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流れ星の言いたい放題

2004年06月25日

流れ星の言いたい放題(1)


みなさん、こんにちは。

長崎県国見町の藤井さんの後を今週から受け持つ“流れ星”です。
とりとめのない話の連続になると思いますが、よろしくお願いします。
初回は、私が今の自治体に就職したころを振り返りたいと思います。

私は東京近郊で生まれ育ち、「二番手」の高校に進学して一浪での大学合格をめざしていました。ところが、高校3年生の時に家庭事情が急変し、浪人なんて許されない状況に陥ってしまいました。そこで、冷やかしで受験していた国家公務員初級の合格通知が脚光を浴びてしまうことになったのです。
「初級」でばれてしまいましたね。もう25年も前のことです。

県内の国の出先機関に就職しました。なぜ、そこに就職したのかというと、最初に呼ばれたところだったからです。だいたい、採用までの手続きもよく知りませんでした。就職に対する意識なんて何もなく、だいたい社会に出る上での準備もない、世間知らずでした。3月末にスーツを持っていないことに気づき、あわてて買いました。ネクタイの結び方も知りませんでした。

4月初旬に簡単な研修が数日行われ、同期の仲間にインベーダーゲームを教えてもらいました。毎日電車に乗るのも、昼食に数百円使うのもドキドキしていました。
配属された職場は親切な人たちに恵まれ、こどものままの私を暖かく受け入れてもらいました。言われるままに仕事を覚え、言われたことしかしない公務員になりました。残業なんてほとんどなく(年間で10時間いかなかったと思います)、ただ決められたことを決められたとおりに毎日こなしていました。仕事はまじめにしていたと思います。仕事のマニュアルを「読め」と言われる前に読んでいたので、ほめられた覚えがあります。

正直、仕事にやりがいを見つけにくく、また周囲の空気も淀んでいて、仕事以外に生き甲斐を見つけていた人が多かったように感じます。みんな仕事はまじめにこなしていましたが、打ち込んでいるという感じはあまりしませんでした。
出先機関のそのまた端っこの部署だったので、なにかに参加しているという意識を持つことがなかったせいかもしれません。私も無事につつがなく定年まで勤めるつもりでいたのです。

そんなことを約8年!続けていたある日、市(首都圏の指定都市です)の募集要項を目にしました。隣の芝生は青いといいますか、いろいろな仕事ができる可能性が広がっているような気がして、「受けてみようかな」という気持ちになりました。そのときの上司がまったく仕事をやる気がない人だったのが強い動機になったと思います。
私は高卒で、すでに受験資格がない年齢になっていましたが、小児麻痺で足が不自由なので身体障害者採用枠では受験することができたのです。
勤めている職場には当然内緒で受験しました。受験してみたら、とてもとても簡単な問題でした。面接試験では執拗に「今の職場をなぜ辞めたいのか」と聞かれましたが、「可能性を広げてみたい」で押し通しました。
試験の内容や面接から、市が望んでいる人材ではないような気がしましたので不合格を覚悟していましたが、合格してしまいました。

2月初めに合格通知をもらってから、働いていた職場に「辞める」と伝えて、たいへん怒られました。怒られたけれども、引き留めもされませんでした。別に慰留を期待していたわけではありませんが。
結局、3月31日まで前の職場で仕事をし、4月1日の辞令交付を迎えました。
3月までの職場は、同じ市内にありましたので、転職したんだ!との実感もなく、集合時間に会場に行ったら扉は閉まっていて(総務が集合時間を1時間まちがえていました)前途多難の再就職でした。市長選のさなかでしたので助役から辞令をいただきました。
こんなわけで、自治体で働く理想に燃えていたわけでも、地元に愛着があったわけでも、自治体職員にあこがれていたわけでもない私が、“なんとなく”市職員になってしまったのです。こんなことでよいのでしょうか。

配属された職場は、今まで市民として利用していた福祉事務所でした。カウンターの反対側への華麗なる転職です。福祉係で相談にのってくれていた職員の方は、とても親切に話を聞いてくれ、私が伝えたいことを上手に引き出してくれた方でした。この方の存在も私が市を受験してみようと思った理由の一つです。
忙しい職場とはいえませんでしたが、明らかに今までの職場とは緊張感が違います。若い職員が積極的に仕事に取り組んでいました。

ただ、驚いたことがいくつかありました。
1 管理職のところにやたらとお客が来ます。本庁舎近くの職場でしたので、出張ついでに「おともだち」が寄ってきます。そのほかにも関係業者がにこやかに職員の席までやってきます。以前の職場が不祥事だけは神経質だったので、とても違和感がありました。
2 そのお茶を女性職員がこまめに入れること。女性は「××ちゃん」と呼ばれていたし、休むと「生理か」なんておじさんたちが言います。もう口があんぐりでした。
3 朝、庶務主任が管理職のために夜の麻雀メンバーを集めていたこと。集まらないと主任が自分が出なければなりません。
4 ゴルフをする人がとても多いこと。ゴルフなんてカネのかかるもの、公務員がするものではないと思っていました。同じように株取引をしている人がたくさんいるのにも驚いたし、持ち家率が高いのにも驚きました。
5 大卒の割合が高く、どこの大学を出たかに注意が払われていました。高卒は肩身が狭い雰囲気がありました。
 同じ公務員でもずいぶん違うのだなぁということと、とんでもないところに来てしまったのだという気持ちで、転職は失敗だったかもと思っていました。

私はとても簡単な仕事を与えられ、それを間違えてばかりいました。「今
年の変な新人は使い物にならん」と思われていたと思いますが、それほど戦力として期待されていなかったとも思います。私が採用されて職場は増員でしたし。
これで、おとなしくしていればよかったのかもしれませんが、私は黙っていることができないたちです。職場旅行に参加しないと言って以来、「生意気な新人」は、上のようなことに逐一反発していくことになりました。係会議で、上司に異を初めて唱えたときには、みんなから宇宙人を見るような目で見られました。飲み会にも出ない私は、職場の輪を乱すお荷物職員となっていきます。

と言っても私自身も、転職したにせよ、親方日の丸意識の公務員でした。
次回は、私の「気づき」についてお話しできればと思います。


2004年07月02日

流れ星の言いたい放題(2)


 特別な経験や資格がいらない仕事では、どんな人たちとどんな場所で働くかは重大問題です。自治体の仕事はその範囲の広さから、職員の人事配置についていろいろなことが起こります。
 言いたい放題の2回目は、私の異動をもとにお話しします。

採用後、それなりに毎日をすごしていた私でしたが、時間が経過していく中で、当初の上司はいなくなり係の古株になってきました。ジョブローテーションもあり、それなりに責任のある仕事を任されるようになるとやる気も出てきました。単純ですが、「自分が必要とされている」「自分が認められている」と感じました。働くと言うことについては、やはりここのところが重要なのだと思います。
 すでに社会人の経験があるといっても、この市役所では私は新人ですので、いろいろな仕事をしてみたいとの希望は機会があるごとに言っていました。私たちの自治体では毎年異動の意向調査が行われますが、私が希望していた職場は「人数が少ない職場なので障害者はいらない」とのことでした。そんな職場はこちらから願い下げです。それから異動希望は「どこでもかまわない」と書くようにしました。ある年、異動の内示がありましたので喜んでいましたら、翌日「流れ星ならいらない」と異動内示が消えました。異動してから「おまえなんか欲しくなかった」と言われるよりはよかったと思いました。
 なんか、すごい自分勝手なトラブルメーカーのように思えますが、友人もたくさんできましたし、仕事上の人間関係も二年目からは良好でした。ただ局庶務や人事関係に「協調性に欠ける」というすり込みがされてしまったことは否めません。不徳の致すところでございます。
 それでも、区役所の国民健康保険係、物品契約部門、統計調査部門と私を拾ってくれるところがありました。途中、運良く係長試験にも合格し、「流れ星が合格するのだから、誰にもチャンスがあるということだ」との暖かいお言葉もいただきました。
 物品契約に異動したころから、私の言いたい放題が必ずしも悪くない方向に動き出したことを感じていましたが、自治体職員としての大きな転換点は自治大学校に派遣されたことです。6ヶ月の寮生活なんていやでいやでしかたがありませんでしたが、職場から離れて地方自治や法律の勉強を改めてできたことは、たいへんありがたい時間でした。また、地方分権一括法が自治体の大テーマだった時期でしたので、これについてもいろいろなことを考えることができました。全国から集まる優秀な(本当にこの人たちは優秀です。こんな連中を「仲間」なんて言っていいのかなとずっと場違いな感じがしていました)人たちから刺激をもらい、貴重な半年となりました。ただ、県職員の人たちの話の中に、なかなか住民の視線が出てこないのが気になりました。法律と条令と国の施策と市町村自治体は出てくるのですが、生活している県民が登場しません。私はそれまでの仕事で市民の方と接する機会が数多くありました。市が何か行うと、それは市民の方に直接働きかけることになるので、市民の視点を自然と持つことになります(ネガティブだったとしても)。とかく、市民との接点は苦情とかあまり職員にとってよい印象にならない場合もあります。でも、そのことが自治体としては大きな強みであると思うことができるようになりました。
この視座から自治体の仕事を考えてみて、職員研修の仕事をしてみたいと思うようになりました。異動の希望を「どこでもかまわない」をやめて、職員研修の仕事に就きたい旨を上司に伝えたら、運良く異動することができました。
実際にその職場に入ってみると、外からは見えないたいへんなことがたくさんありますが、希望した仕事に就けた幸せを感じています。

さて、次回は「社会のルール」について書きたいと思います。


2004年07月09日

流れ星の言いたい放題(3)


「社会のルール」

私は松葉杖を使って歩いています。昔は杖なんかなくても歩けましたが、年齢による衰え(;_;)からか杖が手放せなくなりました。
杖と一緒にまちを歩いてみると、いろいろ注文が出てきてしまいます。たとえば道路にはいたるところに段差があるし、歩道の真ん中には電柱が立っています。きれいに整備されている街路も放置自転車で人が通ることができません。駅のコンコースのきれいなタイルは、雨の日には杖の先が氷のように滑ります。南欧風のデコボコデザインのおしゃれな路面は靴の先が引っかかり、靴が傷だらけに。転ぶと周囲の人は「気をつけて」と声をかけてくれますが、気をつけなくて転ぶわけではないのです。
 ラッシュ時の駅では人の波に乗れません。階段の手すりのないところをみんな昇っていくけれど、私は手すりがないと昇れません。けれども手すりのある両端は人が駆け下りてきます。私は人の流れに逆らってぶつかりながら昇ります。じゃまなのはわかるけれど、こちらも転げ落ちるわけにはいかないので必死です。階段の表示は「昇り」になっているけれど、自然にできた人の流れは表示とは違います。でも、それでうまく社会が回っているんです。
暗黙の社会のルール。
「赤信号みんなで渡れば恐くない」は赤信号は本来は止まるべきとのニュアンスがありますが、なし崩しに一度流れ出した人の動きはルールそのものを無意味にしかねません。それでも最低限のモラルというか、思いやりがあるので何とかなっているのでしょうが、最近よく見かけるのは救急車が進めない姿です。サイレンを鳴らした救急車が近づくと車はもちろん道を譲ります。ところが、繁華街近くでは歩行者や自転車が救急車が来ているにもかかわらず、道を明けないのです。「救急車通ります。道をあけてください」と消防隊員の方がマイクでお願いしながら、やっと通してもらうというありさま。

 社会のルールを軽視する風潮があるように感じられます。ルールをみんなで作ったみんなのものとは見ず、学校の校則のようにあらかじめ決められたもの、与えられたもの、自分を縛るもの、何か抜け道を見つけた者が利口という価値観が蔓延しているのではないでしょうか。交通ルールなどはその際たるもので、「見つからなければよい」とみんな思っているのでは?先ほどの駅の階段も、交通規則も実態に合わせたものにするべきだと思うのですが、「決まりは決まりとして」残そうとします。どうしてなのでしょうか。

 私の自治体で軽視されているのは、いろいろな締切日です。たいてい遅れる人が出てきます。担当もそれを見越した締め切りを設定しているので、「締め切りに遅れる」ことがそれほど悪いことだと思われていません。新規採用の若い職員から「で、本当の締め切りはいつなんですか?」と聞かれたときには怒りました。もちろん、内容と相手にもよるのでしょう。でも、どんな相手だとしても締め切りは守るのがあたりまえだ(のクラッカー)と思いますし、通常の状態ならば守ることのできる日程を設定するのが当然だと思います。
 
ルールに関して、本音と建前の使い分けを支えてきた家族的共同体意識、「世間」の目、根本的な倫理観が崩れてきている中で、本音を全面に出して理の世界を壊していく人たちに、流されずに立ち止まりながら「これで本当によいのか」と問うていきたいと思います。これが、住民の声を無視しながら好きなことだけしているとの声を意識しながら。


2004年07月16日

流れ星の言いたい放題4


「ドイツ博物館の受付係」

駐車違反でレッカー移動された経験がある方はいらっしゃいますか?
私は日本では一度も駐車違反で捕まったことは(したこと・・・?)はありません。でも、ドイツでは見事に持って行かれました。

ドイツ・ミュンヘンに行ったときのこと、ミュンヘンにはドイツ博物館という、ハイデルベルク印刷機やダイムラーベンツ、旋盤からUボートまで「技術大国ドイツ」の歴史を展示した博物館があり、そこは旅の大きな目的の一つでした。レンタカーで行ってみると、博物館の周囲は路上駐車がびっしりでどこにも駐車スペースがありません。ところが、車いすマークがついた場所だけはきれいに空いています。私はそこで大丈夫かなと勝手に判断し、一番便利なその場所に車を駐め、博物館を堪能しました。

数時間後に戻ってくると車がありません。「警察に持っていかれた」とは思いましたが、路上になにも表示されていません。ただ、車がなくなっただけ。浅はかな行動を悔やみつつ、途方にくれました。レンタカー会社に電話しましたが、日本語サービス時間外で、私のイギリス語やドイツ語では、電話で詳しい話はできません。このまま放っておこうかなとも思いましたがそんなわけにもいかず、結局思考停止状態のまま博物館のインフォメーションに行きました。
そこでは係員が来訪者の質問に答えています。私たちも数時間前に入館について教えてもらった場所でした。その人に、レンタカーで来たこと、身障者用スペースに駐めたこと、車がなくなったことを伝えると、察しがついたようでした。ドイツでは身障者用の駐車スペースに駐車するには、専用の証明書が必要で、その表示がない車は、定期的に巡回している警官に発見されるとすぐに容赦なく持っていかれるのだそうです。ちなみに私の車は駐めてから25分後にお縄になっていたことが後でわかりました。
そのインフォメーションの女性は、時々やってくる他のお客を捌きながら、電話を次から次へかけまくりました。様子から判断すると、まず車の所在を確認し、次に私の駐車違反の罰金(約2万4千円)が課されないように交渉をしているようです。30分後、彼女は車が今ある場所とそこへの行き方、車を受け取るときに必要な手続きを何回も繰り返して教えてくれました。「あなたの状況を説明したのだけれども、どうしても罰金はかかってしまうようだ」と申し訳なさそうに言いました。博物館の利用者だったとはいえ、自分の仕事とは直接は関係のない、言葉も満足にできない「犯罪者」にここまで親切にしてくれたことに、感謝し感動を覚えました。これがドイツ人の「客に対する親切心」なのかとも思いましたが、事態を把握し、その解決策を考え、手はずを整えた上で、言葉を理解することが難しい相手に情報を伝える、という作業をてきぱきとこなした姿に、プロの職業人を感じました。

さて、教えてもらった住所をタクシーの運転手に伝えると、なんともいえない笑みを浮かべ、「たいへんだね」というような言葉をかけられました。同情されたところをみると、駐車違反に対しての感覚はドイツでも日本と似たところがあるのかもしれません。確かに心労と散財と時間の無駄でたいへんでしたが、あれだけ徹底した取締りをしているのならと納得もしています。やはり権力の行使に当たっては、公平・公正・中立が必須ですね。

こうして外国で痛い目にあった私は、事前調査を欠かさなくなりました。多くの国で身障者用スペースに駐車する際にはその資格を示す特別の証が必要なようですが、旅行者がそれを手に入れるのは簡単ではないようです。そんな中、アイルランド大使館は「特別な証明は必要ありません。わが国のドライブを楽しんできてくださいね。」と教えてくれました。
。。。嘘でした。
アイルランドでもブルータグと呼ばれる青い「身体障害者スペースに駐車してもいい証明」が必要です。ゴールウエイという町でタイヤをロックされ80ユーロを請求された私は、子供のように「だって大使館が」を繰り返しましたが、係員は苦笑しながら首を振るばかり。やはり現場に確認しないと、外交官なんてエリートは生活情報には疎いようです。

来週は、私の頭痛の種「目標管理による人事評価」について言いたい放題!


2004年07月23日

流れ星の言いたい放題(5)


目標管理による人事評価

毎週月曜日の「自治体職員のキャリアデザインを考える日記」よると、自治体職員の成果に応じた報酬を設ける際には、いろいろ難しい問題があるようです。「均等報酬原理」とか「アンバンドリング」とか、月曜日を読み解くのも難しいのですが、自治体職員の「成績表」は簡単に作ることができません。

ある自治体で人事評価に目標管理を導入しようとしています。
「仕事をしてもしなくても同じ」悪弊から脱却するために、成果をもとに評価していこうと考えたものです。業績評価と能力評価の二本立てで精緻な人事評価制度を構築し、その人事評価を勤勉手当に反映させて、職員のやる気を引き出そうとしました。対象を管理職にとどまらず、一般職員までも広げているところが特徴です。

月曜日の日記からお答えをいただけるかもしれませんが、上記のような制度が機能するのでしょうか。
たとえば、住民票を発行することが主な仕事になっている職員の場合、発行件数を指標とすればよいでしょうか。一件あたりの処理時間を短くすればよいでしょうか。
福祉関係の相談業務の場合はどのように考えればよいでしょうか。庶務・経理業務の場合はどうでしょうか。これらの仕事のような場合、市民の皆さんのために一生懸命に働いている仕事が制度の「成果」に現れてこないように思えるのです。
上記のような仕事の場合、たとえば利用者の満足度を測って指標としていくようなことも考えられますが、職員個人でできることでもありません。課単位ぐらいで考えていきたい課題です。
各々が自らの仕事と組織の目標について意識し、仕事の質を高め幅を広げていくことはすばらしいことだと思いますが、一般職員の場合仕事について権限を与えられず裁量の巾が狭いのに、目標管理を導入してしまうところに無理があると思います。
多くの職員は「大部屋主義」で仕事をしているので、業績の評価を個人の評価に直接つなげていくのもいろいろ難しい気もします。お金や昇進に結びつくとすると、冗談のように語られている「目立つ仕事しかしない」人が出現するかもしれません。フォワードだけのサッカーチームは機能しません。

組織のパフォーマンスを高めていくために、そんないろいろを管理して成果を出していくのが管理職のつとめで、目標管理による人事評価は管理職のみを対象にするべきだと私は思います。


2004年07月30日

流れ星の言いたい放題(6)


阪神が連敗を止めてうれしい流れ星です。
私の日記も今回が最終回となりました。

ある講演会で都市観光の話を聞きました。
「この町にも観光資源はたくさんある。いままではそれを活用してこなかっただけだ」たくさんの人が住んでいて、たくさんの人が他都市からやってくるのだから、みんなにこの町でお金を落としていってもらおう。
※うーん
今まで特別なことをしていなかったのを、新しく取り組んでいこうというのはいいことだと思います。ただ、それが市民の望んでいることなのかどうかが疑問なんです。
「やらないよりはやった方がよい」というのは、右肩上がりの経済成長時代はそれでよかったのだと思うのですが、現在はどうなんでしょうか。いや、経済活性化で市税収入を確保して、商業地にも活気を作ることが大切なことはわかるのですが、本当にそれが必要なのか。

私が働いている自治体は、地理的に狭いので、東京などの周辺都市にすぐ行くことができます。市内の移動よりも東京に行く方が早い場合もあります。そうすると大規模商業施設なんか市内に作る必要なんかないし、他都市に流れる購買力を市内に取り戻す(取り戻すよりは奪うが正しいと思うのですが)ことが、市民から本当に求められているのかどうか。
東京に買い物に行っているのは、東京に行きたいのであって自宅の近くに東京が欲しいわけではないと思うのです。ましてや、東京に行くよりも時間がかかる市内に来てくださいなんて、利用者のことを本当に考えてのことなんでしょうか。

確かに産業空洞化で市税収入が下がって、潤沢な財政資金を背景とした高サービスを提供できないかもしれない。少子高齢化が進む現在、どうしても行わなければならない行政サービスも膨らんできている。だったら市民の皆さんに負担していただけばよいのではないでしょうか。なにも旧来の「産業振興」「商店街活性化」による税収入増加による打開だけが策でもないのではないかと。
現在の自治体が抱えている根本的な問題に、既にあるものを維持するためのコストが高すぎることると思います。

やめちゃいましょうよ。

今日、ちっちゃな本当にちっちゃな仕事の話で、ある仕事を縮小しようと関係者に相談しました。たぶん、今から新しく始める仕事なら「そんなことは必要ないよ」という話になるのですが、その関係者は「今までやってきてまったく意味のないことではなかったのだから」と縮小に反対でした。

自治体職員に限らず「やめる」ことができないでいます。補助金を減らす、なくす。助成の対象を見直す。みんな既得権益者がいて多くは反対の声をあげます。他の人は黙っちゃうんだな。公務員の給料を減らすとか人数減らすとかは賛成するけれど、これだって自分が関係する職場から人が減ってしまうことは、減ってからでないと気がつかない。気がつかないのは、情報の共有ができていないからだと叱られそうですが、それは「役所の中でうまくやらなきゃ」という話になると思います。
議会も利害関係の調整の場とはならず、みんな自分の利害ばかり言っていませんか。行政部のチェック機能を果たすよりも外部からチェックされる始末じゃん。
どうしてでしょう。やはりこの自治体を共同体とは思っていないからではないでしょうか。
少なくとも、私が働いている、住んでいる市は共同体でも自治体でもありません。地方団体だわ。分権改革も金の話ばかりですが、自分の生活の共同体から考え直す必要があると思います。
生活の場としての共同体から考えると、たばこを吸っている高校生に注意するとかから始めたい。俺たちの若いころは(オヤジの決まり文句)少なくとも隠れてすっていたぞ。でも、注意して逆ギレで殴られて、交番に助けを求めても警官に見ないふりされても怖いし。仲間作って数で勝負するしかないか。
そんなことをブツブツ言いながら、市民の役に立つ職員を目指します。どうも仕事をしている中で、「俺っておかしいのかな」と思うことが多く、特に今の職場に来てから多くなったのですが、やっぱり「おかしいことはおかしい」と声をあげていきます。独善になっても困るけれど、幸い、信頼できる先輩や仲間もいます。市役所の鋤になろうと思います。畠も時々新鮮な空気を入れないとだめになっちゃうでしょ。

国見町の藤井さんは後継者を間違えたと後悔なさっていると思いますが(スミマセン)、来週から期待の大型新人が登場します。ご期待あれ

毎週金曜日にわけのわからない文章を読んでいただいてありがとうございました。 
「真砂なす数なき星の其中に 吾に向ひて光る星あり」子規