霧島プロジェクト @Wiki 読書


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■「人生途上でかみしめた本」(1)

                    杉山 武子(鹿児島県)
                    iizumi@mvj.biglobe.ne.jp

  
★アンネ・フランク著『アンネの日記』★


今回からわたしの50数年の人生の途上で出会い、力づけられ、自分の人生につい
て考えさせられた思い出の本について、ご紹介したいと思います。ご愛読いただけ
れば嬉しく思います。


私の本格的な読書は、小学二年のときに読んだ『フランダースの犬』に始まります。
学校の図書室の利用が自由にできるようになった三年生になると、たいていの子ど
もがそうであるように、私も『小公子』『小公女』『あゝ無情』などから読み始め
ました。野口英世やエジソン、リンカーンなどの並んだ伝記の棚は、卒業までには
ほぼ読み終えました。面白かったからです。

小学生時代に最も繰り返し読んだ本はデ・アミーチス著『クオレ』。最も印象に残
った本はと問われれば、私は躊躇なくアンネ・フランクの『アンネの日記』をあげ
ます。真実の友がいなかったアンネは13歳の誕生日に貰った日記帳に「キティ」
と名前をつけ、隠れ家での出来事を友達に話すように詳細に書き綴ります。その試
みに刺激された私は、14歳ころから日記をつけ始めました。『アンネの日記』は、
感じたことや考えたことを「書く」という行為に、強い関心を持たせてくれた初め
ての本だったのです。

20代の終りころ『アンネの日記』が読みたくなった私は、皆藤幸蔵訳・文藝春秋
社刊の単行本を買って再読しました。そして今回、この原稿を書くためにまた読み
返して、アンネ・フランクが非常に早熟な少女であったことに驚かされました。そ
れだけではなく、周囲の大人たちへ向ける観察力の鋭さと旺盛な批判精神。普通な
ら親に甘えている年ごろなのに、父や母や姉に対する感情は、辛辣ですらあるので
す。たとえば次のような記述にはドキリとさせられます。

  お父さんもお母さんも、わたしを徹底的に甘やかし、かわいがり、か
  ばい、親としてできるだけのことをして下さいました。それにもかか
  わらず、わたしは長い間、とても寂しく、ひとりぼっちに残され、無
  視され、誤解されているような気がしてきました。お父さんはわたし
  の反抗心をおさえようとして、ずいぶん努力しましたが、効果はあり
  ませんでした。わたしは自分自身で、自分の行ないの間違っている点
  を見つけ、それをいつも忘れずに、自分で直してきました。

  わたしが煩悶しているとき、お父さんはどうして、わたしの心の支柱
  になれなかったのでしょう? お父さんはわたしに助けの手を差し伸
  べようとするとき、なぜ完全にまとをはずすのでしょう。それはお父
  さんの方法が間違っていたからです。 
              <1944年7月15日(土)の日記の一部>

10歳のとき、私は大人になったら物を書く人になろうと『アンネの日記』を読んで
心に決めましたが、今回読み直して、それは次の一節に触発されたであろうとことが
分かりました。

  私はジャーナリストになりたいのです。(略)
  お母さんやファン・ダーンのおばさんや、その他の多くの女の人たち
  のように、家庭の仕事をするだけで、やがて忘れられてしまうような
  生活をしなければならない自分を想像することはできません。わたし
  は夫や子供のほかに、何か心を打ち込んでする仕事を持ちたいと思い
  ます。

  死後も生きているような仕事をしたいのです。この意味で、神様がわ
  たしに文章を書き、自分の心を表現し、自分を発展させていく才能を
  与えて下さったことを感謝します。
               <1944年4月4日(火)の日記の一部>

アンネの深い洞察力と強い精神力と成長を感じさせられる、こんな記述もあります。

  世界には食物があまって、腐らしているところがあるのに、どうして
  餓死しなければならない人がいるのでしょうか? 人間はどうしてこ
  んなに気違いじみているのでしょう。
 
  私は偉い人たちや、政治家や、資本家だけに戦争の罪があるのだとは
  思いません。いいえ、決してそうではありません。一般の人たちにも
  罪があります。さもなければ、世界の人々はとっくの昔に、立ち上が
  って革命を起こしたはずです!人間には破壊と殺人の本能があります!

  わたしは快活な性質と強い性格をもっています。自分が精神的に成長
  していること、解放が近づいていること、自然はどんなに美しいかと
  いうこと、周囲の人々がどんなに親切かということ、この冒険がどん
  なにおもしろいかということを、毎日感じています。それなら、なぜ
  絶望する必要があるでしょうか?
               <1944年5月3日(水)の日記の一部>
      ※皆藤幸蔵訳『アンネの日記』文藝春秋刊より引用

日記には13歳から15歳までの少女の日常が、隠れ家に息をひそめて暮らすという特
異な状況下にもかかわらず、精一杯明るく楽しく過ごし精神的に成長していくようすが
綴られています。

しかし1944年8月4日、アンネとその家族など隠れ家にいた8人は密告によりついに捕え
られます。収容所へ送られたアンネの母親は翌年1月、アウシュビッツで死亡。アンネ
と姉マルゴットの二人は、それより前にドイツのベルゲン・ベルゼン収容所に移され、
2月に姉が亡くなり、3月にはアンネも15歳の生涯を終えました。収容所が解放され
たのは、その1ヵ月後のことでした。

ただ一人生き残ったアンネの父オットー・フランクは、戦争が終ってアムステルダムに
戻り、知人たちが大切に保管していたアンネの日記を渡されました。人生の希望を失っ
ていたフランクはアンネの日記を読んで、「アンネの死を無駄にしてはならない」「人
間性に対するアンネの信頼と希望のメッセージを世に人々に伝えることに自分の余生を
捧げよう」と心に誓ったそうです。『アンネの日記』初版本は1947年に出版されました。