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◎平和をつくるための本棚

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人道に対する罪

[著]前田朗
[掲載]2009年6月28日
[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)
 自らの主張を前面に出しながら、「人道に対する罪」の歴史的解釈とその流れ、そして現在の国際刑事裁判所を軸にしての法的な枠組み、民衆法廷の果たすべき役割などを論じている。

 著者によると、「人道に対する罪と呼ぶべき犯罪には数百年の歴史がある」と言い、しかし「長い間、人道に対する罪の責任を追及するための条約は存在しなかった」そうだ。ニュルンベルク裁判ではまだ一面的で、その定義は旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所の規程によって具体的に限定されたという。二十一世紀に入ってやっと要件が固まったことになる。

 人類史において、人道への罪やジェノサイドは、ホロコーストや南京大虐殺、ヒロシマ・ナガサキなど幾つもあり、これらは「比較不能な悲劇」だからこそ、被害実態を抉(えぐ)りだし、真摯(しんし)に向き合うことが必要とも説く。その点での日本社会の甘さも平易に指摘している。
URL:http://book.asahi.com/review/TKY200906300088.html

「戦争体験」の戦後史―世代・教養・イデオロギー

[著]福間良明[掲載]2009年5月31日
[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)
 一九四九年に刊行された『きけわだつみのこえ』をタテ軸にして、戦争体験継承の知的作業がどのような意味をもったかを分析した書である。

 『きけわだつみのこえ』を編んだ日本戦没学生記念会のメンバーたち、この組織とは別に戦争体験継承を語った論者たち、そこには旧制高校の内省的教養主義から現代青年の傍観者然とした姿まで幾様もの像がある。著者のキーワードは「断絶」にあり、戦後のそれぞれの時代にどういう断絶があったかを問い、そのことによって戦争体験の力点がどこに置かれてきたかを具体的に検証している。

日本戦没学生記念会からなぜ戦場体験者が離れていったか。あるいは無実の罪で処刑されたBC級戦犯木村久夫の遺稿(『きけわだつみのこえ』に収録)がなぜ一部の知識人によって曲解されているか、などもより深く検証すべきだろう。語ることのできない戦死者、沈黙を守る戦場体験者の声が本書の行間には詰まっているからである。
出版社:中央公論新社  価格:¥ 882
URL:http://book.asahi.com/review/TKY200906020092.html

「植民地責任」論 脱植民地化の比較史

[編]永原陽子[掲載]2009年5月31日
[評者]南塚信吾(法政大学教授・国際関係史)
90年代以来、奴隷貿易、奴隷制、植民地主義、先住民問題、人種主義などの責任を問い、謝罪や補償を求める動きは世界各地で進んでいたのだ。ドイツでの戦争犯罪、アメリカでの「黒人への補償」などをめぐって。その間にジェノサイドの研究の広がりもあった。それらが、人道に対する罪の概念の適用によって、植民国の「責任」を問う方向へと発展した。

 本書は、これを、これまでの「戦争責任」とも「植民地支配責任」とも異なる「植民地責任」という概念として規定する。戦争という異常事態のもとでの虐殺や虐待、植民地支配に伴う制度的暴力とは異なって、植民地征服と支配の全体に伴う責任を指すのである。

 2001年以後、世界各地で植民地責任を問う被害者の運動が展開している。ナミビア、ジンバブエ、スペイン、ハイチ、ケニア、台湾などで。やがて日本の植民地責任がもっと深刻に問われるに違いない。

 編者の狙いが比較的よく貫徹した小気味よい論集であり、近代以後の世界史全体の見直しを提起する重要な本である。
出版社:青木書店  価格:¥ 5,040
URL:http://book.asahi.com/review/TKY200906020088.html

同盟の静かなる危機 [著]ケント・E・カルダー/米中激突―戦略的地政学で読み解く21世紀世界情勢 [著]フランソワ・ラファルグ [掲載]2009年2月22日

[評者]天児慧(早稲田大学教授・現代アジア論)
 カルダーによるなら、日米同盟の基礎を築いたのはダレスの時代だった。その特徴は(1)日米の緊密な軍事同盟(2)日本への米国市場の開放(3)中国孤立戦略に要約される。1960年の日米安保条約改定の危機を経て、61~66年ライシャワー大使の時代に、日米同盟は特に文化、社会、経済領域など幅広い関係を強化し発展した。その後、ベトナム戦争時の反米感情、米中接近・頭越し外交、日中国交正常化など関係はぎくしゃくしたが、77~89年のマンスフィールド大使時代に日米同盟は再強化された。しかし今日、日米同盟は危機に陥っている。要因としては、(1)政治対話枠組みや経済相互依存の弱体化、政策ネットワークの先細り(2)グローバリゼーションによる日本優遇の領域の縮小(3)中国、インドなどの台頭で日本を超える「バイパス現象」の発生を指摘している。もっとも軍事力面での日米同盟は強化している。中東石油に依存している日本は米国の太平洋シーレーン戦略を支えざるをえない。カルダーは「同盟の自己資本」を増大させ、かつてマンスフィールドが「例外なく世界で最も重要な関係」と呼んだ日米パートナーシップを強化し、グローバルパートナーにしていくことこそ、世界にとって重要であると言いきる。

 ラファルグの著書は、中国の経済力、軍事力、政治力の急速な増大を分析し、人口と経済成長から見て石油・天然ガスなどのエネルギー資源を求めて、中国がユーラシア大陸、アフリカ、アンデス山脈など世界的に戦略を展開するのは必然だとみる。もちろんエネルギー獲得競争の主役は米国である。米国は冷戦後中央アジアと中東において、軍事的なコミットと同時にグルジア、ウズベキスタンなどのGUUAMグループなどを介して影響力の拡大を図ってきた。これに対して中国も上海協力機構を設置し、05年の同機構サミットで中央アジアに駐留する米国軍の撤退要請声明を出すことに成功した。本書ではエネルギー争奪のアクターとして他にロシア、インドが登場するが、日本はまったく登場しない。
出版社:ウェッジ  価格:¥ 2,520
出版社:作品社  価格:¥ 2,520
URL:http://book.asahi.com/review/TKY200902240090.html

歴史和解と泰緬(たいめん)鉄道 [著]ジャック・チョーカー[掲載]2009年3月1日

[評者]多賀幹子(フリージャーナリスト)
 著者はイギリス人画家。第2次世界大戦でアジア戦線に従軍し日本軍の捕虜となり、収容所で3年半を過ごした。彼が命がけで描いた100点超のカラー画と走り書きした手記が本書の中心だ。緻密(ちみつ)で優美な記録画は、芸術性と史料的価値で高く評価されている。なお和解研究などの専門家、小菅信子、朴裕河、根本敬による鼎談(ていだん)も示唆に富む。

 映画「戦場にかける橋」で知られる泰緬鉄道とは、日本軍がタイとビルマ(現ミャンマー)を結ぶために強行敷設した全長415キロの鉄道。熱帯病、栄養不良、過酷な労働、日常的な暴力の中、「枕木ひとつに人ひとり」の命を犠牲にして完成した。

 ただ捕虜たちは監視兵に愉快なあだ名をつけ、赤痢患者の便通回数で賭けを行う。想像を絶する状況下でなお笑いを忘れない強靱(きょうじん)な精神力には圧倒される。まれにいた理知的で親切な日本兵にも触れるなど、フェアな姿勢も健在だ。

 母国に帰還した著者は90歳でなお現役として活躍中。「不愉快な真実を認め受け入れ、そこから学びとる勇気こそ理解し合う上で不可欠」と歴史知識の習得のみを日英和解条件として提示する。被害者側からの呼びかけに私たちはどう応えるか。読後感の重みは本書の持つ迫力ゆえだ。
出版社:朝日新聞出版  価格:¥ 1,575
URL:http://book.asahi.com/review/TKY200903030071.html

アメリカ後の世界 [著]ファリード・ザカリア[掲載]2009年3月1日

[評者]久保文明(東京大学教授・アメリカ政治)
 本書のテーマは「アメリカの凋落(ちょうらく)」ではなく、「アメリカ以外のすべての国の台頭」、とりわけ中国・インドの台頭である。「アメリカ後の世界」において、アメリカはまだ頂点に立つが、最大の挑戦も受ける。地球規模の権力シフトが起きているとの認識のもとで、アメリカはどのように対応するのかについて、良質で落ち着いた分析が展開される。

 著者はアメリカの経済より政治に対して批判的である。ブッシュ政権の傲慢(ごうまん)さも問題であるが、民主党の保護主義も嘆かわしく、テロに関しては民主党も共和党も国内向けの発言に終始している。ナノテクノロジーや高等教育でのアメリカの優位は依然圧倒的であるが、著者によれば、今後のアメリカの指導力を考える際に決定的に重要なのは、正当性の有無である。ただ一つ、それだけが近年のアメリカに欠けている。そもそもアメリカは力だけでなく、理念によって世界を変革してきた。再びそれを取り戻すことができるであろうか。

 中国がアメリカにとってもっとも手ごわい挑戦者となるのは、力の誇示をせず、節度ある穏やかな路線に終始した場合であると著者はみる。それに対して、世界最大の民主主義国であるインドは、中央政府が弱体であり、「社会」が「国家」より優位に立つ点でアメリカとよく似る。そしてインドほど親米的な国は他にない。これらは中国に欠けているインドの優位である。

 本書はインド生まれで、18歳でアメリカに留学した著者によるインド論としても、興味深い。著者のような知識人を自国の知的世界に迎え入れたアメリカの姿そのものが、アメリカの大きさを示唆しているのではなかろうか。
URL:http://book.asahi.com/review/TKY200903030087.html
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