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「一皮むけた」プロジェクトチームでの経験他

2004年05月26日

「一皮むけた」プロジェクトチームでの経験


 水曜日の日記を担当することになりました、浜 尚美と申します。
「カリスマ」的職員の面々に引き続き、また、MLでよくお名前をお見受けする論客に囲まれこの「日記」を書くのはかなりのプレッシャーですが、日ごろお世話になっている「管理人」さんの恩に報いるため(?おおげさやなあ)おひき受けさせていただくこととなりました。論理立てて文章をまとめるのは苦手で作成に時間もかかるのですが、日ごろメンテできていない頭の中を整理し、自分の考えをまとめるいいチャンスでもあるので、トレーニングも兼ねて書いてみようと思います。よろしくお付き合いください。
私は神戸市の北須磨支所保健福祉課というところで、市民からの生活衛生(食品・環境・動物衛生)に関する相談や苦情処理といった仕事を主に行っています。職種は技術職(衛生監視員・獣医師)です。平成3年に就職して以来、ずっと出先(区保健所)で業者や市民と直接接する仕事をしています。12年度の係長試験に合格し、13年度から現在の部署で主査をしています。最近は鳥インフルエンザやSARS・BSEなどで市民相談の件数も増えています。小3の男児・小1の女児の母でもあります。
さて、今回のタイトルである「一皮むけた経験」とは、ザリガニの脱皮やチョウの完全変態の様(ザリガニも青虫も自宅で飼育中なので、この表現がいちばんしっくりしますね)に、その経験を境に一回り大きな人間、より自分らしいキャリアを磨く人間に変わる節目のことです。神戸大学経営学研究科教授で、リーダーシップ・ネットワーキング・モチベーション・キャリアなど経営学の中でも人間の問題に深くかかわるトピックを主たる研究分野とされている、金井壽宏先生が書かれた『仕事で「一皮むける」~関経連「一皮むけた経験」に学ぶ(光文社新書)』に拠っています。(ちなみに先生の講演がこのHPやML発足のきっかけとなっていると思います。)
みなさんは今までやってきた仕事の中で「一皮むけた経験は?」と聞かれたら、何を、いくつ思い浮かべるでしょうか?
私にとっては、この「自治体有志の会」に加入するきっかけとなったプロジェクトチームへの参画(平成14年度)が外せません。これは、この会の管理人でもある大島さんが所属する「(財)神戸市都市問題研究所」が市の委託を受けて行っている庁内横断的な政策研究プロジェクトで、研究テーマは「市民満足度を高めるワークスタイルについて」。各局・各分野に携わる若手係長級12名余で1年間議論し、最終的には「職員の意識改革」「仕事の仕組み(システム)改革」と、それを「市民対応の向上」「市民参画の推進」に具体的に展開する「36の提案」としてまとめました。(機会があればまたご紹介したいと思います。)
 私がこのメンバーに選ばれたのは、たまたま事務局が求めていた「出先・技術職・女性」という3つの条件に合致していた以上の何者でもないと思います。というのも、「政策」的なことに関心が高かったどころか、専門職のため限られた職場・仲間・仕事しか知らず、日々の仕事を回すのに「政策」を考える必要にも迫られず、従って興味も知識もありませんでしたので・・。そのため、参加した当初は「NPM??」「PPP??」「ガバナンス??」「コンピテンシー??」「ベンチマーク??」「コールセンター??」など、今まで出会ったこともない横文字の応酬と、演繹法・・という理系の研究の進め方との違いにかなりギャップを感じました。でも、「政策」「キャリア」「システム」「地域・まちづくり」などに強い、熱いチームメンバーの議論を「聴いて」いるうちに、だんだんと引き込まれていき、最後のつめを行う時は週1回の会合も待ち遠しい(言い過ぎかな?)くらいでした。最終的には「職員の意識改革」の項でいくつかの提案ができましたが、自分の中では、チームのメンバーにたくさんのものインプットしていただいたにもかかわらず、戦力になりきれなかったなあ・・という思いがのこりました。何事も「いただきっ放し」は居心地が悪いものです。そこで、収支を合わせるためにアウトプットの活動を模索し、取り組みはじめました。
 その一つがまさに「これ(有志の会)への参加」です。プロジェクトチームが終了した現在、インプットを絶やさないための貴重な機会です。今まで専門知識の研鑽や業務上の情報交換にとどまっていた職種の勉強会では、インプットで得た「政策」に係わる知識を紹介し、行政職員としてもっと広い視野で仕事を考えていける人材を育てて行こうと思っています。また、仕事上、地域団体の方々に対してあまり良い印象がなかったので、「地域」に係わるのを避けていたのですが、プロジェクトを通して「地域」活動や「まちづくり」の大切さを再認識し意識が変わったのでしょうね。昨年度はじぶんの「地域」での活動にすんなり飛び込むことができ、様々な年齢・職業・立場の人と議論ができることにはまっています。まちづくりでいろいろな人がコンセンサスを形成するのに使われている「ワークショップ」という手法もプロジェクトチームのメンバーの協力を得て勉強することができ、様々な場面(飲み会でも?)で活用しています。「経営品質」とも出会い、アセッサー講習を受講することにより、同志ができました。今は職場で行政経営品質を導入する下地づくりをしています。さらに、「行政の範囲」というあたりでは、NPOとの関係を考えることが重要だと気づき、職員研修での「NPO体験研修」参加し、NPOの思いや活動を体感することができました。
どれもこれも、プロジェクトに参加しなければ前を素通りしていたものばかりです。すぐ結果が出るものばかりではなく、走りながら目的を考えている状態ですが、これらの活動通して視野や人間関係が広がり、結果的にそれが自分(仕事および人生)にとって大きな財産になってきていると感じます。
これからの日記も、それらの活動を通して感じたことをテーマに書こうと思っています。
 さて、みなさんも、仕事で「一皮むけた」経験を振り返ってみませんか?ザリガニの様にはっきりと脱皮した「皮」は残りませんが、誰にでも必ずあるはずです。改めて自分の成長・発達の奇跡と、さらに将来に向かうテーマが浮上するかもしれません。(本より一部引用)


2004年06月02日

潤滑油


  前回はすこし気合を入れすぎた浜です。前回の日記とはあまりつながりませんが、「一皮むける」ためには、日々の業務での「気づき」が重要・・ということで、最近気づいたことを書いてみます。
 この3月で退職された同じ係の女性は、とても魅力的な人でした。いなくなってはじめて、彼女の存在感の大きさを認識しました。与えられた仕事はきっちりこなすけれど、決して前面に出てばりばり仕事をこなすタイプではなかった彼女に、どうしてこんなに存在感があったのか改めて考えてみました。みんなが「気づかない」ところで、職場がうまく回るようにフォローしていたんですね。ちょっとしたことで休みがちになる同僚には、頼む仕事の内容やタイミングを考慮したり、アルバイトさんにも機嫌よく仕事をしていただけるように気を遣ったり・・、いわば、職場の「潤滑油」、しかも、プロの「潤滑油」だった訳です。彼女のおかげで、他の職員は自分の仕事に専念できることができました。それもこれも、彼女にみんなから信頼されうるだけの人格が備わっていたからできたのだと思います。3年前に夫に先立たれ、自分も胃がんを克服したが再発の恐れはある。そんな中で、命あるうちにできることをする・・とばかりに、趣味の山登りやガーデニング・写真・コンサートなどに全国を飛び回っている彼女の生き様は、周りの私たちに「自分もがんばらねば・・」と勇気を与えてくれました。
「仕事」というと、「業績」に目が行きがちです。「潤滑油」の役割は、評価しにくく、組織本来の「仕事」とみなされないかもしれません。でも、彼女の存在を通して、組織のメンバーが個々の能力を最大限に発揮し、スムーズに仕事を進めるためには、「潤滑油」の仕事(役割)も重要であると感じました。しかも、誰でもなれるものではありません。
彼女の抜けた穴はなかなか埋まりそうにありません。


2004年06月09日

「触媒」


 前回に引き続き、気づかないところで「仕事」を支えているものシリーズです。
みなさんの働いているオフィス、どんな環境ですか?狭い、古い、交通の便が悪い・・など不満も多いと思います。私も以前、狭くて人口密度の高い事務所で仕事をしていました。机の列の間が狭く、通り抜けるのに両側の人にイスを引いてもらわないと通れない。コピーをとりにいくのも一苦労です。そのコピー機をはじめ、他の用品や書類も空きスペースができたところに入れ込んで行くので、動線が錯綜している。「なんて非合理で使いにくい事務所なんだろう。もっと広いところで合理的に仕事がしたいなあ・・」と思ったものでした。
念願かなって、今度は新しい広い事務所に異動になりました(バブル仕様でした)。机の列の間も広く、通り抜けるのにイスを引いてもらう必要もありません。コピー機は専用の区画にあり、廊下を通って行けます。用品も動線を考えて配置しているので、無駄な動きや動線の交錯がありません。合理的に仕事が進められ満足するはず・・と思いきや、何か物足りない。何でなんだろう・・と考えてみました。人との接点が少ないのです。
狭い事務所では、列の間を通るとき、通る人もイスをひく人も気を遣い、自然とあいさつや声かけがありました。コピーをとっている時や動線が交錯するところでは、黙っていると気まずいので否応なくコミュニケーションが発生しました。そうすることがお互いの存在を認め合うことにもなり、事務所全体の雰囲気もよくなりました。また、そのコミュニケーションによって得た情報や人間関係が、新しい事業を考えたり進めるのに役に立っていました。
一方、広く合理的な事務所では、人との接点が少なく「余儀ない」コミュニケーションが生じにくいのですね。誰がどこでどんな仕事をしていても自分には関係ない世界です。決まった仕事を決まった時間でするにはその方が良いかもしれませんが、チームで話し合いながら仕事を進めたり、新しい仕事を考えていくためには、ささいではあるけれど普段・不断のコミュニケーションは非常に大切だと感じました。そして、そんなコミュニケーションの場を作り出すため、適度に狭い「オフィス空間」は重要な触媒だなあと思いました。(もちろん「狭さ」ではなく、そういう「接点」があるかどうかがポイントなのですが)
よく見てみると、世の中にはいろいろな「触媒」があります。例えば「子供」や「ペット」。子供が小さいころバギーに乗せてお買い物をしていると、いろいろな人に声をかけられたものでした。また、犬の散歩をさせている飼主同士が仲良くなるというのは良くあることです。先日「介助犬」(障害者の生活を補助する犬)を利用されている方のお話を伺って気づいたのは、介助犬がいることにより「生活の補助(本来のお仕事)」や「心の安らぎ」を得られるだけでなく、犬を連れて歩くことによりいろいろな人に声をかけられるので、地域の人と仲良くなる・・すなわち障害のある主人と社会と結びつける重要な触媒になっているということです。
私自身も公務員として、「人と人」「人と社会」を結びつける触媒でありたいと思います。あくまでも主役は「市民」なのですから。


2004年06月16日

「原点」


 最近気になっている言葉の一つです。
私の職場で「仕事と職場のこと、そして人間・人生について考える」個人的なニュースレターを作られている方がいらっしゃいます。その中に「プロジェクトX otaku」というコーナーがあります。言わずと知れたNHK「プロジェクトX」のストーリーを取り上げたコーナーです。前回は、あと半年の命と宣告された拡張心筋症の女性の 心臓の一部を切り落とすという、日本初のバチスタ手術に挑んだ医師、須磨久善さんの話「奇跡の心臓手術に挑む」でした。心臓外科の世界ではトップクラスの技術を持つこの医師の挑戦も「売名行為だ」「手術の方法が確立されておらず先走りだ」という批判があったそうです。また、失敗すれば病院の存続にもかかわる重要な問題でした。にもかかわらず、「もう次の自分の誕生日はないのか」という患者の悲痛な訴えに手術を行う決心をし、手術は成功。その時の須磨医師の言葉「医師というのは、患者のためにいるわけで、医師としての名誉や地位などどうでもいいことです。大切なのは、医師が患者から見捨てられないようにすることです。」「どんな仕事でも原点がすごく大事です。原点がはっきりしていれば、どんなにつらいことがあっても、そこからもう一度やり直そうという気持ちをたてなおせるじゃあないですか。」を読んだ時に、非常に感動したと同時にうらやましく思いました。そして、自分にとってこのような「原点」は何か?いや、まず、そんなものあるのかな?その場その場でそれなりに仕事はしてきたつもりですが、「原点・・・?!」と考え込んでしまいました。
子供との会話の中で、同じようにドキッとしたことがあります。この春小学校に入学した娘に「お母さん、お母さんはお仕事の中で何が一番楽しい?」と聞かれた時です。多分、子供にいつも「学校で何が一番楽しい?」なんて聞いているので、切り返しを図られたのだと思います。正直言って言葉に詰まりました。「子供にどう説明すればわかるかな?」と思ったのならまだ救われますが、「いったいなんだろう?」と考え込んでしまった自分がありました。ちなみに子供は私の質問には「給食と休み時間と体育っ!」と胸を張って答え、親としては「元気はいいけど授業はどうなの?」なんて思っているわけですが、私も同レベルかも知れないぞ(「お昼休みと飲み会っ!」)と思いました。
上記のニュースレターを作られている方の原点は、震災時に遺体安置所の責任者として働き、数多くの突然で無念な死を見たことによるそうです。そう考えると、「原点」も、いろいろな経験を積んでいくうちに出来上がっていく、あるいは変化していくものかも知れず、焦らなくてもいいのかもしれません。大切なのは「自分にとって原点は何か?」を時々考えてみることでしょうか。


2004年06月23日

「スペシャリスト」


 ニセコの講演会&オフ会は盛況だったようですね。星乃さんはじめみなさんのメールのやり取りで熱さが伝わってきました。この時期の北海道はベストシーズンで、参加された方々は、議論はもとよりニセコの自然(もちろん温泉も!)を満喫されたことと思います。うらやましい限りです。
さて、毎回なんの脈絡もなく思いついたことを書いていますが、今日のお題は「スペシャリスト」です。
実は、この「有志の会」で得た貴重な情報を顔の見える範囲で共有したいなあ・・ということで、職種の勉強会で時々ネタを使わせていただいています。先日は山路さんが常々提唱されている「公私融合」とか「自治体プロ職員」について紹介したところ、『私たち専門職種といわれている者たちが自治体で「プロ職員」であるためにはどうあるべきなのか、自分の興味や夢を公私にかかわらずかなえるということは、おのずとスペシャリストを目指すことになるのではないか?』いう意見が出ました。そう言った彼女は、自分の専門性を活かして仕事を進めて行きたいにもかかわらず、いろいろな制約のなかでそれができずに行き詰っているようです。
 改めて「行政でのスペシャリスト」ってなんやろ?・・と考えてみました。でも、考えてみると難しくて、いつもにも増してわかりにくい文章であることをお許しいただくと同時に、みなさんのご意見をお聞きしたいと思います。
一番簡単な答えは、「専門職としての自分の技術や知識が直接的に業務に活かされる仕事をしている人」ですが、行政ではそんな人は一握りです。じゃあそれ以外の、専門職でなくてもできる仕事をしている人がスペシャリストじゃないかというと、そうとは限らないと思います。自分のなかに専門職であるというこだわりがある場合は、自分のアンテナがそこに向いているので、どんな業務をおこなっていてもその考えが反映される、すなわち同じ仕事でも専門家として付加価値をつけた仕事ができるし、そのことによって自分も満足できると思うのです。
最近行政事業の民間委託により、私の周囲の専門職の方も事務職転換を余儀なくされています。これからの時代、専門職は、単に「技術屋」ではいられないと強く思います。先日「トヨタビスタ高知」という事業所が取り組んでいる、顧客満足のための仕組みに関するビデオを見ましたが、整備の人が直接お客さまに点検の結果やメンテの方法について説明しており、そのための研修なども受けていました。ましてや行政では、専門的技術や知識を市民に直接的・間接的にどう還元するのかを考え、企画し、実施する能力が必要でしょう。そのためには、専門知識だけでなく、幅広い知識や生活体験も必要だと思います。
昨年夏の有志の会講演会で、白井尼崎市長が「スペシャリストであってもゼネラリストでないといけない」とおっしゃられていました。行政でスペシャリストとして仕事をすることに生きがいを感じるのなら、おなじ物事を見聞きしても、そこに自分のスペシャリストとしての付加価値をつけられるものを見つけだす「アンテナ」あるいは「引き出し」をたくさん持っているかどうかで、仕事の楽しさはかなり違ってくると思います。