dunpoo @Wiki ●靖国問題06Ⅳ

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0808 参拝是非から「あり方」論へ 「靖国」新展開 [朝日]

2006年08月08日09時17分
 靖国神社をめぐる自民党総裁選の論争が新たな展開を見せつつある。小泉首相や次の首相が参拝することの是非に加え、靖国神社のあり方をどう考えるかが焦点になってきた。麻生外相は非宗教法人化のうえで国会の場で慰霊対象を見直すことを提案し、谷垣財務相もA級戦犯分祀(ぶんし)に賛意を示す。政治がどこまで宗教にかかわるか、「靖国」とは何か。実現までの道のりは険しいが、先の戦争をどう総括するかという問いに広がる可能性がある。

■非宗教法人化焦点に

 麻生氏は8日付の朝日新聞の「私の視点」に投稿し、靖国神社に宗教法人としての任意解散を促したうえで立法措置により国立追悼施設とする段階移行論を提案した。現状では首相や閣僚が「無理に参ると、その行為自体が靖国を政治化し、再び本旨を損ねる悪循環を招く」とも指摘。この考えに基づく私案をすでに7月末までに同神社側と日本遺族会側に渡し、検討を提案したという。

 麻生氏はこうした見直しが実現するまでは参拝しない考えだ。谷垣財務相も当面は参拝を見送る考えを明言。同時に「A級戦犯合祀がのどに刺さったとげになっている」とし、「ボールは靖国神社にある」と神社側の対応を求めている。

 靖国神社側の自主的判断を促す点で麻生、谷垣両氏は共通するものの、麻生氏はさらにA級戦犯の合祀の見直しを含めて慰霊対象を国会の場で決めると提案している。国会審議を視野にした動きでは、安倍官房長官に近い中川秀直自民党政調会長も、靖国神社の国家管理を目指す法案の再提出に言及している。

 一方、安倍氏は7日の記者会見で「靖国神社の宗教性のあり方や祭神について、政府が見解を申し上げる事項ではない」と述べ、見直しそのものを否定した。対北朝鮮など外交路線では似通う2人だが、参拝の前提に神社のあり方の見直しを置く麻生氏と、事実関係は明言しないものの今年4月に参拝した安倍氏との違いがここにきて鮮明になった形だ。

 ただ、麻生、谷垣、安倍3氏とも小泉内閣の閣内におり、特に小泉首相が8月15日に参拝したような場合、どこまで論議が進むか。中川氏も、麻生氏の私案に対しては7日の講演で「非宗教法人化や分祀について持論を表明するのは結構だが、政府の一員のまま議論するのは、憲法の信教の自由との関係で避けるべきだ」と批判した。

■実現には高いハードル

 台頭し始めた靖国神社の見直し論だが、非宗教法人化やA級戦犯の扱い、さらには先の戦争をどう総括するのかというハードルが控えている。

 「非宗教法人化は三十数年前に議論されたが、宗教法人格を返上するとは考えにくい」。特定の宗教によらない国立追悼施設建設を主張する山崎拓・前自民党副総裁は7日の講演でそう語った。

 1960年代から70年代にかけ、自民党は靖国神社の申し出を前提に特殊法人に引き継ぎ、国の責任で「殉国者の英霊」を護持する靖国法案を5回提出。だが最終的には74年6月に廃案となって姿を消した。

 もともと靖国神社は国家管理に積極的だった。終戦時には陸海軍省の所管だったこともあり、69年には同法案成立を前提に宗教法人を離脱する方針を公表。宗教色がなければ政教分離に抵触せず、国や地方自治体による公的支出の対象となって財政も保証される。

 実現しなかったのは、当時の保革対立の政治状況のなかで、靖国神社の国家管理が「戦前回帰」との強い批判を浴びただけでなく、「非宗教化」自体に難しさがあったからだ。

 衆院法制局は74年の見解で、非宗教化の条件に「祝詞(のりと)は英霊への素朴な言葉に」「おみくじの販売は廃止」などを挙げた。これに靖国神社は「神霊不在、いわば正体不明の施設に堕する」と反発。国家護持を支持してきた日本遺族会も、靖国神社側の姿勢から事実上断念し、運動の中心を首相の公式参拝実現に移してきた経緯がある。

 さらには、靖国神社をめぐる法案が国会に提出され、慰霊対象の見直しを含む論戦に至れば、先の戦争の総括という重い課題に正対せざるを得ない。自民党に限らず、政治がその力量を問われることになる。
URL:http://www.asahi.com/politics/update/0808/003.html

0806 靖国神社の非宗教法人化法案を検討 自民・中川政調会長 [朝日]

2006年08月06日19時17分
 自民党の中川秀直政調会長は6日、テレビ朝日の番組で、靖国神社について「国が責任を持つ非宗教法人で、政府がだれを合祀(ごうし)するか決めるという法案を出すという印象を持っている」と述べた。A級戦犯の分祀(ぶんし)に向け、靖国神社を非宗教法人化する法案の提出を9月の党総裁選後に検討すべきだとの考えを明らかにしたものだ。

 中川氏は番組後、記者団に対し、靖国神社の「国家護持」を目的に60年代から70年代にかけて自民党が提出した靖国神社法案を例示し、「昔のような法案を出すこともあり得る」と述べた。

 また、中川氏は昨年の通常国会で郵政民営化法案に反対し、離党した衆院議員らの復党について「新政権・新執行部で議論すべきだが、可能性はある」と述べ、新政権の政策への態度や国会対応などを参考に検討すべきだとの考えを示した。
URL:http://www.asahi.com/politics/update/0806/003.html

0803 靖国参拝、「戦犯外せば容認」3割 日中世論調査 [朝日]

2006年08月03日00時55分
 経済界や学界の有志でつくる「言論NPO」と北京大学などは2日、日中両国で行った共同世論調査の結果を発表した。中国側での調査では、日本の政治家による靖国神社参拝について、51%が「どんな条件でも反対」と強い拒否反応を示したものの、30%は「戦犯を外せば参拝してもよい」と答えた。

 中国側の調査は今春、北京、上海など5都市で実施し、1613人が回答。日本側では同時期に全国で行い、1千人から回答を得た。

 靖国参拝をめぐる質問では「戦犯」の区分に言及していない。靖国参拝に対する中国側の反発は根強いものの、A級戦犯の分祀(ぶんし)が実現すれば、一定の理解を得る可能性を示す結果と言えそうだ。

 また中国側調査で、日本の国連安全保障理事会常任理事国入りに対して中国政府が取るべき態度については、「反対」が40%だったが、「支持」と「条件付き支持」も合わせて35%を占めた。

 現在の日中関係については、中国側で41%、日本側で69%の人が「よくない」と答えた。ただ、関係悪化の責任の所在については、日本側では35%が中国、15%が日本にあると考えているのに対し、中国側では98%が日本にあると答えており、違いが際だった。

 日本側で「軍事的脅威を感じる国」に中国を挙げた人は43%に達した。北朝鮮(72%)に次ぐ多さで、「核兵器の保有」「軍事力の増強」「日本領海への侵犯」などが理由の上位となった。
URL:http://www.asahi.com/politics/update/0803/001.html

0802 日本遺族会、靖国「分祀」の議論を自民総裁選後に先送り [朝日]

2006年08月02日19時43分
 日本遺族会(会長・古賀誠元自民党幹事長)は2日、同党本部で正副会長会合を開き、古賀氏が提案した靖国神社に合祀(ごうし)されたA級戦犯の分祀に関する議論を、同党総裁選後の9月下旬以降に先送りすることを決めた。総裁選前に議論を始めれば、靖国問題を政局に絡めているとの批判を招きかねないとの懸念に加え、終戦記念日を挟んで遺族会内で意見が割れる分祀論に深入りすべきではないと判断した。

 会合は古賀氏のほか、副会長の尾辻秀久前厚労相と森田次夫前参院議員、常任顧問の水落敏栄参院議員が出席。古賀氏は自らの分祀論について「総裁選に絡めることは本意ではない。それが障害になるなら、(議論は総裁選が)終わってからでもいい」と発言。尾辻氏ら3人も同意した。

 古賀氏はこれまで、靖国神社の宗教法人格を外して、何らかの形で「国家管理」することも主張。遺族会の中に靖国問題に関する検討会を設けて、靖国神社側に対応を促す意向も示していた。

 ただ、この検討会についても、森田氏は記者団に「つくる、つくらないについても(総裁選が)終わってからの話だ。靖国の問題について、遺族会としては、総裁選が終わるまでいっさい検討しない」と語った。
URL:http://www.asahi.com/politics/update/0802/003.html

0803 靖国参拝、「戦犯外せば容認」3割 日中世論調査 [朝日]

2006年08月03日00時55分
 経済界や学界の有志でつくる「言論NPO」と北京大学などは2日、日中両国で行った共同世論調査の結果を発表した。中国側での調査では、日本の政治家による靖国神社参拝について、51%が「どんな条件でも反対」と強い拒否反応を示したものの、30%は「戦犯を外せば参拝してもよい」と答えた。

 中国側の調査は今春、北京、上海など5都市で実施し、1613人が回答。日本側では同時期に全国で行い、1千人から回答を得た。

 靖国参拝をめぐる質問では「戦犯」の区分に言及していない。靖国参拝に対する中国側の反発は根強いものの、A級戦犯の分祀(ぶんし)が実現すれば、一定の理解を得る可能性を示す結果と言えそうだ。

 また中国側調査で、日本の国連安全保障理事会常任理事国入りに対して中国政府が取るべき態度については、「反対」が40%だったが、「支持」と「条件付き支持」も合わせて35%を占めた。

 現在の日中関係については、中国側で41%、日本側で69%の人が「よくない」と答えた。ただ、関係悪化の責任の所在については、日本側では35%が中国、15%が日本にあると考えているのに対し、中国側では98%が日本にあると答えており、違いが際だった。

 日本側で「軍事的脅威を感じる国」に中国を挙げた人は43%に達した。北朝鮮(72%)に次ぐ多さで、「核兵器の保有」「軍事力の増強」「日本領海への侵犯」などが理由の上位となった。
URL:http://www.asahi.com/politics/update/0803/001.html

0802 日本遺族会、靖国「分祀」の議論を自民総裁選後に先送り [朝日]

2006年08月02日19時43分
 日本遺族会(会長・古賀誠元自民党幹事長)は2日、同党本部で正副会長会合を開き、古賀氏が提案した靖国神社に合祀(ごうし)されたA級戦犯の分祀に関する議論を、同党総裁選後の9月下旬以降に先送りすることを決めた。総裁選前に議論を始めれば、靖国問題を政局に絡めているとの批判を招きかねないとの懸念に加え、終戦記念日を挟んで遺族会内で意見が割れる分祀論に深入りすべきではないと判断した。

 会合は古賀氏のほか、副会長の尾辻秀久前厚労相と森田次夫前参院議員、常任顧問の水落敏栄参院議員が出席。古賀氏は自らの分祀論について「総裁選に絡めることは本意ではない。それが障害になるなら、(議論は総裁選が)終わってからでもいい」と発言。尾辻氏ら3人も同意した。

 古賀氏はこれまで、靖国神社の宗教法人格を外して、何らかの形で「国家管理」することも主張。遺族会の中に靖国問題に関する検討会を設けて、靖国神社側に対応を促す意向も示していた。

 ただ、この検討会についても、森田氏は記者団に「つくる、つくらないについても(総裁選が)終わってからの話だ。靖国の問題について、遺族会としては、総裁選が終わるまでいっさい検討しない」と語った。
URL:http://www.asahi.com/politics/update/0802/003.html

0730 靖国「遊就館」の戦犯遺書、旧厚生省が収集依頼 [朝日]

2006年07月30日11時57分
 靖国神社にある戦争博物館「遊就館」の展示品収集にからみ、旧厚生省が61年6月、都道府県に対し、BC級戦犯として死亡した人の遺書や顔写真などを出品するよう遺族へのあっせんを依頼していたことが29日、朝日新聞社が入手した同省の文書でわかった。戦後に廃止された遊就館が61年4月に「宝物遺品館」として一部復活した時期に、靖国神社からの要望を受けて対応していた。一宗教法人への国の便宜供与の一端が浮かび上がった。

 この文書は、厚生省援護局復員課が都道府県の担当課あてに出した61年6月27日付通知「復員第1051号」。「戦争裁判関係死没者の遺書等を靖国神社宝物遺品館に陳列するため出品のあっせんについて(依頼)」との表題がついている。戦争裁判関係死没者とは、連合国の戦争裁判で捕虜虐待など「通例の戦争犯罪」に問われたBC級戦犯を指すとみられる。

 巣鴨刑務所に収容されたBC級戦犯については、58年12月に全員が刑期満了となった。翌59年、靖国神社は処刑されるなどしたBC級戦犯計825人を合祀(ごうし)。遊就館には「祭神」となった戦没者の遺書が収集されており、神社側が合祀を終えたBC級戦犯の遺書を集めるために国に依頼した可能性がある。

 通知は、管内に居住する遺族に出品依頼の趣旨を伝え、出品希望者がいた場合には都道府県を通じて、または直接神社に送るよう指示している。

 通知に付けられた「出品要領」は、遺書について(1)亡くなる直前に直筆で書かれたもの(2)内容は父母や妻子にあてたものか、裁判内容について訴えたもの――と内容を限定。なるべく死亡時に近い本人の写真1枚を付けるよう指定した。これ以外は「靖国神社と協議のうえ決定する」とした。

 遊就館は1882年2月に開館。陸軍省管轄の国立の軍事博物館だったが、敗戦で閉鎖され、46年末に施設や陳列品は靖国神社の管理下に置かれた。61年4月の春の例大祭から宝物遺品館として一部復活し、一般公開を開始。86年7月に正式に再開し、02年7月、創立130年記念事業の一環で新館を増設して展示を改めた。戦没者の遺品や歴史資料、古今の武器類など収蔵品は約10万点に及ぶという。

 最近の展示の特徴は、太平洋戦争を「大東亜戦争」と呼び、戦争の性格を「自衛のための戦争」と位置づけていることにある。
URL:http://www.asahi.com/national/update/0730/TKY200607290565.html

0729 合祀、国が仕切り役 都道府県別にノルマ [朝日]

2006年07月29日08時35分
 日本が1952年に独立を回復して間もない時期に、国の管理下から一宗教法人として再出発した靖国神社の合祀(ごうし)事務は「国家プロジェクト」として動き始めた。国主導の合祀事務について旧厚生省が検討した原案のほかにも、都道府県にあてた一連の通知を朝日新聞社は入手した。そこから浮かび上がるのは、新憲法の政教分離原則との間で緊張関係をはらみながら、国と靖国神社、都道府県が共同で一大事業を進める姿だった。

 「合祀予定者の数は概(おおむ)ね20万人とし、各都道府県別の合祀予定者は別紙のとおりとする」

 独立回復から4年たった56年夏、厚生省は翌年春の靖国神社の例大祭に備え、何人を合祀するか都道府県に「ノルマ」を課した。8月8日付の引揚援護局長名の通知「援発三〇四六号」だ。

 停滞していた合祀を進めるため、この年から国と地方自治体が一体となって進めた3年計画の一環だった。10月末、11月末、12月25日と締め切りを3回設け、都道府県から年内に計20万人の合祀予定者を集める目標を掲げていた。

 この年の初め、全国戦没者遺族大会が開かれ、靖国神社を国の管理下に置く「国家護持」要求が決議されている。その後の10年にわたる運動が本格化する年でもあった。

 3年計画にあたり、新たな合祀の仕組みが編み出された。都道府県の担当者は戦没者の氏名や階級、本籍、生年月日、死亡時の所属部隊や死亡年月日などを「祭神名票」というカードに記入。それを厚生省経由で靖国神社に送り、その戦没者を例大祭の時期に「祭神」として合祀する――。

 同じ8月8日付で引揚援護局復員課長から出された通知「復員五八八号」は、「合祀予定者数は各都道府県別割当数の10%以内の増減は差し支えない」「靖国神社の作業の関係もあり、特に期限を厳守すること」と細かな注文をつけていた。

 都道府県によっては作業が停滞したところもあった。57年6月6日付の復員課長名の通知では、「示された合祀予定者の数に達するよう努力されたい」と「ハッパ」をかけた。通知は同時に靖国神社にも送られた。

 靖国神社が創立100年を迎えた69年。3月3日付の援護局調査課長名の通知は、都道府県の担当課長にこう指示した。

 「(靖国神社は)今秋創立百年記念の祭儀を実施する計画であり、終戦後24年を経過していることなどの関係からも、同社としてはこの際、戦没者の合祀については一段落したい意向である。都道府県においては祭神名票はその全部を提出するようご配慮願いたい」

 かつて陸海軍省が管轄した靖国神社は戦後、国の管理を離れたが、その意向を重視した通知だった。

 こうした合祀事務は87年3月まで続いたとされる。今も合祀は行われているが、遺族の神社への問い合わせで合祀漏れがわかったケースなどが多いという。

     ◇

 「もともと、靖国神社は軍の機関ですよ。厚生省は軍の残務整理をするところで、軍の業務を継承する私たちが戦没者の調査票を作って、靖国神社に送るのは当然でしょう。私も不肖の身をもって処理にあたりました」

 旧厚生省援護局で靖国神社に旧陸軍関係の「祭神名票」を送る仕事を担ったのは復員課(後に調査課)。その課長経験者の90代男性はこう当時を振り返った。

 敗戦後の45年11月30日に陸海軍省は廃止され、かつて軍が行ってきた靖国神社の合祀事務は、陸軍関係の「第1復員省」と海軍関係の「第2復員省」にそれぞれ引き継がれた。48年5月に厚生省に統合され、同省が担当することになる。

 この男性が調査課に配属された時には、祭神名票を使った合祀の仕組みは出来上がっていた。そして66年2月、調査課長名で靖国神社調査部長あてにA級戦犯の祭神名票が送られる。

 「どんな議論があったのか」との質問に、男性はこう答えた。「そこまでは知りません。(戦犯は)国内的には公務死として認められているから、靖国神社に名簿を送るのも事務屋として当然のこと。だれをまつるかを決めるのは、靖国神社の崇敬者総代会の判断ですから」

 海軍出身で援護局で復員業務にあたった千葉県内の男性(92)は48年に海外から引き揚げ、厚生省の呉地方復員部で仕事を始めた。未復員者の調査をし、生存、戦死、戦病死の整理をすることが担当だったという。

 「死亡が判明すると戦死公報を作り、関係都道府県に送ると同時に、靖国神社にも一緒に配っていたというのが海軍の実情。終戦前からの習慣のようなものでした」

 陸軍関係では戦没者の調査は地方自治体が担ったが、海軍関係では厚生省や出先機関の地方復員部で行っていたといい、合祀事務のシステムが違っていたとされる。

 戦後、憲法に政教分離の原則が導入された。だが、合祀事務に携わった担当者の意識は、戦前から途切れずに流れていたようにみえる。
URL:http://www.asahi.com/national/update/0728/TKY200607280688.html

0729 靖国合祀、国主導の原案 「神社が決定」に変更 [朝日]

2006年07月29日08時28分
 戦没者の靖国神社への合祀(ごうし)をめぐり、旧厚生省が1956年2月の時点で、合祀者は国が決定するなど国主導で合祀事務を実施するとの要綱原案をまとめていたことが28日、朝日新聞社が入手した同省の文書で明らかになった。「厚生省が合祀者を決めて神社に通知する」「合祀事務の体系は(靖国神社が国の管理下にあった)終戦前のものに準じる」と記している。新憲法の政教分離原則に触れる疑いが濃く、2カ月後にできた要綱では、神社が合祀者を決め、国は照会に応じるものと変更されたが、独立回復後に国が主体的に合祀を進めようと構想していた実態が浮かんだ。

 文書は、56年1月25日付「旧陸軍関係 靖国神社合祀事務協力要綱(案)」と、それを解説した同30日付の「要綱(案)についての説明」。

 当時、戦後になって停滞した靖国神社への戦没者合祀を進めるよう遺族から要望があり、国会で議論になっていた。戦没者の調査をする都道府県の意見を聞くために、同年2月2日付の旧厚生省引揚援護局復員課長名の通知「復員第七六号」とともに、都道府県の担当課長あてに出された。

 要綱(案)によると、(1)戦没者の合祀をおおむね3年間で完了することをめどとする(2)合祀事務体系を終戦前のものに準じたものに改める――が「方針」に掲げられた。

 具体的な作業の進め方としては、都道府県が合祀予定者を選び、引揚援護局に報告。同局で審査したうえで合祀者を決定し、靖国神社に通報。それに基づき、神社が合祀の祭典を行い、神社作成の合祀通知状を市町村役場などを通じて遺族に渡す、とされた。

 その趣旨について、要綱(案)の「説明」は「戦没者の合祀は形式的には靖国神社が行い、国や都道府県はこれに協力する」としつつも、「実質的には国や都道府県でなければ実施不可能で、実体に即応するよう事務体系を改める」と指摘。「靖国神社で決定していた合祀者を今後は都道府県が選定し、厚生省で決定し、靖国神社へ通知する」と解説した。

 陸海軍省の管轄下にあった戦前の靖国神社では、だれを合祀するかは軍が選び、最終的に天皇が決めていた。要綱(案)では、靖国神社ではなく、国が合祀者を決定するといういわば戦前に近い形に改めようとしているのが特徴だ。

 しかし、この要綱(案)の中身は、2カ月後の4月19日付引揚援護局長名で出された通知「援発三〇二五号」に付けられた「靖国神社合祀事務協力要綱」では手直しされ、「神社の照会に対し、都道府県が調査し、引揚援護局がとりまとめる」「神社は合祀者を決定する」という表現に変わる。都道府県が「祭神名票」と呼ばれるカードに戦没者の氏名や本籍、生年月日、死亡地や死亡年月日などを書き込み、引揚援護局がまとめて神社に送る仕組みだ。

 実際、合祀事務はこの形で進められたが、国と靖国神社のどちらが合祀者を決定するかは今も明確ではない。靖国神社側は「国から送られてきた名簿に従って神社はお祀(まつ)りするにすぎない」と主張するのに対し、政府は一貫して「神社からの照会に調査回答しているだけ」という立場で、見解が分かれている。

 ただ、国は56年からの3カ年計画で合祀を積極的に進めた。翌春の合祀に備え、同年8月には年末まで計約20万人分の祭神名票を提出するよう都道府県に指示。合祀予定者のノルマを課したり、作業が遅れている都道府県には迅速化を促したりし、57年には年間47万人も合祀するなど合祀者数を急激に伸ばした実情がある。

 後に野党や宗教団体などから「政教分離違反ではないか」などと批判を受けて、70年11月に「合祀協力事務」を「戦没者の身分等の調査」に名称変更したが、その後も86年まで同様の形で合祀事務は続けられた。
URL:http://www.asahi.com/national/update/0728/TKY200607280687.html

0727 A級戦犯、広田元首相の遺族 「靖国合祀合意してない」 [朝日]

2006年07月27日06時05分
 東京裁判でA級戦犯として起訴、処刑された広田弘毅元首相が靖国神社に合祀(ごうし)されていることについて、孫の元会社役員、弘太郎氏(67)が朝日新聞の取材に応じ、「広田家として合祀に合意した覚えはないと考えている」と、元首相の靖国合祀に反対の立場であることを明らかにした。靖国神社は、遺族の合意を得ずに合祀をしている。処刑された東条英機元首相らA級戦犯の遺族の中で、異議を唱えた遺族は極めて異例だ。
1940年の広田弘毅元首相。抱かれているのは弘太郎氏=「広田弘毅」(葦書房)から


 靖国神社へのA級戦犯の合祀をめぐっては今月、昭和天皇が不快感を示したとされる88年当時の宮内庁長官のメモが明らかになっている。

 弘太郎氏は広田元首相の長男、弘雄氏(故人)の長男。6人いた元首相の子は、全員他界している。

 A級戦犯が合祀された78年当時について、弘太郎氏は「合意した覚えはない。今も靖国神社に祖父が祀(まつ)られているとは考えていない」と話した。靖国に絡むこれらの思いは「広田家を代表する考え」としている。

 広田元首相は処刑された7人のA級戦犯のうち唯一の文官。外相当時に起きた37年12月からの南京大虐殺で、残虐行為を止めるよう閣議で主張しなかった「不作為の責任」などが問われた。一方で軍部の圧力を受けつつ終始戦争に反対していたとの評価もあり、オランダのレーリンク判事は「軍事的な侵略を提唱した日本国内の有力な一派に賛同しなかった」などとして、元首相の無罪を主張する意見書を出している。

 広田家の菩提(ぼだい)寺は故郷の福岡にあるが、遺族は元首相の遺髪を分けて鎌倉の寺に納め、参拝している。55年4月、旧厚生省は横浜で火葬されたA級戦犯7人の遺灰を各遺族に引き渡そうとしたが、広田家だけは受け取らなかった。弘太郎氏によると、戦犯遺族でつくる「白菊遺族会」にも参加しなかった。

 弘太郎氏は「靖国神社に行くことはあるが、国のために亡くなった戦没者を思い手を合わせている。祖父は軍人でもなければ、戦没者でもない。靖国神社と広田家とは関係ないものと考えている」と話した。

 靖国神社広報課は「広田弘毅命に限らず、当神社では御祭神合祀の際には、戦前戦後を通して、ご遺族に対して御連絡は致しますが、事前の合意はいただいておりません」としている。

 広田元首相の伝記小説「落日燃ゆ」の著者、城山三郎さんは「広田さんのご遺族の思いを聞いて、やっぱりそうか、との思いが深い。ご遺族の言葉に付け足す言葉はない。広田さんだったらどう思うか、どうしただろうか、熟慮したうえでの考えだと思う」と話している。

    ◇

 〈キーワード:広田弘毅元首相〉 1878年生まれ。1933年9月に外相、2・26事件直後の36年3月に首相就任。再度外相に就いた直後の37年7月、日中戦争のきっかけとなった盧溝橋事件発生。紛争の泥沼化を防げなかった。敗戦後、東京裁判に起訴され、48年12月、東条英機元首相ら他の6人のA級戦犯とともに巣鴨拘置所で処刑された。

■合祀決定権は神社に

 靖国神社の合祀の審査は戦前、神社を所管する陸海軍省が行ったが、戦後は宗教法人となった神社に決定権が移り、旧厚生省や各都道府県に照会した戦死者らの資料に基づき判断した。審査の過程で遺族の合意を得ることはなく、過去には太平洋戦争で戦死した台湾先住民の遺族らが「無断で祀るのは民族の意思に反する」として合祀取り下げを求めたが、神社側は「神として祀った霊を分けることはできない」と断っている。
URL:http://www.asahi.com/national/update/0726/OSK200607260220.html

0725 古賀氏、A級戦犯の分祀に強い意欲 [朝日]

2006年07月25日20時26分
 日本遺族会会長である自民党の古賀誠元幹事長は25日、東京都内で講演し、靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)に昭和天皇が不快感を示した発言メモについて「お言葉に涙の出る思いがした。この思いを、私たち遺族は最も大切にし、最も重いものとして受け止めたい」と述べ、靖国神社にA級戦犯の自発的な分祀(ぶんし)を促す決意を改めて表明した。

 古賀氏は講演で「戦没者ではない英霊が合祀されたことで、皇族がお参りを遠慮され、日中の問題がここまで先鋭化してくる。そういうことを無念の死を遂げた英霊がどう見ているだろうか」と指摘。「遺族会の原点に返って、国民がわだかまりなくお参りし、皇室もお参りできる、英霊に思いを寄せた対応こそしていかなければならない」と強調した。

 古賀氏はまた、靖国問題は「政治が介入する問題ではない」と断った上で、「政治家と二足のわらじを履いているのではないかと言われるのならば、私は日本遺族会の会長としてこれから事を運ばなければならない」との覚悟を示した。
URL:http://www.asahi.com/politics/update/0725/005.html

0725 小沢氏、自民の参拝消極論を批判 [朝日]

2006年07月25日19時41分
 民主党の小沢代表は25日の記者会見で、首相の靖国神社参拝について自民党内で消極論が出ていることに触れ「消極論は論理的な根拠をほとんど示していない。単に中韓やアジアの国々が反対で(関係が)うまくいかないからやめてもいい、というように聞こえる」と批判した。

 小沢氏はA級戦犯は戦争責任があり戦死者ではないことから、合祀(ごうし)は誤りだったとの考え。会見では「昭和天皇のメモが事実なら、(天皇は)きちんと判断されている」としたうえで「私はきちんと理由を示しているので(自民党内の消極論と)ひとからげにされると心外だ」と述べた。

 一方、民主党の鳩山由紀夫幹事長は同日、朝日ニュースターの収録で、自民党総裁選で靖国問題の争点化を避ける動きがあることに「国論を分ける議論が起きたら争点にすべきだ。この国の歴史をしっかり見るチャンスだ」と述べた。
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0725 次期首相の靖国参拝、反対60% 本社世論調査 [朝日]

2006年07月25日06時15分
 朝日新聞社が22、23の両日実施した全国世論調査(電話)で、次の首相の靖国神社参拝の賛否を尋ねたところ、反対が60%を占め、賛成の20%を大きく上回った。今年1月の調査では反対46%、賛成28%で、今回、反対が大幅に増えた。小泉首相が9月末までの任期中に参拝することについても反対が57%にのぼり、賛成29%のほぼ2倍だった。昭和天皇が靖国神社へのA級戦犯合祀(ごうし)に不快感を示していた発言メモが明らかになり、首相参拝の是非を考える上で、この発言を「重視する」と答えた人は6割を超えた。

 次の首相の靖国神社参拝について、「しない方がよい」とする反対の人はすべての年代で6割前後あった。内閣支持層で46%、自民支持層でも47%が反対で、「する方がよい」と答えた賛成の人は、ともに3割程度にとどまった。1月調査では内閣支持層、自民支持層ともに反対は3割台で、賛成を下回っていた。これまで靖国参拝を支持してきたこうした層の意識の変化が、反対をかさ上げした構図だ。

 今回、次の首相として最も人気が高かった安倍晋三氏の支持層でも反対が52%で、賛成の29%を大きく上回った。

 一方、小泉首相の靖国参拝については、これまでの調査で賛否が揺れており、昨年10月の参拝直後は賛成と反対が相半ばしていた。今回、反対が最も高くなった。

 小泉首相が公約にしてきた終戦記念日の8月15日の参拝についても、否定的な見方がうかがえる。小泉首相の参拝に賛成と答えた29%の人に参拝の時期を尋ねると、「8月15日以外がよい」が45%で、「8月15日がよい」の39%より多かった。

 昭和天皇の発言については、小泉首相や次の首相の靖国参拝の賛否を聞いた後に質問した。発言を「重視する」は、「大いに」(24%)と「ある程度」(39%)を合わせて63%。「重視しない」は、「あまり」(21%)と「まったく」(12%)を合わせて33%。「大いに重視する」は年代が上がるほど高く、70歳以上では33%にのぼる。

 「大いに重視する」人では次の首相の靖国参拝に賛成が10%、反対82%だが、「まったく重視しない」人では賛成が32%と反対の35%と拮抗(きっこう)。天皇発言を重く受け止めるほど、首相の靖国参拝に反対する傾向が読み取れる。

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 次の首相に誰がよいかを国会議員の中から自由に選んでもらったところ、安倍晋三官房長官が36%と最も多く、2位以下に大きく差をつけた。一方、自民党総裁選に「注目している」は54%で、前回調査(6月)の59%より減った。福田康夫元官房長官の立候補断念が、安倍氏の「一人勝ち」と、総裁選の注目度の低下の双方に影響を与えているとみられる。

 次の首相にふさわしい人を選択肢から挙げてもらった前回調査では、安倍氏が45%、福田氏が25%、麻生太郎外相が5%、谷垣禎一財務相が3%だった。

 福田氏の立候補見送りを受け、今回は選択肢を設けず自由回答で聞いた。安倍氏が4割近くと高水準を保つ一方で、福田氏7%、小沢一郎民主党代表5%、麻生氏3%、谷垣氏1%と、いずれも1割に達しなかった。他の議員の名前はほとんど挙がらなかった。自民支持層に限ると、安倍氏が56%と独走ぶりがさらに際立つ。

 総裁選に「注目している」は野党支持層や無党派層で前回より低落しているのが目立つ。自民支持層も69%で、総裁選が近づいたにもかかわらず、前回(71%)並みにとどまった。

 次の首相にどういうタイプがよいかでは、「人の考えをよく聞く協調型」(67%)が「自分の考えを強く通す決断型」(28%)を上回った。安倍氏を支持する人でも「協調型」(59%)が「決断型」(37%)をしのいだ。

 小泉内閣の支持率は43%(前回45%)、不支持率は40%(同41%)。政党支持率は自民が前回(35%)並みの36%、民主が前回(20%)から微減の16%だった。

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 北朝鮮のミサイル発射に対し、国連が非難決議を全会一致で採択したことについて、85%が「評価する」と肯定的な見方を示した。決議に向けた日本の外交についても、「評価する」が55%で、「評価しない」の32%を大きく上回った。

 今回のミサイル発射で北朝鮮に脅威を「感じる」は、「強く」(38%)と「ある程度」(39%)を合わせて77%、「感じない」は「あまり」(16%)と「まったく」(6%)を合わせて22%だった。

 国連の非難決議を「評価しない」は8%どまり。「評価する」は男女とも8割を超え、70歳以上をのぞくあらゆる年代で80~90%と多数を占めた。国際社会が一致して北朝鮮に強い警告を発したことを好感する国民の姿が浮かぶ。

 当初求めていた制裁決議より表現を和らげた非難決議で同意した日本の外交にも、世論は好意的だ。内閣支持層で61%、不支持層でも53%が「評価する」と回答。年配ほど「評価する」が増える傾向があり、50代と60代では約6割にのぼった。

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 《調査方法》22、23の両日、全国の有権者を対象に「朝日RDD」方式で電話調査をした。対象者の選び方は無作為3段抽出法。有効回答は1898人。回答率は57%。
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