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◎平和をつくるための本棚08Ⅱ

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ダルフールの通訳―ジェノサイドの目撃者 [著]ダウド・ハリ

[掲載]2008年9月28日
[評者]松本仁一(ジャーナリスト)
■政治権力が引き出した邪悪な人間性
 著者のダウドはダルフール出身の青年だ。03年のある日、村が政府軍に襲われる。家族をふくめて多くの村人が殺されるが、自分は命からがら隣国のチャドに逃れた。

 そこで彼は決意する。自分は出稼ぎ経験があり、英語ができる。通訳として、できるだけ多くの欧米人ジャーナリストを現地に案内し、ダルフールで何が起きているかを世界に知らせてもらおう。

 BBC、ニューヨーク・タイムズ、NBC……。依頼があるたびに彼らと国境を越え、襲撃の現場を訪れる。

 もちろん命の危険はしょっちゅうだ。捕まり、殴られ、殺されそうになるのだが、それでも彼はダルフール入りをやめない。

 実際、その旅はすさまじい。全滅した村を訪れたときのことだ。村を守ろうとした青年たちが、高い木の上に自分の体を縛りつけ、銃を握ったまま息絶えている。遺体は暑さで腐敗し、頭や手足がどさっと落ちてくる。

 81人の男や子どもが、ナタで切り殺された現場にもぶつかる。腐臭で目が痛くなり、ジャーナリストたちは膝(ひざ)をついて吐きつづける。

 おぞましい話の連続だ。それでも読みやすいのは、語り口に生死を超越したようなユーモアがあるからだろう。

 その彼もとうとう捕まってしまう。拷問、そして死の宣告。それを切り抜けるまでの1カ月余は圧巻だ。

 ダルフールの虐殺は今も続く。人間性の中にある邪悪なものを、政治権力が最大限引き出そうとしたらどのような事態が起きるか。それを本書は示している。
(抜粋)
出版社:ランダムハウス講談社  価格:¥ 1,890
URL:http://book.asahi.com/review/TKY200809300099.html

イラク崩壊―米軍占領下、15万人の命はなぜ奪われたのか [著]吉岡一

中東激変 石油とマネーが創(つく)る新世界地図 [著]脇祐三

[掲載]2008年10月19日
[評者]小杉泰(京都大学教授・現代イスラーム世界論)
■崩壊と激変をつぶさに観察し克明に
 来月の米大統領選挙では、泥沼化したイラクから米軍が撤退へ向かうのか、駐留を続けるのか、選択がおこなわれる。『イラク崩壊』は、イラクでの恐るべき悪循環を断ち切るには米軍が撤退するしかない、と悲痛な声で結論づけている。果たして、その方向に進むであろうか。

 著者は、2003年のイラク戦争後に現地に取材に行き、その後07年まで朝日新聞中東アフリカ総局の特派員として、イラクおよび中東諸国を取材し、イラクという国が壊れていく過程をつぶさに見てきた。それは非人間的な暴力の連鎖であり、あたかもそこには「鬼がいる」。

 鬼を生んだのは、戦後への十分な展望もなく戦争をおこなった米軍であり、その反作用として生まれたイスラーム過激派である、と著者は言う。米軍が多くの民間人の命を奪ってきたことも、過激派が宗派紛争に走っている事実もそれなりに知られているが、本書はそれを現場での取材と直接的な情報で克明に記している。

 若き日にバックパッカーとしてアジアや中米をまわった経験が勇気を生むのか、著者が危険な現場に迫っていくさまは圧巻である。それ以上に、戦争を見た者はそれを伝えなければならない、という使命感が読む者に迫る。その使命感が、副題にあるように「米軍占領下、15万人の命はなぜ奪われたのか」という問いを執拗(しつよう)に追及することとなった。

 しかし、中東にあるのは戦争の悲劇だけではない。ダイナミックに発展する中東に経済面から鋭い光を当てたのが、『中東激変』である。中東取材30年のベテラン記者が広い人的ネットワーク、現地取材、長年の観察に基づく洞察を余すところなく示している。文体は、中東になじみのないビジネスマン、一般読者にも、非常にわかりやすい。

 中東諸国を規定する基本的な要素として、埋蔵が確認されている世界の原油の6割、天然ガスの4割がこの地域にあること、日本と逆に「多子若齢化」が進んでいること、グローバル経済の中で巨大な資金を運用していることなどがあげられる。特に最近は、急激に進むグローバル化と連動して、この地域はとりわけ変動が激しい。

 6年前の前作が『中東 大変貌(へんぼう)の序曲』であったのに、もはや「激変」にたどり着いてしまった。以前の湾岸の産油国は、石油が尽きれば元の砂漠に戻る、というイメージが強かった。しかし、ドバイが示した脱石油のモデルは成功し、他の諸国もその後を追って、新しい国づくりに走り始めている。

 彼らの資金力は04年からの石油の高値で急激に膨張した。今回の金融危機でも、湾岸の資金の動きは要注意であろう。とはいえ、いいことずくめではない。各国の急激な開発計画が競合し、人やモノが足りなくなっているし、インフレも進んでいる。多子若齢化は、新世代のための雇用創出を必要とする。教育のいっそうの充実も急務となっている。

 最後の章は、そうした中東と日本がよい関係を築くための具体的提言に満ちている。
URL:http://book.asahi.com/review/TKY200810210115.html

自爆テロ [著]タラル・アサド

[掲載]2008年10月5日
[評者]香山リカ(精神科医、立教大学現代心理学部教授)
■説明しがたい戦慄の理由を明かす
 越境の思想家アサドが記した本書は、いわゆる西洋的な理解の誤りをひとつひとつ正すところから始まる。「正しい戦争」と「テロリズム」に決定的な違いはないこと、近代西洋社会が追求してきたリベラル・デモクラシーは、「人の命を救うためには人の命を奪う戦争という暴力も辞さない」という矛盾を内包する。その矛盾をさらに正当化するのが、「文明/非文明」の二項対立を下敷きとする例の「文明の衝突」論だ。これらの決めつけにより、自爆テロはきわめて単純化された動機、すなわち「何かの病的な要因か、そうでなければ、疎外、つまり、西洋文明に適切に統合されていないこと」で語られてしまうことになる。

 とはいえ、どんなに“西洋的”な文脈で片づけられても、自爆テロが人々に与える根源的なショックについては説明できない。その戦慄(せんりつ)について論じた最終章が圧巻。著者は、戦慄の理由はいずれも西洋人のアイデンティティーの破壊にかかわることであり、近代のリベラル・デモクラシーが抑圧していた暴力が明るみに引きずり出されることを指摘する。それにしても、同時多発テロから7年たった今、私たちはまだ自爆テロに戦慄する感受性を持ち得ているか。日本の読者に向けての詳細な解説を読みながら、気になった。

    ◇

 かり(=くさかんむりに列)田真司訳
出版社:青土社  価格:¥ 2,520
URL:http://book.asahi.com/review/TKY200810070088.html

叛逆としての科学―本を語り、文化を読む22章 [著]フリーマン・ダイソン

[掲載]2008年9月7日
[評者]尾関章(本社論説副主幹)
■科学を広く見渡し縦横に論じる知性
 自らが生きた戦争の時代を意識しながら、主に科学をめぐるテーマを広く論じた書評や序文、講演録などの22章。

 幾章かに見え隠れする縦糸がある。核兵器を産み落とした物理学史と先端科学の行く末をつなぐ視点だ。

 たとえば、M・クライトン『プレイ』の書評。ナノテクと生命工学がつくりだした極小ロボットとその自律進化の様子を描く小説に「二一世紀のバイオテクノロジーが二〇世紀の原子力テクノロジー並みに危険」という構図を見てとる。

 ここで触れるのが、遺伝子組み換え技術が登場した70年代、乱用を恐れた研究者らが実験の一時見合わせを呼びかけた話だ。急いで開いた国際会議の議論は実験指針につながった。開催地の名からアシロマ会議という。著者は、このように学界が自律に立ち上がったことを高く評価する。

 別の章では、核に対する「アシロマ」もありえたという歴史上のイフが、悔いを込めて語られる。

 核分裂発見直後の39年、米国で物理学者の会議があった。原爆誕生の可能性を知りながら「大胆に発言し、協議事項に倫理的責任の問題を含めるよう提案する者はだれもいなかった」。アシロマのようには「勇敢な人物は現れなかった」のである。

 生物学の流れにも苦言を呈する。西側世界では「遺伝子」に目を奪われ、生き物と地球環境を一つにとらえる「生物圏」を忘れてこなかったか。「両方の種類の生物学が必要」との立場をとる。

 母国イギリス風の穏やかな批評精神が心地よい。

    ◇

 THE SCIENTIST AS REBEL、柴田裕之訳/Freeman Dyson 23年、英国生まれ。理論物理学者。
出版社:みすず書房  価格:¥ 3,360
URL:http://book.asahi.com/review/TKY200809090097.html

昭和の記憶を掘り起こす [著]中村政則

[掲載]2008年8月31日 [評者]南塚信吾(法政大学教授・国際関係史)
■地獄の体験から尊厳を取り戻して
 本書は1931年の満州事変勃発(ぼっぱつ)以来の15年戦争において、「地獄のような極限状況に追い込まれた戦闘地域」のうち、「想像を絶する」極限状況に追い込まれた沖縄、満州、ヒロシマ、ナガサキの人々が何を体験し、考え、感じたのかを、直視したものである。

 沖縄戦で「集団自決」に追い込まれた島民、満州移民として一瞬の夢を見たあとに奈落に落ちた人々、ヒロシマ、ナガサキの原爆で想像を絶する「地獄図絵」を体験した人々が、生と死を語っている。 だが、本書の特徴は、それだけにはとどまらない。本書は、「極限状況から、人間はいかにして立ち直り、人間としての尊厳を回復して、社会変革に立ち向かっていくのか」を明らかにしようとしている。平和活動や障害者教育に取り組む沖縄戦の体験者、人民中国の軍に協力しその後日中友好のために生きる元満州移民、地獄の体験のなかから人間の尊厳を取り戻して反核・平和の運動に立ち上がったヒロシマ・ナガサキの被爆者たちが、本書の中の主役だ。「極限状況」を体験した人々がさまざまな場で、その体験を生かしながら、戦後日本を支えてきたことがわかる。

 著者の精力的な取材の成果が遺憾なく発揮されている。しかも、しっかりとした文献研究を基礎にした「オーラル・ヒストリー」なので、安心して読むことができる。

 なかむら・まさのり 35年生まれ。一橋大学名誉教授。著書に『戦後史』など。

出版社:小学館  価格:¥ 1,995

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