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一村陳述書提出と、桂バッシングに至る経緯

2006年4月9日付で、前豊中市議の一村和幸さん(当時は市議)による一村陳述書が大阪地方裁判所に提出され、一村前市議のHPにも掲載された。

一村さんのHPには、「この裁判では、一村も陳述書を提出しています。「頑張っている人達をだまして、このような雇止めを行った豊中市のやり方は許せない」という思いで、桂館長から聞いた内容をそのまま陳述書として出しました。三井さんばかりか、桂館長や評議員にまで嘘をついて三井さんはずしを画策した豊中市。このような豊中市のあり方は許せません。皆で追及したいと思います。」と書かれている。

一村陳述書は提出以降、桂さん証人許可の重要性をしめす、非常に重要な陳述書であるとして、会の中で扱われた。
「桂さんさえ証言すればすべて真実が明らかになる」といった意見がMLに多く登場し、ブログにも、この陳述書についての投稿が多数掲載された。原告自らも、この陳述書が重要であるという発言を繰り返した。そして、桂さん、一色前市長を証人として認めさせようというハガキキャンペーンを2006年10月に会は開始した。


2007年2月に桂さんが法廷で証言をし、それ以降、ファイトバックの会のML、ブログにおける桂さんへのバッシングが展開されていった。

秘密録音に基づいていた一村陳述書

2005年11月1日、当時豊中市議であった一村さんは、すてっぷを訪れ桂さんと会話をし、それを秘密で録音した。(録音許可がなかったこと、録音の存在を知らされなかったことについては、桂さんに確認済み。録音ファイルでは、桂さんに挨拶をする前から録音が開始され、会話が終わるまで録音されているが、その中でも録音許可はとってはいないのが明らかである。)

録音ファイルは原告に渡され、11月2日(対談の翌日)原告から録音ファイルのデータが開かないということで、データ変換の依頼をあるファイトバックの会会員が受けた。その人が原告からテープ起こしを依頼され、テープおこしをし、文書ファイルを原告に渡した。そのテープおこし文書は、陳述書の元ファイルになっていたことが、wordのプロパティ概要機能からわかった。(一村陳述書は、ウェブ掲載前の段階で世話人用のMLで流されており、もともとはワード文書だった。)また、原告がそのファイルを編集し陳述書の作成に関わった形跡も、世話人用MLに流された一村陳述書のワードファイル「一村和幸市議陳述書5.doc」のプロパティに残っている。

陳述書の提出に関して、一村さんから桂さんに連絡はなく(桂さんに確認ずみ)、陳述書は桂さんへの断りがないままに提出された。

内容の改ざん

録音、およびテープ起こし文書と、一村陳述書を比較すると、テープ起こしを陳述書に編集していく上で微妙ではあるが、意味が変わってくる種類の改変が加えられていることがわかる。録音、およびテープ起こしのデータがあり、それをもとに陳述書が書かれたことから、記憶が薄れたのでもともとの会話と違う記述になったなどの理由は通用しない。

改変の内容の主なポイント
(詳細については後にアップ予定の、一村陳述書と録音ファイルテープ起こしの対照表、および会話における桂さん発言のテープ起こし原文を参照。原文はアップされ次第リンク予定。)

  1. 特定の文章を削除することで、発言の意味合い、コンテクストが変えられているケースがある。また、発言のコンテクストを度外視し、原告の主張に有利となるような特定の文章だけを抜き出し陳述書に書き出している。
  2. 本来はいっていない単語を加えたり、本来使われていた単語と別の単語を使ったりしている箇所がある。
  3. 館長職/事務局長職が、桂さんの個人の能力的に荷が重すぎるという表現に書き換えることで、この仕事に桂さんがむいていないと自ら感じていたという印象を与える。
  4. 豊中市と桂さんが、採用前から綿密に打ち合わせていたという印象を与える。(例:市との打ち合わせ、という部分に、本来使われていない「採用前に」という表現を加えている)
  5. 桂さんは原告に話したこと、ここで話した内容以上のことは知らないと何度ものべているにもかかわらず、そういった部分は大部分を削除している。
  6. 原告と協力したい、協力してきたと桂さんが述べているが、その部分も削除している。
  7. 桂さんが非常勤の待遇格差問題について言及している部分を削除している。


何が問題か

「一村陳述書には不正確な点がある」という被告側の主張がまったく外れているとはいえない状況である。

法廷の場で、録音やテープ起こしの存在を知らなかった桂さんは、曖昧な記憶に基づいて、細かい事項を確認する術がないままに、陳述書の内容が正しいと言わざるを得ない状況になった。

桂さんがここまで原告への協力の姿勢をはっきり述べていることを原告がこの録音やテープ起こしファイルを入手し、知っていたにもかかわらず、会は桂さんに証人として出るように、協力するよう依頼する手紙を送った。この手紙は、「原告側弁護団からの連絡に対し、桂さんが答えない」といった趣旨のことを原告が世話人に伝えた結果送ることになったものだ。しかしながら、桂さんに原告側弁護団から連絡があったという事実はなかった。そして、桂さん証言後には、原告がブログに桂さんへの誹謗中傷投稿をアップしていった。

一村陳述書が桂さん証言への異様な期待を高めた側面がある。(桂さんはこれ以上のことは知らない、と一村さんに語った部分は、陳述書では削除されている。)そして、それが桂さん証言後のバッシングにつながっていった可能性がある。

一村陳述書はもともとの会話(録音されていたもの)とは異なり、桂さんの個人の能力が館長職/事務局長職にふさわしくないという印象を与える面があり、問題である。このような裁判のやり方、証拠のとり方や提出の仕方には、倫理的に問題があるのではないか。

2008年9月、一村さんにある会員がこの件に関する問い合わせメールを二度送ったが、返事はないままである。