dunpoo @Wiki 自己啓発反省日記09年7月下

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7月16日(木)
温暖化の啓発パンフレットの推敲をする。こういうのは時間を忘れて没頭できる。

遙、小学校のクラスでお別れパーティをやってもらう。

持って帰って来た寄せ書きを見と、「遙のおもしろい話聞けなくなると残念」ってたくさんの子が書いてある。人気者だったんだな。
今の学校、遙はほんとうに毎日楽しそうに行ってたから、転校させなきゃならないのは残念だ。

中国思想をもっと勉強しようと、ある新書本を手にとった。先日読んだ『人生に奇跡を起こすノート術』に従って、本格的に読む前に目次を読んで、そのテーマについて自分が知っていることをマインドマップで整理する、ということをやってみた(そうすると読書意欲がまして、学ぶことのポイントもさだまるということだから)。その結果、僕はこの本に書かれていることはおそらくほとんど知っているだろうことがわかり、読む気がなくなってしまい、その本を

本棚に戻してしまった

のだった。ええんかな、これで?

コーヒー断ちをしてから一週間

である。えらいもんで、もう朝の一杯も、食後の一杯も、昼下がりの一杯も、欲しいと思わなくなった。長年の習慣だったのになあ。
調子は上々だ。酒は相変わらず晩酌しているのだが、夜中にトイレに立たなくなったのは、コーヒーをやめたせいではないかと思っている。

髪の毛伸びろ、伸びろ

と、せっせとワカメやヒジキをたべている。
毎日純せっけんで洗って酢でリンスし、シャワーで刺激を与え、整髪料はつけないで水だけで整えるようにしている。なんか風呂の排水口ににたまる抜け毛が少なくなったような気がするのだが・・・。

目の体操

も続けている。リズミカル・ブリンキングというそうだが、瞬きを連続的にする体操、最初はなかなかうまくできなかった。そういえば、瞬きすることが少なくなっていたように思う。瞬きする目の回りの筋肉がたぶん固くなっていたんだろうな。一週間続けて、いくらかスムーズにできるようになってきた。
でも今日は仕事で根をつめ、途中で休憩するの忘れたので、目が疲れた。

7月18日(土)
何も用事のない土曜日。
遙は今日から夏休み。朝、ラジオ体操に出て行った。
カミさんは昼から仕事で、夕方、遙は、カミさんが仕事終わる時刻に梅田で待ち合わせることにして出ていった。

新居では、リビングでも書斎でもパソコンをやりたいので、

無線LAN

にする予定。そのためのルーターが昨日届いたので、今の家で使ってみる。見事につながった。それでいまリビングでネットをやっている。便利なもんやねえ。

昨日母から、

「後期高齢者の保険料なんでこんなに高いん!?

まちごてるんちがう?」って電話がかかってきたので、母の家に行くが、留守。総選挙だっていうので、走り回り始めたんかな?

ブックオフに寄る。カミさんがいたら「引っ越すていうのに」と怒られるのだが、12冊買う。いずれも105円。もう和歌山のブックオフにもめったに寄ることがなくなりそうだな。お世話になりました。

●涙の島希望の島―ネグロスの人々とある神父の物語[朝日新聞社]
ニアール・オブライエン......搾取と独裁に抵抗する宗教者の自著だ。500ページ以上ある大冊でいつ読めるかわからんが、これは掘り出し物と思う。
●なんでやねん [第三書館] 辻元清美......僕は辻元にはほんとに期待してる。あの事件(秘書給与流用で辞任した事件)はほんまに気の毒やったが、あれを克服したおかげで辻元は何倍も強く賢くなれたんやないやろか。
●天皇家の人々―皇室のすべてがわかる本 (角川文庫)神一行......とりあえず天皇ものということで。あんまり期待してないが。
●メディアの権力(1)~(3) [サイマル出版会]デイビット・ハルバースタム......このタイトルじゃあ全何巻なのかわからんがあ。どうやら全3巻らしいが、それなら「上・中・下」としてもらいたい。これも浩瀚なのでいつ読めるかわからんが。

どうして西洋人てのは、書くものが長いのか。

気質と体力の違いかなあ。
●DNAの謎に挑む―遺伝子探究の一世紀 (朝日選書) 渡辺政隆
●仏教は心の科学 (宝島社文庫)アルボムッレ・スマナサーラ
●田中角栄・真紀子の「税金逃走」 (講談社文庫) 立石勝規
●女たちの数え歌―奄美の原爆乙女 (中公文庫) by 上坂冬子
●小論文の書き方 (文春新書)猪瀬直樹
●憲法と天皇制 (岩波新書) 横田耕一

午前中、

郡司篤孝『なにを食べたらいいか』

Ⅰ・Ⅱ(三一新書)を読む。20年以上前の本だから事態はましになっているとは思うのだが、それでも怖いなあ、加工食品。続いて

『食卓の化学毒物事典』

(同)をとばし読みして、冷蔵庫の中の加工食品の成分表示を見てみた。でもムダだった。「乳化剤」「香料」「調味料」とか書いてあるだけで、それに使われている物質名は書かれていないからチェックできない。今の法律ではそれでいいのだそうだ。だから、とにかくそんな混ぜものがいっさいない製品が望ましい。
かといって、原材料として使われているもの(肉・野菜・果物)などに残留農薬があったとしてもやはりそれはチェックできない。だから、安心とまではいかないにしても国産品がいい、ということになる。

夜も一人の部屋で読書三昧。
ちょっと中国や日本の思想は休憩して、西洋思想モノが読みたいなと本棚を物色して

落合仁司『〈神〉の証明―なぜ宗教は成り立つのか』

(講談社現代新書)を読むことにする。例の「マインドマップ読書法」にもとづいてまず目次読み。ふむふむなるほどこれはおもしろそうじゃわい、と思って、「速射マップ」を書くの忘れて、いきなり最終章を読み始めてぐいっと引き込まれ、はじめから精読を始め、一気に読了してしまった。
神(宗教的絶対者のことで、キリスト教の神もイスラムの神も、仏も含む)とは「無限」ということである、として、数学の集合論を用いて、宗教でよく言われる一即多が論理的に完全に成り立つということを説明し、多神教と一神教の論争は無意味であるとする。そして、無限である神が、有限であるこの世界に「人として」降り立つ(イエスのように)ことと、人が神に成る(ブッダのように)ということも、両方とも論理的には可能であるとする。
結論として、「多一自己超越神」こそが普遍的な宗教たり得ると喝破する。西洋キリスト教は、神と人間が隔絶しすぎたために、そして仏教は神(この場合は仏)と人間が近づきすぎたために、世俗化の波に抗しきれず活力を失ったが、イスラム教と東方キリスト教はこの「自己超越」の神観を保持しているがために世俗化を免れいまだに活力を持っているのだという。
僕自身完全に理解したという自信はないが、非常にスリリングな論考であった。