dunpoo @Wiki 自己啓発反省日記08年8月下

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●8月16日(土)
朝風呂も最高だった。露天風呂に出ると、強烈な潮の香り。

加太の湯

は、ヌルッとするくらい粘りがあるが、透明で塩分はまったくない。湯上がりの肌はすべすべだ。

1000チェックアウトして、帰宅。義父と義姉の一家はすぐに帰る。遙が「おばあちゃんの家に泊まる」と言ってきかないので、連れて行ってもらう。そして、義姉の次女がカミさんに勉強を教わるために残留。

新聞見ると、朝日と毎日で、昨日のイベント、写真入りで取り上げられていた。

市立図書館へ行き、5冊借りる。
永田「大きな暮らしができる小さな家」、髙橋「開高健 男、が、いた。」、森田「アメリカに使い捨てられる日本」、金井「目白雑録2」、佐々木「街なか生き物探検ガイド」

「開高健」

という本は、「オーパ・オーパ」という開高が世界を釣りして回る本の写真をとったカメラマンの開高追想の写真集。開高の破天荒な魅力が伝わってくる。いいなあ。僕も出版社のカネで世界を回りたいなあ。

「世界」8月号、死刑についての特集を読む。

今日の言葉

「愛語能く廻天の力あることを学すべきなり」道元

日経夕刊8月14日、倉嶋厚(元NHKお天気解説者)へのインタビュー「うつ病を克服する」で引用されていた。倉嶋さんが駆け出しの頃、局の廊下で偶然すれ違った俳優の大坂志郎さんに、「いつも楽しく拝見しています。役者だから分かりますが、短い時間にあれだけなさるのは大変な苦労や工夫があるのでしょう。これからもいい仕事を続けて下さい」と声をかけられたことが大きな励ましになったという。
「愛語」を別に期待していないときに人からかけられる「愛語」は爆発的にうれしいことがあり、人生の折節に思い出されては支えになってくれることがある。僕にもそういう経験がある。それが「廻天」に至るのはなかなか迂遠な道と思うが、倉嶋さんが言うように、「みんなが愛語を掛け合う」世の中になれば、それは違った世の中ということなんだろう。
せめて、自分は努めて赤の他人にも「愛語」をかけられる人でありたいと思うのだが、体調が悪く不安にかられているカミさんにさえ愛語をかけていない日常に思い当たり、猛省する。

●8月17日(日)
誰かが汚したトイレを怒りながら掃除している夢。そのトイレがいつのまにか高校時代の寮の浴槽に変わり、そうじが終わってないのにおっちょこちょいの同級生らが入ってしまう。

部屋から一歩も出ず、一日中読書と新聞切り抜きの整理。

『近世の社会的権力』(山川出版社)所収の

「江戸における関八州豪商の町屋敷集積の方針と意識」

(岩淵令治)を精読し、『日本近世の地域と流通』(原直史、山川出版社)をとばし読みし、『図説千葉県の歴史』(河出)の近世のところを精読する。浜口梧陵のことを調べるため。浜口は、紀州・広出身ながら房総・銚子のヤマサ醤油の当主だったが、江戸店も持っていて、そこでは金貸しや町屋貸しもやっていたようである。そういうことが普通のことなのかどうか知りたかったのだが、どうやら、それは江戸時代中期以降はごく普通のことだったようだ。特に紀州藩との関係で紀州出身の商人は江戸に出て全国規模で手広く商売をしていたらしい。江戸時代の人間というのは、我々が想像している以上に活動的で、国中を飛び回っていたようだ。

このところ遠視がひどくてパソコンや本を見る二に骨が折れる。近視も進んでいるような気がする。朝起きてすぐはなかなか目の焦点があわない感じだ。なんとかならないかと思って、

『視力回復 あなたにはこの方法』

(中川和宏)という本を読む。なんとかなると書いてあったので、とりあえずその本に紹介されている目のフィットネスをやることにした。

一日中涼しい風

が部屋に吹き込んできて、久しぶりに冷房のいらない一日だった。

●8月18日(月)
130就寝630起床。

会社は今日までが盆休み。

カミさんに命じられ部屋とエアコンのそうじ。

午前中、社民党県連事務所へ行って、月に一度回ってくる機関紙発送作業を3人でやる。
古株のFさん、しきりに総選挙情勢分析をする。

本当に選挙が好きな人。

だが、和歌山の社民党は、悲しいかな小選挙区で戦う場がない。

昨日と同じように、日中ずっと部屋に涼しい風が吹き込んでくる。

●8月19日(火)
110就寝600起床。

今日から会社。

環境ジャーナリストのSさんに10月の講演をお願いしていたのだが、連絡の行き違いでダメになった。でも、メールの文面からすごく最新の温暖化情勢に詳しく、人柄も良さそうなので、11月の田辺での講演をお願いしたところ、快諾のご返事。会うのが楽しみだ。

730まで残業し、北海道初和歌山環境学習ツアーの企画書をほぼ仕上げる。

Hさんと土地のことで1か月ぶりに電話で話。いったん切れた話と思っていたが、双方妥協したのでまたつながる。

カミさん、ようやく元気になる。しかし検査の結果が出るまでは不安な様子。

長野茂

「日常ながら運動のすすめ」

(講談社+α新書)読む。いろいろ方法は出ているのだが、いちいち本を見ながらやるのも面倒だ。まず1種目だけ始めて、それが習慣化したらもう1種目、という風に広げて行こうと思う。
で、今日は、歯磨きしながらのかかと上げ下げ運動。「軽そうに見えてけっこう効く」と書いてあったが、まさにその通り。1分くらいやると、大腿筋やかかとの関節の筋肉がぷるぷる震えてきた。

そのあと、イスに座って2時間ほど新聞整理したのだが、下肢に心地よい疲労があって、こりゃよく眠れそうだ。

今日は昨日と違って、一日中湿気が強く、不快な一日だった。家は昨日のそうじのおかげでエアコン快調。

●8月20日(水)
1130就寝530起床。なぜか500頃から目が覚めちゃった。

パソコン、ゆうべからつけっぱなしだった。遙のせいだ。仕事を始めようとするとフリーズ。強制終了してもう一度立ち上げると、ありゃりゃ、

過去のメールデータが出てこなくなり、

メールの仕分けフォルダーも消えている!システムの復元をしても、直らない。困ったことだ。

10月のツアーと11月のツアーのことでバス会社と打ち合わせ。
心配していたコンクールの応募チラシ、先日1000部ほど関係各所に郵送したので、何件か電話で問い合わせがある。今度の日曜日に新聞広告を出す予定だ。それでドッとこないかなあ。昨年の他府県の様子を聞くと、広告にはあまり反応はないみたいだが。
環境省の受託事業である10月のセミナーは、まだ応募が一件もない、と環境省の担当者が心配そう。
一番心配なのが、12月に予定している生物多様性関係のワークショップだ。そろそろ企画を具体化しないと。

定時に帰宅。カミさんはまだ調子悪いらしく寐ている。夕食にカレーライスをつくる。今日はトマトとショウガを入れてみた。グーッ。

食後、新聞整理。あと一息、いや二息。

今日も朝と晩の歯磨きのときに

かかとの上げ下ろし体操

をする。各60回くらいできる。これはたしかに効いてるって感じ。エレベータに乗ってるときもこれならできる(だれもほかの人の乗ってないときにね)。

体力の問題のほかに、頭頂部の髪がほんとに風前の灯火になってきたのが最近やたら気になる。薄毛になってきたのは30歳くらいからで、はげてもしようがないと、これまでなんにもしてこなかった。
先日新聞に、よく聞く、ワカメ食べろだとか、マッサージしろだとかいうハゲ対策に科学的根拠はまったくない、と出ていたので、いろいろやって時間の無駄をしなくてよかった、と妙に安心しもした。
しかし、二年前、知り合いの医院経営者から、「君もう髪危ないねえ、これ試してみたら」と、

脱毛症の薬

をたくさんもらったことがあって、もらった当初はすこし使ってみたがそのうち面倒くさくなってほったらかしてた。先日整理した際に出てきて、捨てようかと迷ったが、「だめもとで、使い切ってしまおうか」と、考え、昨日から、一日2回頭に降り始めた。脱毛症とハゲは違うだろうと思うが、「害があったとしても、さらにはげるだけだろう」と開き直り、最後にひとあがきしてみよう。
もし、髪が生えてきたら報告します。その後なんの報告もなければ、挫折したか、効果なかったかどちらかと思っておいて下さい。

●8月21日(木)
1100就寝630起床。昨日眠れなかった分今日寐たって感じ。
朝一番にドアを開けると、肌寒いくらいの風がさあっと吹き込んで来る。

秋がやってきた!


夢では、僕は遙といっしょにPTAの会合に出席。その会場がなぜか本屋の売り場(20年くらい前に店をたたんだ僕の実家の前にあった小さな本屋だ)。店の本棚に、カミさんといっしょになって以降の我が家のエピソードをつづったマンガの本を発見。遙と読み始め、「ああ、こんなことあった、あった」と楽しみ、ほかのお母さん方にも見せる。「でも、なんで作者はこんなことまで我が家のことを知ってんのかなあ」と疑問にも思う。あとは忘れた。

今日ようやくお盆休みをとっている職員らが復帰して全員がそろったので、朝の会議。来年3月に全国規模(外国からもゲストを招くから世界規模?)のイベントをやることほぼ決定。3月というのは、1年間の事業が終わって精算書類や業務報告をつくる時期。たいへんだあ。

今度の土曜日に那智勝浦町でやるセミナーのパワポ資料をつくる。

カミさん、病院で「子宮内膜症」と診断される。初期の段階で、治療法はないということだ。
カミさん、病院や医者の対応に怒りまくり、受付で吠えたという。最近我が家では吠えるひとが多い。僕もカミさんも、ここは言うとかんと、こいつら何人ものひとに迷惑かけよる、こいつらのために良うない、と思うから

あえてクレーマー役

を引き受けてるのだ。

埼玉で母親が幼児3人を遺棄してそのうち2歳の男児を死に至らしめた事件の公判記事、涙なしには読めない。母親があまりにも身勝手で、無知で、人間として無感覚で、どうしてこういう人間ができるのか、なんともやりきれない気持ち。しかし、単身赴任の父親がどうしてたのかが気になる。母親だけでなく、

父親にも「遺棄」の責任を問え


●8月22日(金)
1200就寝700起床。

特に急ぎの用事もなくのんびりと仕事してたら、夕方、環境省の下請け団体から電話がかかってきて、去年度の受託事業の経費見積の根拠書類(つまり、うちから業者に依頼した見積)を、原本で出せと言う。「はあ?」って感じ。もう精算も済んで、どんな事業だったかも思い出せん。
でも、Kさんが探し出してきて、「そろいました」って電話したら、「ええ、ほんとですか?すごい」と言ったそうな。いったいほかの団体はどんな仕事してんかな?
僕はしょっちゅうスタッフから「ええかげんな事務局長やな」と言われているのだが、

ひょっとしたら、これでもうちは、めっちゃまじめな団体なのかもしれん・・・。


家に帰ると遙が一生懸命、理科の

自由研究

のレポートを書いていた。夏休みのどん詰まりに遊びに行く予定なので、宿題を今のうちに仕上げておかなければならないのだ。テーマは僕が考えてあげた、家電の使用電力量の調査なのだが、書きかけのレポート見ると、かなりいいかげんなこと書いてある。まあええか。

今月18日、

チベット自治区で中国軍による発砲で住民百数十人が殺されたという情報

がある、とダライ・ラマが語った。
http://www1.atwiki.jp/dunpoo/pages/605.html#id_3591c878
オリンピック開催中のことだ。開催国でこういうことが起こるのは前代未聞のことではないか。「こんなところで競技に参加はできない。私は帰る」という

気骨のあるアスリート、1人くらいはいないものか。



●8月23日(土)
1200就寝600起床。
カミさんの健康や仕事の悩みを酒飲みながら聞いていたら、深酒になってしまい、すこし二日酔いだ。

730カミさんに会社まで送ってもらい、そこからボスの車で那智勝へ。1100に到着。

マグロ丼

で有名な大衆食堂で昼食。田辺から来た3人のスタッフと、県の担当者2名と合流して、1300から那智勝体育文化会館で温暖化についてのセミナー開催。
受講者は13人。スタッフ9人。
ボスが90分、僕が409分の講義をする。

泊まりは

勝浦シティ・プラザ・リゾート・ホテル

というすごい名前のビジネスホテル。ただ、温泉浴場があり、これがなかなかの名湯で、とても気持ちよかった。

夜は、スタッフみんなであてもなく勝浦駅前の商店街を探して、居酒屋で宴会。和気藹々と語り合う。ホテルへ帰ってから僕の部屋でまた宴会。僕は今朝も二日酔いだったのでセーブして飲む。1030解散。

●8月24日(日)
6時前、地震で目が覚める。僕はホテルの2階に寐ていたのだが、ドンッという突き上げるような動き。「ここは勝浦や。

津波!?」

ととっさに思い、次の大きなゆれが来るかどうか息をつめて待った。揺れは一回きりだった。しばらくして、町中の拡声器から防災放送が流れてきた。「ただいま震度3の地震がありました。沿岸部の皆さんは、海に近づかないようにして下さい」という。ああ、これなら津波の心配はないんだろう、と安心して、また寐る。

7時に起き、風呂に入り、朝食をとる。MさんとTさんはあれからラーメンを食いに行ったという。
地震を知っていたのは、N女史だけ。

セミナーまで時間があったので、皆で

宇久井ビジターセンター

という、国立公園の自然観察施設へ行く。1時間コースを選び散歩に行ったのだが、これが厳しい山道で、みんな汗だく。N女史は転んでしたたかに腰を岩に打ち付けて、悲鳴を上げる。

セミナー2日目は、京都から講師としてTさんをお呼びして90分の講義、県内の実践者3人の取り組み紹介、グループ分けしての討論、と進む。グループ討議のテーマは、「これから私たちにできること」というのだが、どちらのグループも、

今すぐにでも運動を始めそうな勢い

があり、話がまとまったので、僕は感動した。土地柄なんだろうなあ、と思った。

帰りは雨中の山中311号線をボスの運転で飛ばして、9時頃帰宅。

カミさんと遙は、実家に帰っている。
テレビつけると、

オリンピックの閉会式

やってた。次の開催地ロンドンからのメッセージということでジミー・ページとベッカムが登場。ばかばかしい、と、即スイッチを切る。
虐殺の中国に、ロック草創期のアーティストとチャリティで有名なサッカーのスターが加担するとはね。ジョン・レノンが生きてたら、やっぱりこういうお祭りで歌っただろうか?
平和のメッセージ発信というオリンピックの使命はどこへ行ったんだ?いまやオリンピックには、コマーシャリズムとナショナリズムしかないじゃないか。

コンビニにビール買いに行ったら、

「はだしのゲン」

がコンビニ・コミック版で発売されてた。前から欲しいと思っていたのだが、ネットでは全巻揃が出てなかった。これを機会にそろえようと思い、1,2巻を買って帰り、読み始める。

●8月25日(月)
1230就寝630起床。

本の発送6冊。最近は売れても安い本ばかり。

今日はローン返済日だが、もし

アマゾンから入金

があれば振り込まなくてもいけるはずだ。朝、銀行で残高を確かめると、アマゾンからの入金はあったが、思ったより残高が少なくて、5千円の借り越しになっていた。苦しい回転だ。

昨夜からの疲れにもめげず皆出勤してきた。だが、ボスはどうもお疲れのご様子で、5時になったらぷいっと帰っちゃった。

北海道からのツアーの件で、向こうの提携団体からメールの返事が来ている。向こうは我々の企画が気に入った様子でやる気になっている。さあ、ネジまかなきゃ。

新聞によると、聖火リレー妨害で荒れたイギリスでも、オリンピック閉会式でのロンドンへのバトンタッチに、ロンドン市民たちは熱狂したとのこと。本当は苦々しい思いでいた市民が多数あるに違いない。新聞はなぜこんな予定調和のような報道しかしないのか。

今日ももひとりの夜。スーパーで買ってきた寿司が夕食。涼しいのでビールはやめにして焼酎を久しぶりにお湯割りにして飲む。

今日の言葉・・・

貞脆は人に由り、禍福は門なし。道にあらずんばなににか依らん。善にあらずんばなにをか敦くせん。

(陶潜)
(人の寿命の長短は運命の定めるところで、幸不幸もまたどこからでもやってくるものだ。人は常に正しい行いをし、また、良い行為を重ねて、悔いを残さないようにするよりほかに道はないのである。)「漢文研究法」 p77

●8月26日(火)
ゆうべ寐る前にベッドで「はだしのゲン」を読み出したら止められなくなり、結局、昨日買った極厚1,2巻を読了。後書きによると、父が反戦活動家であったこと、家の下敷きになった父と姉と弟を見捨てて逃げざるを得なかったという話などは、著者中沢の実体験らしい。

原爆投下後の地獄絵図

は、僕もいろいろな本や映像で知っていたつもりだが、やはり衝撃的だ。マンガでしかあそこまで表現できないだろうと思う。
ゲンの弟・進二が、ゲン以上に生き生きと描かれていて、それだけに炎に巻かれて死んでいくシーンは涙を誘う。
やたらぼかすか殴り合うシーンが出てくるのは気になるのだが、昔の日本はほんとにこうだったのかな?

読後、頭がさえて眠れない。起きだして焼酎飲みながらネットで「はだしのゲン」を検索したら、ウィキペディアに詳しい解説が出ていた。
「ゲン」の単行本版は、汐文社版と中公版がそれぞれ全10巻で一部・二部が出ていて、僕が今日読了したのは、第一部の全部で4巻目までに相当するという。第2部は、1部の登場人物がそれぞれ戦後の荒波にもまれて、母が死に、そしてゲンが上京するまでが描かれているらしい。中沢は第三部を書くと言っているのだが、眼を患ったために、それはどうも実現しそうにないようだ。
おもしろいのは、「ゲン」を連載した「週刊少年ジャンプ」の発刊元集英社は、反動を恐れてこれを長い間単行本化しなかったということだ。今読了した「極厚」リミックス版1,2巻を2005年にようやく出版したのだと。

これだけ調べたあとベッドに寝床に入ったのだが、まだ寝つけず、

金井恵美子の「目白雑録2」

を気の向いたところだけ拾い読みしていたら、おもしろくて結局ほぼ全部に目を通してしまった。金井はサッカー(「フットボール」としか書かないのだが)の大ファンで、しかもJリーグが大嫌いらしい。それとベッカムのことをぼろくそに書いてあった。寐たのは2時。

今朝は、6時頃から目は覚めていたのだが、700起床。

天気予報

で、明日から関東地方は週末まで雨で、強雨の恐れもあるという。カミさんは弱気になって、旅行中止しようかと言う。「降水確率80%いうことは、20%は降らん可能性があるちゅうことやで。こんなんで中止してたら旅行なんていつになっても行かれへんで」と僕。僕は基本的に晴れ男である(同僚のN女史といっしょのときだけなぜか雨に見舞われるが)。いままで不思議になんとかなってきたので、今回も何とかなるだろう、という気がする。

車中泊をする予定なので、

車の窓に取り付ける網戸をつくる。

窓枠の型紙をつくり、サッシ用の網をそれにそって切る。端をガムテープで補強し、車体との間はマジックテープで留める。
ばっちりうまくいった。

●8月28日(木)
27日、仕事終えて夜730、家族3人で自宅を車で出発。和歌山インターから、阪和道、近畿道を経て名神へ。遙が推奨する「新名神」「伊勢湾岸道路」に乗り換えて、豊田から東名に入り、28日午前230、愛鷹PAに着いて、ここで

車中泊。

最初は窓を閉め切っても眠れるかなと思ったが、暑くてしようがない。つくってきた網戸を貼って車の中は風が通り快適に。ようやく寝付いたこと雨が降り始め、窓を半分閉める。雷の音で何度も目が覚めるが、睡魔がまさってまた寝入る。隣で遙とカミさんもよく眠ってる。初めての車中泊は、悪天にもかかわらず成功だった。それに、PAが比較的静かで、車をトイレの真ん前に停められたものだからとても便利だった。
800に雨があがったので、出発。御殿場ICで降りて、箱根仙石原へ。また雨がパラパラと降ってくる。予定では今日は強羅に直行して登山鉄道に乗ることになっていたが、翌日に予定していたポーラ美術館の鑑賞を先にすることに。

ポーラ美術館

では、都合良く、カミさんも僕も好きなシャガールの特別展開催中だった。入場料はすこし高かったが、特別展も常設展もよく、また建物がすばらしくて、とても楽しかった。

美術館のレストランで昼食をとってる間に、雨は激しくなる。さあ、どうしよう、とりあえず強羅に行こうか、ということに。強羅駅で聞くと、登山列車・ケーブルカー・ロープウェイは平常通り運転しているというので、2日間有効の乗り放題チケットを買う。予約しておいたホテルの駐車場に車を預けてから、登山電車に乗り込む。ケーブルもロープウェイも、

ガスでまったく視界なし。

期待していた大湧谷ももちろん見えない。それでも、遙は、乗ること自体が楽しそう。桃源台から、芦ノ湖の観光遊覧船に乗って元箱根へ。そのころには小降りなっていたので、

箱根旧街道

を歩き、復元された関所を見る。ここはなかなか見事だった。遙に、「入鉄砲に出女」の意味を聞かれ、「うーん、今晩ゆっくり説明したるわ」。
甘酒茶屋からバスに乗り湯本、そこから登山電車に乗り強羅に戻る。530。

今夜の泊まりは、「四季倶楽部強羅スタイル」というお宿。小さな洋風建物で、5,6組しか泊まれない。部屋は日本間。格安で、施設も料理もまあまあ。グッド・チョイスでした。

夕食時、「入鉄砲に出女」を遙に説明。幕藩体制の構造を説明せねばならず、30分かかったが、遙は熱心に聞いてくれる。

テレビをつけると、東海地方や東京は集中豪雨でえらいことに

なっている。箱根だけなんで静かなの?


●8月29日(金)

夜中、激しい雷雨。

しかし、朝は、まぶしい陽光で目覚める。風呂に入り、食事をして800に宿を飛び出す。昨日のリベンジで、もう一度強羅駅から登山列車に乗って、大湧谷を目指す。ガスはかかっているが、昨日よりは眺望がきく。大湧谷駅で降りて、姥子まで自然探索路を歩く。いい道だ。強羅へ戻って、強羅公園を散歩してから、車に乗り換え、伊豆を目指す。

国道1号線

沿いの道の駅「箱根峠」では、ガスも晴れて、芦ノ湖と箱根の山並みの絶景を堪能。ほらね、やっぱりオレは晴れ男。
十国峠も快調に飛ばし、熱海のMOA美術館へ。ききしにまさるすごい施設。ただし、能面やら能衣装の特別展示をやっていて、僕の興味からははずれててすこしがっかり。でも東洋陶磁の展示室では、遙と「どれほしい?」といいあいながら見て回って楽しかった。

伊豆スカイラインを走って遙の要望の

城ヶ崎へ。

なぜか遙は、荒磯の観光名所が大好きなのだ。ふーん、って感じで波寄せる絶壁や名物の「穴口」を見て、帰ろうと思ってたら、

「蓮着寺」

への標識が。「蓮、着、寺?」・・・ああ、そういえば伊豆は僕の信奉する日蓮が流された地。その場所が城ヶ崎とは知らなかったが、その寺はまさに日蓮の島流しを記念して建った寺に違いない。幸い車ですぐ行けるところ。時間はすでに午後3時で、僕の今回の旅行の目的のひとつである熱川バナナワニ園の閉園時間も迫っているが、決断して僕一人で蓮着寺へ。寺には興味がない。日蓮が流された場所の雰囲気が知りたい、と境内へ駆け上がると、日蓮が置き去りにされたという伝説のある俎岩が見えるスポットに。波の間に間に見え隠れする俎岩。思わず、「南無妙法蓮華経・・・」、というのは嘘だが、感動した。

車に戻ると、遙が、「ねえ、なんで日蓮は流されたん?」と聞くので、「それは今晩ゆっくり教えたるわ」

車を熱川に飛ばしたが、

バナナワニ園

に着いたのは430。チケット売り場の人が、「5時で閉園ですよ。全部見るのに1時間は優にかかりますよ」と、チケット売りたくなさそうだったし、家族はぜんぜん入りたがってなかったので、泣く泣く諦める。よーし、ワニは、こんなとこより、またミシシッピで見るわ。
前にも書いたかもしれないが、僕はワニが大好きなのだ。

一路

下田

へ。海岸道路が気持ちいい。
今夜の宿は、下田港に面した巨大ホテル・黒船ホテル。施設は少々古いが、料金手頃でサービスはまあまあ。全室オーシャンビューはいい。露天風呂もいい。

夕食の間、昼間の遙の質問に答えて、

日蓮の一代記

をやる。身振り手振りを交えて一時間。日蓮の一代記がおもしろくないわけないやろ。遙もカミさんも熱心に聞いてくれる。

夕食後、下田駅へ。遙が、どうしても伊豆急に乗りたいというので、一駅乗って戻ってくる約束で、1人で乗り込む。それも旅館の浴衣姿で!無事に戻ってきた遙を乗せて、車で夜の下田の市街を回ってホテルに戻る。戻ったとたんに大雨に。

●8月30日(土)
夜中激しい雷雨。そしてまた、嘘みたいに、雲間から朝日が射す中で目覚める。
風呂に入り、お部屋食の朝食をとり、出発。

天気予報では、強い雨、となっているので、不安はあったが、山道をとり、

天城峠

に向かう。
川津七滝の一つ大滝と、歌で有名な浄蓮の滝を見物。昨夜の雨で水量が増した滝は驚くほどの水量で、迫力満点だった。天城峠から雨がぽつぽつ降り始める。

修善寺

では激しい雨に。でも、カサをさして寺を見に行こうとすると、雨は緩くなる。不思議やあ。遙に、修善寺の由来を簡単に説明すると、「なんで源頼家殺されたん?」「それは今夜また説明したるわ」
野村胡堂の「修善寺物語」は中学時代に読んだが何にも覚えていない。まあ、なんとか語れるやろ。

もうこれで帰れると思っていたカミさんに、「いいや、最後に三島の湧水群見るで」と言うと、「まーだ遊ぶん?」とあきれられる。

柿田川湧水公園

というところを散策。思ったよりも素晴らしいところで、湧水が集まった川にはもやが川面を這って幻想的な雰囲気。

で、ようやく帰路に。200沼津インターから東名に入り、往路と同じコースを帰る。途中どうしても眠くなったのでカミさんに運転を替わってもらう。寐てったから気づかなかったが、運転替わったとたんに土砂降りに見舞われたという。浜名湖インターからまた僕の運転で、700十三に着く。

帰ってから、今夜の読書は、と例によって伯母の書棚を物色し、野坂昭如「アメリカひじき」読む。野坂の小説を読んだのは初めて。昭和40年代、進駐軍コンプレックス抱く中年男(まさに野坂自身)のこっけいで哀れな姿を自虐的に描いている。ぜんぜん共感しない。
「アメリカひじき」という直木賞をとった作品の名前は知っていた。僕は今日まで、なぜか「アメリカひじき」を「アメリカ聖」と頭のなかで読み替えていて、アメリカをまわる高野聖のようなひとの話かと思っていたが、米軍が投下した物資の中に紅茶の葉が入っていて、日本人には何か分からなくて、「ひじき」のようなものだろうと煮て食べたがおいしくなかった、というエピソードからつけられた題名と知った。

続けて同じ文庫本に収録されてる「蛍の墓」を読み始めるが、つらくて、読み通せなかった。悲しい話は、だめだ。

●8月31日(日)
カミさんの実家で1230就寝700起床。
遙はゆうべ「二十なんとか時間」のテレビを遅くまで見ていて、僕も「修善寺物語」の件はもうすっかり忘れて寐た。

今日はかねての約束通り、KH工務店の人に、

住宅設備機器のショールーム

の見学に連れて行ってもらう。
まず南港にあるトステムのショールームへ。サッシ、扉を選ぶ。
遙、ニュートラムに乗りたいというので、トステムのショールームまで着いてきて、昼食後に別れて一人で電車に乗って家に帰る。
午後は船場のTOTOのショールームへ。キッチン、トイレ、洗面、バスを選ぶ。キッチンには、「300万円」というプライスタッグがついていて、恐くなった。予想以上に時間がかかって、終わったのは午後500頃。どちらのショールームでもきれいなおねえさんが説明してくれて、楽しかった。でもくたくただ。途中どうでもよくなったが、気持ちを取り直して、「きれい」で選ぶカミさんを牽制して「お得」で選ぶように口をはさむ。
最後に喫茶店で工務店の人と請負の仮契約の契約書を交換して、お開き。

十三の家に帰ってすぐ、和歌山向けて出発。
夕食は「幸楽苑」のラーメン。3人で760円。旅で贅沢したからな。1000着。

遙に、

この夏休み中、入った温泉の数

を数えさせると、なんと6つにもなる。白浜、神戸しあわせの村、鞍馬、加太、箱根、下田だ。
僕は、白浜と鞍馬には行ってないが、代わりに勝浦で入った。