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死にたい奴この指とまれ:第6話

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匿名ユーザー

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校長室の椅子のような、大きな椅子に座らされた。渡された被り物を被る。

「これは、自殺シミュレーションマシン、ルーシー102号です」

「そのシミュレーションって、なんなの?」

「簡単に言えば、体験自殺ですよ。いろいろな死に方を体験して、自分の願望に合った方法を選ぶためのサービスです」

「僕は、思いっきり目立つのがいいんだ。人が見てる前で、派手にドーンと」

「なるほど、劇場型自殺ですね。さすが、ムービースターの遺伝子ですな」

ムービースターの遺伝子、という響きに一瞬嫌悪感を憶えた。

「あ、確認し忘れてました。シミュレーションは料金一〇〇〇万円ですが、大丈夫ですか」

「何千万でももってってよ」

「では、やってみましょうか。試しに、飛び降り自殺のシミュレーションなど」

老人は、机上にあるコンピュータらしきものを操っている。

「まずは、遺書を作ります。劇場型自殺のあなたにとって、遺書は重要です。

自分の死をどう見せるか、言葉で表現するものですから」

「遺書、か…。そういえば、何も考えてなかった」

「大丈夫です。こちらで自動作成しますので、胸に手を当ててください」

一郎は言われるがままに、右手を左の胸に当てた。

「簡略化バージョンでいってみますか」

スクリーンに文字が打ち出されてゆく。

 

  鳥になる痛いうまく僕がどこへ呼んでた 木山一郎

 

「はぁ?ちょっと、これ意味不明だよ」

「驚いたでしょう。そう、現にそうやって驚いてる。意味のない短い言葉を残して

驚きと無限の憶測を呼ぶ。劇場型自殺の手法のひとつです」

「へぇ、そういえば、意味深のような感じもする…」

「その通り。これは、錯乱状態の中の意識から断片的に取った言葉です。全く無意味ではありません」

「え、僕の意識から?」

一郎はふと、左胸に当てたままの右手を見た。

言われてみれば、自分の心情を一言で表しているような感じがしなくもない。

「すごいな、これ!おじいさん、すごいな」

「気に入っていただけましたか。これを友人の携帯メールへ一斉送信したりすると、もっと面白いかもしれませんね」

「それ、名案だ!あ、でも僕は友達いないし、アドレスも知らないけど…」

「では、ランダム送信で全国の人たちへメール攻撃など。これは荒療治だけどプラス100万円でできますよ」

「そんなこともできるの?それ、やろうよ」

「気に入っていただけましたか、では、取り合えずシミュレーションの設定に組み込んでみましょう」

「遺書作ったら、次どうするの?」

一郎は面白い遊びでも見つけたかのようにはしゃいでいる。

「時間と場所を決めます」

「それじゃあ、学校の奴らとかに見られる時間帯で。場所も近所がいいな」

「では、塾帰りの二二時三〇分頃で。あなたの家の近くに高層マンションがあるでしょう。そこなどいかがかな?」

「そうだね、その辺ならいいや」

「ではでは…」

老人はまた、コンピュータを操っている。スクリーンに文字が打ち出される。

 

■ルーシー102号 設定情報

種別、劇場型

手法、飛び降り

時間、夜二二時三〇分。

場所、学校近くの高層マンションの屋上。

遺書、あり。※メモ用紙一枚、現場に残す。メール送信500万通。

 

「これでよし、と。こんな感じで、まずは体験してみましょう」

「何種類も体験できるの?」

「はい、納得いくまで、いくらでも」

「へぇ。よし、じゃあまずは飛び降り、ってところだね」

「はい、では、やりますよ。スタート」

 

被り物のひさしのような部分が眼の前に下りてくる。透き通った黒だ。

スクリーンが切り替わった。映し出されたのは今まさに高層マンションの屋上から飛び降りようとする一郎の視界。

視界は足元を見ている。眼もくらむような高さ。眼下の道路に停まっている自動車が、豆粒のように見える。

人だかりのようなものも見えるが、小さくてよく分からない。ここから身を投げ出す気迫が果たしてあるのか。

恐怖に足がすくむような感覚もつかの間、次の瞬間、視界が前のめりにゆらりと揺らぐ。

空を切る感覚とともに、身体は空中に投げ出されていた。

 

 

 

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