこの者は勇磨……」
長い間……。そしてなにかに耐えるように、ゆっくりとその口を開く。
「1年前に失踪した、わらわの兄よ」
1年前に失踪した兄をいまだ捜している。この子……宮磨はどれだけの苦労を重ねてきたのか。
その絆の深さは兄弟もいない俺には、到底理解できないほどのものなのだろう。
「すまん……。今の俺には力になれる情報は持ち合わせていない」
それだけに力になれないのが悔しくて仕方がなかった。
「よい。その気持ちだけで十分だ。世話になったな」
にこりと笑い、この話はここまでだといわんばかりに歩き始める。しかしなにを思ったかくるりと反転し、俺に向き直る。
「そうだ、おぬしの名前を聞いておらんかったな。教えてくれんか?」
「常仁真友……真友だ」
「真友……真友か。おぬしに似合う、よい名だな」
いままで名前のことを褒められたことなどなかった俺には、なんだかくすぐったかった。
宮磨は微笑むとすたすたと俺の前を歩いていく。どうやら帰り道は同じ方向のようだ。俺は追いつき横に並ぶ。
「なんだ、真友もこちらのほうか? よほど縁があるとみえるのう」
縁。あの白い髪の子との出会いも、なにかの縁なのだろうか。
「おい、真友。前から気になっていたが、あれはなんなのだ?」
ここにいないあの子のことをぼうっと考えていたところを、宮磨に引き戻される。
「ん? なにって、ゲーセンのことか?」
「げえせん? げえせんとはなんだ?」
ゲーセンを知らないのだろうか。確かに身なりはどこかのお嬢様のようにも見えるが……。
「ゲームセンターだ。知らないのか?」
その言葉に急に目をキラキラさせ始める。
「おお! これがげえむせんたーか! 知っておるぞ。田舎者だと思って馬鹿にするでない」
ふふんと鼻を鳴らし、得意そうに胸をはる。
「ぬいぐるみを吊し首にしたり、向かい合いの席の者が血まみれの戦いを繰り広げる場所であろう。それぐらい知っておるわ」
「いや、まあ違くはないんだが、かなり間違った解釈をしているぞ……」
「なにをいうか。ほれみろ!」
宮磨の指さした方向には、対戦台に座った一人の女の子の姿があった。年は俺と同じくらいだろうか。
「あの子が……どうしたんだ?」
どうみても格闘ゲーム素人だ。コンボをまったく知らないのだろう。まったく技がつながらずCPU相手に苦戦している。
「あの飢えた顔つきをみよ! あれは今にも相手を喰らう野獣そのものよ。ああして獲物がくるのを待っておるのよ」
「いや、普通に遊んでいる女の子にしかみえん……」
むしろ血まみれにさせられてるのはあの子のほうだ。どんどん女の子のキャラのゲージが減っていく。
「むう、まだいうか。そこまでいうなら本人に聞いてみようではないか」
「お、おい……」
俺が制止するの無視し、女の子のもとへとつかつかと進んでいく。
「のう、お姉さん。お姉さんは戦う相手を待っておるのだろう?」
いや、どうみてもCPU相手で精一杯だろう。
「ああ、そうだ。しかし強すぎるのも困りもんでね。戦う相手がめっきりいなくなっちまった」
対戦台を見据えたままそう答える。確かに対戦席には誰もいないが、それは下手すぎるから誰も座らないだけだろう。
「ほれ、みよ。やはりわらわのいった通りではないか」
『GAME OVER』
ついに女の子の操るキャラのゲージが尽き、画面中央に敗北を印す血色の文字が現れる。
「ああ、負けちまった。なあ、50円貸してくれないか?」
はやくはやくと急かす指の動きで、俺のほうへと腕を伸ばしてきた。
「なんで俺が……」
「妹にたかるわけにいかねえだろ。ここは兄ちゃんが気前のいいとこ見せてやれよ」
宮磨がじっと俺のほうをみつめる。今どんな気持ちで俺をみているのだろう。
「ほらよ」
兄がいない今、俺がこの一時だけでも兄代わりできるというのならばそれもいいと思った。
「ひゅー。いい兄ちゃんだな。ありがとよ」
そういい残し、女の子は再びゲームを開始した。
「真友……」
「いや、100円のパンもまけようとする奴に払わせるわけにもいかないだろう……」
「ふふ、そうか。ではいくかの」
その微笑みはなんに対するものだったのか。俺を待つかのようにゆっくりと歩き始める。
「おっ、お帰りか? 兄ちゃん、ちゃんと守ってやりな」
女の子のほうをみれば、先ほどの苦戦が嘘のようにCPUを圧倒していた。
これもひとつの縁なのだろうか……。
「礼をいっておくぞ。おぬし、なかなかにいい男だのう」
そう言っている割には、なぜかずっとパンを見つめている。いい男の価値はどうやら100円以下らしい。
パンに目がいっているうちに、このまま退散すべきだろう。
そっと帰ろうとする俺のコートの裾を、ハシッと小さな手がつかむ。
「おお、いかんいかん。大事なことを忘れておった」
まだなにかあるのか? うんざりしながら女の子のほうを見ると、その手には一枚の写真が握られていた。
「おぬし、この者に心当たりはないかの?」
一人の青年が映っていた。俺とそう年は離れていないだろう。しかしその顔立ちには強い意志が感じられた。
「あれ……この顔どこかで?」
どこかで見た気がする。しかもつい最近だったような。
「なに、本当か?! 一体どこだ? どこでみたのだ?」
すごい剣幕で屈んだ俺の襟首をつかみ、まくし立てる。
「げほっ……見た気がするだけだ。ただの勘違いかもしれない」
「すまん、つい取り乱してしまった。どんなことでもよいのだ。知ってることがあったら教えてほしい」
俺の襟首をゆっくりと離す。女の子の目つきが急に力のこもったものへと変わる。
年端もいかない子がこんな目をするとは、どんな深い事情があるのだろうか……。
「一体お前は……」
俺の返事に応えるように、女の子は姿勢を正し俺に向き直る。
「申し遅れたな。わらわは闇小路宮磨。そしてこの者は勇磨……」
長い間……。そしてなにかに耐えるように、ゆっくりとその口を開く。
「1年前に失踪した、わらわの兄よ」
1年前に失踪した兄をいまだ捜している。この子……宮磨はどれだけの苦労を重ねてきたのか。
その絆の深さは兄弟もいない俺には、到底理解できないほどのものなのだろう。
「すまん……。今の俺には力になれる情報は持ち合わせていない」
それだけに力になれないのが悔しくて仕方がなかった。
「よい。その気持ちだけで十分だ。世話になったな」
にこりと笑い、この話はここまでだといわんばかりに歩き始める。しかしなにを思ったかくるりと反転し、俺に向き直る。
「そうだ、おぬしの名前を聞いておらんかったな。教えてくれんか?」
「常仁真友……真友だ」
「真友……真友か。おぬしに似合う、よい名だな」
いままで名前のことを褒められたことなどなかった俺には、なんだかくすぐったかった。
宮磨は微笑むとすたすたと俺の前を歩いていく。どうやら帰り道は同じ方向のようだ。俺は追いつき横に並ぶ。
「なんだ、真友もこちらのほうか? よほど縁があるとみえるのう」
縁。あの白い髪の子との出会いも、なにかの縁なのだろうか。
「おい、真友。前から気になっていたが、あれはなんなのだ?」
ここにいないあの子のことをぼうっと考えていたところを、宮磨に引き戻される。
「ん? なにって、ゲーセンのことか?」
「げえせん? げえせんとはなんだ?」
ゲーセンを知らないのだろうか。確かに身なりはどこかのお嬢様のようにも見えるが……。
「ゲームセンターだ。知らないのか?」
その言葉に急に目をキラキラさせ始める。
「おお! これがげえむせんたーか! 知っておるぞ。田舎者だと思って馬鹿にするでない」
ふふんと鼻を鳴らし、得意そうに胸をはる。
「ぬいぐるみを吊し首にしたり、向かい合いの席の者が血まみれの戦いを繰り広げる場所であろう。それぐらい知っておるわ」
「いや、まあ違くはないんだが、かなり間違った解釈をしているぞ……」
「なにをいうか。ほれみろ!」
宮磨の指さした方向には、対戦台に座った一人の女の子の姿があった。年は俺と同じくらいだろうか。
「あの子が……どうしたんだ?」
どうみても格闘ゲーム素人だ。コンボをまったく知らないのだろう。まったく技がつながらずCPU相手に苦戦している。
「あの飢えた顔つきをみよ! あれは今にも相手を喰らう野獣そのものよ。ああして獲物がくるのを待っておるのよ」
「いや、普通に遊んでいる女の子にしかみえん……」
むしろ血まみれにさせられてるのはあの子のほうだ。どんどん女の子のキャラのゲージが減っていく。
「むう、まだいうか。そこまでいうなら本人に聞いてみようではないか」
「お、おい……」
俺が制止するの無視し、女の子のもとへとつかつかと進んでいく。
「のう、お姉さん。お姉さんは戦う相手を待っておるのだろう?」
いや、どうみてもCPU相手で精一杯だろう。
「ああ、そうだ。しかし強すぎるのも困りもんでね。戦う相手がめっきりいなくなっちまった」
対戦台を見据えたままそう答える。確かに対戦席には誰もいないが、それは下手すぎるから誰も座らないだけだろう。
「ほれ、みよ。やはりわらわのいった通りではないか」
『GAME OVER』
ついに女の子の操るキャラのゲージが尽き、画面中央に敗北を印す血色の文字が現れる。
「ああ、負けちまった。なあ、50円貸してくれないか?」
はやくはやくと急かす指の動きで、俺のほうへと腕を伸ばしてきた。
「なんで俺が……」
「妹にたかるわけにいかねえだろ。ここは兄ちゃんが気前のいいとこ見せてやれよ」
宮磨がじっと俺のほうをみつめる。今どんな気持ちで俺をみているのだろう。
「ほらよ」
兄がいない今、俺がこの一時だけでも兄代わりできるというのならばそれもいいと思った。
「ひゅー。いい兄ちゃんだな。ありがとよ」
そういい残し、女の子は再びゲームを開始した。
「真友……」
「いや、100円のパンもまけようとする奴に払わせるわけにもいかないだろう……」
「ふふ、そうか。ではいくかの」
その微笑みはなんに対するものだったのか。俺を待つかのようにゆっくりと歩き始める。
「おっ、お帰りか? 兄ちゃん、ちゃんと守ってやりな」
女の子のほうをみれば、先ほどの苦戦が嘘のようにCPUを圧倒していた。
これもひとつの縁なのだろうか……。