ansuke @Wiki 死にたい奴この指とまれ:第4話


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

広大な草原だった。あたりには誰もいない。生命の気配すら感じられない。

自然の奥深くというのはこんなにも寂しいものかと、一郎は恐ろしくなった。

徒歩30分。「自殺美容整形外科」の老人が送ってきた案内には、確かにそう書いてあった。

しかし1時間以上あるいたところで、いっこうにたどり着く気配がない。

眼前に聳え立つ富士山は、近づかない。無限の一本道にはまり込んだような恐怖。

(どうせ死ぬんだから。怖いことなんてあるもんか)

一郎は、誰も見てないのに平静な表情を取り繕いながら、まっすぐな道を進んだ。

遥か遠くに小さな平屋が見えたのは、正午も過ぎた頃だった。

 

「自殺美容整形外科」は本当に存在した。

長い一本道を歩いて来る間、心のどこかで「ウソだろ」と思っていた。

いや、この期に及んでもまだ信じきれない。古い木造の平屋はどう見てもごく普通の民家だ。

ただ、表札には住人の名前の代わりに「自殺美容整形外科」と記されている。

一郎は確かめるように戸口の呼び鈴を鳴らした。

こうやって「ウソだろ」がひとつずつ裏切られていく。

「はい、どうぞ」

中から老人の声。電話で話したあの声だ。

一郎は引き戸を開けた。

半纏を羽織った老人が玄関口へ向かって出てきた。

声よりももっと年老いて見える。

銀縁の眼鏡をかけた顔に深い皺が刻まれているのが、遠目からでも分かる。

見たところ、70歳は超えていそうだ。

「ああ、よくいらっしゃいました。どうぞ、上がってください」

「お邪魔します」

茶飲みにでも来たかのようなこのやりとりに軽い違和感を覚えた。

 

居間のような部屋に通された。座布団を敷かれ言われるがままにその場へ座った。

「いやぁ、待ってましたよ。朝来るっておっしゃってたのに」

「だって、30分じゃ全然着かないですし。遠すぎですよ」

一郎は歩きながら溜まっていた怒りを露にする。

「随分お若い声だとは思ってたけど、こりゃびっくりだ。おいくつかな」

「14歳です」

「ほぉ、子供か…」

老人は宙に眼を遣りながら独りごちた。

「お名前を聞いていませんでしたねぇ」

「あ、木山です。木山一郎です」

老婆がお盆にお茶を乗せて入ってくる。この老人の奥さんだろうか。

「どうぞ、ごゆっくり」

(ごゆっくりって…)

一郎は老婆へ目礼しながら、少し苦笑した。

なんだかここに着いてから、全てが肩透かしだ。

老人は老人で、茶を啜りながら「どこから来た?」だとか、「富士山はでかいだろう?」とか、どうでもいい話を続けている。

しまいには、老婆まで隣に座ってお茶を啜り出す始末。

一郎はお茶には一度も口をつけず、ただ聞かれたことに答えていたが、いい加減いやになってきた。

「あのぉ」

初めて一郎のほうから話かけた。

「はいはい」

苛立つ一郎とは裏腹に、老人は嬉しそう。

「ほんとにここ、自殺美容整形外科なんですか?」

「はい、もちろんそうですけど」

「おじいさんは、誰?」

「私はここの院長ですが」

「じゃあ、早く始めてよ。僕は今日中にやらなきゃだめなんでしょ?」

「おお、失礼。お急ぎでしたか。でももう、だいたい問診は済みましたから」

老人は立ちながら、柱に付いたボタンのようなものに手をかけた。

「大丈夫です、まだまだ半日以上ありますし」

茶の間の畳が一枚、ワニの口のようにパッカリと開いた。口を開けた床からは、下方へ続く階段。

「どうぞ。こちらへ」

相変わらず訳の分からないまま、老人の後に立って階段を下る。

「お気をつけて」

背中に、気遣う老婆の声が聞こえた。