新生人工言語論

ゼロから語彙を作るには

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lideldmiir

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人工言語の語彙は始めは空集合です。空っぽの語彙に語をたくさん入れていかねばなりません。つまりゼロから語彙を作り、膨らませていくわけです。
しかしその方法は言語の型によって異なります。方法によってその作業にかかる労力は劇的に変化します。

後験語の場合、自然言語を参考に語彙を作ります。ゼロから作るといってもほぼ流用になるため、一番手っ取り早く作ることができます。
エスペラントが好例です。ザメンホフはラテン語などの西洋語を参考にして、エスペラントに合うように語形を変えました。
たとえば名詞はoで終わらねばならないので、それに合うように語形を変えたりといった調整作業です。

どちらかというとこの型の場合、ゼロから作るといっても実際は調整に近いです。
もっとも、手軽=稚拙ということにはなりません。エスペラントは普及型なので馴染みのある言語を参考にするのは理に適っています。

一方、人工文化を作る場合、文化を地球上に置いても置かなくてもいいです。
置けば近隣文化に影響を受けたり、比較言語学的に何らかの近隣言語と同系と設定するのが自然(必然ではない)になるだけのことです。
同系になるということは、語彙はその言語やその言語の祖語を参考に作られることになります。

したがってある程度エスペラントのように後験語的に自然言語から語彙を拝借することになります。
それに加えてその文化独特の道具や産物や植生などがあれば、独自の語を当てていきます。
ただ、独自といってもネーミングがいい加減では築き上げた体系が台無しですから慎重に。

仮にイギリスの一部を切り取って人工文化を作り、英語に良く似たゲルマン語の一種を作るとしましょう。
しかもその土地にしか咲かない紫苑に良く似た花があるとしましょう。
日本語はご存知の通り紫苑と名付けています。色がネーミングに関わっているのが見て取れます。
ところが英語ではasterといいます。色でなく星型の形を以ってネーミングしています。

人工文化に紫苑だけでなくその紫苑に似た新種もあるとすれば、紫苑はasterと同じく「形」でネーミングされるでしょうし、新種の方も恐らく星型という形が注目されるでしょう。
asterと同じような語形か、まとめてasterの一種とされるか、何らかの修飾を付けられるでしょう。

もし同じ人工文化を日本の近くに置いたら、その新種の花は形以外を参考にネーミングされたかもしれませんね。
たとえばそれが冬に咲く白い紫苑のような花だとしたら冬紫苑とか。日本語には既に春紫苑という紫苑とは別の花があるので、そこから連想される可能性が高いでしょう。
もし人工文化を日本語と同系に設定すれば、やはり同じようなネーミングになるでしょう。
一方、同じ花でもイギリス付近に置いた場合、こうはネーミングしないでしょう。winter-asterよりはsnow-asterとしたほうが彼らのセンスに合います。

このように、人工文化を地球上に置いた場合、近隣言語・文化に影響を受けます。
語彙を近隣から拝借するので簡単なように思えますが、その文化独自のものを設定する場合、たった1つの花を取っても中々奥深いです。

もちろん、その文化独自のものを作らなくても良いですが、何も作らないとわざわざ人工的に文化を作った意味がないと思います。
自然物だけでなく人工物や法律のような抽象物でもいいですが、何かしらオリジナルがないと人工文化の醍醐味が薄いかもしれません。

さて、次に異世界を作る場合ですが、これは語彙はおろかネーミングセンスさえゼロから作らねばなりません。
例えばアルカは音象徴を利用しました。

iのように音が高く鋭い音は小さいものや音の高いものなどを連想させます。これは音声の問題で、人類共通の感覚です。言語もこれに影響を受けます。
でも全部ではありません。「大きい」にもbigにもiの音が入っていますよね。

したがって、小さいもの全てにi音を付けることは不自然ですし、もしそうしたら聞き違いも増えるでしょう。
似たような意味の語が似たような音ばかり持ってしまうからです。
だから音象徴は全てに適応されるものでなく、いくつかの語を作るための根源として利用します。

音象徴の作り方は2種類あります。
1つはiのように人類共通の感覚と思われる音を利用すること。
pが「パン」とか「ポン」というように破裂を想起させたり、 m音が赤ん坊と母との関連から乳や母に関連付けられるのはままあることです。
こういった例をいくつか収集して利用します。

なお、例外なく事は運びませんから、あまり神経質にならないこと。
何百個の言語を調べればいいのかとか、そのうち何%で法則に適えばいいのかとか、あまり細かすぎないようにしましょう。
その言語の特質によって音の印象が変わることがあるので、ある程度寛容な見方をしましょう。

学部生時代、恩師が授業中に中国人留学生らにpanとbanではどちらが音が強い感じがするかと尋ねられたことがあります。
日本人生徒はbanが強いと答えた人が多かったです。日本語のオノマトペ観に沿っています。一般的に濁音のほうが清音より音が強いとされますから。
同じ殴りでもパンだと軽い平手のイメージですが、バンだと痛そうですね。ドアのノックもコンだと軽いですが、ゴンだと拳骨並みに強い気がします。

ところが中国語の場合、同じpan,banという音韻表記をしても音声が異なります。
pとbは清濁の対立ではなく、有気無気の対立です。有気のほうが強く発音されるため、中国人の回答はpanが強いでした。
インフォーマントは1人でしたが、それでも貴重な体験でした。

このように、言語の特質によって音の印象が変わることがあるので、あまり細かいことに拘らないようにしましょう。
つまり、概ねpやbの両唇閉鎖音が破裂のイメージを持つという風に、大まかに音のイメージを捉えた上で音象徴を設定してください。

人類共通の感覚以外で音象徴を作るもう1つの方法は、あえて言うなら恣意です。
小さいとか破裂とか乳とかはいいです。光なども音象徴を設定できるでしょう。
でも、どうこじつけても生死とかは音象徴にならないでしょう。そういうときは恣意的に生死を表わす音を設定するのも手です。

音象徴を当てる概念はできるだけ上位概念にしてください。音象徴が増えると覚えるのも扱うのも大変です。
鉛筆や鐘みたいな下位概念に音象徴を付けると、それ以上語彙を膨らませることが難しいです。

鉛筆の音象徴を設定したとしても、増やせる語は色鉛筆やシャーペン等々くらいなものですか。汎用性がほぼ皆無です。

なので、できるだけ音象徴は上位概念で設定してください。
かといってアリストテレスが設定した範疇ほど数が少なくても材料不足で語が作れません。重要なのはバランスです。
範疇となる上位概念を10や20作ったところで語は作れませんし、逆に1000も作ったら多すぎて扱えません。
ちなみに、アルカの旧バージョンである古アルカでは100ほど作りました。別にこれがベストバランスだとは思いません。1つの道です。

音象徴を作ったら今度はそれを元に基本語を作っていきます。
植物や動物を表わす音象徴は持っていたほうがいいでしょうが、そこから実際に植物や動物といった語を作っていきます。
音象徴と実際の語の語形が被ると区別が付かなくなるので避けるという手段もありますし、逆に被らせないと語形が長くなるので被らせるという手段もあります。それはお好みで。

音象徴は原則として短いため、自然とCVやCVCが多くなります。
アルカは音象徴と語が被る場合もあれば、被らない場合もあります。
単純にその語の頻度などから鑑みて語形を決めているので、被る場合もあればそうでない場合もあります。

基本語を作るといっても、機能語の類は作れないでしょう。なので機能語は恣意的に作ります。
恣意的といっても「私」とか「~の」とかがemerudosiaのように長くては使えないので、頻度と相談してください。
また、当然ですが短すぎてもダメですし、発音しづらい頻度の低い音素の並びも頻度が高い語には好ましくありません。

こうしていくと恣意と音象徴によって基本語が作られるでしょう。
基本語ができたら後は合成、つまり複合や派生を利用して語彙を増やしていきます。

なお、頻度が高いものの、合成したら長くなってしまうような語は、音象徴や基本語を利用して名付けるといいでしょう。
姉妹語のようなものですが、実はこれが重要です。

たとえば装身具をkiluと表わすとします。センスがいいことをiketeluとします。
そうすると身なりがいいことやセンスが良いことなどを表わすにはkiluiketeluといえばいいことになりますが、要するにこれって「かっこいい」とか「おしゃれ」ということでしょう?
それにしてはちょっと長いですね。そこでこういう場合は合成を止め、たとえばkiluを利用してkilaとかkiluaなどとします。こうすると学習が難しくなりますが、実用時に便利になります。

合成の長所は造語力の高さと学習のしやすさです。冷蔵庫はrefrigeratorより米語のiceboxのほうが分かりやすいです。逆に短所は長くなることです。
冷蔵庫は短くなっていますが、ドイツ語などを学習していると長くなることがよく分かるでしょう。
よく使う語の場合、合成を避けて基本語に適当な音を付けたり、基本語の音を変えたりして作るほうが使用時に便利です。

特に人工言語は作成時、自然言語と違って何が日常的に使われるか予め知っています。
パソコンはパーソナルコンピュータの略ですが、人工言語を現代で作る場合はパソコンが日用化することを知っているので、予め短い語を当てておくと、一々略語と本体の2語を覚えなくて済み、便利です。

アルカの場合、頻度が高い語のうち、合成すると長くなってしまうもの、或いは手持ちの要素を組み合わせても納得のいく合成ができないものに関しては、姉妹語や混成を用いています。
恣意性は当然高くなり、学習労力も増えますが、実用時に便利になります。

尚、姉妹語にするときは似たような語形に似たような意味を当てないようにすることが注意点です。
元となる音象徴や基本語が下位概念すぎると意味が限定されてしまうので、姉妹語の意味も限定されがちです。
だから装身具のような上位概念を元にしたほうが姉妹語同士の意味が離れ、仮に最小対語ができたとしても誤解が少なくなります。

たとえばアルカでは装身具を表わす基本語からできる姉妹語がいくつかあります。その中に最小対語もあります。
しかしその意味は「お洒落」と「コーティング」なので、全く誤解はありません。今まで間違えた人もいません。
むしろ聞き違えても文脈で正しいほうを選択されるのでかえって便利なくらいです。

ちなみに、コーティングとはお菓子に塗る甘いやつや、木工に塗るニスなどを指すあのコーティングのことです。物が纏うという点で、物にとっての装身具となっているわけです。
一方、お洒落も装身具からの関連で来ています。大元が同じ語でも、装身具が上位なので、このように最小対語が生まれても誤解は生じません。

また、混成ですが、これもアルカではよく行われます。
たとえば、しゃもじ類はいずれも「平らな」と「スプーン」を混成した語で表わされます。
姉妹語と違って、最小対語や似た意味の聞き違いのリスクは少ないです。

混成も頻度の高い概念や合成しづらい概念に用いられます。
更に、合成すると意味が2つ出てくるものを互いに区別するために、片方を混成にすることもあります。
たとえば砂と場所を合成すると砂場が作られますが、砂漠でもいいような気がします。
そこで片方は合成にし、片方は混成にして区別します。砂がsunaで場所がtokoだとすると、片方がsunatokoで、片方がsutoなどになります。

まとめます。ゼロから異世界で語彙を作るには。
まずは音象徴を作ること。方法は人類共通の感覚と恣意の2つ。
次に音象徴で作れない機能語等を恣意的に作ること。
そうしたら音象徴と恣意的な語から基本語を作る。
基本語を作ったら合成や姉妹語や混成を利用して語彙を増やす。

手順はこれだけです。簡単に見えますが、大変です。
ちなみにアルカの場合、音象徴は100程度です。ちゃんと数えてないので詳しい数は分かりませんが、多分この前後でしょう。

最終的な基本語の数は――これも境界線の問題ですが、私は多く見ても2~3000ほどに絞っています。少なく見れば1000程度でしょうかね。
合成を使うと語彙は二次関数的に増えていくので、基本語なんて1万なくても余裕です。
姉妹語や混成はあくまで日常語の範囲で利用しているので、主にカバー率80~90%程度の語彙に集中させています。

実際、内訳をいうと、合成がほとんどです。
頻度は低いですが、数は圧倒的に多いです。
次に多いのが基本語です。次に多いのが姉妹語と混成です。

一番少ないのはその他に当たるもので、全くの恣意からなる非基本語です。
たとえばパソコンなどがそうです。これらは合成でも姉妹語でも混成でもなく、基本語さえありません。
姉妹語は基本語から作りますが、パソコンに関与するような基本語や音象徴はアルカにないので、姉妹語にはなれません。

更にパソコンは基本語でもありませんが、かといって日常的な頻度はそれなりに高いです。
そこでパソコンに関しては全く恣意的に作っています。勿論語形は短いです。こういった完全恣意、無語源もあります。

ところで、日用品の観点ですが、日用品は時代とともに変わります。よく使うと思って混成や姉妹語にしたものがあまり使われなくて合成でも良かったという後悔がありえます。
過去については何が流行ったか調べられるのでいいとして、未来は分かりません。むやみに姉妹語や混成を増やさないことですね。

ちなみにアルカでは合成語だったものが頻度の増加によって自然と合成でなくなることがあります。
その場合、まず確実に混成です。CVCCの音節数が多いので、同音異義語を避けるため、その音節構造を持ちやすいです。

なお、過去の日用品がそのうち使われなくなったらどうしましょう。
日本ではふんどしは昔は日用品ですが、いまはトランクスです。このように、もし日用品Aが新種のBに取って代わられた場合、どうしましょう。

まず、Aの語形をBに譲って自分は別の語形になるか、Bを新たに作るかの方法があります。後者は文字通りの意味です。
前者はたとえば新しくできた建物を新館と呼ばずに元の方を旧館と呼ぶようなものです。
前の例を取るとどうでしょう。たとえばふんどしをfundoとします。
後にトランクスが日用品になったらトランクスをfundoにし、ふんどしをfuluifundoなどとします。

また、シネクドキーを利用する手もあります。
芋といえばサツマイモだった時代があるとします。もしその後、その文化でジャガイモがメインになったらどうでしょう。芋といえばジャガイモになりますね。
そうするとサツマイモはサツマイモとわざわざ呼ばれるようになります。このように、日用品が変わった際、シネクドキーの指す対象をすりかえるという方法もあります。

さて、今回はアルカも例に取り、ゼロからの語彙の作り方を紹介しました。
細かいことをいえば他にも色々あるのですが、言語の型に分類してから、それぞれの型での作り方について一応の大筋を述べました。
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