その驚きは、たちまち2倍、3倍と膨らんでいった。
既に学生ラウンジでタムロしていた斉藤明彦と横田弘樹は、オレを待っていた。
アキヒコはオレが来たことに気づくと、魚が飛び跳ねるような反応で立ち上がった。
「おい!これ、すげぇよ。訳分かんねぇ」
「おお、こりゃ異常者の手紙だよ」
ヒロキも興奮した様子でバッと立ち上がる。
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アキヒコが手にしていた紙はオレが持っているものと同じ、茶色ががったA4の藁半紙。
赤のボールペン書き、同じ筆跡で汚い字が並んでいる。
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とてつもない揚子江なトンズラカジキマグロだから、よそ者オレあなたより海水をくぐる。
モホロビチッチ不連続面の偏屈じじいダメだよ羽、泥まみれ海苔なら蒸気船と握手。
どんぶり一杯三百マイルは果てないから刺青の隙間にバナナが二十四時間耐久レースに陳謝せよ。
それはちがうよマイストロうっとししっとり鳥取バンドな肝硬変はあした子犬のゆりかごになるから。
一生遺憾の意を食い尽くして飛ぶ天下分け目のつむじ風。
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怪力おじさん
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脈略のなさもオレのと同じだが文面は違う。
そしてヒロキも同じような紙を差し出す。
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クリスタルだじょー土星の珍味に花畑ボルドー三割二分五厘にわいせつ犯罪の歌あり。
接着剤オーシャンビューの蝉しぐれを中途半端に毛糸のパンツへ迷うこと烈火の如し。
思考回路に沈黙のクエン酸は大陸合理論的にどうもありがとうワンツーワンツー
なんでもかんでもシュプレヒコールだし二時間目は柴犬の話で申請書を出した。
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怪力おじさん
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オレもポケットから例の藁半紙を取り出してみせた。
「ええええっ!?お前もか?」
ふたりとも顔中を口にしたような驚嘆。
どうやらみな同じ人物からこの怪文書を受け取っていたらしい。
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「なんだこりゃ…」
無意識のうちに口を突いて出た。
「おれら、何か人に恨まれるようなことしたかなぁ…」
ヒロキが本当に恐ろしげな表情で言う。
「はぁ?お前はどうか知らないけど、オレは身に憶えがないね!」
一番人に恨まれそうな悪たれアキヒコが、「お前と一緒にするな」という調子で突っぱねる。
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この日は不気味さを紛らわすために、オレたちは自ら怪文書を作って遊んだ。
A4のレポート用紙に、「怪力おじさん」と同じ赤いボールペンで書きなぐって順番に発表する。
「水あめからコンコルドが息を引き取って便所の大気圏に送りバント失敗だった」
「うぉ~、あったまおかしい!!」
「ショコラの塩分は急行列車ワシントン帰りに超高校級の給食当番でアレンジした」
「おい、それちょっと脈略ありそうでダメ!やり直し」
なんていう具合に。これが意外と面白かった。
言葉は何かを指し示し、人に伝えるために存在する。それを無意識につなぎ合わせ、話をしている。
ひとつの言葉には他の繋がりうる言葉の範囲があるのだろう。
だから「無意識に」つなぎ合わせて、お互いに理解し合いながら話ができる。
だとすれば、無意識のうちには繋ぎ得ない言葉同士を意図的に繋いでしまうとどうだろうか。
これまで考えたこともなかったが、面白い。普通に考えれば有り得ない様な話が出来上がる。
三人で日が暮れるまで怪文書作りに没頭し、死ぬほど笑った。
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笑い疲れて帰る頃には、「怪力おじさん」の名すら忘れていた。
なにか新しい遊びを見つけた日の夕暮れ、明日のことを考えながら心はずませる子供のように、
嬉々として家路を辿った。
しかし…。この怪文書はただの新しい遊びには留まらず、オレたちの夏休みを侵食していった。